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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
森樹の里・ビオタリア
95/136

93.レベリオン

 小さな体では持つのすら一苦労にも見える椅子を掴み、ヴェルの前に腰を下ろす。頬を掴まれた時もそうだが、サーヒラという女は存外に力があった。

 子どものような見目にそぐわず、深く腰掛けながらゆったりと指を組む様子は妙に年嵩を感じさせる。



「楽しくお話をする前に───ヘイ」

「分かっていますよ、もう。サーヒラさんはヒト使いが荒いのですから」


 見た目だけなら明らかにヘイの方が歳上に見えるのだが、彼の態度はまるで面倒な老人を相手にするようだった。


 サーヒラに指示されるまま動き出したヘイはヴェルの後方に回り込み、なにやら陶器のぶつかるような高く軽い音を立てている。身動きの取れない状態では彼が何をしているのか一切窺うことができない。やがて、目的を達成したのか気配がヴェルの横に移動する。

 固定されたままの腕に、体温の低い指が這う感触がした。



「いっ───!?」


 不快な感触の元凶へ目を向ける直前、その腕に刺すような痛みが走った。


「やっぱり若いって良いですねぇ。特に男性は血管に弾力があって太いので、僕みたいな素人でもそれなりに刺せますし」

「貴方だって十分若いでしょう」

「サーヒラさんに比べれば、エルフ以外の大抵のヒトは若者になるのでは?」


 鼻歌を歌いながら、まだ手を動かしているヘイ。

 何をされているのかわからず、未だジワジワとゆるい鈍痛を訴える箇所にヴェルが視線を落とせば、そこには普段見ないような太い針が腕から生えている光景があった。

 針の後ろから繋がった管にすぅ、と赤い血が通っていく。


 怪我をしたときとはまた違う血液が"奪われて"いくのをしかと認識すると、伴って頭から血の気が引いていくような錯覚に陥った。


「は、お……い!何して……」

「固定するので暴れないでくださいね───あ、もう大丈夫ですよ」


 暴れるなとは言われるが、大袈裟なほどテープが貼られた腕の拘束は動かせるほど甘くはない。それを分かった上でヘイは忠告して笑うのだ。恐らく、抵抗が無駄なのだと理解させる為に。


 流れていく血液の行き先はヴェルの後方で、その先がどうなっているのかを確認することはできなかった。


「安心して、()()()干からびるほど吸い上げるなんてヘマはしないわ。貴方の血の管理は私がするから」

「こん、かいは?」

「この前人間の里で捕まえた守護者は、新入りに管理させてたのだけど……枯らしてしまったのよ」

「まあ、普通はどれだけ血を失ったら死んでしまうかのラインなんて知りませんからねぇ」



 この前、人間の里、守護者。


 サーヒラの連ねる単語と、アルヴィンが言っていた未だ連絡のない守護者の話がぐるぐると巡り、やがて溶け合った符合にヴェルは絞るように言葉を吐き出した。


「殺したのか」

「人聞きが悪いわ……運悪く死んでしまったのよ。貴重な純血守護者(あなたたち)をそんな簡単に使い捨てたら勿体無いでしょう」


 呆れを滲ませた溜息、そこに憐憫も同情も、ましてや罪悪感など微塵も感じられなくて。


「ふ……ざっけんなよ!?何だって、そんな───」


 自分たちは守護者だ。


 勿論、ヴェルだって守護者が全てのヒトから好かれ敬われているなんて思っていない。

 守護者、なんて名前のついた種族であれど何でもかんでも守るわけではない。鏡像に関すること以外は基本的には不干渉であり、そこに不満を持つ者がいることも理解はできる。鏡像に対する特攻力であるゆえに、ごく一部は他種族に横暴であることも知っている。


