二者択一法……終身刑
「被告は二者択一法、死刑と仮釈放の無い終身刑の内の何方か一方を、弁護士と協議の上で、被告自身が選ぶように。
被告が選択するまで、休廷とします」
独房に移された俺の所に弁護士が足早に近寄って来た。
「弁護士さん、初めて聞いたんですけど、二者択一法って何ですか?」
「今からご説明します。
十数年前から我が国の死刑制度に対して、諸外国とくにヨーロッパの国々から死刑制度を廃止するように圧力がかけられていました。
これに対し国民からは作今の凶悪犯罪に対して死刑もやむなしの声が多数上がっている為に、はいそうですかで廃止する訳にもいかない。
そこで国が考え出した妥協案が二者択一法なのです。
どういう事かというと、死刑と仮釈放の無い終身刑を被告自身に選ばせるという事です。
どちらにしますか? 私としましては死刑がおすすめなのですが」
「冗談じゃない、死ななくて済むのなら終身刑の方がましでしょうが」
「でも一生刑務所から出られないのですよ」
「死ぬよりましだ!」
「分かりました、終身刑を選択で宜しいですね」
「ああ、それで頼みます」
法廷に戻された俺に対して裁判長が刑を言い渡す。
「主文、被告を二者択一法の内、仮釈放の無い終身刑に処す」
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強く揺すぶられる振動を身体に受け俺は目を覚まさせられた。
乗せられている護送バスの金網が張られた窓から外を見る。
バスの進行方向に見えるのは……ん? 工事現場のようだった。
『何だ? 未完成の刑務所なのか?』
整地された広い工事現場の真ん中付近にポツンと一棟の建物があるだけで、刑務所らしき物は見当たらない。
建物のある広い整地されたところをグルっと囲むように穴が掘られている。
穴の此方側って言うか手前側に数基の大きなクレーンが設置されていて、パレットに載せられたドラム缶が穴の中に下ろされて行く。
護送バスは2〜300メートルの幅がある穴の上に架けられた橋を渡って、整地された工事現場の建物に向けて走る。
橋を渡っている途中に穴の中を見下ろす。
見下ろした俺の目に映ったのは数百メートルはありそうな凄く深い穴でその穴の底を埋め尽くすように、沢山のドラム缶が積み重ねられて置かれていた。
クレーンで吊るされ下りて来たパレットに載せられたドラム缶を、ショベルカーがパレットから降ろしたり積み重ねたりしている。
橋を渡りきった護送バスは建物に近づき自動で開いた門の中に入って行く。
自動の門は3重になっていて1ツ目の門が完全に閉まりシューという音がしてその音が止むと、2ツ目の門が開き護送バスが2ツ目の門の中に入り門が閉め切られるとまたシューという音が聞こえる。
その音が止むと3ツ目の門が開き護送バスは中に進み3ツ目の門が閉まりシューという音が聞こえた。
シューという音が消えると、バスから降りるように俺を護送して来た警察官に指示される。
降りるよう指示した警察官はバスから降りたらバスの横にある扉を開けて中に入り、突き当たりまで行くようにとも言う。
扉を開けて中に入ると10メートル程の通路があって突き当たりに別な扉があった。
突き当たりの扉の前まで行くと扉は自動的に開いたので中に入る。
扉の中はシャワー室? みたい感じで、俺が中に入ると扉がまた自動的に閉まり天井や壁からミストのような細かい水が噴き出した。
水の噴き出しが止むと続いて強力な風が天井や壁から噴き出して、俺の全身を濡らしていた水を吹き飛ばす。
風の吹き出しが止まると入って来た扉の反対側にある扉が開く。
開いた扉の先には数人の刑務官がいてその中の1人が、バインダーに挟まれた書類を見ながら声を掛けて来る。
「三木昭二、62歳だな?」
「は、はい、あ、あの」
「ん? 何だ?」
「此処は刑務所なんですか?」
声を掛けて来た刑務官は、他の刑務官が俺の後ろに回した腕に手錠を掛けているのを見ながら返事を返して来た。
「あぁ、此処は新設の刑務所だ。
建物が此処しか無いから不思議に思っているようだが、収容者がいるのは地下だ。
此の刑務所は東日本大震災で事故を起こした原発の近くに建てられている。
お前も此処に来るとき見ただろ? 此の建物を囲むように掘られた深い穴を。
あの穴に下ろされているドラム缶の中身は、事故で散らばった放射能で汚染された物が詰まっている。
国民には内緒だがあの穴が最終処分場なのさ、だから地下にある刑務所から脱獄しようとしても生身で橋を渡る間に被爆する。
だから脱獄しようなんて考えない事だ。
それと此の刑務所は収容者、模範囚により運営されている。
食料や刑務所内で生産出来ない生活必需品などは此方から渡しているけどな。
ま、そういう訳でお前は地下で模範囚たちに引き渡される。
まぁこれ以外の質問はその模範囚たちに教えて貰え、それじゃ行こうか」
刑務官はそう言って俺に付いて来るよう促す。
刑務官たちに取り囲まれ、また別な扉から部屋の外に出て通路を進むと広いエレベーターホールに出た。
荷物搬入用エレベーターと思われる大きな扉と、収容者を地下に送り込むエレベーターの扉が幾つか並んでいる。
荷物搬入用エレベーターの大きな扉は分かるけど、何で収容者を地下に送り込むエレベーターが数基あるんだ?
