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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

喘命

作者: HORA

小学校からの帰り道。僕達は毎日のように近所の神社の境内に行きランドセルを放り投げて遊んでいました。都会の公園はサイズが小さく、常にベビーカーに乗った乳幼児とそのお母さんがたむろしているので僕達小学生が遊べるような場所ではありません。神社の境内にある広場は敷地が広く遊ぶにはうってつけです。


今遊びに参加している友達以外にも何人か誘いましたが

「神社で遊ぶと罰があたるよ」

「学校ではあそこで遊んじゃダメって言われているから」

と断られる事もありましたが、だからこそ人がいないので僕達には魅力的に感じられました。


神主さんに見つかると追い出されるという噂もあるようなのですが、基本的には誰もおらず一度も怒られた事もありませんでした。小学5年生になってからできた友達と学校帰りにもっぱらその広場で遊ぶことが習慣になっていました。鬼ごっこをしたり、縄跳びをしたり、その日の昼休みの続きの遊びがそこで行なわれています。

そんな5月下旬のこと。神社の大木に腕を置いて【だるまさんが転んだ】をしていました。

「だ~る~ま~さぁ~ん~が~~こ~ろんだ!」


と、、、僕はふと腕の(ごく)近くに毛虫が()っている事に気づきました。

「うわぁ!びっくりしたぁ!」

僕がそう言ったので他のみんなも一旦【だるまさんが転んだ】を中断して

「え?何?何かいた?」

と近づいてきました。そして改めて木の幹を見てみると毛虫がみっちり密集しておりもぞもぞと動いている塊がありました。

「うわぁ。気持ち悪い!」「げげげ!」

友人達がそのように言います。都会暮らしの小学生達にとってはあまり見慣れたものではないのでより奇妙に感じたのでしょう。僕も同様に気色の悪さを感じていましたが、友人達に同調しませんでした。クラス替えからまだ2か月弱。見栄(みえ)を張っていたのです。

「え?お前らこんなのが気持ち悪いの?全然大丈夫だけどな~」

「うっそー??凄ぇーなー。こんなの絶対気持ち悪いけど。」

「えー!?これが大丈夫ってマジ??」

と、周りから謎の賞賛を浴びて僕は気持ち良くなります。そこで更に調子に乗って

「こんなのできる?」

僕は親から持たされていた傘でその毛虫の塊をバシバシと叩き潰していきました。

「うわ!辞めとけって!」

「気持ち悪っ!」

「やり過ぎだろー」

友人の様子を見るにちょっとやり過ぎたようでかなり引いている様子。僕は

「うわ。傘がめっちゃ汚れてしまった!オ母サンニィ、怒ラレルゥ!」

「「「あははは~」」」

とわざとおちゃらけて少し場を和ませました。


…その後には引き続きその木の周辺で遊ぶ雰囲気にはならず、まだ少し早かったのですが皆は帰宅しました。




その日の夜、夕食を食べてしばらくしてからの事。呼吸がしづらくなり喉からヒューヒューという喘鳴(ぜんめい)音が聞こえるようになりました。母親に相談します。

「お母さん、喉からヒューヒューって音がして息がしづらい。」

「あら。喘息(ぜんそく)かしら?風邪は引いてる?熱は無い?」

「風邪とかじゃ無いと思う。熱も無いよ。でもただちょっと息苦しい。」

「うーん。食物アレルギーかしら?夕食は特に変わったメニューじゃなかったし。学校で何かした?心当たりは無い?」

そこで僕は夕方に傘で毛虫を叩き潰していた事を思い出しました。傘が毛虫の体液で汚れていたので遅かれ早かれバレてしまうかもしれないと思い先に白状します。

「あ、学校帰りに毛虫を傘で叩いたのが原因かも…」

「もう!それよ、それ!毛虫の毛って物凄く細かくて毒があるから、湿疹の原因になったり気管に入るとなかなかやっかいみたいよ。うーん…どうしても我慢できなくなったら夜間救急に行くけど、今日はとりあえず様子を見て明日も同じように息苦しかったら病院に行きましょう。」

病院と聞いて僕は反射的に顔をしかめます。でもずっとこの息苦しさが続くのも嫌だなぁとしぶしぶ承諾(しょうだく)します。そしてその夜は喉からヒューヒューと音を出しながら何とか眠りについたのでした。


翌日、朝起きてみると多少は呼吸がしやすくなっていましたが呼吸の度に喉からヒューヒューと音がまだ聞こえる状態。母は顔を合わせ開口一番に

「どう?治った?」

「うーん。息苦しい感じはあまり無いけどまだヒューヒューと音が鳴ってる。」

「じゃ学校休むほどでは無いわね。今日は寄り道せずに真っすぐ帰って来てね。その時にまだヒューヒューって続いているようだったら病院行って診てもらいましょう。」


そうしてその日は友人達と遊ぶことなく真っすぐ家に帰ることに。友人達にも同じ症状が出ていたら僕のせいになってしまうかも…と少し冷や冷やしたのですが友人達には特に異常が起こっていない模様。それに関してはほっとしたのでした。それどころか

