表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
119/133

117.知らなかったコト

 アステルの家を出て数分、向かう先は水路を挟んで反対側にあるらしい。


 橋へ向かう最中、ヴェルの服の裾が軽く引かれた。シルヴィアだ。


「この扉はずっと閉まってるんすか?さっき来たときも開く様子なかったけど」

「あー、そっから先は一般居住区だからな。ちょっとした裏口みたいなもんだ、日が暮れてからしか開かねーの」


 ヴェルより先に答えたのはアステルだった。彼は振り返り、器用に後ろ向きで歩きながら指を差す。


 そこにあるのは準居住区と一般居住区を分ける壁だ。

 白い壁はジェネシティ全体を丸く囲い、更にエリアごとを分けるために聳え立つ。表面は硬く滑らかで出っ張りなどなく、登れたものではない。何の素材で出来ているか知っているのは、幼馴染たちの中ではディクシアくらいのものだろう。

 アステルが指し示すのは、そんな壁に備えられた扉だった。ヒトが横5人並んで歩いても優にすれ違えるだろう横幅のある、大きな扉だ。

 ヴェルも、普段こちらを使わないために開いているところは見たことがない。


ジェネシティ(この都市)っつーか、ガイア(この世界)って純血守護者とその他で入れる区画が綺麗さっぱり分けられてんの。ヴェルに聞いた?」

「鏡像対策っすよね?」

「そゆこと。この壁の向こう側には鏡もありゃ、守護者の本部があるからな。治安維持っての?大事にしたいわけよ」


【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】


 扉を差していた指が流れ、枠組みの上に目線を誘導する。

 装飾と見紛うにはあまりにシンプルで、照明というには中身が何もない透明の球体が吊り下がっていた。ヴェルやクロスタには馴染みのある装置だ。


「んで、あれが魔力認証装置。っても、オマエは魔力使えないなら馴染みないか」


 一度ひっこめた手で、アステルが量のある髪を搔き乱す。


「魔力にも個人差があんだ。純血はどこの都市で生まれても直ぐ魔力が記録される。アレは登録された魔力の奴が下を通ると白に、それ以外が通過しようとすると……何色だっけ?」

「赤」


 クロスタがヴェルに視線を投げてよこす。連れてきたのだからちゃんと説明しろということらしい。

 そんなのは重々承知だった。ただ、アステルに先を越されて上手く言えなかっただけだ。


「つまり、純血守護者以外が通ろうとすると赤く光って警告するってやつ」


 1回だけ、クロスタと共にその状況に遭遇したことがある。

 特に大きな問題などではなく、単純に混血の子どもが追いかけっこをし、誤って認証装置の下を通ってしまったことがあった。その現場をすぐ目の前で見たのだ。


 忘れることはない、あのときの子どもの顔はこれ以上ないほど強張っていた。

 それもそうだろう。周囲一帯が赤く光ったと思ったら、続々と険しい顔をした純血の大人が集まってきたのだから。トラウマになっていなければいいが……。


 そんな大仰な事態になりかねないと敢えて近付く混血も他種族もいない。結果、ヴェルも装置が正しく起動したのを目にしたのは1回きりだった。


「顔や指紋は変化の魔術とかで偽装される場合があるから、あれが採用されてる……らしい。俺も聞いただけだけど」

「じゃあ私みたいな魔力無しが通ったら……」

「なんにも反応しねぇと思う。それはそれで見分け付きやすいし」

「だけど魔力無しの場合、肉眼で装置の色確認しないといけないからさー。必然的にヒトの手が要るわけよ。だからヒトの往来が多い間の時間帯は、商業区と一般居住区の間だけに限定してるってわけ」

「ああ、なるほど」

 

 アステルがヴェルの言葉を引き継ぐ。そういったシステム面に関しては、やはり彼の方が詳しい。

 シルヴィアが納得したように頷いたのを確認し、アステルは歯を見せて笑った。


「んじゃ、疑問も解消されたとこで行くぜ!ほら、こっちだぞ」


 橋を渡り彼が足を向けるのは準居住区の南側。場所として言うのであれば、ジェネシティを取り囲む外壁の方だった。あまり、というか全く足を運んだことのない場所だ。

 そもそもヴェルはアステルの家やその道すがら程度しか準居住区を回ったことがない。そのほとんどが住宅のエリアであるからして、用のない場所に行くことがないのは当然のことと言えよう。









