狼少年法 ②
「すみませんね」
「救急車はタクシーではありません。
本当に必要な時にだけ、電話するようにしてください」
救急車に乗務している救急隊員たちは俺にそう言ってから帰って行く。
アパートの近くに緊急病院があるので、終電で帰ってきてタクシーが捕まらないない時によく利用させて貰っているのさ。
俺が救急車で帰宅した事に気が付いた隣の部屋の爺が、説教するように苦言を言って来る。
「あんた、この前も救急車で帰宅していたけど、いい加減にしなさいよ。
あんたのせいで、本当に救急車を必要とする人の搬送が遅れるかも知れないんだから」
「うるせえんだよ!
おめえには関係ないことなんだからグダグダ抜かしているんじゃねー!」
爺は俺の罵声を聞いて顔を真っ赤にして部屋に引っ込んで行った。
救急車をタクシー代わりにしてから1週間程経ったある日、アパートの郵便受けに住んでいる街の警察署が差出人の封筒が入っているのに気が付く。
警察署からの封筒に俺は首を傾げる。
封を切り中に入っていた紙を引っ張り出して内容に目を通す。
「○月○日、あなたが不必要な救急車の出動を要請した頃、本当に必要な救急車の要請を行った方が救急車の到着が遅れた事により死亡しました。
因果関係は今の所不明ですが、場合によっては逮捕状が出ます。
逮捕状を出されたくなければ、○月○○日までに警察署に出頭してください」
逮捕状だとー? 「チィッ」
逮捕状なんて出されたら面倒な事になるから、行きたくねーけど明日は土曜日で会社休みだし警察署に顔出してくるか。
警察署に行き受付に封筒の紙を見せると署内の一室に通される。
暫く椅子に座って待っていたら部屋のドアがノックされ私服の男が入って来た。
「お待たせ致しました」
男は俺に声をかけながら机を挟んだ向かい側の椅子に腰掛け、持ってきた書類を見ながら言葉を続けた。
「あなたは○月○日以前にも十数回、不必要な救急車の要請を行っていますよね?」
「要請したのは認めますけど、要請を行った時は本当に腹が痛かったり、息苦しさを感じたりしたんですよ」
「そうなのですか?
でも普通だと1~2回同じような事が起これば、救急車が出動して病院に搬送されるまでの時間だいたい10分から20分の間様子を見て、それから要請を行うかもしくは周りの人に助けを求めるのではないのですか?」
「要請した時、偶々近くに人がいなかったんです」
「本当ですか?
我々はあなたに出頭を要請する前に、駅前であなたが救急車の出動要請を行っている時の映像、市が設置した監視カメラや駅前の商店が独自に設置した防犯カメラの映像を手にいれています。
それを見ると、あなたの周りには多数の人が映っていますし、電話をかける前やかけた後のあなたの様子が映っていました。
そこには、救急車が到着するまで煙草を吸っているあなたの姿が映っているのですが、これについて何か言う事はありますか?」
調べられているのか? どうしよう? 認めたら逮捕されるのか? 聞いてみる事にする。
「あ、あの……、不必要な電話をかけたと認めると、逮捕されるのですか?」
「認めずに白を切った場合、我々は徹底的亡くなった方との因果関係を調べあげて逮捕もありえます。
しかし認められたら場合は逮捕はありません。
この腕輪を装着して頂く事になるだけです」
「そ、それって、悪戯電話をかけた奴がつけられる首輪と同じ物?」
「違います。
これを装着しても、電話やメールを発信する事はできます。
この腕輪の機能は、あなたが救急車の出動を要請した時にあなたの脈拍を調べ、不必要な電話をかけていると判断した時などに音声による警告が発せられるだけです」
「ほ、ホントにそれだけ?」
「はい。
不必要な救急車の出動要請を行わなければ、普通に生活できる物です」
「装着の期限ってあるの?」
「あります。
最初3年間装着して頂き、改心したと認められれば以降の装着は免除されます。
ただし、免除後にまた不必要な電話をかけた場合は次は一生装着が命じられます」
「改心しない奴もいるんですか?」
「ええ、いるのですよ、改心しない人が、で、どうしますか? 装着していただけますか?」
「はい、装着します」
装着してから3週間経った今、俺は即答した事を悔やんでいる。
昨日雨に濡れて帰宅したのが悪かったらしく、朝起きると身体がダルく頭がガンガンする。
熱を測ると39度近かった。
暫く考えたあと救急車の出動を要請する電話をかける。
耳に当てたスマホから流れて来たのがこれだった。
「アナタノミャクハクカラスイソクシテ、キュウキュウシャノシュツドウヨウセイガデキマス。
タダ、ウデワガゴサドウヲオコシテイルカノウセイモアルノデ、マワリノヒトニデンワヲカケテモラウヨウニ、ヨウセイシテクダサイ。
アナタノミャクハクカラスイソクシテ、キュウキュウシャノシュツドウヨウセイガデキマス。
タダ、ウデワガゴサドウ……」
俺は悪寒で震える身体を引きずるようにして隣の部屋のドアを叩く。
ドアが開き顔を覗かせた隣の爺さんが俺の顔を見て吐き捨てるように声をかけて来た。
「何か用か?」
「す、すいません……、救、救急車を呼んで貰えませんか……」
「手に持っているのはなんだ? スマホだろ、自分でかけろ! 」
「壊れちゃって……」
「だったら、この先のコンビニの公衆電話を利用したらいいだろう。
どうせタクシー代わりの出動要請だろ。
お前の悪巧みに加担する気なんてないんだよ! 」
それだけ言うと爺は俺の鼻先を掠めるようにドアを閉めた。
コンビニに行くより救急病院の方が近い、タンスから上着を引っ張り出したところで俺の意識は無くなった。