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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
始まりの町:リンデンベルグ
2/105

2.最後にして、最初の任務

シリスとヴェルの双子が、その地の情報を与えられたのは5日前の事だった。


その日、快晴とは言い難いほど分厚い雲が泳いでいた。


"見習い"と呼ばれる未成年の守護者。

その殆どが通う養成所の上空も例外ではない。


しかし天気とは裏腹に、その廊下を歩く2人の足取りは軽く晴れやかだ。

1番奥に位置する扉の前に迷いなく向かい、2人はそのままドアノブを掴んで勢いよく開いた。


「……お前たちは文字が読めんのか」


挿絵(By みてみん)


開いた扉の先、眉間に深い谷を作りながら男はそう呟いた。長い銀髪から覗く碧眼(へきがん)は、開け放たれたままの扉の前に下げられた


"ノックは2回"


というプレートを一瞥して直ぐに伏せられる。嘆息と共に「まあ、元より期待しとらんが」という呟きも漏れたようだったが、それが聞こえたのか聞こえなかったのか双子は気にする様子もなく部屋に入り込んだ。


「「お呼びと聞きました、ヴァーストさん!」」


綺麗に揃った言葉に、男───ヴァーストは苦虫を噛み潰したような顔をした。

あっけらかんとした2人の表情には、礼儀を欠いて入ってきたことに対する反省はちっとも浮かんでいない。けれど2人は彼の前に並び立ち、さも規律に重きを置かんとばかりにぴしりと背筋を伸ばしている。

咎めるのも時間の無駄だと大きなため息を吐くと、彼は手元の紙に視線を落とした。


「シリス・シュヴァルツ、ならびにヴェル・シュヴァルツ。お前たち2人に向かってもらうのはリンデンベルグに決まった」

「リンデンベルグ…」

「臨海の町だ」


言いながら、ヴァーストが手元の紙に視線を落とした。数十名の名前と、名前の隣には割り当てられた地名が同じく記入されている。彼はその中から"シリス・シュヴァルツ"、"ヴェル・シュヴァルツ"の名前を見つけると名前の横に書かれた"リンデンベルグ"の文字と共に線を引く。


「出立は5日後、期間は3日。ポータルキーは当日に渡す」

「「はい」」

「向こうでの寝泊まりは現地で確認。指導員の誰かが先に向かうはずだ」

「「はい」」

「装備は好きなものを持っていって構わないが……なるべく普段使うものを選ぶように」

「「はい」」


条件が提示されていくたびに、ヴェルとシリスの表情は張り詰めたものになっていく。入室直後の軽薄な調子とは明らかに違う返答に、ヴァーストは満足げに頷いた。


「この任務が終わればお前たちは見習いを卒業し、成人と認められる。知っての通り、大人になれば幾つかの世界を担当することになる」

「外世界担当任務員……外務員になれば、の話ですよね」

「そうだ。外務員か、主に彼らのサポートに回る内務員か……本人の希望だけでなく、その適性を見極めるための任務でもある」


ヴェルの問いかけにヴァーストは頷いた。


「今回は見習いとして最後の任務であると同時に、外の世界において初めての任務だ。概要は単純。割り振られた地で鏡像の脅威が生じていないか、視察をしてきてもらう」


彼は指を組み、双子を交互に見つめた。

2人は未だに顔に力を入れて、ヴァーストへ真剣な瞳を向けている。


「それと、この期間中は制服は身につけるな。不要なトラブルを避けるためだ」

「じゃあ、例えば聞き込みをするときもあまり守護者だってことは明かさないほうが良いんですね?」

「無論だ。判断に迷う時は指導員に確認するように」


入ってきた時と変わって、硬い声で問うシリスにヴァーストは頷く。


「我々の最も重要な目的は、我々の名が冠する通り世界の"守護"でありヒトの"守護"だ。もし途中で鏡像が出現した際には、住民に被害が及ばないことを第一とし、速やかに処理するように」

「「はい」」


明瞭な返事にヴァーストがふ、と笑みを漏らした。

普段楽天的でふざけることも多い双子だったが、まだ19歳。大人と子供の境目である彼らから、子供らしいところが抜けきらないのは当たり前と言える。

むしろ、そういう姿ばかりを見ているヴァーストだからこそ、今の2人の様子に微笑むことができるのだろう。


「出立までに現地の資料を読んで情勢などを把握しておくように。何か他に聞きたいことは?」

「「ありません」」

「そうか。……まぁ、そう緊張するな」


ヴァーストが立ち上がる。そのまま直立不動の2人の元へと歩を進め、ぽん、と優しくそれぞれの肩を叩いた。


仰々(ぎょうぎょう)しく言ったが、初めから危険な世界に送り出すつもりはない。鏡像もここ数年は目撃情報が無いに加えて……(ほとん)どがお前たち見習いでも、倒したことのある程度のものしか出たことがない世界だ。何かあれば指導員もいる。まずは安心して外の世界を経験してくると良い」