 そうして、初めて目にした光景に、住んでいるはずの場所でも自分がまだ知らない部分は山ほどあるのだと思い知らされた。





「……アス、ここって」

「ん?ああ、そういえば初めてか。



 あれだよ。俗にいう貧民窟(スラム)みてーなとこ」



 白い外壁から落ちた影で、陰鬱さを感じさせる一帯。

 骨組みはそのままに、ただ外壁や窓は所々ひび割れ、欠けているような住宅が目立つ。道では元が何だったかわからない紙屑が風にあおられて転がっていく。


 それよりも目に付くのは、そこに存在するヒトだ。

 建物の間を縫って伸びる路地に寝転がる薄汚れた格好の者や、積み上げられたコンテナを台にしてよくわからない物を並べている者。壁に背を預けて何やらヴェルたちをじぃっと見つめている者や、その中にあってもごく普通の営みを送っている者。

 賑やかとはいえないが、それなりの人数が見たことのない景色の中に”在った”。


「勝手につれてったら母ちゃんにシバかれると思ってたんだけどさ。オマエらも成人したんだし、まあなんかあっても自己責任ってことで納得できんじゃん?」

「自己責任ってお前」

「大丈夫大丈夫、根っからの悪い奴ってこんな見えやすいトコにはそうそういねーから……────おっちゃーん!久しぶり!」


 困惑するヴェルを他所にアステルは見知った顔を見つけたのか、元気よく手を振りながらよくわからない物を並べている男の元へ駆け寄る。

 彼の言った事が飲み込めず、周囲に警戒を向けながらヴェルはシルヴィアを背に隠すように少し前に出た。


 白い外壁も住宅の構造も、大体はヴェルの知っているジェネシティの住宅街と変わりない。間違いなくここは自らが住んでいる都市なのだ。

 それなのに、そこに存在するヒトの営みが見たこともないというだけで、まるで初めて見た世界のような違和感を覚えてしまうのはどうしようもない気味の悪さを胸の内に抱かせる。

 いくつかの視線が、ここでは逆に異質であるヴェルたちを見つめていた。




 ヴェルは、ヒトの視線が嫌いだ。


 自分に集中する眼差しは基本的に嫌いだが、値踏みされているように感じる”それ”は臓腑を捏ねくり回しているようで吐き気がするほど気持ちが悪くて、嫌いだ。

 ビオタリアで最初にエルフたちに向けられた視線と、同じ。


 上がりそうな息を気力だけで押し止めていると、ふと、後ろから指が絡められる。


 視線だけで振り返ればシルヴィアが朝焼け色の双眸を細めて、にっ、と笑っていた。


「大丈夫っすよ」


 なにが、とは言わない。

 けれど一瞬意識が逸れたのも功を奏して、纏わりついていた視線がほんの少し気にならなくなる。僅かに力の抜けたヴェルの肩をもう片方の手で軽く叩き、シルヴィアはウインクを投げて寄越した。

 思わず、気の抜けた笑いが漏れる。


「は……、シル、気にならねぇの?」

「私はこういうとこ、何度か見たことあるっすからねぇ。まあ、見られてても害意は感じないっすから」


 のほほんと言ってのける彼女はヴェルのような警戒を見せることなく、絡めた指をそのままに周囲を見回す。

 気持ちに少々のゆとりが出来るとたしかに敵意を向けられたようなピリピリとした肌の粟立ちは感じられない。それでも視線を受けているという状況が落ち着かなくて、さらに気を紛らわせるためにもヴェルは逆隣で腕を組みながらアステルへ目を向けているクロスタに声をかける。