俺が疑問に思い首を傾げていたら、刑務官がその数基あるエレベーターの1基の扉を開いた。
扉か開いたエレベーターの中の床には、胸が小さく上下している事でかろうじて生きていると分かった痩せ細った男が1人転がっている。
「此奴は地下でエレベーターから降りる事を拒否して上に戻って来た。
だけど地下に送り込んだ収容者を此方側で出す訳には行かないんで、降りるまで放置している。
まぁ完全に事切れたら下の模範囚に片付けさせるがな。
それがお前が今疑問に思った事への答えだ。
此奴と同じ目に会いたく無かったら、下で扉が開いたら直ぐにエレベーターから降りろ。
下は此のエレベーターホールと違って真っ暗だから、エレベーターの扉が閉まり明かりが無くなるまでに外に出て、迎えが来るまでそこで待機していろ。
数分から数十分待って入れば迎えの模範囚が来るから、それまでの辛抱だ」
俺は1人エレベーターに乗る。
3重の扉が閉まるとエレベーターが動き出した。
地下にあるという刑務所は何れ程深いところに造られてるのか、エレベーターが停止するまで十数分掛かったように感じる。
エレベーターの3重の扉が開くと刑務官が言っていたように扉の向こう側は真っ暗、エレベーター内で干からびたく無いから恐る恐るエレベーターから出て、エレベーターの明かりで照らされている床に体育座りして迎えを待つ。
エレベーターの扉は俺がエレベーターから出た途端に閉まり、戻って行く音が背後から微かに聞こえていた。
体育座りのまま暫く待っていると、耳に正面側の闇の向こう側から多数の人が歩く足音が聞こえて来る。
足音が止まったと思ったら、ギギギィィィと音を立てて正面側の壁が、あ、扉があったのかが押し開かれた。
押し開かれた扉の向こう側に複数の人のシルエットが浮かび上がる。
扉の向こう側から差し込む逆光の所為で、此方を覗き込んでいるらしい人のシルエットしか見えない。
そのシルエットの1つから声が飛ぶ。
「名前を言え!」
「は、はい、三木です、宜しくお願いします」
「馬鹿野郎! 確認の為に聞いているんだからフルネームで答えろ!」
「すいません、三木昭二、62歳です」
「名前だけでいいんだよ、余計な事まで喋るな!
