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ウワラの巨大森林

 ジャッジは息をのんだ。

 ジョインは腕を組み、険しい顔をしている。

 そしてしばらく沈黙が続いた。


 部屋の中が暑い。

 ジョインの板金鎧(よろい)からの放熱に、考えこむジャッジの熱が追加されたのかもしれない。

 「地獄」と言うのはおおげさだが、この熱く重苦しい空気はたしかに辛い。

 ジョインは窓の外に眼をやったまま黙っている。

 ジャッジは顔から汗を落としながら何かを考えているようだ。

 何か深刻なことが起きてしまったようだが、俺にはまったく意味がわからなかった。


 ——ウワラの、巨大森林?


「なに? なにがあったの?」

「うむ」

 俺の問いかけに答えたのはジョインだった。

「ネオイーサの東には大きな森があってな、それがウワラの巨大森林だ。その森の木をアブナガ軍は手当たりしだいに伐採しているとヒアが言っていた。まったく、信じがたいことだが」

「それ、そんなに異常なことなの?」

「貴公はまだ聞いておらぬか。ウワラの伝説を」

「ああ、聞いてない」

鬼神(きしん)ウワラの話は、森から遠く離れたこの土地の者でも、必ず子供のころから聞かされておる。巨大森林のすぐ西に住んでいるネオイーサの民はもちろんそうであろうし、森の東にあるイリア帝国——つまりアブナガ軍の兵士らも知っておるはずなのだが」

「あー、森に入っちゃダメだよ的な話?」

「道にそって歩くだけなら、かまわぬのだがな。森の木を切ることは鬼神ウワラに禁じられておる」

「それは……よそものとか地元の人とか関係なくて、絶対に禁止なの?」

「例外はある。〈ウワラの森番〉と呼ばれる者たちが印をつけた木に限っては、定められた季節に切ることを許されている。しかしアブナガ軍は、森の端から次々と切り倒しておるらしい」

「完全に無視か」

「うむ。知らぬはずはないのだがな。()せぬ話だ」


 でも神様がらみの言い伝えを無視して森を荒らす人はふつうにいるよな、と俺が思ったとき、ジャッジが口を開いた。

「鬼神ウワラの伝説は、特別なんだよ。遠い昔から、ずっと恐れられてきたらしい。何千年も前に、高い塔の建設がウワラの警告で中止になったこともあるんだってさ」

「高い塔……そんな話があるんだ」

「うん。われら森を切りレンガを焼いて、どこまでもどこからでも見える高い塔を建てよう、っていう話。その時にウワラの(きざし)を無視した人がたくさん死んだとか、あと、何も恐れない〈最初の勇者〉がダンジョンに落ちたとか、そういう話が伝わってる」

「その伝説を、今でもみんなが怖がってるの?」

「まあ、おおざっぱに言えばそうだよ。伝説にもいくつかの種類があって、どれが本当に起こったことなのかはわからないけど、何かはあったんだろうね。それに、今でも伝説を忘れさせないようにしている〈ウワラの森番〉は実在するみたいだし、おれだってその森番は怖いよ」

「殺されたりとかするの? アブナガ軍の兵士も」

「何もない、ってことはないだろうね。おれの知る限り、こんなことは初めてだから、一つの軍の崩壊までいくのかどうかはわからないけど」

「一番上のアブナガ本人も狙われそうだね」

「おれが一番怖いのはそこだよ。いや、ウワラの森番がやるならべつにやってくれていいんだけど、うちのヒアが何をしでかすかわからないのが怖い。あいつはここの森番であってウワラの森番じゃないんだけど、わかってるのかなあ……」


 ——ヒア、そんな危ない奴なのか……。


 額に手をあて目を閉じるジャッジに、ジョインがやさしい口調で声をかけた。

「あまり気をもむな。ヒアには、くれぐれも自重(じちょう)するよう言っておいた」

「でもなあ……」

「あれは穏やかな女だ。サラリーやハッピーよりも、はるかに分別(ふんべつ)がある」

「穏やかっていうか、静かなんだよヒアは。静かに怒りを数えておいて、一線をこえたらいきなり動くでしょ。ジョインと同じようなところがあるよ」

「似ているからこそ、自分にはわかる。まだ大丈夫だ。近年まれに見る大激怒だが、まだ大丈夫だ」

「不安しかないよ……」

「ヒアのことは任せておけ。なるべく早くネオイーサに戻る。おまえはアブナガ軍のことを考えろ。軍の性質は見えておるのか?」

「ああ、わかってるよ。重要なのは森の伐採そのものじゃない。あの森に手をつけようとするアブナガの異常性。そんな命令に従って動き続けることができる組織力」

「うむ」

「ウワラの領域を踏み荒らすくらいだから、あいつらは他の言い伝えも突破すると思っておいたほうがいい。でも、ヒデオの西部方面軍を見る限り、損得をまったく考えない狂った野獣の群れでもない……うん、わかった。少し考え直すよ」


 ウワラの領域。

 ノダ・アブナガ。

 俺にはまだこの世界の言い伝えの怖さがピンときていないのだが、1万円札を平気で燃やす人間は1000円札も余裕で燃やせるだろうなくらいのことはわかる。

 そして、そんな人間が10ドル札に火をつけるとは限らない。


 ——これ、〈なんらかの鑑定団(オープン)〉のスキルが使えるんじゃないか?


 俺は二人に言った。

「ちょっと精霊と話してもいい?」

「ああ、どうぞ」

 とジャッジが答える。

 ジョインもうなずいた。

「レーション」

 俺は右上の精霊に声をかけた。

 目を閉じたままふわふわ浮いていた精霊が、輝く瞳をこちらに向けた。

「ウワラの話、聞いてた?」

「聞いたのだ♣ デモの香りが匂いたつ話なのだ♣」

「そういう威圧系の伝説の圧力を、俺のスキルで測ることはできる? 誰がウワラをどれだけ怖がってるか、とかわかったりするの?」

「ムリなのだ♣」

 レーションは即答した。

「サブスキルの〈なんらかの鑑定団(オープン)〉を使っても、メインスキルの〈デモ活動〉が原因になっている圧力だけしか測れないのだ♣」

「原因……。じゃあ逆に、俺のスキルを直接見た人間じゃなくても、頭の上に数字が出たりするの? その、噂とかでも聞いてたら」

「それは出るのだ♣ エイチャはエイチャの伝説を作っていけばいいのだ♣」

 なるほど。

 俺が威圧のスキルで有名になっていけばそのうち、世界中の人間の頭の上に数字が出るようになるかもしれないのか。

 その時にリンダ・ミツーナのような人間の数字がどうなっているのかはわからないが。

 いずれにせよ、


「悪い。俺のスキルじゃ、ウワラの圧力とかはわからないみたいだ」

「うん。やっぱり普通のやりかたで、相手のことをもっと知る必要があるね」とジャッジは言った。「ヒデオの件は、できるだけ引きのばそうかと思っていたけど、むしろ早めに来てもらったほうがいいかもしれないな」

「どういうつもりで森を切っておるのかも訊いておいてくれ。ヒアに伝える」

「そのまま伝えていいような話だったらいいけど……まあ、訊いてみなくちゃわからないか」

 ジャッジは机の上に紙をひろげた。

「まずはゼネラたちへの手紙を書いちゃうから、ジョインは今のうちに少し休んでよ」

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