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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
125/135

123.

「アル、マゲ……ドンッッ!!!!」

「なんだよそれ」

「技名」

「なんだよそれ」


 仰々しく叫びながら、アステルが手にした長い筒から大型の弾を発射する。

 微かな放物線を描いて飛んだそれは、走り寄ろうとしていたネズミの群れへと着弾して存外小さく弾けた。かと思えば、一瞬にして細かな爆発が幾重にも広がり、大きく育った体躯の一部一部を吹き飛ばす。

 手や足、果ては頭を弾けさせたネズミの筋や臓物、脳漿が飛び散って壁にへばり付く様は煌々とした灯りのもとに晒される。無論、先ほどアステルが通路へ足を踏み入れる前に放った光弾によるものだ。


「げぇ、ぐろ……」

「お前、自分でやっといて……」


 中途半端に形を残して弾けたネズミの死骸に、アステルが口元を押さえる。

 自らが招いたことなのに、よくもまあとヴェルは彼の背を軽く小突いた。おかげで大方のネズミはこちらに近づく前に対処出来ているので、助かっているのは事実であるが。


 アステルの弾が撃ち漏らした二匹を撃ち抜きながら、クロスタが問いかける。


「お前にしては、おとなしいな」

「ここ狭いからさ、あんまり威力高ぇの使うと崩れて困るかもしれねーだろ?」

「成程」


 納得した、と彼は三匹目の頭を正確に撃ち抜いた。天井から飛び掛かったネズミの体は一回だけ痙攣し、そのまま水路の方へと落ちて水しぶきを上げる。飛び散る汚水を凍らせて、心ばかりの配慮をしつつヴェルは後方のシルヴィアへ目を向けた。


「そっちは?」

「あんまりいないっす。こっち側は縄張りじゃないのかな」


 栗毛を揺らすシルヴィアが、軽いステップと共に噛みつこうとしたネズミの顔を正拳で殴り飛ばす。

 ガントレットを纏う拳は、剥きだされた出っ歯をいとも簡単に砕きながら顔面を破壊し、絶命させた。


「ぐろぉ……」

「なんか申し訳ないっす……」

「お前がやったのだって、どっこいどっこいじゃねぇか───弾丸(バレット)!」


 形容しがたい表情を見せるアステルを冷たく突き離し、ヴェルは左手を振り下ろした。

 円錐状に渦を描く水の杭がシルヴィアの横を通り抜け、今や後ろから襲い掛からんと身を屈めた最後のネズミの身体を貫いた。


 これで、一旦は落ち着いただろうか。







 アステルが放った光弾は向かう予定だった通路どころかその先まで照らし、突然の眩さに驚いたネズミは雪崩れるように走り出て来た。


 驚くべきはその大きさだ。


 ヴェルの腰ほどまではいかないが、立ち上がれば小さな子どもの背丈の半分は越えるかという図体。太った、もしくは急成長を遂げたと簡単に言い切ることは出来ないような大きさのネズミがこれでもかと現れたのである。

 当初こそ驚きで身を竦めはしたものの、所詮はネズミだった。魔術に耐性があるわけでもない。

 体の大きさに伴って体力はあるようだったが、それでも傷は付く。シルヴィアが殴ろうが鏡像のように回復をするわけでもない。



 戦う術のない者であったなら大変な脅威ではあるだろう。貧民窟(スラム)の者は元々、誘致された技術者が流れ着いた者などが暮らしていたのだ。対処しきれなくても仕方がない。



