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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
127/134

125.Get ready?

「んあ?ヒトか?」


 近付く気配に皆が一瞬身構えるも、複数の"靴"音に少しだけ警戒を緩める。どれだけネズミが大きかったとしても、彼らのたてる足音ではない。


 アステルの呑気な呟きは、直前の角を曲がってきた影により正解であったと証明された。


 再び現れた松明は薄暗い廊下を照らす。

 その光の中に姿を浮かび上がらせたのは───



「セロ!?」



 ここに居るはずのない弟の姿。

 思わず名を呼ぶと、後ろを振り返りながら走っていたセロはようやくヴェルを認めてくしゃりと顔を歪めた。


「ヴェル(にい)ぃ!!」


 迷うことなく飛び込んできた体は幻などではなく、確かに質量のある本物だ。

 状況が読めない頭のままに、ヴェルは服に額を擦り付ける弟の肩を掴んだ。


「どうした?なんでこんなトコに来てんだ?」

「きょ、今日は話聞く日でぇ……穴が、入ってみよって……楽しくて、奥まで行って……そしたらネズミが、ネズミが」


 しゃがんで目線を合わせれば、ぐしぐししゃくり上げながらセロが覚束ない説明を返す。それでも大体言いたいことは分かった。


「……怪我はしてない、みたいっすね」

「ああ、なんとか」


 ヴェルはセロの体をザッと見回す。こけてしまったのか服の汚れが目立つのみで、明らかな傷はない。シルヴィアもそっと彼の体に触れ、痛がる様子がないのを確認すると、軽く溜息を吐いた。

 一向に泣き止む気配のない弟をいま叱りつけるわけにもいかず、とりあえず目下気になるセロの後ろへ目線を向ける。


「で、そっちのちっさいのは見たことあるからセロの友達だろうけど……あんたらはなんだ?」


 セロと友人、その後ろから共に走ってきた三人は息を切らしながら顔を上げる。うち一人は明らかに獣人だ。残りの二人の身なりもそこまで良いとはいえず、ヴェルは先ほど見た貧民窟での光景を思い出した。表情にも敵意はなく、セロの拙い説明からするとネズミから共に逃げてきた貧民窟の住人とでもいったところか。


 彼らはヴェルを見るやギョッと目を見開く。

 納得と困惑、ともすれば相反する色。


 その行動に疑問を投げかける前に、一番年長者と思われる男が口を開いた。


「あんた、もしかしてさっきの嬢ちゃんの家族か」

「嬢ちゃん……?」

「そうだろ、顔が瓜二つだ」


 瓜二つの嬢ちゃん。


 自分たちが他人から見てどれほど似通った顔かはわからないが、半ば確信を宿すその言葉の示すところなどすぐに思い至る。ヴェルの知っている中で、そう言われる可能性のある人物なんて1人しかいないのだ。


 指先が冷えた気がした。

 (セロ)がここにいるだけでも予想外だったのに、明らかな姉の存在を示唆されて言葉に詰まる。勿論、彼らの後からシリスが走ってくることはない。


「そいつは、何処だ」


 ヴェルが問うより先に、クロスタが男へ一歩詰める。

 張りつめた空気に男は少しだけ身を引いたが、ぐ、と堪える様子を見せて続きを口にした。


「奥だ。この坊ちゃんの悲鳴で走ってったが───」

「戻ってきたのはこの子どもたちだけさ」


 男の言葉を、獣人の女が引き継ぐ。


「あたしらにこの子ら預けて、茶髪の兄ちゃんも行っちまったよ。ネズミが追いかけてくるかもしれないから、さっさと逃げろって言われたのさ」

「……ディクか?」

「ディクがシリスと一緒にこんなところに来るかよ」

「そうだな」


 一瞬思い浮かんだ考えはクロスタも同じだったようで。けれども二人して即座に否定する。そもそもディクシアが友人といえシリスと二人で出掛けることもあり得なければ、こんな旧水路にわざわざ足を運ぶなんてことはしないだろう。

 

 そこでアステルがようやく思い出したとでもいうように「あ」と声を上げた。


「言ってたじゃん、移住者の道案内してたって。俺が見たのも茶髪の兄ちゃんだったし」

「こんなとこ案内なんてするか?」

「……おいらが姉ちゃんの財布をスッたから、ここまで追いかけて来たンだ」


 口を開かなかった最後の一人、男女の後ろに隠れるようにしていた少年が一斉に集まった視線に怯えたように顔を強張らせる。俯いた表情には、ありありとバツの悪さが浮かんでいた。


