学歴
刑務所の門を出た僕を待っていたのは罪を犯すまで働いていた会社の上司だった。
上司は門から出て来た僕に歩み寄り声をかけて来る。
「やあ久しぶり、少し痩せたようだね」
「嫌味を言いに来たのですか?」
僕は勤めていた時この上司を馬鹿にしていた。
国の学問の頂点に君臨する大学を卒業した僕、それに対し地方の私大出身の上司。
頭の中身が全く違うのに馬鹿にしない方がおかしいだろ?
そんな間柄だった上司が、親兄弟や親類縁者全てに見捨てられた僕に声をかけて来るなんてそれしか思い浮かばなかった。
「君を迎えに来たのだよ」
「え、どういう事ですか?」
「君はあの事件の所為で親兄弟に見捨てられ、出所できたのに行く当てが全くないのでは?」
「そ、それは……」
「これは社長の発案なのだが、いくら殺人を犯した前科持ちとはいえ優秀な頭脳を持つ君を手放すのは惜しい。
だから刑務所に収容されていた期間は休職していたと見なして、職場に復帰してもらいたいと思っているのだが、どうだろうね?」
「ぼ、僕を再雇用していただけるのですか?」
「その通りだ。
ただ休職していたとみなしても他の社員の手前、新入社員として扱い給料もそれに習うが構わないだろうね?」
「は、はい! 雇って頂けるのでしたらそれで構いません」
「良かった、住むところは独身寮に部屋を用意してあるからこれから向かおう」
「ありがとうございます」
再雇用してもらい勤務先の目と鼻の先にある独身寮に住居を得て、朝晩の食事は寮で昼食は寮母さんが持たせてくれる弁当で済ます。
再雇用してもらった恩義に報いる為に毎日残業も厭わずに遅くまで働いた。
そして待ちに待った給料日。
上司が給料明細書が入った封筒に書かれた名前を次々と読み上げ、名前を呼ばれた者が上司の下に行き封筒を受け取る。
最後に僕の名前が呼ばれた。
上司の下に歩み寄る。
「君の場合は現金支給になる、封を切り金額を確認してくれ」
言われるまま封を切り中を覗く。
『え、何だこの金額は?』
「こ、これは?」
「何か文句があるのかね?
無学歴の君に相応しい金額だと思うのだが」
「それって、ど、どういう事ですか? 無学歴と言うのわ?」
「フン、以前と変わらず自分が興味ある事以外は無知だし、調べようともしなかったのだね。
君が刑務所に入っている間に新しい法律が出来たのだよ。
国は我が国で生まれた子供の教育費、小中高大の授業料やその他の必要な経費の殆ど全部を負担している。
社会に出て勤労に励み納税してもらいたいとの願いを込めてね。
法律に違反してはいけない社会道徳を守る、これらは小学校の低学年の時から教えられている事だ。
それにも拘わらず、道徳のどの字も知らず君のように法律に違反する馬鹿が大勢いる。
国はその事を憂慮してその馬鹿共に掛かった費用を取り返す事が出来れば、それ以外の人たちにもっとお金をかける事が出来るのではないかと考えて、取り返す事にしたのだよ。
刑務所などに収容されるような奴の学歴を全て剥奪するというやり方でね。
剥奪と言っても、卒業が取り消され保留状態になっているだけなのだがね。
どういう事かと言うと。
剥奪された者が、国がそいつに使った金全額とその金に掛かる利子の全てを返済すれば、学歴は元通りになる。
だから君は今、小中高の卒業を取り消されたために我が国最高峰の大学の卒業も同じように取り消された、無学歴者なのだよ」
「そ、それなら、こんな会社辞めてやるー!」
「それは構わないが、取り敢えず最後まで話しを聞きなさい。
今君は我が社を辞めてライバル会社に再就職しようと思ったのだろうが、そうはいかないのだよ。
国はこの法律を作ったときに補足の法律を幾つか付け加えた。
無学歴の者を雇用した場合、国が定めた金額以上の給料の支払いを禁じ特別待遇で扱うのも禁じている。
なぜなら、君のように卒業を取り消されたとはいえ元々高学歴だった者のみが優遇され、元々低学歴だった者との間に待遇の差が出来るのを回避する為と、そんな事をされたら剥奪の意味が無くなるからだ。
これに違反した場合、国はその違反した会社に関わる省や庁全てが立ち入り検査を始める。
それ以外の法律違反も行っているかも知れないからね。
此れは見せしめ的に徹底的に行うらしいよ。
それに我が社もここぞとばかりに攻撃するからね。
君が逮捕された時、ネット上ではブラック会社だの何だのと我が社の悪口が氾濫した。
ライバル会社はそれに便乗して言いたい放題言い募ったからな。
そのお陰でここ2~3年だよ、優秀な学生が我が社の門をまた叩き始めたのは。
だから無学歴者が働けるのは、学歴を必要としない肉体労働か我が社が君を休職扱いで再雇用したように、刑務所に収容される前に働いていた会社だけなのだよ」
「そんな……」
「それで提案だが、君の学歴を元に戻すために必要な金全額を我が社が用立ててあげようかと考えているのだが、如何する?」
「用立ててくれるって? 何を企んでいるのですか?」
「君が学歴を取り戻すには、国に数千万円の金を支払わなくてはならない。
年月が経てば経つほど利子が膨らみ金額が増える、だから早めに支払った方が君も良いのでは?
親族を当てにしようとしても当てに出来ないのだろう?
金曜日の夜から朝まで飲み歩き、泥酔状態で始発の電車を待っている時に黄色い線の内側に下がるように注意した駅員を、ホームから始発の電車の前にに突き飛ばして死亡させた。
その事故でダイヤが大幅に乱れた鉄道会社と駅員の遺族に多額の賠償金を請求されたが、君の全財産だけでは足りず不足分を親兄弟などの親族が肩代わりしている。
その金も返済していないのに、更にまた金を貸してくれなんて言えないだろう」
「ウ、クッ……」
「国に金を返済して学歴を取り戻せれば、その学歴に相応しい給料を約束しよう。
とは言っても用立てた金とその金の利子全額を返済するまでは、新入社員の初任給並みの手取りが続く事になるのだがね。
それでもその給料袋の中身より遥かに増しな手取りだ。
さて話しはこれでお仕舞い。
君が提案に乗るかどうかは自由だが、提案に乗って働き続けるのなら仕事に戻りなさい。
提案に乗らずに辞めるのなら、その給料袋だけを持って即刻此処から出て行ってくれ。
その場合独身寮に寄るなよ、君の私物なんて無いのだからな」
上司は僕にそう言うと犬を追い払うように手を振った。




