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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
130/135

128.ハジけてみせろ!

 撃てども撃てども端から回復する相手にクロスタが舌打ちしていた。


 彼の撃つ魔弾は実体がなく、彼の魔力に依存する。ゆえに魔力が尽きるまで撃ち続けることは理論上可能である。しかしこうも響くことない様は、クロスタの中の苛立ちをかなり刺激しているらしい。

 まだその軌道はしっかりと相手の瞳を捉えているが、その威力はまちまち。集中しきれていない証拠だ。




「クロ、弾がちょっと揺らいでる」

「ああ」

「鏡像っぽいけど、多分違うからね」

「……わかってる」


 発砲。


 顔の中心に存在する、一番大きな赫い瞳が弾けた。轟くような悲鳴が上がり巨体が大きく仰け反る。


 悶絶するネズミの顔が、追撃するシルヴィアの拳で半分吹き飛んだのが見えた。彼女の反対側ではカインの振るった刃が再生しようとしている傷口に突き立てられている。


 見事なまでのリンチ状態だ。相手が際限なく回復するのでなければ、秒と経たずに戦況は終わりを迎えていただろう。とにかく、足止めには充分どころか過剰戦力かもしれない。


「で、どうした」


 彼女らの様子を見て援護は不要と判断したのだろう、クロスタはシリスへ横目を向ける。



───と、その顔が目に見えて歪んだ。


 物珍しいこともあるものだと思いながら、シリスはふと自分の格好を思い出して納得する。


「やばいよね、これ全部返り血。事件現場みたいっしょ」

「右腕。噛まれたんだろ」

「こっちだけね。でも平気、そんな痛くもないし」


 見せつけるように右腕をぐるぐる回してみると。即座に掴んで止められた。雑に扱うなということらしい。ヴェルにも叱られたばかりなので、シリスは素直に従っておくことにした。


 それよりも、彼の元に来た目的を伝えなければならないのだ。


「さっきからガンガン撃ってるけど、まだ余力ある?」

「なんでだ?」

「弾、一発貸してくれない?ついでにサポート頼みたくて」


 クロスタが片眉を上げる。


「しっかり説明しろよ」

「ねえ知ってる?それ、自分のことを棚に上げるって言うんだよ」


 シリスはクロスタの数少ない言葉で大体言いたいことを察する事が出来るが、彼はそうではないらしい。無論、普段は必要以上に自分が喋るからだとは理解してはいたので、口にしたのは半ば冗談だ。

 それでも、躊躇いなく差し出された銃は信頼の証であると思っている。使用用途も告げていないのに、自らの武器をこうもあっさり渡してくるのだから。



 クロスタの兄の遺品だと知っている。だからシリスは大事に両手で受け取り、しっかり落とさないように握った。




 重い。




 先天性の能力でシリスは大体の武器の重量を感じることはない。だからこそあんな大きな剣を振り回す事が出来ているのだ。

 けれど、いま手の中に在るそれはシリスの大剣よりもずっと軽いのに、指が震えそうなほど───重く感じた。その重さが何なのか、シリスの言葉では言い表せない。


 光沢を放つ黒い表面を親指の腹で撫でる。心の中で、顔も知らぬクロスタの兄に大事な銃を借りることを詫びた。


「あたしが魔術込めるから、ちょっとだけサポートしてくんない?」

「何の魔術だ」

「ひたすらに熱くするの。熱かったら熱いほど良い。そんでもって、弾けさせる」


 彼の銃は実弾に魔術を付与できる。直接魔力を打ち込むよりも効果的で、込める術によって用途も多岐にわたる。試しにシリスも魔力を通してみると、かなり魔力伝導率が高いことがわかった。これならば残り少ない力でも余すことなく使えるだろう。

