勇者ハンネス! お前をパーティーから追放する!
「そうだ、追放しよう」
その言葉に誰もが胡乱な目で勇者ハンネスを見つめた。
すっかり夜もふけ、ランプだけの小さな灯りが頼りの宿屋の一室。
そこで催されていた勇者の掛け声による飲み会は、開始から既に八時間以上が経過していた。
「追放ってぇ……パーティーから追い出すってことれすか?」
「うん」
完全に酔いが回って舌足らずになっている少女――魔法使いアイリスの確認の言葉に、ハンネスが頷く。
「なんでだよ?」
「やってみたいから」
大酒飲みの大男――戦士マックスの純粋な疑問に、ハンネスは単純な答えを返す。
ただ、やってみたいから。
それだけで勇者が自分のパーティーから人を追い出そうとしている事実に、痩せっぽちの青年――盗賊グイドはハンネスの前にあるジョッキを取り上げた。
「ああ~、盗賊の癖に雑な手口で人の物を奪っていくなよぉ~」
「飲みすぎなんじゃないのか? 明日からしばらく休暇にするとはいえ、それじゃあ初日から二日酔いで動けなくなるぞ」
グイドは常に冷静だ。
盗賊とは名ばかりで実態は密偵や罠の解除といったパーティーの斥候的な役割を一身に担う彼は、明日のハンネスを思い酒を取り上げた。
「はぁい! じゃあ今グイド君が人の物を奪ったということで、窃盗罪としてパーティーを追放します~いえい!」
「こりゃ駄目だ」
普段のハンネスからは考えられないようなぐでんぐでんとした様子に、マックスはやれやれと首を振る。
ところが、勇者のくだらない話に食いついたのはアイリスだった。
「でもぉ……パーティーから追放って、よく聞きますよねぇ~……一人だけ足を引っ張り続けたからとかぁ、コネ目当てで雇っただけだから用済みになったらポイとかぁ……うう、酷い話ですよぉ」
「でしょお!? 理由は色々あるだろうけどさぁ! 自分が雇ったんなら最後まで面倒見なさいよって思うよねぇ! パーティーから追い出すにしても、次の雇用先まで繋げてあげなさいよと! 仲間だったんでしょうと!」
泣き上戸のアイリスがめそめそとし始め、それを慰めるようにハンネスが背中をさすりながら同意する。
マックスもグイドも追放についての勇者の意見には賛成のようで、うんうんと頷いていた。
「だから! グイドを追放しまぁす!」
「なんで???」
全く理由になっていない答えを繰り出すハンネスに、酔っぱらって面倒くさくなっているハンネスの話を流すつもりだったグイドは思わず反応を返してしまう。
アルコールで思考が支離滅裂になっている彼に何を言おうと無駄だと分かっているのに聞き返してしまったのは、グイド自身も思いのほか酔っぱらっていたからだ。
「だってほら、勇者らしくない振舞いじゃないのさ! 追放だよ、追放! 僕だったら絶対そんなことしないもん!」
「パーティーに人に変装した魔物が紛れ込んでてもか?」
「頑張って説得する!!」
ハンネスは勇者と呼ばれるだけあって非常に人格者だった。
実際に彼はこれまでの冒険で魔王の手先として襲い来る魔物を致し方なく倒すことはあっても、何もしていない魔物にまで積極的に退治しに行くことは無かった。
どころか、魔王の口八丁で乗せられただけの魔物と辛抱強い話し合いを経て剣を交えないまま解決まで持って行ったことが何回かある。
そんな彼が言うことなので説得力が段違いだった。
「せっかくならさぁ、一度くらいは僕らしくないことをあえてやってみるのもいいかなってさぁ……だから、グイドは追放!」
「はいはい……」
「でもよ、追放理由が酒の窃盗ってしょっぱくないか?」
と、ここでマックスがどうでもいいことを指摘する。
別に追放が目的なら理由なんてどうでもいいんじゃないのと呆れた視線をマックスに向けるグイドだったが、たちの悪い酔っ払いと化した勇者にはそれでエンジンが入ってしまった。
「たしかに! う~ん……じゃあ、形見の酒だったからとかにする?」
