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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
浮遊都市・ルフトヘイヴン
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65.エピローグ -ルフトヘイヴン-

「本当にもう行っちゃうの?」

「一応、期限が決められちゃってるからね」


 シリスの手をいつまでも離そうとしないアーリィの背中を、ゲルダが叩いた。


「そんな名残惜しい顔せんでも。今生の別れでもないんやで」

「気分的にはそれに近いよ……だってワタシは世界渡ったり出来ないもん……」


 自分で言って再び悲しくなったのか、アーリィが翼で包み込む力は強くなる。










 ───あの後。陽の沈んだルフトヘイヴンは、1年ぶりに力の満ちた浮遊石に大賑わいを見せていた。


 正常な運賃に戻った浮石車(エアモーバー)に乗り、カインも伴って都市の中心である()へ向かった。祈りの儀(レゾ)をしていたあの建物だ。



 祭司長と副祭司であるディランのことは、序列として彼らに次ぐ空翼人(アラサリ)の女性にのみ包み隠さず説明をした。


 彼女はとても生真面目な人物で、事実を聞いても取り乱す事なくむしろ協力的ですらあった。



 曰く、彼らのことについては信頼できる者にのみ事実を伝え、一旦は単なる不在として扱うのだとか。折を見て住民の混乱が最小限で済む方法で、2人のポストを新たな人物と入れ替えるらしい。


 祭司長が鏡像に喰われたことは由々しき事態だが、その原因となっただろう黒い欠片の存在を考えると軽率にその死を民衆に伝える訳にはいかなかった。彼が、いつ、何処で、どのように"それ"を得たのかがわからないままだからだ。

 祭司長はあくまで犠牲者の1人で、ディランと同じく誰かから"それ"を渡されただけの可能性も捨てきれない。


 少なくとも"それ"を手に入れた経緯がわからない限り、人々の混乱を招く事は避けたいという満場一致の意見だった。







 祭司長の家へ派遣される有翼種を見送る。


 ディクシアとクロスタが倒した鏡像の残骸と、食い散らかされていた祭司長の残骸を2、3名で片付けなければいけないのだ。彼らもこれから大変だろう。



「君たちは予定通り帰還だ」


 アーリィの家へ戻る途中、カインからの指示にシリスは首を傾げた。


「カインは?」

「俺はまだ残れってさ。祭司長の家以外でも、あの黒い物質がないかの確認はしないとね」

「……もしかして1人で?」

「まあね。専門の人員がそのうち来るだろうし、数日くらい頑張れば済む話さ」


 ケロリとした顔で返されるが、相当に大変なのではなかろうか。ルフトヘイヴンだけでもかなり広い。目星も何もない状態で漠然とした調査をするには、片っ端から回らねばならないだろう。重労働にも程がある。


「それって、あたしたちも手伝ったほうが───」


 ちらり、と目線を前方へ向けるとディクシアが振り返ってニコリと笑っていた。ただし目は笑っていない。


 そういえばアーリィの事も最初は手伝うと気軽に言ったことから始まったのだと思い出す。シリスは慌てて自らの口を手で押さえた。

 油断をすると、すぐ考えなしに動こうとしてしまうのは本当に悪い癖だった。


 一連の流れを見て、カインはくつくつと肩を震わせて笑った。


「詳細な報告をしに帰らないといけないし、なにより君は体調のことを伝えないといけないんでしょ?」

「それはそうなんだけど……」


 それでもなお食い下がるシリスに、カインが微笑んだ。


「───君はお人好しなんだね」


 「勿論いい意味で」と、付け足される。優しく細められた目元に、思わずシリスは何も言えず黙り込んでしまうのだった。








 先ほど休ませてもらっていたアーリィの部屋には、シリスとアーリィの2人しかいない。

 ベッドを半分で使うという彼女に根負けし、毛布をかければもうシリスは睡魔に抗えなかった。


 瞼が落ちる直前、窓から外を眺めるアーリィの背中が目に入った。彼女の手には、窓から差し込む都市の明かりを受けて反射するロケットが乗せられている。


「パパ、見て。家からの景色は久々でしょう?」


 眠りに落ちていく中、切なさと涙に滲んだアーリィの声が薄暗い部屋の中に溶けていく。


「ねぇパパ。ワタシ……どうやったらもっとディランの事を分かってあげられたかなぁ……」


 虚像に答えを強請(ねだ)るわけでもない。誰かへの問いかけというよりは、自分自身への問答。


「ディラン、どうやったらワタシたちは───」


 その後に続いていた言葉は、眠りの淵に持ち込めないほどの小さなもの。ただ、震える小さなすすり泣きは、シリスの意識が途絶えるまでいつまでも耳にこびりついていた。







 そうして迎えた次の日、早朝というのに都市は活気に満ちていた。


 入れ替わりですぐに発つことを決めていたのは正解かもしれない。前日に出歩いた際もそうだったが、ヒトがまだ多くないだろうこの時間帯でも、アーリィと彼らは呼び止められてしつこいほどの感謝を伝えられていた。

 失礼にならない程度に受け流し、都市の入り口まで早足で向かう。そこはディクシアの外面の良さの見せ所だった───







 見送りに来ていたゲルダが、同じく見送りに来てるくせに全く見送る気配のないアーリィをシリスから引き剥がした。


「ええ加減にしい。兄ちゃん姉ちゃんも困っとるでよ」

「うぅう……」


挿絵(By みてみん)


