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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
始まりの町:リンデンベルグ
19/104

19.こんなハズじゃなかったのに

エミリオの服には所々に赤褐色の(さび)汚れがついていた。体の下敷きになっていた部分にはシワがしっかりとついており、元は上等だろう仕立ての服も形無しである。

それを纏う彼もまた、頬や額に汚れを付着させ髪はボサボサ。特徴的なモノクルはひび割れ、町長と言うにはあまりに威厳がない。血の巡りが悪そうな顔色。線の細い顔にはありありと倦怠感が浮かび、目の下にはくっきりと(クマ)が出来ている。体調がよろしくないというのは一目瞭然だった。


挿絵(By みてみん)


「彼女が、そんな……」


拘束を解いたエミリオにニーファの行動と彼女の死、奥の部屋に鏡像が溢れていた事や黒い何かを破壊した事を大まかに伝えると、彼は酷く鎮痛な面持ちで唇を噛んだ。その顔は憔悴(しょうすい)しきっているように見えた。


「……ニーファは、私が町長になった時から私を支えてくれていた、優しい方でした」


エミリオは自分の胸へ手を当てる。少し()けた頬や瑞々(みずみず)しさのない手を見ると老人か、それに近い歳ように思える。だが、白髪混じりとは言え髪は黒々としており、見た目よりもおそらく若いのだろうということは何となく想像ができた。


「私たちを捕らえ、害そうとして……彼女は一体、何をしようとしていたのでしょう?」

「それは俺たちにもわからんが───最近、彼女におかしなところはなかったのだろうか?」

「そんな素振りはまったく」


グレゴリーの問いかけに、目元を揉んで逡巡(しゅんじゅん)したのち、エミリオは「ああ」と声を上げる。


「彼女が()れる茶の味が変わった頃から、身体に不調が出始めましたね」

「疑ったりしなかったんですか?」


シリスのもっともな疑問。

しかしエミリオはゆるゆると首を振って、嘆息する。


「何年も何年も私に尽くしてくれた彼女を……疑うことなんて出来ませんよ。町の問題で忙しくしていましたし、てっきり疲労かと思っていましたが」


だが、それは楽観視しすぎだったとエミリオも分かっているのだろう。浮かべた笑みは自嘲気味だ。


「気が付いた頃には、1日の間で起き上がる時間の方が短いほどになっていました。そんな私を見て、彼女は優しく言ってくれたのです」


曰く、

「私が仕事を代わりに片付けるのでしっかり休め」

と。


「彼女の優しさに甘えてしまったのですが、それが間違いだったようですね。時計塔や人形のメンテナンスをすることも出来ず、内部でそんなことが起こっているなんて想像もしてませんでした」

「そこまでして、守護者への連絡を躊躇っていたのか?」

「いいえ。と、言っても言い訳にしか聞こえないでしょうが……起き上がれなくなった時点でもう潮時だと思い、彼女に連絡を取るよう頼みはしたのです」

「だけど、あの女はあんたが信じてたような人間じゃなかった。んで、結局その頼みは無碍にされたってことか」


言葉を選ばず、核心を突くヴェルの脇腹をシリスが軽く小突く。ヴェルは肩をすくめて口を閉じるだけで反省する気はさらさらないようだ。

エミリオはヴェルの言葉に反論もなく頷いた。


「あの石板のことと言い……彼女は始めから、何かしら目的を持って私に近付いて来たのでしょう」

「あれは一体何だ?」

「グレゴリーさん、顔、顔」


1番大事な話題になり、グレゴリーが難しい顔で聞き返す。顔が怖いので相手を威圧させるだろうとヴェルは彼を咎めた。


「あれを見つけてきたのは彼女なのです。数年前でしょうか、隣町の鉱山労働者が掘り当てたものだと、人形の素材として使えないかと言って私の元に持って来ました。石板というか、あれはオニキスという鉱物の一種なのですが……勿論、その時は鏡像なんて出ませんでした」


しかし、エミリオは全く動じず話を続ける。どうやらヘリオの父よりは肝が据わっているらしい。


「エーテルとの親和性が高く、魔術核にすることで魔術人形たちのエーテル伝導率を格段に高めることができました。見た目にはあまりわからないのですが、魔術経路への負担も軽減できたのでエーテルを自動吸収する機能を搭載して半永久的に……」

「すまない、専門的なことは良いので要点だけ教えて貰っても?」


似たような流れを最近やったな、と双子は思った。


「あ、すみません。つい熱くなってしまって……つまり、勝手がいいので魔導人形たちの眼として使い、残りは予備として収容室に取っておいたというわけです」

「そのオニキスとやらは元々あんなに鏡面になっているものなのか?」

「元はもう少し粗かったのですが、眼を作るにあたって磨いてみると思った以上に綺麗だったもので……。人形たちの一斉動作を前後から確認できるようにと、研磨師に依頼を致しました。ご存知の通り、大きな鏡はなかなか設置できませんからね」


先ほど石板を見たときにヴェルとシリスが感じた既視感は人形の瞳だったようだ。言われて2人は納得する。

散らばる黒い破片を手に取り、グレゴリーは光の元で再度その材質を確認した。


光を反射するその破片は、今はそのどれもが手に収まるほどに細かいものになっており、鏡面が波打つことはもうなかった。鋭い一撃でできた破断面は、磨き上げられていなくても光沢を放つ。


輝きから目を逸らさず、グレゴリーはエミリオに言う。


「奴らは、いくらヒトの姿を映すことがあるといえ、ガラスや金属から侵入することはまずない」

「存じております」

「この件に関しては俺たちの方でも優先的に調べねばならん事項だが……そういった基本的知識を、若い世代にもしっかり伝えて欲しいものだな」

「───はい」


それは住民が鏡像への恐れや、守護者への理解を忘れ始めていることに対する非難が混じっていた。それを察し殊勝(しゅしょう)な態度で頷くエミリオには、確かに町長としての人格が見てとれる。