「そこの樽から注いだだけのビールがなんで形見なんだ」
グイドの返しにハンネスが首を振る。
「違う違う。そのビールはアイリスが死ぬ前に『勇者様……これを……』って注いでくれた死に際の遺品だよ」
「死ぬ間際に酒注いでんのはなに???」
誰が死に瀕した状態で酒を注ぐというのか。
どだい彼女が酒場のウエイターだったとして、あまりにも使命感に溢れすぎだ。
「うぇ~ん、わたし死んじゃうんですかぁ~!」とめそめそからべそべそに進化したアイリスを捨て置き、ハンネスはありもしない妄想を繰り広げ始める。
「僕とアイリスとグイドは同じ村で育った仲間だった。志を共にした三人は大きくなって魔王討伐のために村を出る。道のりはつらく険しいものだったが、三人は力を合わせて乗り越えてきた……しかし、ある日三人の間に亀裂が生まれてしまうんだ。僕はアイリスと好き合っていたが、グイドもまたアイリスのことを愛していたんだ。道中で互いの気持ちを伝えて恋人同士になったことを報告されたグイドは、嫉妬の炎に駆られて酒場でアイリスを刺してしまう。逃げるグイド、駆けつける僕……涙を流しながら体を抱く僕にアイリスは言うんだ。『ハンネスのために取っておいた一杯だったんです』と……」
「うおぉぉ~! 悲しい話じゃあねえかよ……!」
「グイドさんごめ゛んな゛さい~! わ゛たしの体も心も゛一つな゛んです゛ぅ~!」
「それは酒盗ったことよりも刺したことの方が重大な理由じゃない???」
そこそこ筋書きのあるドラマに感動したマックスまでもが涙を流し始めてしまい、場の混沌度合いが洒落にならなくなってきていた。
あまりの馬鹿話にグイドは言葉も無かったのだが、自分だけ嫌な役で追放されるのも癪だったので矛先を戦士に向ける。
「じゃあマックスが追放される場合は?」
「マックス? う~ん……」
「ハンネスにこのパーティーの大戦力、マックス様を追放できるかぁ?」
挑発するようにマッスルポーズを取ったマックスを唸りながら眺めていたハンネスは、立てかけられた戦士の大斧を目にすると目を輝かせてそれを指さした。
「戦士は血を求める飢えた狂戦士と化したから追放!」
「血を求める飢えた狂戦士と化したから追放!」
意味が分かっているのか分かっていないのか、同じ言葉を繰り返したマックスは興奮しながらジョッキを呷る。
泡で口ひげを作った彼は、「それでそれで?」と勇者に続きを促した。
「マックスはパーティーにとって重要な戦力だった。圧倒的なパワー、相手の攻撃をものともしないタフネス……しかしそれは、全て呪われた斧から与えれられた力だったんだ!」
「な、なにィ~!? お前……そうだったのか!?」
「うわ~ん大変ですぅ! 解呪! 解呪!」
「こいつの妄想だから! 魔法の無駄打ちすんな!」
斧に語り掛けるマックス。斧に解呪呪文を打つアイリス。
魔法使いに無駄な魔力を使わせないようにグイドは杖を取り上げる。
「斧は持った者に凄まじい力の代償として破壊の衝動を植え付ける呪われた力を持っていた。マックスはパーティーの戦力として魔物と戦うことで斧の呪いを有効活用できていたが、日に日に斧の呪いは力を増して魔物も人も関係なく常に何かを叩き斬らないといけないほどの破壊衝動に襲われるようになる。僕が気づいた時には既に遅く、斧を取り上げても長年植え付けられた呪いはマックスの精神と一体化してしまっていたんだ。そして暴走したマックスが突然暴れ始め、応急処置的な拘束から抜け出すと道を歩いていた子どもに襲い掛かる! あわや大惨事……と思いきや、子どもに覆いかぶさったマックスの上からは空飛ぶ魔物が! 慌てて魔物を追い払う僕たち。マックスは魔物に気が付いて咄嗟に子どもを庇っただけだった……マックスは子どもには破壊衝動が出なかった。本能的に守るものだとわかっていたんだろうな。だから僕は『呪いの衝動から抜け出せるようここで頑張れ』と彼に街の孤児院を任せる形で追放したんだ」