「え?今日はすぐ家に帰るの?」「また神社で遊ぼうぜ~」

「う~ん。僕も遊びたいんだけどね。ほら昨日の、あれ、毛虫。」

「毛虫?毛虫がどうかしたの?」

「いや、僕が昨日ほら、、毛虫を傘で叩いた件」

「ん?そんな事あったっけ?見てなかったよ。毛虫を、、傘で叩いたの?」

何故だか友人達は昨日あった事を憶えていない様子。まぁ友人達にも遅れて症状が出る可能性があったので忘れてくれているならそれはそれで好都合です。とりあえず友人達は今日も神社に遊びに行くようですが、僕は久しぶりに下校の時刻ですぐに家に帰ります。

ガララララッ

玄関を開けるとすぐそこに母がいます。喉がヒューヒューとなる症状が収まっていないと伝えると、母はすぐに車で出掛ける準備を整えていたようで、僕はランドセルだけ玄関に置かされて靴も脱がないままにすぐに病院へ。下校時刻が親に筒抜けなことに少し怖くはなったのですが、喉からヒューヒューなる鬱陶しさから早く解放されたい、昨日の夜のようなしんどさはもう嫌だという思いの方が強くなっていました。



…医者に診てもらいましたが残念なことに特に異常は見当たらなかったらしく、よく分からないアレルギーの薬を1週間分もらえただけ。帰りの車の中でもヒューヒューと喉から異常音が鳴り続けています。今夜もベッドの中で息苦しい思いをするのかと気持ちが落ち込みます。

「まぁ、SNSとかでも長くても数日で落ち着くことが多いらしいから。昨日より今日の方がマシなんでしょ?」

と母が励ましてくれます。僕は毛虫を傘で叩き潰すなんてほんと馬鹿な事をしたなぁと調子に乗ったことを猛省したのでした。


そして、その夜。部屋の電気を消してベッドに入ります。


暗く静かな時間帯のためか、横になるとヒューヒューという喘鳴(ぜんめい)音がより大きく明確に聞こえるようになります。

ヒュー ヒュー

ヒュー ヒュー


ヒュー ヒスー

ヒュケー ヒュー


ヒュター シュー

ヒュケー テー


ター シュー

ケー テー


ター スー

ケー テー


…呼吸のリズムや仕方は変えていないのですが、明らかに吸って吐いて吸って吐いてで「タスケテ」と聞こえるようになったのです。僕はその声のかすれ具合や情けない感じに聞こえる事が不思議と怖いと感じずに楽しいと思いました。その声に意識を向けると呼吸が苦しい事をある程度は忘れられ、昨日よりも眠りに落ちるのが早い程だったのです。


翌朝にもまだ喉からはヒューヒューと喘鳴(ぜんめい)音が小さく聞こえてはきますが、息苦しさはほとんど無くなっていました。親や友人に聞いても僕の喘鳴(ぜんめい)音は聞こえておらず、自身にだけ小さく聞こえるものとなりました。しかしその喘鳴(ぜんめい)音に意識を傾けると相変わらず

ター スー

ケー テー


ター スー

ケー テー

と喉の奥から聞こえてきていたのでした。


喘鳴(ぜんめい)はずっと続いてこそいたもののそれは日常になり気にならなくなりました。そして2か月程が経ち夏休みに入る日。その日は午前中に学校が終わりいつもと違いすぐに家に帰ってお昼ご飯を食べてから、その後に神社の広場に集合して遊ぶ約束をしていました。急いでお昼ご飯を食べ

「いってきま~す!」

ボールや縄跳びやいくつかのおもちゃを抱えて家を出て、走って神社に向かいます。家から神社までにある唯一の横断歩道。たまたま運が良く青だったのでそのまま走りながら横断歩道を渡っていると、車が信号無視をして猛スピードでこちらに向かってきます。時間が引き延ばされ周囲が白黒になる中、僕と運転手は目が合います。運転手は顔面蒼白で呼吸がうまく出来ておらず(うつ)ろな表情。喘息(ぜんそく)の発作が出ていたのでしょう。


ドガガシャァァァァン!!!!!


…気づくと僕は車とガードレールの間に挟まれていました。全身が痛く、熱く、動かない。特に胸が圧迫されていて息をろくに吸えない状態。しかも少しでも吸うと激痛を伴います。

タ・・・ ス・・・

ケ・・・ テ・・・

胸が圧迫されており声がろくに出ません。かすれて情けない声が喉の奥から出てきただけ。これだけ大きな交通事故にも関わらず何故か周りに人がいません。運転手もぐったりしておりピクリとも動いていません。

タ・・・ ス・・・

ケ・・・ テ・・・


タ・・・ ス・・・

ケ・・・ テ・・・


タ・・・ ス・・・

ケ・・・ テ・・・


   ・

   ・

   ・

僕は誰にも届かない声を何度も何度も…

絶命するまで長い間繰り返していたのです。

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