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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
129/135

127.お前が言った

 見事に道中で武器を修理し、先陣を切ったアステルに続いて通路を駆ける。


 幸い、進む先でネズミに遭遇することはなかった。それが逆に「姉の元に集っているのでは」と嫌な考えを起こさせて、ヴェルの気持ちに僅かな焦りを生む。

 そうやって目的地に向かって走ること数分。


 突然アステルが弾を発射したかと思えば、先ほどヴェルが言ったセリフに文句を付けたのだ。





「おいおいフラグ回収じゃん。誰だよ小さいのよりデカいほうが楽って言った奴」





 アステルのボヤきに、ヴェルもようやく目の前の光景の全容を把握した。


 狭い通路から一転、広いホールのようになったそこは古い照明が未だ残っているのか、視認性は悪くなかった。アステルの背中しか見えなかった視界も一気に広がっている。

 そこに、探し求めていた姿があった。


「シリス!」

「ヴェル!?何でここに!?」


 ごろごろと転がる灰色の塊。地面に広がる赤は踏み荒らされて汚い筋を描いている。生臭さの中にほんのりと鉄錆のにおいが混じり、それが血なのだと嫌でも分かった。

 そんな中、翡翠の瞳を見開く自分と似通った顔。金髪は赤を存分に被ってくすんでいたが、間違いなくそれは姉の姿だった。


 ヴェルは思わず傍まで駆け寄り、血に塗れた襟首を掴んだ。


「それはこっちのセリフだっての!大体セロから聞いたから知ってっけど……それよりなんだよそのカッコ!?」

「セロ……!そうだ、セロは無事!?」

「馬ッッ鹿お前……っ、自分のこと気に掛けろって言ってんだよ!この猪!」

「あ、これ返り血だからあたしのじゃなくて……」

「ここ齧られたって聞いてんだよこっちはよぉ!一日一怪我しなきゃ気が済まねぇのかよ!?」

「あ”ッッ、痛い痛い痛い!さすがに掴んだら痛い!」


挿絵(By みてみん)


 赤に染まったその中でも一際目を引く右腕を掴み上げる。雑に破いた袖で雑に縛り上げられているので傷自体は見えない。けれど、こんな返り血まで浴びている中で傷が悪化したらどうするつもりなのか。

 言いたいことは山ほどあるが、とにもかくにも本当に大きな傷はなさそうで安心した。


「うぐぅ……ごめん」


 ヴェルが何か言う前に、シリスの方から謝罪される。それで溜飲が下がるわけではないが、無事であったことを考えればそれなりに気持ちの折り合いもついた。

 溜息とともに肩の力を抜く。掴んでいた腕を離せば、痛みが和らいだのかシリスも溜息を吐いていた。


「でも本当にどうして……アスに、クロも────」


 彼女がそこまで口を開くと、不意に何かが動く気配がした。

 ヴェルが身構える前よりも早く剣を握り直したシリスが鋭く叫ぶ。


「下がって!」


 一瞬で張りつめた空気の中、ヴェルの目の前で黒い影がもぞり、と蠢いた。

 正確には黒ではなく泥で澱んだ灰色。

 その色にはヴェルも見覚えがある。


「なん……あれ、ネズミか!?なんかデカくねぇ!?」

「なんか共喰いしたらこんなに成長したの!」

「はぁ!?」


 そんなものがネズミであるはずがない。

 だがそもそもヴェルたちが遭遇した小さな個体ですら、ネズミにしては異様なほどに大きかったのだ。


 頭部にいくつも付いた瞳が、赫くぎらついて瞬きをする。ぞわり、とヴェルの背中の毛が逆立った。

 その赫い瞳はまるで、鏡像みたいではないか。


「おいおいおいおいおい、オレ、今アタマ吹き飛ばしたよな!?」

「それで死んでるなら、あたしが既にやってるに決まってるっしょ!こいつ、ずっと回復し続けてんの!」


 アステルの言葉にシリスが声を張り上げる。

 それでようやく納得した。周りに転がっているのは、ネズミの腕やその他の破片だ。納得はすれど、いまだ理解はできなかった。


 声に呼応するかのように甲高い咆哮が響き渡ると、ネズミはヴェルたちに向けて走り出した。



 銃声。


 それはネズミの瞳のひとつを寸分なく貫く。

 続けて二発、三発。

 そのどれもが幾つもある瞳のひとつひとつを撃ちぬいては、一瞬巨体を怯ませたのみで突進を止めるには至らない。離れているはずのクロスタの舌打ちが嫌にしっかりと聞こえた。





「止まるっすよ!!」


 凛とした声が()()から聞こえた。


「はああ!!」


 咆哮と共にシルヴィアの拳がネズミの頭頂に突き刺さる。ヴェルよりは華奢に見えるそれは、骨の砕ける音を響かせながら頭部を圧し潰した。

 へしゃげる輪郭が、妙にはっきりと見えた。


 ようやく止まった巨躯は悲鳴も上げられぬまま硬い床に沈む。


 シルヴィアが長く細い息を吐き出して腕を引いた。持ち上がった拳にまとわりつく赤が、粘性を伴って滴る。

 腕を素早く振ることでそれを払い、彼女はネズミの頭部からヴェルの元へと跳躍して戻ってきた。


「流石にこれだけやれば止まるよね」

「動きどころか、息の根も止まってりゃいいんだけどさ」

「そのつもりでやったんすけど……()()()