「なんてこった……俺が偽りの力を求めたばかりにとんだ悲劇が起こるところだったなんて……」
「でも、マックスさんの優しい心は子どもを守るものだってちゃんとわかっていたんですねぇ……!」
「元々の孤児院をやってた人が危なくないのかそれは……」
グイドは前の街で新調されたばかりの斧が泣いているように感じられた。
そうだよな、急に変な呪い持ってることにされたら嫌だよな、と斧の柄をハンカチで拭う。
彼は「すみません……」と謝る斧を、「いや、あいつらが悪いから気にするな」と慰めた。
「あ、あのぅ、わたしも追放されちゃうんでしょうかぁ……」
盗賊、戦士ときたら次は自分かと身構える魔法使いアイリス。
ハンネスが勿論とばかりに笑顔で頷く。
「するする! 超追放する! アイリスは~……魔王の娘!」
「へえぇ~!? わ、わたしが魔王の娘ぇ~!?」
魔王には娘なんていないだろ、とグイドが突っ込みを入れる前にハンネスは話を続けた。
「僕は魔王討伐の旅の前に教会から派遣されてきたっていうアイリスと出会う。なんの疑いもなく彼女をパーティーに受け入れた僕はそのまま旅をするんだ。アイリスは何度も勇者を暗殺できる機会があったのにそうはしなかった。本当に父である魔王が言うように人間を滅ぼすことが世界のためになるのか疑っていたんだ。そうして迷いながら旅をする中で、アイリスは人の心に触れてやはり父親の考えは間違っていると思い直すんだよね。そしてついに魔王と対峙した時、アイリスは自分が魔王の娘であることを暴露されながらも魔王の戻ってこいという言葉を無視して僕と彼を打ち倒すんだ。『わたしは自分が魔王の娘だということを隠して皆さんを騙していました。皆さんと一緒に人間のいる国には戻れません。魔王の娘として父の後始末をするのでパーティーから追放してください』というアイリスに、僕は仕方なく追放を言い渡す。『分かった、君を勇者のパーティーから追放する。だから、君が父の後を継いで魔界を平定して人間と和平を結んだらパーティーに戻ってきてくれ』ってね」
「うおおおおお~~~~!! アイリス、お前……! 悩みながらも答えを出して平和を求めたんだな……!!」
「うわあぁ~ん! 勇者様、わたし魔界で頑張りますぅ! がんばってまたみなさんに、あ゛い゛に゛い゛き゛ま゛す゛~!!」
マックスとアイリスの大号泣で足首の関節くらいまで部屋に水が溜まっている。
グイドはもはや勇者の語りに一種の感動すら覚えながらも、ジョッキを使って部屋の水を窓から外に掻き出そうとしていた。
が、掬っても掬っても何故かジョッキに水が入らない。
首を傾げて窓際から振り返ると、いつの間にか勇者たちは天井でテーブルごと逆さまになって酒を飲んでいるのではないか。
ふざけ過ぎじゃないのかと注意しようとしたグイドは、ふと勇者だけは追放されていない事に気が付いた。
ハンネスがリーダーのパーティーなのだから彼だけが残るのは理解できる。
だが、それではあまりにも理不尽だ。
「ハンネス、お前も追放だ」
「えぇ? 僕もぉ?」
不満げな声を上げる勇者だったが、アイリスとマックスもグイドの提案に乗っかって「そうだそうだ!」「追放ですぅ!」と盛り上がる。
「お前は……そう、勇者としての正義感が強すぎた。どんな小さな不正でも、それが間違いなら容赦なく相手を断罪するんだ。ある日、ハンネスは街中でいたずらをする子どもを見かけた。その男の子は毛虫のおもちゃを女の子に投げつけて怖がらせていたんだ。それを見たハンネスは男の子を持ち上げると思い切り地面に叩きつけてこう言うんだ、『ごめんなさいは?』と」
「ヤバ……」
「い、いくらなんでもひど過ぎますよぉ!」
ドン引きするアイリスとマックスにムッとしたグイドは、「じゃあお前らは?」と問うと、先にマックスが手を上げた。