 けれど、だからといって、まるで()のように扱われる謂れはない筈だ。



「シィー……」


 吼えかけたヴェルの口に、サーヒラの小さな指が当てられた。


「貴方の番はここまで、次は私。お話は交互にするものでしょう?わかるわよね」


 ねぇ、とサーヒラは含みのある視線を投げかける。彼女の意図を受けてか、ヘイが渋々といった(てい)で口を尖らせた。


「はいはい、彼女の使い途は一旦サーヒラさんにお預けしますよ。今だけですからね」

「ええ、賢明だわ」


 シルヴィアの安否を目の前にぶら下げられ、反抗心を剥き出す事すら躊躇させる。

 満足げに瞬いた大きな瞳が黙り込んだヴェルを再び捉えた。


「貴方、歳はいくつ?」

「……は?」


 その質問には思わず拍子抜けをした。


「自分の年齢を言うくらい、簡単でしょう?」

「……19」


 一体どんな話をさせられるのか身構えていたが……サーヒラの表情は冗談を言っている風ではなかった。

 ヴェルの答えに染み入るように「そう……」と呟いて細められた瞳はどこか郷愁を漂わせ、逆に彼を困惑させた。そんな感情を向けられるとは思ってもいなかったのだ。


「じゃあ次は貴方の番ね。私の年齢でも答えましょうか?」

「───お前らは、なんなんだ」

「つれないわね。でも、良いわ」


 正直、サーヒラの歳は少々気になる部分ではあるが、いまは悠長に自分の興味を優先している状況ではない。少しでも相手の目的を把握しておきたかった。




「───私たちは革命者(レベリオン)。便利だからそう名乗ってるの」

「レベリオン……?」

「そうね。我々が何なのか、という質問だったし、もう少し答えてあげるとするなら世界に公平をもたらすための革命軍といったところかしら」

「公平、革命だと…….?どの口が……!」


 掲げる言葉の耳障りは良いが、ヴェルの知る中で彼らがやっていたことといえば襲撃に誘拐だ。組織にとっての不都合があったのかもしれないが詳しく語ろうとした蛇鱗人(ナーガ)の男は殺されているし、彼の言葉を借りるなら他にも反抗した者が殺されているという。

 掲げる理想としては、あまりにも乖離しているように見えるではないか。


 馬鹿にしている。そう感じて睨むヴェルに対し、しかしサーヒラはあくまで姿勢を崩すことはない。


「改革には必ず痛みが伴うわ。それが大きいか小さいかは個々によるけれど、ヒトの歴史において犠牲の伴わない革命なんてあり得ない」


 暴論だと突っぱねる事が出来たのならばどれだけ楽か。けれど嘲笑もない、侮りもない、ただ淡々と事実を述べている彼女の語り口は妙な説得力に満ちていてヴェルの反論を奪う。


「次は私の番ね。貴方、家族はいるの?」


 続けられるサーヒラの言葉に、ヴェルはわかりやすく動揺した。


「なんでそんなこと聞くんだよ……!」

「今は貴方が聞く番じゃないわ。自らの立場をお忘れ?」


 わざわざ家族について聞く意図がわからず、脳が警鐘を鳴らす。"守護者"の血に対して妙な反応を見せる彼女らに、大切な家族の話をひと言たりとも漏らしたくはない。

 かと言って、いまのヴェルがサーヒラに反抗できるかといえば答えはノーである。


「答えなさいな」

「……いる」

「ふぅん。家族構成は?」

「おい、次は俺の番なんだろ……っ!」

「これに答えたら2つ質問させてあげる。あぁ、でも嘘はつかないでね?貴方わかり易いから、無駄よ」


 完全に相手のペースだった。状況を覆す一手が全く無く、ヴェルは歯噛みする。

 シルヴィアを盾に取られている以上、相手を煽りに煽って機嫌を損ねるのは1番の悪手だということは理解していた。だから、悔しさを滲ませながらも素直に口を開く他ないのだ。


「両親と、姉。それに妹と弟」

「子どもに恵まれた家ね。でも、そう……両親に姉と妹……」


 聞いたわりに、サーヒラは深堀りをすることもなく指で自らの唇を弄びながらヴェルの答えを反芻していた。


 けれど妙に機嫌が良く見えるのはヴェルの気のせいだろうか?