質問があれば聞いてやるから言え、ただし質問のうちお前自身に関するものはお前を独房に押し込んでから答えてやる、あと手錠を外すのも独房に入ってから外してやる。
分かったら立ってついて来い」
立ち上がってシルエットの方へ歩み寄る。
歩み寄って行く俺を、声を掛けて来た男以外の男たちが取り囲む。
その1人が話し掛けてくる。
「暴れたり逃げようとするなよ、俺たちは空手や柔道の有段者だから、それに此れもあるからな」
話し掛けて来た男は所持している警棒をチラっと見ながら言った。
俺は首を上下に数度振り逆らわない事を示す。
先頭を歩く最初に声を掛けて来た男が聞いて来た。
「それで聞きたい事はあるか?」
「あの、皆さんは模範囚なのですか?」
「そうだ」
「模範囚になると釈放が早くなるとかあるんですか?」
「無いな、此処に入れられてる収容者は全員、死刑囚か終身刑囚だけだから俺たちを含めてな。
ただし模範囚は色々と特典が与えられている」
「どんな特典を?」
「空を見る事か出来る」
「空?」
「あぁ、此の地下の刑務所じゃ外を見る機会なんて無い、だけど俺たち模範囚は透明なガラスが嵌められた天井がある休息室を利用する事が許されているんだ。
模範囚以外の収容者は此の刑務所に収容された後は、一生青空を見る事は出来ないが俺たちは見れる。
風向きにもよるが、運が良いと風に運ばれて来た桜やその他の花々の花弁を見る事もできる」
男に色々と模範囚になった時の特典を教えられていた俺の耳に、前方から狂った人の笑い声や叫び声が聞こえて来た。
長い通路の先、笑い声や叫び声が聞こえてくる分厚い扉が開けられその中に入るよう促される。
分厚い扉の向こう側にも通路があり、通路の左右に沢山の扉があった。
その左右の扉の幾つかから狂人の笑い声や叫び声が聞こえる。
それらの扉の近くの扉が開けられ中に入るよう指示されたので扉の中に入ろうとしたら、直ぐ隣の扉の中から弱々しい声で助けを求める声が微かに聞こえた。
「た、タスケテ、何か食わせて、お願い……」
扉の中は縦横高さ全てか1メートル程の狭い部屋で、全面に緩衝材が張り巡らされている。
狭い部屋にたじろぎ中に入る事を躊躇していたら、背中を押され部屋の中に押し込められた。
扉に背を向けている俺に声が掛けられた。
「狭い部屋の中で方向転換するのも一苦労だろうからそのまま聞け。
扉が閉められたら扉に付いている窓から腕を出せ、手錠を外してやるから。
そんで此の部屋がお前の終の住処になる。
お前は此処から一生出られ無い、とは言っても死ねば出られるけどな。
それで、食事の配膳や大小便の処理は俺たち模範囚の仕事になる。
あ、大小便は此の袋に溜めて置いてくれ」
背後から大きな袋が放り込まれる。
「それでだ、配膳や処理には当然金が掛かる、だからお前の親族から金が振り込まれてからそれらのサービスが始まる」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、それらは国が負担するんじゃ無いのか?」
「国だって? 本当なら判決後直ぐ死刑になる筈の奴に国が金を出すと思うか?」
「と、どういう事?」
「あのな、二者択一法ってのは、諸外国に日本は死刑執行による死刑を少なくしました、って言い訳する為の法だぞ。
犯罪者の為の法じゃ無いんだよ。
お前みたいな糞はサッサと死刑にしたいってってのが国の本音だ。
だからお前に国が金を掛ける訳が無いのさ。
お前弁護士に死刑を選択した方が良いって言われなかったか?
弁護士は終身刑を選んだらこうなるって知っているから、死刑をすすめたんだよ。
まぁ親族が金を振り込んでも生かされるだけだけどな。
さっきからうるさく騒いでる奴らがそれに当たる。
扉が閉められたら此の中は真っ暗になる、通路の明かりも俺たち模範囚がいる間しか灯ってないからな、そんな真っ暗闇の中で此れからの一生を過ごさなくてはならないのだから狂うわな。
自殺したくても緩衝材の所為で頭を叩き割る事も出来ないからな。
まぁそれ以外のやり方で死を選ぶ事は可能だが、死刑は嫌だ、死にたく無いって理由で終身刑を選んだお前らにそんな事ができるとは思わんがな。
それでだ、金が振り込まれないと餓死する事になる隣の部屋の奴みたくな。
でも水だけは毎朝500ミリリットルのペットボトル4本が渡されるから、暫くの間は空腹を紛らわせる事が出来るだろう。
此れは生死確認の為って国は言っているが、本音はお前らの苦しみを長引かせたいって考えての事だと俺たちは思ってる。
それじゃ扉を閉めるから窓から腕を出せ」
男はそう言って扉を閉めたので、後ろ手で扉の窓を探し腕を外に突き出して手錠を外してもらう。
部屋の中は暗く扉の窓から通路の明かりが差し込むだけだったが、それも模範囚たちの足音が遠ざかり分厚い扉か閉められる音が響いた途端に消える。
俺は独房の床に体育座りして、裁判所の傍聴席で被害者の遺族以上の罵声を投げつけていた兄の顔を思い浮かべて、あの兄が金出してくれるとは思えないなぁと思っていた。