「まだ言いたいことはあるが、一旦はここまでにして───ヴェル、シリス。鏡像の侵入経路について、気になることはあるか?」

「んなの、今グレゴリーさんが言った事くらいですよ。なあ?」

「結局、鏡にしか共鳴できないって話のはずだったけど、今回の事を考えるとそうじゃなかったってこと?」

「それは正直俺にもわからん。俺も、こんなケースは初めて見るからな」

「ああああもう!なんかどんどん事態がややこしくなってってない?」


───初めての外の世界。まずは簡単な肩慣らし。

大きなトラブルもなく平穏な3日間で終わるはずだったのに。

遊ぶだけのつもりはなくても、それでもこんなに次々と頭を悩ませる出来事が起こるなんて誰が予想できようか。


苛立ちを隠そうともせず、ヴェルは頭をガシガシと掻いて盛大にぼやく。そんな弟を宥めようと、釈然としない気持ちながらシリスも口を開いた。


「でも現地調査って目的に対しては、かなりいい線いったんじゃない?鏡像が出てきた経路も見付けることができたし、バッチリいい評価もらえるよきっと」

「腕折られてまでよくそんなこと言えるよな?治ったからいいってもんでもないだろ」

「あ、これ治ってなくて。一時的に痛覚遮断してもらっただけ」

「馬ッッ鹿お前!!んな状態で剣持ってぴょんぴょん飛び回んなよ!馬鹿!間抜け!猪!!」

「いや分かるじゃん固定してるじゃんボロクソに言うじゃん……」

「とりあえず治療した直後の念のためって思ったぞ俺は……!」


耳元で罵詈雑言を浴びせられ、怒られた犬のように萎れながらシリスは耳を塞ぐ。ヴェルの言うことももっともだが、あの時点で自分が戦力に加わったのは悪くない判断だったと思っている。グレゴリーとヴェルに任せるという手もあったが、それでもだ。きょうだい喧嘩……というより、弟が姉を責め立てる光景にグレゴリーはというと静かに目線を逸らしていた。原因の一端が、彼の行方不明に関係しているのは明らかだからだろう。


ひとしきり怒りを撒き散らし、萎れ切ったシリスが泣きそうになった頃。

ようやく落ち着いたのかヴェルは深い深いため息をついた。


「はあぁぁ……落ち着きのない姉を持つと苦労するよ」

「ごめんて」


わしゃわしゃと頭を撫でるシリスにヴェルは文句を言いそうになったが、これ以上は無意味だと判断して言葉を飲み込んだ。

代わりに、目を逸らしたままのグレゴリーと成り行きをただ見守っていたエミリオへと向き直る。


「で、これからどうするんすかグレゴリーさん」


話を振られて一つ咳払いをし、グレゴリーは真剣な表情を浮かべ直した。


「まだ考えねばならんことはいくつかあるが……報告するにしろ、この事態が一旦落ち着きを見せたかの確認が先だな」


この場にいた鏡像は全て処理をした。差し迫って気にかけなければいけないとするならば、町の状況くらいだろう。


「今回の事態を触れ回れば、町での混乱が予想される。今後どうするかを考えるのはヴァーストさんたち上の仕事だ。俺たちは町を廻って残党がいないか探すぞ。確認次第で報告だ」

「「はい」」


予測していた答えに、2人の返事は澱みない。

元より、秘書が町長を(たばか)り健康を害し、その上時計塔の地下に大量の鏡像を隠していたなんて伝えてもパニックを煽るだけだろう。グレゴリーの判断に反対する理由もなければ、必要もない。ダクトから外へ出て行ってしまった鏡像がいるのであれば追い掛けなくてはいけないし、それを確認し終えるまではひとまず安心と言えない。


「エミリオさんはとりあえず、しっかり休んだほうがいいだろう。顔色が良くない」

「はい……有り難く。そうさせていただきます」

「住民の意識の持ちようや今後の方針、鏡像の出現を最初に隠そうとしていた事については、明日にでも他の守護者を呼んで話を聞かねばならない。そこは覚悟をしておいてくれ」

「はは……それはもう、当然の報いですから……」

「───あれ」


ふと、ヴェルが小さく声を上げた。それは吐息に溶けてしまいそうなほどに小さいだけの音だったが、隣にいたシリスだけはその声を拾った。


「どうしたの?」

「いや、なんかよくわかんねーけど、なんか引っかかったっつーか」


顎に手を当ててヴェルは唸る。何に引っかかったのか、何を思い出そうとしているのか、本人にもわかっていないようだった。

そんなヴェルの様子は気に掛かったが、疲れもあるのだろうとシリスは勝手に納得する。当のシリス本人も、昂っていた気持ちがようやく落ち着いてきて疲労を感じ始めたところだ。まだ外を見回らなければいけないため休むことは出来ないが、少しくらいなら気を抜いたっていいだろう。


シリスはポーチから包み紙を取り出し、ヴェルに一つ手渡した。


「何コレ」

「昨日の聞き込みのときに買った飴」


シリスはもう一つ同じものを取り出し、包装を破って自分の口に放り込む。甘い、と嬉しそうな顔で笑みを見せる彼女に思わずヴェルの肩の力も抜ける。

つられるように包装を破いて、人形の眼のように黒くてツヤツヤと丸い飴を口に放り込む。何味かはわからないが、コロコロ転がすとじんわりとした甘さが口の中に広がる。


「あまい……」


緊張が解れて僅かに綻んだ口元。その表情を盗み見ながら、シリスはただ姉の顔で優しく微笑んだ。

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