 やがて彼女は満足そうに笑った。


「いいわ、約束通り2つ答えてあげる。次は何が聞きたい?」

「……俺たちから血を抜いて何になる?お前らの詳しい目的ってなんなんだよ」

「自分の情報を探られる理由は聞かないのね」

「聞いたってマトモに答える気ねぇだろうが。自分たちのことはわりかし詳しく答えやがるのに、俺の返答にはろくすっぽリアクションも取ろうとしねぇくせによ」

「そうやって少しでも知恵を絞ろうとする子、嫌いじゃないわよ」


 肯定もないが、否定もない。


 

「分かりやすいように順を替えて答えましょう。まず私たちの目的からだけれど、さっきも言ったように世界に公平をもたらす事よ。おそらく、貴方が思う様なモノではないでしょうけど」


 微笑みながら伸ばされたサーヒラの指がヴェルの金糸を一房掬う。


「文句を言いたいような顔をしているけれど、まあ、聞きなさいな。そもそも、白の世界は不公平と不条理の上に成り立っているわ。内包されている各々の世界は並行しているのに、ある場所では人間が他種族を迫害してある場所ではその逆の現象が起きている。ある場所では平穏と平和を享受しているのにある場所では争いが絶えず鏡像が溢れかえっている。そうよね?」


 ヴェルは答えない。相手のペースにこれ以上飲み込まれたくないからだ。

 それでもサーヒラは全く意に介した様子もなく、掬った前髪を弄んでは言葉を続ける。


「同じ種に生まれたとしても、片や恵まれ片や卑しさから逃れる事が叶わない者がいる。並行した世界のはずなのに不公平だと思わない?例えばサポーターになって、別天地を望める者が全体に対してどれだけいるというの?戦う能力のない者は?諦めるしかないのでしょう?」


挿絵(By みてみん)


 どこかで聞いた話だ。それも、つい最近。

 シルヴィアの穏やかな語りが蘇る。




 ─── 本当の世界の広さを知っているのに、その中の限られた場所でしか生きられないことを嘆くヒトは思った以上に多いんすよ。 

 ─── これはきっと、ヴェルたち(守護者)には中々分からないと思うっす。





 わからなかった。今だってわからない。

 ヴェルにできるのはその気持ちを想像することだけだ。


 サーヒラが目で合図をすると、わかりやすく溜息をついたヘイが再びヴェルの後ろに回り込み何やら物音を立てる。そうして、今回そう長い時間をかけず戻って来た彼の手には2つのガラス瓶の存在があった。


 一方にはとろり、と粘度を感じさせる揺れ方をする赤い液体。彼の手に収まるガラス瓶の底にわずか程しかないそれが、今まさにヴェルから吸い上げた血液なのだろう。

 以前リンデンベルグで怪我をしたときに流した血の方が多そうですらあるものの、まるで薬品か何かのように瓶の中で無機質に揺れる自らの血を見ていると、言いようのない薄寒さを感じる。


 そしてもう片方には───。






「……コヴェナント……?」



 なんの変哲もない乳白色。遠目から見ているので定かではないが、その色には見覚えがある気がした。


 数個の欠片が同じく瓶の底に溜まり、ヘイの手の動きに合わせて小さく音を鳴らす。どこから集めてきたのかは知らないが、もしそれがヴェルの想像通りのものであれば、自らの血を何に使うかなんて火を見るより明らかだった。


 そして予想通り、ヘイが血の溜まった方の瓶をゆっくりと傾けた。



 乳白色がぽたりと落ちた血の雫に触れた瞬間、まるで石自身が命を宿したかのように微かに震えた。静寂を破る音もなく、血はじわりと吸い込まれ、白をゆっくりと侵食しながら赤が広がっていく。

 初めは淡い霞のように。やがて薄紅が滲み、深紅へと変わり、全体を染め上げた。


「出来ましたよ。今回も見事に染まりましたね」


 恐ろしいほど赤く輝く、まるでルビーのような欠片。

 綺麗に吸い上げられ血の一滴すら残らない瓶をヘイが振ると、赤く染まった石だけがしゃりしゃりと音を立てた。


「私たちの詳しい目的を知りたがっていたでしょう。これで大体分かったんじゃない?」

「っ……自分たちでコヴェナント使って、自由にポータル使えるようにしたいって話かよ」

「ええ。だから純血守護者(あなたたち)の血がたくさん必要なの。本当に、この間の守護者が死んでしまったのは不可抗力よ。死んでしまったら、搾り取れるものももう搾り取れないのだから」


 目を細めて笑うサーヒラの顔は優しげだ。口にする言葉の残酷さなど気のせいだとでもいうように。




「答えになったかしら?」

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