 栗毛を翻しながらシルヴィアはネズミに向き直り、再び拳を構える。


 シリスが最初に言ったとおり、ネズミの頭は既に再生を始めていた。頭部を破壊したのにまだ命尽きない姿に思わず顔も歪んでしまう。


「どうすんだよこんな奴」


 姉が手をこまねいている理由がわかった。こんな生き物を、どう相手にすればいいのか。






「……粉々にすれば、ワンチャンいける?」


 ふと思いついたかのようにシリスが呟いた。


「粉々って、どう……」

「ほら、思い出さない?」


 視線は目の前から逸らさないまま、シリスの指が肩越しに後ろを示す。その先にいるのはクロスタと……なにやら再びがちゃがちゃ武器を弄り回しているアステルの姿。彼のことだ、予定外の相手に対して威力の調整などしているのかもしれない。


「あれ、あれ。ドカンと、一発」

「───あ」

「ね?」


 言わんとすることを理解して、ヴェルはつい姉に視線を戻した。

 同じ面影を持つ顔が、不敵に笑っている。


「アスにそのままドカンってやってもらえば?」

「忘れてんの?ここ、広いっても地下だよ。派手にやって生き埋めにでもなったらどうするの」

「ってことは内側から?」

「そ、中からドカンと」


 相当エグいことを言っている自覚はあるのだろうか。それを理解してしまえるヴェルもヴェルだが。

 だが確かにやってみる価値はあるのかもしれない。姉がこれだけ血を被っても、なお復活して来る相手とあっては。


「あたしはクロの、君はアスの。それでどう?」

「はいよ」


 一言、ヴェルが了解だけを返すとシリスは頷いた。


「私は何をすれば良いっすか?」


 横で話を聞いていたシルヴィアが双子の間にひょこりと顔を出す。話が全てわかっている……という感じではなかったが、言われたとおりに動く気は満々なようで頼もしく口角を上げている。


 シリスが一瞬、迷うような様子を見せる。けれど、すぐシルヴィアと同じように笑みを浮かべた。


「弟から聞いてる。強いんだよね?」

「ヴェルよりは」

「え、それは初耳。あとで詳しく」

「……やめてくんね?」


 ヴェルの僅かな抗議も虚しく、女性陣2人は初めて会ったと思えないほど軽やかな会話を続ける。


「強いなら安心。足止めって頼める?無理ない程度で」

「もっちろん!徒党組んで襲ってこない分、数を相手にするより楽っす」

「それはわかる。───カイン!!」


 シルヴィアの返答を受けたシリスが声を張り上げる。近場に向けたものではなかった。


「そのまま相手お願いできる!?」

「忘れられてるかと思った」

「んなわけないじゃん。助かってる、ありがとう!」


 ネズミの向こうで男の声と共に鈍色が翻る。ネズミの脚が宙を舞い、バランスを崩した身体が地に沈んだ。

 巨体に隠れて姿は見えない。しかし状況から考えて、シリスと共に行動しているという移住者で間違いないだろう。

 先ほどからクロスタの銃が牽制のために火を吹いていたのは聞こえていたが、復活したネズミが襲ってこなかったのはカインという男の力添えもあったらしい。


 ヴェルにとっては全く知らない相手でも、シリスにとっては場を任せられる程の相手ということだ。姉が見ず知らずの相手を頼っているのは複雑だが、今はヴェルの内心など口に出すべきタイミングではない。


 シルヴィアが巨体に向かって駆け出す。攻撃をものともしない相手でも、その力強い足取りには微塵の躊躇いもない。


 彼女の姿を見送って、シリスはヴェルに向き直った。


「上手くいったら外まで介護よろしくね。あたし、多分もう動けなくなっちゃうから」

「はあ?なんで?」

「さっき燃やしてやろうって思って、ありったけ出し切っちゃったんだよね。ま、失敗しちゃったんだけど」


 だから残ってる魔力はこれくらい、とシリスが親指と人差し指で示す。……確かに指先程度の隙間しかない表現を見るとと底溜まりもいいところなのだろう。

 せめてわずかな残りを出し尽くそうとする魂胆らしいが、苦言を呈さずにはいられない。


「後先もっと考えて行動するつもりなかったわけ?」

「あたしと同じ状況じゃ言えなかったと思うよ、それ。文句は後で聞くから」


 耳を塞ぐ仕草と、嫌そうな顔が返ってくる。これ以上は言っても無駄である。

 ヴェルはわざとらしい溜息を零した。


「言ったな?帰ったら三時間くらい正座コースで」

「うーわ、最悪」


 そうは言いながら、歯を見せて笑ったシリスもクロスタの元へ駆けていく。残されたヴェルは、同じく時間を無駄にしないようアステルの元へと走った。

 シルヴィアもまだ余裕を見せていたとはいえ、際限なく復活する相手だ。


 しっくりこないのか、端の方で未だガチャガチャとパーツの組み換え作業を行うアステル。その肩を掴んで無理やり意識をこちら側へ向けると、ヴェルはきょとんと空色の目を丸くする友人に問いかけた。





「なあ、水蒸気爆発って興味ない?」


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