「ハンネスは女癖がすごく悪いんだ! とにかく女、女、女! アイリスにはセクハラしまくるし、街を魔物から守った報酬に女を要求するし、雌の魔物にすら言い寄るほどの女好き! スカート捲りは日常茶飯事。覗きもボディタッチもナンパもしまくって、挙句の果てにはパーティーの資金を常に娼館で使いこんでるときたもんだ。色んな街から出禁状態。ついにはそれが王様の耳に届いて勇者の資格をはく奪されてパーティー追放と……」
「うわ……」
「お、女の敵ですぅ!」
ちょっと生々しい話にグイドは苦虫を嚙み潰したような顔になる。
当の本人は先ほどから聞いているのかいないのか微妙な表情だが、アイリスは杖をハンネスに向かって構えるほどだ。
「勇者様はそういうのじゃなくて……実は人間と魔物との争いを引き起こした張本人だったんですよぉ! 陰で意図的に人間と魔物の間に対立構造を作り上げて、お互いがお互いを憎しみ合う状況を愉しんでいるんですぅ! まずは人間側の力を借りて魔王討伐の名目をもとに魔界を手中に収め、今度は疲弊した人間側を適当な理由で攻め滅ぼして世界征服をするつもりなんですからぁ! しかも! ただ自分が愉しいからという理由だけで!!」
「…………」
「…………」
限度が無いか? とグイドとマックスが目を合わせる。
そうしたのもつかの間、ハンネスは椅子から立ち上がると高らかに拍手の音を響かせた。
「素晴らしい! 追放に値する素晴らしい内容だった! これはもうどうしようもない!」
「おお~!」
わけもわからず拍手の音を重ねるアイリス。
そしてハンネスはひとしきり拍手を終えると、まずグイドを指さした。
「盗賊グイド! お前を窃盗と殺人の罪でパーティーから追放する!」
「「追放! 追放!」」
「クソ……わかったよ」
アイリスとマックスが囃し立てる中、グイドは忌々しい顔をしながら頷いた。
次にマックスが指を指される。
「戦士マックス! お前を療養のためにパーティーから追放する!」
「「追放! 追放!」」
「俺は必ず戻るぜ!」
今度はアイリスとグイドがコールを重ね、マックスは暑苦しい笑顔でサムズアップをした。
三番目はアイリスだ。
「魔法使いアイリス! お前を人類と魔族の平和のためにパーティーから追放する!」
「「追放! 追放!」」
「うぅ……つらく険しい道のりの始まりですぅ……」
マックスとグイドの声にアイリスは涙を流した。
そうして最後、残った勇者は三人から一斉に指を指される。
「一つ、正義の名のもとに独善的な暴力を振るった罪!」
「ふたぁつ、女癖が悪すぎて勇者の資格がなくなった罪!」
「さ、最後に人と魔物の軋轢を自分の欲望のために生み出した罪で――」
「「「勇者ハンネス! お前をパーティーから追放する!」」」
三人からの宣告にとても満足した表情で何度も頷いたハンネスは天に腕を突き上げる。
「追放!」
「「「追放!!」」」
「追放!」
「「「追放!!」」」
「「「「追放! 追放! 追放! 追放!」」」」
鳴りやまない追放コール。
目的を見失った……当初から目的など何もなかった宴が終わったのは、東の空が薄く輝き始めた頃合いだった。
「うぐっ……頭が割れるように痛い……」
目覚めたグイドは起き上がって目にした部屋の惨状に目を疑った。
口が開けっ放しで全て中身が出た酒樽。何故か全て逆さまの椅子。積み重ねられて天井まで届いたジョッキ。服を着せられた斧。ベッドのシーツではなくカーテンにくるまって寝ているアイリス。机の上で丸まっていびきをかくマックス。
昨夜のことをほとんど思い出せないまま、とにかく顔を洗おうと扉に手をかけるとちょうど扉が開いてハンネスが現れた。
「おお、先に起きてたのか」
「ああ、うん……」
どこか困惑した表情の彼は、手にしていた紙を広げて気まずそうに頭を掻いた。
「なんか、問題解決した」
「は?」
「町長が色々自白して……ついでに魔王城の地図手に入った」