 ヴェルたちとて、そのまま立ち向かったのであればもっと苦戦していたに違いない。

 そこはひとえに、アステルの存在が大きい。


 銃と拳のクロスタとシルヴィア、剣を主として扱うヴェルは小手先で魔術がいくつか使えるが、群れになるほどの数を相手にするにはやはり火力が物足りない。

 そこに、バズーカ砲なんかを取り出したアステルがいるわけである。

 彼自らが作り出した"それ"はまさしく複数を相手取るためのものと言って過言ではない。




「よっこいせーー!」



 先へ進めば、再び前方から迫り来るネズミの群れ。

 アステルが放った弾は先ほどと寸分違わず彼らに向かい、同じように蹴散らしていく。単体相手ならば過剰な威力だが、群れに対してはこれ以上なく効果的だった。

 しかも、通路の狭さに合わせた配慮付きだ。

 おかげでヴェルたちは撃ち漏らした数匹を相手にするだけで済んでいる。


「よくそんなモン都合よく持って来てたな」

「いんや、さっき威力調整しといた。そのままぶっ放したら、生き埋めになりそうだったからさー」

「お前ってほんと……、いや、うん、すげぇよ」

「知ってる!」


 いつの間にそんな器用なことを、だとか、最初はそんな物騒なものを持って来ていたのか、とか、一応それくらいのリスクを考える頭は持ってるんだな、だとか。

 言いたいことはいろいろとあるのだが、とりあえずヴェルは当たり障りない素直な感想だけを口にした。呆れやら感心やらが混じって、それしか出てこなかったということもある。


