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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
森樹の里・ビオタリア
73/136

71.ことの始まりは、

 広間の奥はさらに一回り大きな部屋で、エルフ"らしい"というのか中央には大きな切り株を削り出したような円卓が置かれていた。


「ヴェル君は一応、僕の隣で……」


 アルヴィンが卓の周囲に等間隔で生えたキノコを示す。彼を始め、他の者たちも少々形の差はあれど同じものに腰掛けていた。


 まるで子ども向けの絵本の光景だ。弟妹(きょうだい)たちに見せることができたなら、大興奮で間違いないだろう。座っている者たちが真顔の大人たちでなければ、だが。


 潰れないか少しだけヒヤヒヤしながら周りに倣って座れば、思った以上にしっかりと腰を据えることができた。それどころかカサ部分は柔らかく適度に沈んで、まるでお高いスツールか背面のないソファのような感触だ。

 近くで採取できるものであったなら持ち帰りたいくらいだった。しかし、残念なことに収納魔術ではナマモノは持ち運べない。




「では、朗報から報告しよう」


 アルヴィンの真向かいに座るオーベロンが口火を切った。


「アルヴィン殿にはまだ伝えておらんだが、そこのヴェル殿のおかげでエリンは無事に保護された。先に重ねて感謝をしたい」


 初手の警戒を宿した視線も居心地は悪かったが、あまりに頭を下げられるとそれもそれでむず痒く落ち着かない気持ちになる。


 どう返すのが正解かわからず、かといってこれ以上注目を集め続けるのも嫌でヴェルは軽く会釈だけをした。

 隣に座るシルヴィアが、先ほどヴェルの声が出ないことを説明してくれていたおかげか、彼をそしる声は上がらない。


 いつもだったら粗雑な態度のヴェルと周囲の緩衝材として(シリス)がその役割を果たすのだが、さすがに他人にまで甘えてばかりでは自分の不甲斐なさが浮き彫りになってくる。


 ───改めよう。

 ヴェルが珍しく自身の態度を素直に反省した瞬間だった。



「エリンさんは無事だったんですね、良かったぁ……」

「その件に関しては、里の守りも含めてアルヴィン殿たちにも世話になったな」

「や、これが本来の僕たちの役割ですから……!それに、夜の森を安全に歩き回れるのなんてエルフの皆さんと獣くらいしかいませんよ。この辺りは崖になっているところもいくつかありますし。ね?ね?」


 アルヴィンの言うことはもっともだ。

 確かに月明かりとポータル、それにエリンの持っていた魔道具に頼っているうちには大きな問題もなかったが、いざその光が失われた途端に夜の森は暗闇に沈んでいた。光る胞子だけでは心許なく、土地勘のない者が動き回るのはかなり難しいだろう。