そんな馬鹿な、とグイドは紙を手に取る。それは確かに魔王城の内部の地図のようだった。
そもそもこの街に来た理由は、町長が魔王と裏で繋がって魔物を使い悪事を働いているという話を耳にしたからだ。実際、町長には疑わしい動きがいくつもあった。
ところが、町で起こった問題からどうしても町長に繋がる証拠が得られずにそこそこ長い期間足踏みをしていたのである。
調査が行き詰ったハンネスたちは一旦思考をクリアにする為にも休息を取ろうと、昨晩その始めとなる宴が開かれたのだった。
「なんで急に……今頃良心の呵責に苛まれたのか?」
「『殺さないで下さい! せめて斧は止めて下さい!』とか、『魔王様に逆らったわけじゃありません!』とか、『町の女はいくらでも差し出します! うちの女房も娘も持って行ってください!』とか……かなり錯乱していたよ。あんなに怯えるなんて、一体何があったのやら」
「なんだそれは……ん?」
グイドの脳に引っかかる違和感。
何か町長の言葉に思い当たる節がある。身に覚えがないはずなのに内容を知っているような、そんな感覚。
台詞がぐるぐると頭の中を駆けまわり――グイドの脳内に昨晩の記憶が蘇った。
「あ」
「え? あっ、グイド! どこに行くんだ!」
宿の階段を駆け下りたグイドは、カウンターにいる宿の主人が自分の顔を見た瞬間奥に引っ込んだのを見て確信した。
外に出てみると、大通りにも関わらず人通りが全くない。ここに来てからというもの、太陽が昇っている間は人通りが途切れたことなどないはずなのにだ。
別の通りに走っていくと人はいたが、グイドの顔を見た瞬間全員がザーッと波のように引いて行った。
怯え、恐れ、慄き……一様に化け物でも見るような表情で走り去っていく人々。
家の窓を見てみれば目があった町人が慌ててカーテンを閉める。店に行けば店主が物を片付けだす。
しまいには盗賊特有の気配殺しでこっそりと建物の角から聞いた町人の会話の内容がとんでもないものだった。
「聞いたか? 町に居る勇者のパーティー、一人が勇者様の女を刺しちまったってよ」
「ええ? 勇者ってめちゃくちゃ女好きのサディストなんだろ?」
「ああ、だからそいつはパーティー追放になったらしい」
「俺も聞いたぞ。勇者のパーティーに居る巨漢の男、すっげー殺人鬼だって。斧で千人くらい殺してきてるらしい」
「女が魔族だって聞いたが? しかも魔王の娘らしいじゃん」
「え? なんで勇者と一緒に居るんだ? もしかして勇者じゃなくて実は町を滅ぼしに来た魔族じゃないだろうな」
宿の一部屋で繰り広げられたくだらない戯言がすっかり歪んで町中に広まっていた。あれだけ騒げば外まで筒抜けだったに違いない。
このままでは相互に追放しあった謎の大悪党集団として誹りを免れないと察したグイドは、事態の収拾を諦めすぐさま宿に戻りマックスとアイリスも叩き起こして状況を説明した。
「ああ、だから町長は自分の身が危ないと思って探してもいない魔王城の地図までくれたのか」
「悠長に納得してる場合か? すぐにこの町を発つぞ」
「駄目だよ。誤解は解いて行かないと……」
「馬鹿! こんな状態でみんなが話を聞く訳ないだろ! 早く準備しろ!」
こうして逃げるように町を去った勇者一行は、思わぬ形で手に入れた魔王城の地図を活用して危なげなく魔王を討つことに成功した。
その後も時々ではあるが色々な町で「勇者様は人の嫌な部分を集めたクズだと聞いてましたがやはりでたらめですね!」とか、「こんなに優しい方を魔王の娘だなんて言う輩が居たんですよ!」とか、「あんたほどの男が呪われた武器なんて使わねぇよな!」とか、「誰だこんな男を嫉妬に狂った鬼呼ばわりしてたのは」とか……あの町で広がったであろう噂をもとにした話を聞くたび、勇者一行は曖昧な笑みを浮かべるしかなかったという。
人の噂も七十五日。しかして人の口に戸は立てられぬ。
今もどこかで勇者たちの噂話は尾びれだけで泳ぎ回っているそうだ。