 あとは目的とする温度まで熱を込める事が出来るかが勝負である。


 幸いにもクロスタが得意とするのはどちらかといえばサポートだ。親和性のある魔術も風であり、シリスの得意とする火魔術との相性も悪くない。

 だからこそ、余力のあるヴェルをアステルの元へ向かわせたのだ。アステルは魔術がからっきしで、サポートを期待できないから。


 まだトリガーに指はかけないまま、ネズミと呼ぶにふさわしくない巨体へと照準を合わせる。

 ひたすらに熱く、熱く。熱を圧縮するイメージを描きながら魔力を銃へ流し込む。


「アステルが砲撃したら、追撃でそこに撃ち込む。それだけ」

「結局、何するつもりだ?」


 言いながらもクロスタの手がシリスの手の上から銃にかかる。

 風にあおられて炎が勢いを増すように、流し込む熱が急激に温度を増す感覚が伝わる。


 確かな手応えに、シリスは口の端を持ち上げた。






「内側から、ドカン。とね?」 






***




「あー!もしかしてオレが教えたやつ?」

「そう。俺らが人目ひくために、町の上でぶちかましたってやつ。粉々にしたらさすがに復活しないかもしれないだろ?」

「ファーーーーーー!!」


 相当彼のツボに入る答えだったのか、アステルは遠慮など一切感じられない豪快さでヴェルの背中を叩いた。


 地味に、痛い。

 そういえば姉も同じようにして叩かれていたのだったか。


 成人直後の労いの席でのことは、少々記憶が曖昧な部分がある。アステル共々、シリスに張り倒されたので当然といえば当然のことなのだが。



 存分にヴェルの背中を打楽器にしたあと、満足そうに大きな息を吐いたアステルはにぃ、と笑顔を見せた。


「えっぐいこと考えるじゃん。でもお前最高、ここでそれ持って来る?伏線回収ってやつ?」

「提案したのはシリスだけどな」

「どっちでも最高だよお前ら。教えた甲斐あるわー」


 彼は手元で弄っていたパーツを肩から斜めがけにしたポーチにしまい込む。明らかにポーチの容量を超えているように見えるが、収納の魔術でもかかっているのだろう。

 粒子レベルにまで分解して収納し、取り出す時に再構築する。原理的にはヴェルたちが体内に武器をしまい込んでいるのと同じだ。それにしてもしまい込んでいる容量は規格外だが。 


「でも実際そっちのがいいわ。あれ粉々にしろってったら、いま持ってる材料じゃ火力不足、てんでダメ。ちなみに、どういう手順?」


 新たに取り出した部品を見比べながらアステルが聞く。


「俺、めちゃくちゃ水作る。シリス、めちゃくちゃ熱い弾作る」

「ちょーわかりやすい。つまりオレはオマエが魔術込めた弾をぶち込めば良いってことだよな?」

「簡単だろ?」

「任せろって。そういうことなら良いの持ってる」


 アステルがポーチに手を入れ、手のひらよりも大きい塊を取り出す。

 やはり容量が規格外だ。シルヴィアにこの光景を見せたらなんと言うのか、ふと興味がわいた。


「もともと圧縮の魔術組み込んで作ったタマだぞ。これならやべーくらい水溜められると思う」

「準備良いじゃん。どれくらい?」

「池作れるくらい」

「やべぇ」


 さすがにヴェルも池を作るほどの水を作り出すなんてできない。試したことはないが、彼の魔力で生み出せるのなんてせいぜい池の底を満たす程度のものだろう。

 それでも、と横目でネズミを確認する。

 

 シルヴィアがたった今、ネズミの頭の半分を砕いていた。即座に再生する傷口は血を吹き出すのも一瞬のことだ。

 ネズミは傷口に肉を盛りながら、傷付くたびに大きくなっているように見えた。


 視線を頭部から胴体へずらす。

 比較的小さな頭に対して肥大化した体。サイズを言うのならば小さな小屋1棟分あるか、といったところか。



 ”まだ”今ならば、いける。



 シリスではないが、ありったけの魔力を全て水に変えて注ぎ込む。

 いまさらながら彼女の行動に理解が及んだ。完膚なきまでに叩こうと思えば、出し惜しみしている場合ではないのだ。


「アス、狙うのは頼んだ」

「どこやる?」

「どてっ(ぱら)。いい具合に真ん中狙ってくれ」

「おうよ、任せろ!」


 軽い脱力感を覚えながら砲弾が装填されるのを見守る。

 シリスとクロスタの方を見やれば、照準は既にネズミを向いていた。


「シルヴィア!!」


 声を振り絞ってその名を呼ぶ。

 剛腕の振り下ろしを避け切った彼女は、ヴェルの意図を解して大きく後ろへ跳んだ。

 同時に姉の声も響き渡る。


「カイン、離れて!」


 最後に、槍の如く投擲された刃がネズミの頭部を貫いた。

 命を奪うには至らない。

 しかし一瞬。刹那の間、その身体は動きを止める。


 狙うのはまさに、いまこの瞬間。





「よっしゃ行くぜ、アポカリプスぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


挿絵(By みてみん)


 アステルの叫び声と共に撃ち込まれた砲弾が、肉を抉りながらネズミの腹部へ潜り込む。


挿絵(By みてみん)

 直後、別方向から放たれた弾丸は赤い閃光となって、撃ち込まれた砲弾の後を追う──────。







 ネズミの腹の中で一気に膨張した蒸気は大音響を伴って、その肉体を粉々に破裂させた。


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