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その話は長すぎる

 マブい女にさそわれ、デモ活動に参加した。

 そして俺は死んだ。


 こんな会話をしている時だった。


「これ、休憩(きゅうけい)とかしないの?」

「デモ活動はね、弱みを見せちゃダメなんだよ♡」

 とマブい女は言った。

「あ、俺、それ、わかってるよ。示威行動(しいこうどう)だからな。デモンスレーションは」

「デモンスレーションじゃないよ♡ デモンストレーション♡」

「それ、わかってる」

「理解してくれて嬉しいよ♡」

 マブい。

 7月7日。炎天下。俺はまだ歩ける。

「これ、俺らの仲間、何人くらいいるの?」

「100万人はいてほしいね♡」

「いや、希望とかじゃなくて」

「1000人くらいかな♡」

 俺たちは1000人くらいで列になって歩いていたようだ。


 デモ行進。


 俺が調べたところによると、日本は民主主義をやっている国だ。

 国をやっていく権利は、俺たち有権者(ゆうけんしゃ)が持っていることになっている。

 有権者は、選挙で自分たちの代表を選んで代議士(だいぎし)にする。議会での会議に出席する政治家を選ぶのだ。

 しかし、一人一人がバラバラに投票しているだけでは、安定した組織票と資金を握っているリアル有権者には勝てない。

 だからこうやって大勢で、武威(ぶい)を示してリアル有権者を(おど)しつつ、さらに仲間と資金を集めていく必要があるらしい。


 そして、いい感じな代表が選挙で勝ったとしても、油断はできない。

 代議士は都合のいいロボットではない。心をもった一人の人間だ。時には私欲のために動くこともあるし、嘘をつくこともできる。

 だからきちんと、デモで威圧しておかなければならない時もあるそうだ。


 そこまではわかる。


 だが今日のデモは、よその国とよその国がやっている戦争に反対するためのデモだった。

 なぜそれを日本でやるのか、俺にはわからなかった。

 他人のケンカには口を出したくないとも思っていた。

 覚悟を決めてケンカをしている人たちをどうしても止めたいなら、大勢で近くまで行ってから首を絞めたり脚を折ったりするのが普通だ。

 遠くのデモ行進でどうにかなるとは思えなかった。


 けれども女はマブかった。

 だから俺はクソ暑い日本の空気の中で、ひたすら歩いていた。

 そして顔の汗をぬぐい、空を見上げた時、

 太陽が急にもっと明るくなったような気がした。


 おぼえているのは、そこまでだ。


 ⁉


 気がつくと俺は、まっしろなところにいた。

 体が宙に浮いていた。

 いつから浮いていたのか。

 記憶が飛んでいる。

 警官に殴られたのだろうか。

 あわてて周囲を見る。

 変な女がいた。


屋武沢栄茶(やぶさわえいちゃ)(うぬ)は死んだ」

 そう言った女は、変な女だった。

 ふわふわ浮いているベッドの上に寝そべってふわふわ浮いている。

 真っ赤な着物に金の帯。(すそ)からは足先だけがのぞいている。

 白い空間。女の向こう側には何もない。

 まわりに比較できる物がないため、身長と体重がわからない。肩幅がせまく、手足が長い体型だ。

 女の手元には、古そうな煙管(キセル)。こちらからはよく見えないが、灰皿もあるのだろう。


 警戒はしておくべきだが、このままでは何もわからない。

 とりあえず俺は言ってみた。

「俺はまだ生きてるけど?」

「いや。死んでおる」

「……今から殺されるってこと?」

 周囲に他の人間や犬などはいないようだ。どこまでも白い空間だった。

「ものわかりの悪いやつじゃのう。ゆうておこう。わらわは神じゃ」

「は?」

「信じられぬと言うのなら、話は終わりじゃ。()しがたい」

「いや、信じるよ」

 わりと俺は信じた。

 この女は俺が探しているマブい女ではないが、あるいみ謎のマブさがある。謎の遠さを感じさせるところが逆にマブいと言えるかもしれない。