 別れ難いのはシリスも同じだったが、背後から感じる「早くしろ」の空気に乾いた笑いが漏れそうだ。まだ無言の圧に耐えられるうちに、と彼女はアーリィの翼をそっと撫でた。


「また来るよ」

「本当に?約束してくれる?」

「うん。今度は任務も関係ない日に、弟も連れてくるね」


 指を絡める事はできないが、約束だと強く言えばアーリィはようやく頷いた。渋々といった様子であれど、ゆっくりと一歩、距離を取る。

 隣でゲルダが「ようやくかぁ……」とぼやいたのを、シリスだけは聞き逃さなかった。


「おかしいと思うことがあったらすぐに祭司のヒトに言うんだよ。心配だったら、カインでもいいし」

「気にせず任せてくれていいよ」


 少し離れた場所に立つカインがひらひらと手を振った。



「じゃあ───"また"ね、アリィ。ゲルダ」

「うん……。3人とも、本当にありがとう」

「気ぃ付けて帰るんやで」


 後ろ髪をひかれつつ、昨日渡ってきた足場に一歩足を乗せる。十分な睡眠を取って魔力の回復したディクシアは、持ち帰っていいという言葉に甘えたゲルダの()を既に広げていた。シリスが彼女らに背を向けたのを確認して、クロスタも進み出す。



「そうだ。ちょっと待って」


 今度こそと彼らを追い始めた矢先、手首が掴まれて再びシリスは引き止められた。しかし、次に彼女を引き止めたのはアーリィではない。

 振り返ればすぐ後ろにカインが立っていた。背の高い彼は近くに立つと少し見上げなければならず、今の姿勢のままでは少々首が痛い。


 何か伝え忘れたことでもあったのかとシリスは体ごと彼へ向き直ろうとする。しかし、それを制したのも他ならぬカインだった。

 掴んだ手はそのままに、もう片方の手が捕らえた彼女の掌に何かを握らせた。


「な」


 「に」と、続けようとした言葉を遮り、彼は唇の前で人差し指を立て沈黙の仕草をしてみせる。どこか悪戯めいたように口角を上げ、シリスが唇を閉じたのを確認すると静かに手を離した。


「帰り道、落ちないようにね」


 何事もなかったかのように離れていくカイン。シリスはというと、ただ茫然としてその姿を見送るより他なかった。



「おい、行くぞ」

「ボケっとしてないで……昨日頭も打ってたりなんてしないだろうね?」

「い……っ、いま行こうとしてたとこだっての!だからディクはいちいち言葉が棘あるんだってば!!」


 急かされるような声が飛んできて、我に帰ったシリスは慌てて友人の元へと駆け出す。

 彼らに追いつこうと走る最中も、最後に鮮烈に焼きついた夕日色がどうしても頭から離れなかった。








「まったく……君は本当に軽率な約束をするよね。また来る、だなんて」


 帰りの道は、自らに流れる血に従えば迷うことなどない。守護者が持つ帰巣本能だ。

 未だ慣れないポータルの中、行きのような慎重さはなく会話をしながら歩を進める。


「とか言ってさ。ディクだって近いうちにゲルダの所行くって約束してたの知ってるからね?」

「そっ……それは別だろう!?僕は遊びや気まぐれじゃなくて、純粋に後学のために彼女に教えを乞いに行くんだから!!」

「はいはい」


 シリスの言葉に顔を赤くして否定しているが、実際のところディクシアの言うとおりなのだろう。彼のことだから、本気で自らの知識のためにゲルダと約束しただけでそこに色めいた他意はないのだ。

 それでも、自らが苦手とするはずの相手(じょせい)に歩み寄ろうとしているのは友人として本心から嬉しい事だった。


「お前は」


 不意にクロスタが話の矛先をシリスに向ける。


「へ?」

「さっきあの男に止められてたろ」


 1分もない事だったのに、見られていたのか。

 そうは言われても、別段何かを話したわけではない。何かあるとするのであれば、握らされた手の中のものなのだが───秘密だと言わんばかりの仕草を見せられたのだから、あえて言う必要もないだろう。


「帰り道、落ちないようにって言われた」

「……皮肉か?」

「まあ、落ちてきたのが第一印象じゃ仕方ないかもしれないね……」


 散々な言われようである。

 憐れむような視線にシリスが青筋を立て始めると、2人はそそくさと目を逸らして彼女から離れていく。


「……ヒトの事を何だと思ってんの……?」


 ぶちぶちと文句が漏れるのも仕方がない。

 先を進む2人の背中を追いかけながら、シリスは渡されたものに目を落とした。


 紙だ。なんの変哲もない、ただのメモ紙が折りたたまれて彼女の手のひらに乗っていた。


 言い忘れたことでもあったのだろうか。口頭で報告すべき内容などが書いてあったりするのだろうか。それとも、さっきのように他愛もない忠告だろうか。

 どれにしても直接言えばよかったのに、と紙を開けばそこには綺麗な文字で簡潔に用件が書かれていた。




 また、会いたい。

 今度はもっと時間のある時に、2人で。




「……………………え、え?」


 思わず足を止めてしまった所為か、友人2人の姿はもう複雑な(みち)に入り込んで見えない。


 ひとりきりの空間に、ただただシリスの困惑した声だけが溶けていった。

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