 ただ、彼の言う"本来の役割"というのが引っ掛かった。





 守護者の本来の役割とは、鏡像からヒトを───ひいては白の世界の秩序を守ることにある。

 逆を言えば、鏡像が関わらない件に関しては()()()()()不干渉である方が良いとされている。勿論、例外はあるが。

 何故ならその世界の問題はその世界の者たちが悩み、考え、解決する事柄だからだ。



 他者に依存し、考えることを捨てた先に成長などない。



 だから養成所でも、必要以上に現地の者へ肩入れをしないようにと言われていた。


 ただし守護者も一介のヒトである。

 長く同じ世界を持ちまわっていれば情が湧くこともあれば、元より困っているものを見過ごせないなどというお節介だってたまには居るのだ。

 何度も挙げるように守護者の本懐さえ守っていれば、行動を縛る規律などないようなもの。現地の者たちに手を貸そうが、それは自己責任の範疇として黙認されている。


 ……頭の固いディクシアなら「僕たちの領分じゃない」と、きっぱり切り捨てるだろうが。



「アルヴィンさん、最初から話したほうがいいと思うっす。ヴェルがよく分かんないって顔してる」

「えっ、ぼ、僕が!?いや、そうだよね……」


 アルヴィンが厚ぼったい瞼を重そうに持ち上げてオーベロンを上目遣いに見やる。その視線を受けてオーベロンは頷いた。


「少なくともヴェル殿にも協力を仰がねばならん。準備にも少々時間がかかるゆえ、順を追って説明はすべきだろう」

「あの、ええと……はい、そうですね。後輩と一緒になるのは初めてで、どうも説明なんて慣れてなくて……」


 不安そうな声が机に落ちる。

 この男の性格なのだろう。初の邂逅時から、常に落ち着きなく周りの反応を窺っている。それこそ、今回が正式な守護者として初めての任務である"新人(ヴェル)"よりもよっぽどオドオドしていた。


 自身の情けなさを誤魔化すように、ヴェルの2倍はあろう頬を掻く。準備というのが何かはわからないが、それも会話の中で説明してくれるのだろう。


「始まり自体は半月ほど前で……いま、半月も解決できてないのかって思ったよね……?あのね、言い方は悪いけど最初は単なる誘拐だったんだよ。嘘じゃないよ。ただね、君も知ってのとおり僕たちはできるだけ現地の問題には関わらないってのが原則でしょ?だからオーベロンさんたちも、最初から僕たちに連絡を取らなかったんだと思うんだけど───」

「……ヘイ殿、事の次第は最初から知っているな?」


 説明に慣れていないというのは、方便ではなかったらしい。話の始めから枝分かれしそうな気配を察して、オーベロンは語り手を直ぐヘイに託した。


「仕方ないですねぇ。高くツケときますよ、アルヴィンさん」

「あうえぇ……」


 ホッとしたのやら反省しているのやら、話の主導権を取り上げられてアルヴィンが大きな身体を縮こまらせる。

 シルヴィアの隣から軽く身を乗り出し卓に肘をついたヘイは、彼の様子をニンマリと眺めながら口を開いた。


「では、僭越ながら話を引き継ぎましょう。事の発端はアルヴィンさんが言ったように半月前のことです。1人の子どもが忽然と姿を消しました」







 ─── いくら待っても帰ってこない我が子を心配した親が森中を探し回っても、ついぞその子は見つかることがなかった。



 ビオタリア(この里)の周辺には、日中でも高く生えた草に遮られ一見してわからないような崖がいくつかあるという。

 慣れている者であれば風向きや草の生え方で察知できるか、もしくはそもそも地形が頭に入っている大人であれば回避できるような危険だ。


 しかし、居なくなった子どもは運が悪くもまだ年端もいかない幼子だった。


 放任ではないが、この里に住むエルフは親からの教え以外にも身を(もっ)て自然と共存する術を学ぶという。

 幼子が自由に森へ遊びに向かい、結果として崖から落ちてしまうという事故もごく稀にだがあるらしい。それは危機察知能力が低い個体であり、自然淘汰なのだと諦めるしかないのだ。


 無論、両親は嘆き悲しんだが自らも通ってきた教えだ。"そう"であるなら仕方がないと、無理矢理にでも自分たちを納得させることができた。



 だが、話はここで終わらない。



「私が訪れたのはそんな最中の事でした。ここへは特に辞令を頂いたわけではなく、単純に探し物をしに来たのですが……。なんせ、困っているとあっては見過ごせない性質(タチ)でして。捜索に協力したのが始まりですね」


 肘をついて組んだ指の上に顎を乗せ、そう言ったヘイはニコリと笑う。失礼だとは分かっているが、先の印象からしてどうしても胡散臭く見えてしまうのはしょうがない。

 

「崖下も探したのですが見つからず……。遺体は獣に奪われたと見て捜索は中止となりました。エルフの肉体は魔力に富んでいて、獣にとっては格好の餌───失礼。魅力的な(ごちそう)ですからね」


挿絵(By みてみん)