 ちなみに彼は歩いている間に気力を取り戻してきたらしく、普段通りの様子に見えた。


「クロもあんまり驚いてないよな」

「知ってたからな」

「ここのこと?まじで?俺知らねぇんだけど」

「おふくろから聞いた」


 クロスタの母親は準居住区で店を営んでいるため、顔が広い。たしかにその伝手であれば、この場所について聞きかじったことくらいはあるのだろう。

 自分の住む都市の顔の一部に、動揺しているのはヴェルだけらしい。


「わりーな、そいつらオレのツレなんだ!ちょっと付き合ってもらっててさー!」


 離れていたアステルが大声で叫んだ。

 鶴の一声ならぬその一言で、集中していた目線は千々になりやがては無くなる。


 ようやく完全に人心地着いたヴェルは手招きされるままに、アステルとその向かいで紫煙を(くゆ)らせる男の元へ歩み寄った。岩がそのままヒトの形を成したような男だった。


「なんだアス坊。そいつらのどっちかがお前の純血の兄ちゃんか?似てねぇな」

「いんや、こいつらは純血だけど普通に友達。……あ、こっちはこいつの彼女だけど守護者じゃねーの」

「ほぉん。まあ、お前が連れてくんだから悪い奴じゃないんだろ」


 ここに来て最初のアステルみたいなことを言って男が煙を吐いた。煙たさに顔を顰めるが、相手は気にした様子もない。

 先ほどのヴェルの動揺具合を見ていたのか岩板のような顔をくしゃりと歪め、低く唸るような笑いを漏らしながら男は肩を揺らした。


「兄ちゃん、ココのこと知らなかったんだな。どうも大事に育てられてるらしい」


 それが皮肉だと、分からないほど愚かなつもりはない。


「純血がガイアを発展させるために他種族を連れてくるって常識くらいは知ってるよな?俺たちはその成れの果てさ」

「成れの、果て」

「おうよ。……っても、言い方は悪いな。どちらかというと、適応できなかったってのが正しい」


 男は手に持った煙草をゆらゆらと揺らしながら、周囲にいるヒトを眺め回す。


「俺の元々いた世界ってのは岩と砂しかなくてな、そこに比べちゃここの環境は悪くねぇ。ガイアには鏡像もいねぇし、外敵から身を守る心配もしなくていい。飯も旨い」

「……岩壁族(クラッグ)って、岩以外も食うのかよ」

「お、よく知ってんな兄ちゃん。だが周りに岩しかない所で生きる奴のが多いから岩が食えるようになったってだけで、別に岩壁族(クラッグ)が岩しか食わないわけじゃない。ちなみに俺の好物はオムライスだな。ケチャップいっぱいの」


 奇しくもヴェルの好みと同じだった。

 元々から短かった煙草はたった今のひと吸いでとうとう指先程度にしか残らなくなり、男はそれを岩のような指でものともせず擦り潰した。


「だけどなぁ、それでもやっぱ故郷には帰りたくなる時があるってもんさ。俺は故郷に母ちゃんを置いてきててよぉ。もう歳だから先も長くねぇし、それなりにいい待遇受けたから帰ってやろうと思ってな」

「……申請はしたんだろ」

「おうよ。だが守護者(あいつら)もわざわざ連れてきた技術者をほいほい外に出しちゃ困るってもんなのさ。まぁ、わからんでもないぜ?現行のモンとすり合わせるにあたって、俺らも知らねぇような技術を教えてもらってんだ。企業秘密ってやつだな」


 ヴェルの横では真剣な顔をしてシルヴィアが話を聞いている。アステルはもう十分に男の話を知っているのだろう。表情こそ特に変わることはないものの、口を挟むこともなければいつものように明るく茶化すこともない。クロスタだけが他人にわからない程度に顔を顰めていた。

 各々が各々、三者三様の反応を示し、男はそれを眺め回しては肘を台についた。


「そのまま待ってりゃそのうち、ちゃんと帰りてぇって申請も通ったんだろうよ。だが、母ちゃんは待ってられなかった」


 男の話の意味するところはひとつ。


「そんなしんみりした顔すんなよ。どうせもう5年くらい前の話だ、母ちゃんのことについては吹っ切れてるよ」


 たかが5年、されど5年だ。ヴェルには家族とそこまで離れていた経験はないから想像しかできない。

 それでも十分な時間というわけでもないはずだ。その証拠に、岩の亀裂の間に覗くような瞳は、ありありと郷愁を孕んでいる。


「だから俺は申請も何も、貰った家も仕事も、全部ほっぽり投げて掃き溜めみてぇなこの隅っこでひっそり暮らしてんだ。俺から搾り取れるもんは少ないかもしれんが、尻尾振って付き従うような気にはもうなれねぇからな」