慈愛に満ちた言葉。

父性さえ感じさせる言葉は柔らかく、そして暖かい。2人が緊張していたのならば、その言葉はとても身に沁みるものだっただろう。


そう、緊張していたの()()()


「わ……」

「わ?」

「ワクワクしすぎて5日間ずっと眠れなかったらどうしようかと……」

「なんなら明日出立でも……」

「寝ろ。そして待て」


表情は変わらず硬いまま……気を抜けばおそらく、素晴らしい笑顔で部屋を飛び出して行くのではないか。


緊張などではなく、興奮を抑えるために顔に力を入れているだろうシリスとヴェルの言葉を、ヴァーストは冷たく切り捨てたのだった。








資料室へ足を運ぶシリスのすぐ後ろを、ポケットに手を突っ込みながらヴェルがついてきていた。


時折すれ違う同期たちの手には、それぞれ冊子程度の大きさの本が携えられている。初めて向かう地の資料なのだろう。「どこに決まった?」「そっちは?」と、いう会話が聞こえてくることからも間違いない。


守護者の子供───見習いと呼ばれる彼らは、極少数の例外はあるものの19になる年に初めて外の世界を許される。わくわくしているのは双子だけではないようだ。


「ヴェルはリンデンベルグって知ってる?」

「実は名前だけ聞いたことある。座学のグレゴリーさんっているじゃん?あの人が普段視察に行ってる場所もリンデンベルグらしいし、もしかしたら指導員もあの人かもな」

「そんな話、したことあったっけ……?」

「いや、補講のときに喋ってただけ」


補講という単語に、浮かれ気味だったシリスの面持ちが一気に沈んだ。弟よりは()()真面目である彼女は、ジトっとした目で彼を睨む。


「結局あとで補講受ける羽目になるなら、最初から素直に受けとけばいいじゃん」

「普通に受ける座学なんて眠いだけじゃん。その点、補講は雑談もあって暇しないし」

「……まあ、その言い分は理解する」


彼女が同意したのは"普通に受ける座学は眠い"という部分だが、だからといって、ヴェルのように進んで補講を選ぶ者はおそらく少数だ。


一方の彼は姉の渋い顔など意にも介さず、補講で聞いたという話を続ける。


「臨海だから魚が美味いって言ってたな」

「はい?」


突然にもたらされた情報があまりにも任務には不必要だったものだからか、その言葉に一瞬シリスは目を丸くする。

そして、


「……あはっ、なにそれ」


思わず彼女の口からくすくすと笑い声が溢れ出す。


「大事な情報だろ?」

「そうだね、俄然楽しみになってきちゃった」


眉尻を下げ、先ほどまでの渋面が嘘のように笑う姉に、ヴェルは得意げに鼻を鳴らしてみせたのだった。


そうこうしているうちに2人は資料室にたどり着く。

中へ入るとそこは図書館のように沢山の本棚が立ち並んでおり、2人の他にも何人かが本棚の前で資料を漁ったり、端に備え付けられた机で調べ物をしているようだった。


頭文字の順に並べられた資料は、数は多いといえ探すのは容易だ。ヴェルが手に取った本の背表紙には"リンデンベルグ"と書かれていた。


「薄いな、本気でトラブルもない世界みたいだ。基本情報くらいしか載ってねえ」


手に取ったそれの分厚さは、その地域での問題や事件に比例する。2人が手に取った冊子程度の厚さでは、大した問題がない事は丸わかりだ。


「住んでるヒトは殆どが人間……平地で高低差もあんまりないらしいから、動きやすそう。あとは、魔術核を持った機械人形が居るんだって」

「兵器?」

「ううん。観光資源って書かれてるから違うと思う。どんなのだろう?」


地形、歴史、住民の特色、周辺の町や都市。

資料には実際、当たり障りのない情報しか書かれていなかった。娯楽に関する詳しい情報──例えば、ヴェルが言ったように海鮮が美味しい、何処の店の評判が良い──などといったことは記載されていない。

つまり、派遣された先を十分に堪能するには、訪れてから自分で確認するしかないのだ。


しかし、だからこそ、少ない情報から得られる期待値はとても高まる。


「ねえヴェル、ホントに内務員希望してるの?」

「シリスこそ、外務員なんて危険だらけだぞ。俺と一緒に内務希望出して、父さん達の後継げばいいじゃん」

「でもあたし、色んな世界見たいって気持ちのが強いしなぁ。実際ヴェルも、今回楽しみっしょ?」

「……否定はしないけど」


そうして今日に至るまで2人は指示通りに準備を行ない、この地へ降り立ったのだった。



シリスの眠れないかもしれないという不安は杞憂(きゆう)に終わり、5日間きっちり8時間の睡眠をとっていた。

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