 なんとなく、朧気だった輪郭が見えてきた気がした。

 セロが嗚咽混じりにヴェルへ訴える。


「シリス(ねえ)、腕からいっぱい血が出てて」

「……また突っ込んだのか、あいつ」

「違うよ、ボクたちが悪いんだ!どうしよう、ボク……ボク……」


 そこから先はもはや言葉になっていなかった。


 ここに至るまでに蹴散らしてきたネズミの姿を思い出す。

 たかがネズミ、とは口が裂けても言えない。自分たちだってアステルが居たから楽々あしらえたものの、彼の砲撃が止まってからはその数に圧倒されて逃げるしかなかった。狭い通路かつ足場が悪い、当然だ。

 シリスとて攻撃の手段がほとんど剣を振り回すことばかりで、魔術はヴェルと同じく得意とはいえない。


 ではそんな彼女が複数のネズミを相手取って無事かといえば───恐らく、無事だろうとは思っている。思っていたい。

 シリスの丈夫さはヴェルが良く知っている、ネズミ如きでやられるわけがない。


 だが無事と無傷は同義ではないのだ。


 セロを逃したということは、それだけの余力があるということ。けれど、すでに傷を負ったシリスがどれだけ耐えていられるかは一種の懸念材料だった。剣を扱う者にとって、腕の負傷は大きい。

 彼女を追っていったという男がどれだけ戦力になるのかすらヴェルにとっては疑問である。



「考えるより動いた方が早いっすよ」


 隣でシルヴィアが立ち上がった。


「当然お姉さん、手伝いに行くっすよね?」

「……そりゃあ……」


 当然、と直ぐには返せなかった。

 ここにいるのがヴェルだけであれば、あるきはヴェルが状況を圧倒的に好転させる力を持っていれば、即座に頷いただろう。気持ちだけでいえば、今すぐにでも走り出したいくらいだ。


 だが共にいるのはシルヴィアに、クロスタと、アステルだ。ヴェルが行くというのであれば間違いなくついてくる面々だ。


 シリスは大事だ。たった1人の姉なのだから。

 彼らも大事だ。それは天秤にかけられるものではない。かけたいものではない。


 いっそ、シリスのように思い立ったその心のままに行動ができるのであれば良かった。けれど、下手に考えてしまうヴェルにとってはそれができなくて。


「今から戻って、他の守護者に助け求めるのは時間がかかりすぎるっすよね?」

「そう、だけど───!」

「私たちもまだ水精(ナイアド)のお婆さんに会ってないし、このまま引き返すわけにはいかないっすから」


 目的がこの先なら結局行くのだからと彼女はウインクを飛ばした。

 

「さっきは急だったから逃げるしかなかったっすけど、やりようは沢山あるし大丈夫大丈夫」

「おー、オレも道すがらでさっきの直しとくから、いけるいける」


 軽い口調で肩を回すアステル。その隣では既にクロスタが愛用の銃に弾を込め直していた。


 思わず、拍子抜けしてしまいそうだ。


 彼らをわざわざ火中に投げ込みたくないから躊躇ったというのに、ヴェルの心配など知らぬ顔で周りは既に行動を始めようとしている。

 少しでも悩んだ自分が馬鹿みたいだ。



 こうもやる気を見せられては、ヴェルが躊躇う理由なんてない。救援を求める時間だって惜しいし、何よりアステルがもう一度蹴散らしてくれるのであれば気掛かりは大幅に減る。

 


 盛大に息を吐き、肩の力を抜いた。


 



「───おっけ。言っとくけど俺、いま剣持ってないから戦力にカウント出来ねぇよ」

「え、まじ?オマエよくそれでついてきたよな」

「あん時、俺に断る選択肢ないっつったよな?」


 だからこそ、先ほどまで()()を仕留めるくらいしか出来なかったのだ。”しなかった”わけではない。


「露払いくらいだぞ。俺、ディクみたいにばんばんデカい魔術ぶっ放せねぇんだから」

「あれは別格だろ」

「ディクみてーに出来るなら剣捨てた方がマシ」

「そんな凄い魔術師いるんすか」

「性格に難ありだけどなー」


 とにもかくにも、方針は決まった。

 出口を知っているという男にセロたちを任せ、後は奥へ進むのみだ。


「ネズミ退治のリベンジマッチってな」

「弟くんのさっきの口ぶりだと、結構な数を覚悟しといたほうがいいっすね」

「小せぇけど数が多いほうが面倒だって再認識した。デカいの一匹倒す方が楽だよな」

「同感だ」


 そんな会話を交わしながら、各々の足は少しずつ駆け出す。


挿絵(By みてみん)


 フラグの回収が目前であることを、その時は誰しもが予想だにはしていなかった。

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