「……」

「こまごました部分は違うけどよ、ここにいる奴らはそんな感じの奴が半分だ。あとはそんな問題のある親から見放された混血とか、な。そうやってどんどん規模が大きくなっちまったから、執行部とやらもここの現状には手をこまねいてんだよ」


 黙り込んだヴェルたちに、男はおどけたように肩を竦めて見せる。


「言っとくが、気になってるようだったから説明してやったんだ。若くてなんも知らんようなあんたらに恨み言ぶつけたいわけじゃねぇ」


 そう言うと、男はアステルに向き直る。


「悪いなアス坊、何も知らなさそうだったからついつい語っちまった」

「いんや、知っといてもらった方がいいだろ。自分の住んでる場所なんだし。またオレの用事について来てもらうかもしれねーし」

「そうだそうだ、お前の用事だったな。話し込んで忘れちまっててよ、何だったんだ?」

水精(ナイアド)の婆ちゃんとこに行く予定だったんだよ。純水鉱石欲しくてさ」


 アステルの口にしたものが何かはわからないが、そうそう手に入るものでもないのだろう。そうでなければ今まで連れて来なかったこの場所へ、わざわざ来ることなどなかったはずだ。

 男も納得したように頷き、しかし返ってくる声は残念そうな響きを孕んでいた。岩のような親指が岩のような顎を擦り、摩擦でごろりと音を立てて少々の粉塵が零れる。


「純水鉱石なぁ、確かにあの婆さんなら持ってそうだが……」

「なに、なんか婆ちゃん調子悪いの?」

「いや、婆さん自身は殺しても死なねぇくらいに元気だ。それよか、最近の旧水路がちょっとばかしきな臭ぇんだよな」


 男が視線をアステルから動かし、身体ごと後方へ振り替える。


 寂れた街並みはさらに奥へと続いているが、永遠ではない。白い外壁に当たったところで途切れ、元はしっかりと舗装された道だったのだろう場所は陥没しているようで大きな穴が口を開けていた。簡易的な梯子が取り付けられている様だけは見て取れるが、男の口ぶりからそれが旧水路とやらなのだろう。

 名前からして既に打ち捨てられたものなのだろうが、アステルはそこを目指していたということだ。

 ”最近は”きな臭いと言われようが、黒くぽっかりと空いた穴は元よりあまり入りたいような見た目でもない。


「ネズミがよ、攻撃的になってんだ」

「ネズミ?」


 黙っていたシルヴィアが首を傾げた。


「あ、いや、鏡像がいないって聞いてたから、ヒト以外がいるような気がしてなくて……」

「そういや、あんた守護者じゃねぇっていってたもんな。ガイアにもちゃんと獣や虫だって存在してるさ。ただ、さっき言ったいろんな技術使った結果、都市内であんまり見なくなっちまっただけだ。ペットもいりゃ、旧水路みたいな湿った所にゃネズミや虫がうろうろしてんだ」

「うわ……」


 あまり見ないというだけでヴェルとて虫を見ないわけではない。

 紛れ込んだ虫を駆除することもあるし、なによりビオタリアでは自分よりも大きいムカデ姿の鏡像を相手にした。……だが、湿った場所にいる本物の虫が大丈夫かと言われれば、素直に頷けない。ますます入りたくなくなってきた。


 だが顔を顰めているのはヴェルだけでシルヴィアもクロスタも、特に気にした様子はない。アステルはそもそも何度か行ってる口ぶりなので慣れているのだろう。


「攻撃的って普通じゃね?あいつら、駆除しようとしたらめっちゃ襲い掛かってくるじゃん」

「そういうんじゃねぇ。こっちがなにもしなくても襲ってくんだよ──────一昨日は2人、喰われた」

「喰われた!?」


 素っ頓狂な声を上げるアステルの口を、慌てて男が塞ぐ。岩が顔にぶち当たったようなものだ、痛そうに見えた。


「大きい声で言うな。最近、そうやって数人喰われちまったからみんなピリピリしてんだ」

「さすがに、執行部に報告とかしたんだろ?」

「したさ、逃げ出した恥を忍んでな。だが今は優先する問題があるとかで取り合ってもらえなかったんだよ。どうせここは優先度の低い場所だ、わかってんだ」


 言われるままにアステルが声を小さくする。

 おかげで、男が零した小さな舌打ちはよく聞こえた。


「……まぁ、あいつらの縄張りに入らねぇ限り襲われることはねぇから、そこまで深くに行かなきゃいいって話なんだがよ」

「ってことは、婆ちゃんは……」

「だから言ったろ、あの婆さんは殺しても死なねぇ。だが道中は気を付けた方がいい。婆さんみたいに水ン中通っていけるか、俺みたいにあいつらの歯が通らねぇような皮膚持ってるなら別だがな」


