暴力を使わずケンカを止める
20人ほどの男たちが殴りあっている。
寝技でどうにかできるような人数ではない。
明らかに動きがやばい〈猛者〉もいる。
しかしこれは、
——止められるかもしれない。
周囲にあるのは、割れた水瓶、レンガ、長い木の棒、草刈り鎌。
武器になりそうなものはたくさんある。
しかし、誰もそれらを手にとろうとはしていない。
相手を最短距離で殺そうとするような関係ではなさそうだ。
「で、どうやって止める? なんか精霊的なアレとかあったら教えてよ」
「まずは大声で叫ぶのだ♣」
と精霊は言った。
よし。
俺の声はでかい。72キロしかない体格だが、100キロ超の人間という巨大な楽器が発するような音を出すことができる。
「静まれ!」
俺は叫んだ。
「静まれ静まれ静まれ! このケンカ、俺があずかった!」
ケンカをしていた男たちの動きが止まった。
俺のほうを見て、ざわついている。
「なんだアイツ?」
「今の声、全裸のアイツ?」
「なんで全裸で叫ぶんだよ?」
「そもそも全裸である理由はなに?」
服は2周目の世界に持ちこめなかった、という説明をするより、このままの勢いで説得をはじめたほうがよさそうだ。
「レーション。次はどうする」
「注目を集めたら、次は力を見せるのだ♣」
「力? どんな感じの?」
「拳でレンガを砕くのだ♣」
⁉
「いや、レンガは無理だ」
たしかに、すぐそこにレンガはある。視界の隅に転がっている。作業の途中で大工が放りだしたものだろうか。
俺はそのレンガを拾いあげた。
重い。
重いレンガだった。
俺には砕けない。
瓦や杉板の一枚ならともかく、レンガを砕くことはできない。
「もしかして、この世界のレンガはめちゃくちゃ壊れやすかったりする?」
「関係ないのだ♣ エイチャにはもう、〈デモ活動〉のスキルが宿っているのだ♣」
「どういうこと?」
「すごいデモ活動をできる力があるのだ♣」
「……示威行動の力がすごいってこと?」
「そのとおりなのだ♣」
男たちはまだざわついている。
「なにをブツブツ言ってるんだ?」
「全裸で空と話してる?」
「世界のレンガ……?」
「これはもう、頭のおかしい奴なんだってことなんじゃないのか?」
どうやら他人にはその姿が見えていないらしい精霊——デモの精霊であるレーションは自信ありげだが、俺はまだためらっていた。
「俺はレンガを砕けるのか?」
「砕けるのだ♣」
「……いや、砕いていいのか?」
「え?♣」
「空手家はたった一つのレンガを砕くために、長い年月と、血のにじむような努力をささげる。その修行の厳しさは想像もできない。俺の段位を知ってるか? 段じゃない。級位だ。6級だ。今日も道場には行かなかった。俺はまだ、レンガを砕くような人間じゃないんだよ」
「なんかわけわからんこと言ってるぞ……」
「全裸でレンガを握りしめてる」
「服よりレンガ、ということなのか?」
「熱い眼だ……」
「あれほどレンガを握りしめてる男は、見たことがない」
「レンガに語りかけている、と言っても過言ではないな」
「あれ、うちのレンガなんだけどな。でもいい。もういいよ。やりたいようにやってくれ」
「そうだ! やれ!」
「やってくれ!」
俺はレンガを宙に放り上げた。
そして、落ちてくるそれを——
——押忍。館長。朝登先生。ありがとうございました。押忍。
正拳上段突き。
レンガは爆散し、粉と欠片が地に落ちた。
歓声があがった。
俺の左目からは、どうやら涙が流れているようだった。
「もう……ケンカは終わりだ」
と俺は言った。
「なんでこんなに悲しいんだよ!」
と一人の男が泣き崩れた。