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自業自得


「チ、チクショー、さ、寒い」


寒さで俺は歯をカタカタと鳴らしながら呟いた。


此処は12畳程の広さの監房。


コンクリートが打ち放しで窓はひび割れた薄いガラスが嵌められただけの物、そこから冷たい風がビュービューと吹き込んで来る部屋。


そんな場所に40人の収容者が詰め込まれている。


12畳の部屋に40人も詰め込まれれば人権侵害だと訴えるところだが、作業服と小学校の上履きのような紐なしの運動靴それに薄っぺらな毛布1枚しか支給されていない、だから猿のように団子状に固まって暖をとっている俺たちが看守に文句を言えば、此処より狭いが同じようにコンクリートが打ち放しで風が吹き込む部屋に1人で放り込まれるだけ。


そんな部屋に1人で放り込まれたら明日の朝を迎える事は絶対不可能。


俺たちは支給されている作業服に運動靴のまま雪掻きの労働という強制労働をやらされる。


雪掻きの道具を渡され1人1人が此処から此処までと区分けされた区間の雪掻きを、朝の5時から夜の8時まで休息無しでやらされるのだ。


雪掻きを終え刑務所に戻って来た俺達に支給される食事は、味付けがされていない肉どころか野菜の屑さえ浮かんでいない冷めたスープにこれまた冷え切って硬くなった小さなオニギリが2個、朝と全く同じメニューの食事。


俺がこんな目にあうのは去年の10月の終わり頃ボランティアの炊出しを食っている時に知り合った爺さんに、教えられた事を鵜呑みにして実行に移したからだった。


夏の終わり頃に失業して住み込みだった部屋を追出され冬になったら死ぬだけか? と不安を口にする。


「今日も何とかなったけど、冬になったらどうなるんだ? 凍死する未来しか見えないな」


そうしたら偶々ベンチの隣に座って炊き出しを食べていた爺さんが話しかけて来た。


「刑務所に収監して貰えば良いのさ」


「え、刑務所に?」


「あぁ、食い逃げや乗り逃げなどで捕まれば、だいたい3ヵ月くらいで釈放される」


「刑務所かぁ……」


「勧めはしないよ、儂も冬を乗り切れ無いと感じた時しかやらないからね」


それから細かい事を幾つか教えて貰った俺は、11月の終わり頃に仲間数人と高級焼肉店で数十万円相当の肉や酒を飲み食いして捕まり、刑務所に収監されたって訳だ。


同房の者たちは全員、同じように食い逃げや乗り逃げを行った奴ら。


ある日、雪掻きを終え刑務所に戻され点呼を行う為にグラウンドに整列させられていた俺に、声をかけて来た奴がいる。


「あれ、あんたも此処に収監されていたのかい?」


俺に食い逃げのやり方を教えた爺だった。


「あ、あの時の爺! お前の所為でとんでもない目に合わされているんだぞ」


爺も雪掻きの強制労働から戻って来た所なのか雪掻きの道具を持っている。


だけど同じなのはそこまで、作業服に運動靴だけの俺たちと違って爺は暖かそうな分厚いジャンバーとズボンに長靴姿。


「儂の所為だって?」


「そうだよ! あんたは何故か暖かそうな服を着て長靴を履いているが、俺を見ろ! この雪降る夜空の下薄っぺらな作業服に運動靴なんだぞ」


「あんたは何をやって収監されたの?」


「食い逃げだよ! 仲間数人と高級焼肉店で数十万円相当の焼肉や酒を飲み食いして捕まったんだ」


「それじゃ儂の所為では無く、あんた自身の所為じゃないか」


「何でだよ!」


「刑務所に収監されて冬を越す此のやり方は、儂のように年寄りや職にあぶれた者が最後の最後に取る手だ。


刑務所に収監される為に真っ当に働いている人の物を奪うのだから、出来るだけ損害が少ないようにしなければならない。


儂が此処にいる理由は回る寿司屋で一番安い皿を一皿食い逃げしたからだ。


それが儂とあんたの待遇の違いだよ」


「どういう事だよ?」


「此処で働いて得た金の内訳は、最初に被害者に支払われる被害金とそれにかかる利子。


次に罰金。


その2つの支払いが終わると、最後に刑務所内で過ごす儂らの衣食が引かれる。


だから儂が此処で得た金は被害金とその利子に罰金が引かれたあと、儂が着ている防寒着や朝昼晩の食費が引かれ残りは刑務所から出された時に渡される賃金として貯金されるのだ。


翻ってあんたは被害者に与えた金額が大きいから罰金の額も大きく幾ら数人がかりで返すとはいっても、1日で得た金の大半が被害金や罰金に当てられて衣食に回される金が殆ど無いのだ、それが儂とあんたの服装や食事の質の違いだよ。


だから儂の所為では無く、あんたの自業自得だよ」


そう俺に言い捨てると爺は、寒さに震え歯をカタカタ鳴らす俺を尻目に暖かそうな建物の中に入って行った。







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