 エルフたちは下を向いて険しい顔をしているが、何も反論をしなかった。その態度がヘイの語る言葉を事実だと証明している。


「子どもを弔ってから数日後の事です。再び1人の子どもがいなくなりました。今度はもう少し歳も上の───そうですねェ、エリンさんと同じ歳の頃でしょうか」




 5つか6つ。

 概ね森の危険を理解し始める年頃の子ども。

 立て続けに子どもを崖下に失うことなどかつて無かった。では、獣に襲われたのかと思えばそんな痕跡も一切ない。遺体ならまだしも、幼児期の終わりに差し掛かる体躯の子どもが抵抗なしに襲われるなど以ての外だ。そんな危険な獣がいるのであれば、そもそももっと犠牲が出ているだろう。




 何かがおかしい。


 そう感じた時にはさらに1人の子どもが消えた。




「シルヴィアさんがいなければ、この事態が人為的なものだと気付くのはもっと後だったかもしれません。疑念は芽生えたとて、確証を持てるのはさらに子どもがいなくなってからだったでしょう」


 ね?と、同意を得るようにヘイが隣に座るシルヴィアに顔を向ける。彼の笑顔に対し、シルヴィアは眉根を寄せて膝の上で拳を握った。


「もう少し早く来ていれば、他の子どもも助けることができたかもしれないのに」

「それは結果論に過ぎませんよ?」

「そう簡単に割り切れたら苦労はしないっす」


 シルヴィアがちらりと視線を投げた先をヴェルも追う。向かい側あたりに座る1人のエルフが、僅かにだが涙ぐんでいた。もしかすると、消えた子どもの親なのかもしれない。


「3人目の子どもはお母上が目を離した隙にいなくなったとの事でした。2人も子どもが消えてビオタリア中がピリピリとしていたので、目を離した時間もそうそう長くなかったかとは思いますが」


 すぐに気付いたエルフたちが騒然とするのに時間は掛からなかった。いなくなった時期も分からなかった2人と違って3人目は里の中、しかも親の近くから忽然と消えたのだから。


 今度こそ隅々まで捜索すべきだと色めき立つエルフたちの前に現れたのがシルヴィアだった。





「丁度森へ出立しようと時に、子どもを抱えたシルヴィアさんが姿を見せまして……。失礼ながら、最初は疑ってかかってしまったのですよ」

「………………………」

「ま。いなくなったはずの子どもを抱えて現れるなんて、攻撃されても仕方ないと思いませんか?」




 ───どこかで似たような事があったな。


 ヴェルが思わずシルヴィアの顔を見ると、彼女は即座にそっぽを向き、その先にヘイのニヤけ顔があることに気付いて勢いよく俯いた。

 前髪でそれなりに表情は隠れているといえ、頬を伝っている冷や汗はよく見える。


 ……成程。シルヴィアが申し訳なさそうにしていたのは単純にヴェルを誘拐犯だと勘違いした事だけでなく、自らと同じ轍を踏ませてしまったことによるものか。だからと言ってあの場合、最初から対話を試みようとするのもお門違いではある気はするが。


 何処となくヘイはヴェルの方にも同じく語りかけているようで、対するヴェルはその意図にわざと気付いていないフリをした。

 やはり、どこかいけ好かない。


「あの時のシルヴィアさんは惚れ惚れする身のこなしでしたね。子どもを抱えながら我々の猛攻を凌ぎ……いやァ、思わず見惚れてしまいましたよ」

「その話やめない?ここからの流れに必要ないっすけど」

「おや、失礼。我々蛇鱗人(ナーガ)は強い相手に魅力を感じてしまうので思わず……。ですが、ここはシルヴィアさんからも少しフォローを頂きたいのですが?」


 言外に続きを語れと言うヘイ。


「むぅ……自分の方が喋るの得意なくせに」


 シルヴィアが小さく呟いた不平は隣にいるヴェルとヘイにしか聞こえなかっただろう。

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