 アステルは得意げに胸を張ったあと、奥からさらに向かって来ようとしているネズミの群れへ照準を合わせた。


 このペースであれば、自分たちだけで問題解決できるかもしれない。



「もっかい、アルマゲ───……おろ?」



 ───なんて、そんな都合のいい展開が永遠に続くわけがなく。


「アス……?」


 待てども待てども、次弾は放たれない。そうこうしている間にも興奮した様子で瞳をぎらつかせる波が迫りくる。

 クロスタが何発か撃って数匹を仕留めるも、無論のこと間に合うものでもない。


 急な異変にヴェルがアステルを振り返れば、彼は長筒を肩に担ぎながら器用にも肩を竦めてみせた。


「わり、ジャムった」

「お前っ!こんな時に!!」


 てへ、と自身の頭を小突きながら舌を出すぶりっ子をして見せているが、可愛くない。全く可愛くない。


 彼の指先はトリガーを何度も引いている様子を見せてはいるものの、確かに詰まっているのか先ほどまでネズミを蹴散らしていた銃口はうんともすんとも言わなかった。

 距離を詰めてきた最初の一匹を、シルヴィアの拳が弾き飛ばす。


「引き返すっすよ!」


 さすがは場数を踏んでいるのか、状況判断は早かった。

 シルヴィアの一声で弾かれるように彼らは今来た道を引き返す。


「わりと数も減ったろ!?もう外まで戻んねぇ!?」

「無理だ」


 やれるところまでやったのだから、とヴェルは帰還を提案してみる。けれど、クロスタの端的な否定と彼の示す先を見ては盛大なため息が漏れそうだった。


「回り込まれてるっすね」

「物言わぬニクカイってやつだもんな。そりゃ晩餐会場にもなるかー」

「納得してる場合か!」


 向かう先、先ほどネズミを蹴散らし進んだ”痕”まみれの道に、蠢く影。

 ネズミは仲間の死体に近寄らないと聞いたことはあるが、どうやら彼らの食欲の前では当て嵌まらないらしい。


 波とまではいかないものの、数十匹集まったネズミはばらばらに散らばった足や胴体の残りを無心に貪っていた。


 その彼らが、引き返して走りくるヴェルたちに気付いて顔を上げる。

 血塗れの毛並みから除く赫い瞳が一斉にぎらりと光った。ように、見えた。


「そっち曲がれ!オレに考えあっから!」

「碌な奴じゃなかったらキレるぞ」

「ダイジョーブ!」


 張り切った答えが返ってくると、逆に不安の方が込み上げてくる気がして。しかし、選べる選択肢などそもそもが限られていた。

 前門のネズミ、後門にもネズミ。

 蹴散らして進むのも可能だが、数に対して通路は狭くて碌な行動もとれない。そうであれば、アステルに従って目の前の角を曲がるしかなかった。


 足音は4人分。けれど、音にして聞こえないほどの無数の数が迫りくる気配はひしひしと感じていた。


 幸いにも松明の続く通路を走り抜け、前方にその終わりを認める。


「クロ、風起こせる?」

「……?ああ」

「よっしゃ、合図したら後ろに向かってぶっ放してくれ」

「効くか?数が多いが」

「効かなくてもいいんだって。とにかく、つえーのブチかましてくれ」


 何を求めているのかは誰しもが皆目見当がついていない様子であったが、考えがあるのだというアステルの言葉にクロスタはとりあえず頷いたようだった。


「ヴェルはシルヴィアと仲良く手でも繋いでてくれよな」

「は、何言って───」

「行くぜクロ、そろそろ準備!」


 唐突な指示に戸惑うも、こちらの様子など微塵も考慮した様子のないアステルが何やらまたよくわからない銃……のようなものを取り出す。

 思わず言われるままにシルヴィアに手を伸ばす。彼女も訳が分からないという顔をしながらも、即座にヴェルの手を握り返した。


()()ぞ!」


 その、一言。

 その言葉で、ようやく彼が何をするつもりであったのか理解した。だがしかし、もはや拒否するだけの猶予はない。


 視界が開ける。一気に高くなった天井からは外の光が漏れ入っていた。

 同様に、足元の床は突如として消失し、暗く深い奈落が口を開けていた。通路は、そこで終わっていたのだ。

 とっさに踏みとどまろうとしたが、飛び込むように走り込んだ体は既に止まれるような勢いではない。ならばままよ、と終わりを告げた通路を大きく蹴った。


「クロ、やれ!」


 アステルに呼応してクロスタが準備していたのだろう魔弾を放つ。直後まで迫ったネズミの一団に着弾したそれは、途端に一陣の風を巻き起こして大きく広がった。

 宙に投げ出した体が、追い風を受けて前方へ前方へと押される。

 圧倒的な浮遊感。底の見えない空間に、胃が縮こまりそうな圧迫感。


 指先にこわばりが伝わったのだろうか。握ったシルヴィアの手に、微かな力がこもった。


「前見て」


 シンプルな言葉に促されるまま目を前方へ向けると、反対側の壁の下側に出っ張りが見えた。その先にはまた別の通路が続いている。


「もう一発!」

「了解」


 次弾は直ぐ近くで弾けた。

 ぶわり、と煽る風に押され体がバランスを崩しそうになる。それを気力で何とか堪え、足をあらん限り伸ばせば───しっかりと、靴底は地面を捉えた。



挿絵(By みてみん)



「うぐっ……」


 着地の衝撃を殺そうと地面を転がる。硬く湿った石の上で体が悲鳴を上げたが、それもじきに止まった。

 繋いでいた手は着地の瞬間離れシルヴィアを解放したが、逆にそのおかげもあってか彼女はヴェルよりも綺麗に受け身を取っていたようだ。走り寄ってくる姿には大した傷も見られなければ、痛みに顔を顰めた様子もない。


「大丈夫っすか!?」

「……とりあえず、生きてるっぽい」


 着地した出っ張りに転がるアステルとクロスタの姿を認めて、ヴェルは安堵の溜息を吐いた。どうやら全員、無事に対岸に着いたようだ。

 シルヴィアに手を借りながら立ち上がり上を見上げれば、先ほど飛び出してきた通路が見えた。ヴェルたちと違って、勢いを殺し損ねたネズミの数匹は宙に投げ出されぽろぽろと奈落の底に落ちていく。

 暗くてよく見えないが、水の流れる音は聞こえる。下もまた水路なのかもしれない。音の大きさからしてかなり高さがあるので、水に落ちるも床にたたきつけられるも、彼らが無事であるとは到底思えなかった。


 アステルを愚直に信じて飛び出したが、一歩間違えば自分たちも同様の末路を通っていたかもしれない……という可能性が存在していたことに内心震えが走る。


 号令をかけた当の本人はけろりと起き上がり、無事に全員が辿り着いたことを確認するや輝かんばかりの笑顔を見せた。


「スリルあったろ?」

「スリルとかいう話じゃねぇだろ。いい加減にしろよ」

「でもあれ以外いい方法なかったろ?」


 悪びれなく言われてしまえばヴェルも黙るほかない。実際、あの場でとれる最善策であったことは間違いないのだから。あくまでも結果的に無事だから、の前提はあるが。

 最後に身を起こしたクロスタが「諦めろ」と、小さな声で呟き銃の損傷を確認していた。


「んじゃ、ま、とにかく進むか。だいぶ道逸れちまったし」

「ここが何処に繋がってるか分かるっすか?」

「んー、大体。まあ任せろって」

「不安しかねぇな」


 辺りを見回し「多分、こっち」と指を差すアステルに不安を覚えないわけではないが、今はこの場所を知っている彼について行く他ない。

 先導する若草色を眺めながら、再びの通路へ足を踏み出す。




「あれ、間違えたかも。いや、合ってる。……ま、いっか」





 ───不安は募る一方だった。


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