 この女からは、他人に嘘をつかなければ生きていけないような弱さがまったく感じられない。本当に神なのかもしれない。少なくとも、俺とは根本的にちがうなにかだ。


「で、俺はなんで死んだの? 神様なら知ってるよね」

「知っておる。うぬも知りたいか」

「それはふつう知りたいでしょ」

「ならば、〈講義室〉へ進むことを選ぶか。五次元因果(ごじげんいんが)(ことわり)から、じっくりと学ぶがよい」

「え? なに? 俺が死んだのはなんでかって話だよ? ざっくり教えてよ」

「うぬが死んだ理由を伝えるには、うぬがこれまで生きてきた時よりなお長い話をしなければならぬ」

「そういうものなんか……」

「そういうものじゃ」

「ならいいや。いま、「選ぶ」って言ったよね? 他のアレとかあるの?」

「お、そちらに興味があるか。よろこべ。うぬは〈2周目の世界〉に進むことができる。しかも、うぬは特別じゃ。1周目の世界では、なにひとつ加護を受けておらぬまっさらな体であった。そして、死ぬ間際のところで精霊との縁が生じたからの」

「……精霊?」

「うむ。デモの精霊デモンス・レーションよ。まいれ——」

 女は寝そべったまま右手を上げた。


 ⁉


 その掌の上に、いきなり子供が現われた。

 身長は女の半分以上ありそうだ。

「……重くないんすか? 意外と筋力ある感じだったりするっすか?」

 おもわず敬語になっていた。

「重さはない。これは精霊じゃ」

 と神は答えた。

 まあ俺たちも浮いてるしな。

「重さはないのだ♣」

 俺のほうにふわふわと近づきながら子供が言った。

「ぼくはデモの精霊デモンス・レーション♣ レーションと呼んでほしいのだ♣」

「あ、おう。レーションな」

 わからないことだらけだが、俺の右上でニコニコ笑う子供の笑顔を見ていたら、もうゴチャゴチャ言うのがイヤになってしまった。この子供は精霊。そういうことだ。

 神はクスクスと笑った。

「屋武沢栄茶よ。うぬは1周目の世界に心残りがあるのじゃな」

「……押忍(おす)

「たいそう未練が残っておる。女か」

「押忍。自分は、マブい女を探してます」

「そうじゃろうそうじゃろう。さて、どこにおるのかのう」

「知ってるんですか?」

「他の人間のことを教えるわけにはゆかぬ。神と人の対話は、一対一のものであるゆえな」

「押忍。愚問でした」

「ふふ。されど、うぬの言うマブい女というものは、〈2周目の世界〉に進むより〈講義室〉を選ぶような女であるのかのう」

「……!」

「うぬは、そこなる精霊と共に〈2周目の世界〉へ進むことができる。それでよいか?」

「押忍! お願いします!」

 俺は即答した。

「であるか」神は満足げにうなずいた。「よし。うぬの体も、そのまま持ってゆくがよい。精霊との縁を切らぬのであれば、それも(あた)おう。ただし3周目はないものと心得(こころえ)よ」


 そこからまた記憶が飛ぶ。


 ⁉


 気がつくと、ヨーロッパ的なところにいた。

 重力がある。街中に立っている。

 周囲は騒がしい。

 大昔のヨーロッパっぽい街中で、たくさんの男たちが殴りあっていた。

 体当たりをくらった男が露店につっこみ、蹴りとばされた男が土の上に倒れこむ。

「ケンカを()めるのだ♣」

 と俺の視界の右上で子供が言った。

 ふわふわと浮いている。

 重さがない。

 つまりそれは、力がないということだ。

 つまり、

「俺が止めるのか? このケンカを?」

「おう♣ 無駄なケンカはデモの無駄なのだ♣」

 デモの精霊デモンス・レーションは、そう言った。

「ここにいる元気な人たちぜーんぶ、デモの仲間にしたいのだ♣」

「よし」

 ここがどこかは知らないが、デモ的なことを続けていれば、マブい女に会えるかもしれない。

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