科学と魔法 (第1章最終節)
ジャッジが続ける。
「南の山にあるのは、おれたち兄弟を育ててくれた伯爵の城だよ。ウラキア辺境伯と呼ばれていたこともある。名前は、ロハン。6年前に暗殺された。それ以上のことは言えない」
「おう……」
何と言っていいのかわからない。
遠くから、ハッピーの大声だけが聴こえてくる。獲物を置いてきたから取ってこい、ぜんぶ食うから焼いておけ、と命令しているようだ。
俺が沈黙していると、ジャッジがまた口を開いた。
「おれたちにとって、伯爵の研究を引き継いで育てていくのは、とても大事なことなんだよ。こんな時でも止めるわけにはいかない。ラッキーとクレセントはそれをやってる。ルックは護衛だ。若いのを束ねて城を守ってる。これはどのみち、やらなきゃならない。山賊に城を荒らされたらおしまいだからね」
「研究、っていうのはなに? どんな研究?」
「科学と魔法の研究だよ」
⁉
「魔法⁉ この世界、魔法があるの?」
「きみに驚かれても困るんだけど」
「あ、ああ、そうか」
俺は右上の精霊を見た。浮遊しながら、すやすやと眠っている感じだった。デモのチャンスがある時以外は、とても静かな子だ。
ジャッジはうなずく。
「うん。そういう力だよ。教会の人間が言う奇蹟と同じものなのかどうかもまだわからない何か。それをクレセントは研究してる。きみを一度、城に連れていきたいとは思ってるんだけど、今は余裕がない。ちょっと前まで、町と城の間を気分で行ったり来たりしていたサラリーも、今はさすがに我慢しているみたいだね」
「あ、余裕って、この町の戦力的な余裕?」
「そう。戦力。きみを案内するだけじゃなくて、それなりの護衛も必要な道だから。それともう、きみ自身も町の戦力として勘定に入れてるよ、おれは」
「威圧しかできないけどな」
「はは。たぶん、護衛なしだと死ぬよね。やっぱり、クレセントをこっちに呼んだほうがよさそうだ」
「魔法を研究してる兄弟か。それは俺も、話を聞いてみたいな」
「もう少し戦争の流れが見えてきたらね。人の血が流れるようなところにあいつを近づけるのは、できれば避けたい」
「そうなんだ……」
「以上。これがおれたち12人の兄弟だ。次に直接紹介できるのはジョインかな。きみと精霊についての話は、ジョインからみんなへ伝えてもらうことにする」
そう言ってジャッジは立ち上がった。
そのまま酒場の裏口へ向かっていこうとする彼を、俺は呼び止める。
「あ、ちょっと待って。科学の話。こっちの世界でいう科学って、どんな感じのアレなの?」
「むずかしいこと訊くね」とジャッジは笑った。「科学……まあ、普通の、普通のっていうか、普通を強くしていくアレだよ」
「普通を……強く?」
「具体的には、強い道路を作る方法とか、火薬を安全に使うための方法を探していくことなんだけど、それは表面的な、皮一枚くらいの浅い話でね。うちのラッキーが言うには、みんなで普通の話を続けていくことが科学の肝なんだってさ」
「……みんなで、普通の話を」
「うん。普通の話、っていうか普通についての話、って言ったほうが正確なんじゃないかとおれは思う。普遍的に通用する何かについての話だよ」
「むずかしいこと言うね」
普遍的。
どこでも通用する。
いつでも通用する。
誰にでも通用する。
それはつまり、
——「誰でも殺せる♡ あらゆる人があらゆる人を平等に殺せる♡」
頭の中で、マブい女の声が響いた。
ジャッジは言う。
「でも、時間をかければ誰にでもわかる話でなきゃいけない、ってラッキーは言ってた。そうじゃないと、みんなで話を続けていくことができなくなるからね」
「……みんなで話を、か」
「うん。教会の偉い人が言ったことを鵜呑みにするんじゃなくて、みんなが口を出す。誰でも口を出せる。そこから強い考えが出てくるかもしれないし、誰かの指摘によって弱いところを直せるかもしれない。人が増えれば増えるほど、科学は強くなる。そういうものだってラッキーは言ってた」
そう言ってからジャッジは視線を上げ、左右に眼をやった。
俺も周囲を眺める。
肉を焼く煙が立ちのぼる広場には、少しずつ人が集まってきている。
昼食をとる人。ビールに手をのばす人。向こうのほうでは、子供たちがキックミットのようなものを蹴っている。
ジャッジは言った。
「漠然とした話ではあるけど、おれは少しわかったよ。おれたち兄弟は伯爵に言われて、廃墟だったこの町を少しずつ直していったんだ。みんなで相談しながらね。それをしていなかったら、今ごろどうなっていたのかな」
そう言って彼は酒場へ入り、追加のビア樽を抱えて戻ってきた。
斧を持った男たちがテーブルに硬貨を置き、ジョッキを持っていく。
肉と酒の宴は、夜まで続いた。
ウラキアの町に、アブナガ西部方面軍——テヤトミ・ヒデオの使者が手紙を持って来たのは翌々日の朝だった。
ヒデオみずから、この町を訪問したいという内容だった。
ヒデオは仕事が早すぎると思う。