 とん、とん、と自らの胸を叩いて男が言う。確かに、彼ならばネズミに齧られようが大したダメージはないのかもしれない。けれどヴェルたちは違う。

 執行部にも話が伝わっているとの事だ、優先順位が低いと言われたとて犠牲者が出ているのであればその内に手が入るだろう。理想を言うとさっさと引き返したいところなのだが、そう簡単に話が終わらないのはヴェルもよく知るところだった。


「襲って来るっても、ネズミが超強くなったとかじゃねーんだろ?」

「ま、攻撃的になったってことしか聞いてねぇわな」


 その返答に、アステルとシルヴィアが顔を見合わせて頷く。どうやら、この短時間で2人とも何か通じるものがあったらしい。お互い、何を言いたいか察しているようだ。

 「じゃあ」と、口火を切ったのはシルヴィアで。


「どこまで数がいるか分からないけど、ちょっとくらいなら駆除のお手伝いするっすよ」

「シル!?」


 まさかアステルよりも先にシルヴィアのが食い下がると思っていなかった。思わず彼女へ視線を向けると、挑戦的な笑みが口元に浮かんでいるのが見えた。

 ───この顔は知っている。よく、シリスが浮かべるものと一緒だ。



「だってこのまま増えるに任せてるのも悪手だろうし。それにナントカ鉱石を取りに行かないと、アステルの作ってるのも完成しないんすよね?」

「おう。言った通り、音が鳴るだけの玩具だな」

「ね?なら、どっちにしろ私たちは行くしかないっすよ」


 つまり、抗議しても何も覆す気はないという顔だ。


 言わんとすることはわかる。ヴェルだってアステルにエーテルリンクを作ってもらおうとしている身だ。だが、危険に身を投じてまでなんて考えていなかった。

 しかしシルヴィアはウォーミングアップとばかりに右肩を回しながら一歩を踏み出す。無論、黒い口を開けている穴の方へ。


「なあ、シル……」

「大丈夫っすよ、私、これでも強いから」

「いや、それは十分わかってる」


 シルヴィアは確かに強い。ヴェルよりも強い。十分どころか十二分に理解はしている。

 それでも引き下がるヴェルに向かって、シルヴィアは太陽のような満面の笑みを見せた。


「それに、ヴェルたちの住んでる場所なんでしょ?大事なヒトが住んでる所の安全をちょっとくらい守りたいって思ってもいいじゃないすか」


 そう言って、シルヴィアはずんずんと先へ進んでいく。ゆるく結わえた栗毛を跳ねさせるその足取りに迷いなどない。




「住んでるとこったって……範囲が広すぎんだろ……」


 呆然と彼女の後ろ姿を眺めているヴェルの横で、クロスタがぼそりと呟いた。


「男前だな」

「……そこも良いとこなんだけど、さぁ」

「惚気るねえ」


 ヴェルとクロスタの間に割り込んだアステルが2人の肩に腕を掛けた。

 見上げれば、夏空色の瞳は楽しそうに揺れている。


「で?もち、ヴェルも行くよな?」

「……これで俺が行かない選択肢、あると思う?」

「だよなー。クロは?」

「お前らが行くなら」

「だよなー!」


 肩に掛けられていた手が勢いよく離れたと思ったら、背中に強い衝撃と痛みが走った。

 たたらを踏んでなんとか転倒は免れたものの、思い切り叩いた当の本人はなんの悪びれもなく腰に手を当てて笑っている。


「アス……てめ……」

「睨むなって。ほら、シルヴィア先に行っちゃうぞ」


 ハッと振り返れば、シルヴィアはもうすでに穴の近くにまで進んでいた。迷いがなさ過ぎてヴェルの方が焦る。

 慌てて彼女の後を追えば、後方から聞こえたのは男の低く笑う声だった。





「気ぃつけろよ。思ってる数倍デカいからな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