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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
117/134

115.察知能力、ゼロ

「おかえりなさぁい……あ。その子が申請された招待客(ゲスト)ですかぁ?」



 無事に戻ってきた途端、ポータルの管理をしている守護者が手を繋いだままのヴェルたちを見てにやにやと口元を緩めた。

 混血や他種族も多々いるような場所の管理者だ。ヴェルのような純血が他種族を連れてきたとしても、特に抵抗感は薄いのだろう。

 眩しいものを見るかのような目に、思わず2人して手を離した。


「もしかして、ここ数日ポータル通って行ってたのはその子に会うためですかぁ?」

「そうっす。そういうことでコレ」


 事前にシルヴィアに記入してもらっていた申請書類を、管理者の女性に投げるように渡す。

 ヴェルの態度など意に介する様子もなく、彼女は書類に目を通して数度頷いた。


「はいはい、いいですよぉ。じゃあ帰るときはこっちの申請出してくださいねぇ」

「どうも」


 そそくさと書類を受け取ってすぐ、ヴェルはシルヴィアの腕を取ってポータルを後にした。手を取るのを躊躇っている余裕の方がなかった。

 背後から女性の愉快そうな送り出しの言葉が聞こえたような気がする。振り返るつもりなど全くなかった。









「発展してるっすねぇ」


 ジェネシティの街並みを興味深そうに眺めていたシルヴィアが、感心したように呟いた。


 ポータルを有する建物を一歩出ると、そこは外部から訪れた者に対する初めての顔と言っても他ならない。

 まっすぐ伸びた広めの通りの左右には商業区の中でも特に大きめの店が建ち並び、昼前にもまだ早いに関わらず既に多くのヒトで賑わっていた。

 そこはリンデンベルグの大通りに近いかもな、とヴェルは思う。


 違うのは色や質感だ。石や漆喰を主とした、白基調の造りではない。リンデンベルグでは露店の布の色で彩りを添えていたが、ジェネシティは建物そのものが色を持つ。

 建材も石や漆喰がありながら、木材やはては鉄混じりの物もある。印象は大きく異なっていた。


 シルヴィアが今までどのような場所を巡ったかはわからないが、ジェネシティのような場所は初めて見たのだと窺える。

 さっきまで伏し目がちだった視線は忙しなく景色を眺め回し、物珍しそうに一点に止まってはまた別の一点に移っては止まる。手を繋いでいないと、事実、はぐれてしまいそうなのは明白だった。


「いろんなとこから技術持ったやつ引っ張って来てるらしいからな。ここは商業区だから特に、見てくれも賑やかだろ?」

「はえ〜……。世界渡れる特権ってやつっすねぇ」


 思わずと漏れたようなシルヴィアの呟きは特に他意を孕んだものではなかった。けれど、並行した白の世界を自由に行き来出来る守護者だからこその"特権"であるというのはヴェルも同意だった。

 目ぼしい技術者が居ればコヴェナントを渡して誘致する。それが出来るのは守護者であるが故だ。濫用とまでいうつもりはないが、フル活用なのは間違いない。





 シルヴィアが物珍しそうにあればこれはと聞くので、気恥ずかしさにまみれた雰囲気はすっかり鳴りを潜めていた。

 開いている店で適当にアステルへの手土産を買い、準居住区の彼の家に向かう。


 懸念していた(シリス)との邂逅はなかった。もしかしたらまだ家を出てない可能性もある。







「お!待ってたぜ!」

「「あ」」


 だから一安心したのも束の間。

 勝手知ったるアステルの作業場の扉を開けたヴェルは、見知った来訪者の姿に扉を開いたまま固まった。


「わりーわりー!オレが銃のメンテ日のことすっかり忘れてたみたいでさぁ」


 謝りながらも悪びれなくヘラヘラ笑うアステルは「でも、」と前置きしてから、ヴェルと後に続いて入ってきたシルヴィアを指差した。


()()()()()来たんだろ?別に隠す気ゼロっぽいし、まぁいいよな?」


 彼が示すのは、繋いだままの2人の手。

 はぐれないように商業区から繋いだまま、途中からあまりにも彼女の手がしっくりし過ぎて忘れてしまっていたのだ。


 シルヴィアがヴェルの気配を察してか、ゆっくり指を解く。

 急に左手がすぅ、と冷えていくような感覚は無性に寂しさを覚えたが、努めて平然を装い彼女を中へ促した。


 勿論、アステルの言葉自体は無視だ。



「……なんか、悪い」

「いや、別にクロの所為じゃねぇし……」


 先に来ていた来訪者───クロスタは眉根を寄せてヴェルたちから目を逸らした。うっかり入ったヴェルも気まずいが、何も知らずに約束通りアステルの下へ来ていた彼はもっと気まずいだろう。その証拠に、彼の瞳はアステルの作業台の上から頑なに離れない。


 絶妙な沈黙。


 この空気を作った男だけが、漂う雰囲気など全く気にせずいつも通りのテンションで話を続けた。


「オレ、アステル。アンタ用のエーテルリンク作ることになってんだ、よろしくな」


 アステルがシルヴィアに手を差し出す。

 人好きのする笑みに躊躇いすら覚えなかったのか、シルヴィアは彼の手を取って握った。


「シルヴィアっす。ヴェルから色々と話は聞いてるっすよ」

「まじ?オレにはアンタの話あんまりしてくれなくてさー」

「そりゃダチと彼女は違うだろうがよ……」


 当然、話すための心の準備も違うのだ。

 ヴェルのぼやきはアステルに響くこともなく、彼らは朗らかに会話を交わしていた。2人とも社交的で壁を作るような性格ではないので、打ち解けるのも早いのだろう。




「……人間か?」

「ん?あぁ、厳密には違うけど……そんな感じ」


 ようやくクロスタの目がヴェルを向く。


 表情があまり変わらない彼でも、瞳を見れば大体の感情は読み取れる。他人が彼の無愛想をどう受け取ろうと、長い付き合いなのだ、それくらいならヴェルにとって難しい事ではない。

 濃い鳶色に浮かぶのは、戸惑いだ。


「……クロって純血かどうか気にするタイプだっけか?」

「どうでもいい。単に、意外だった」

「なにが?」

「似合わない」


 ヴェルとシルヴィアが、という意味ではない。おそらく彼が言いたいのはヴェルが彼女を手繋ぎで連れてきたという一点だろう。

 言われなくても、ヴェル自身が重々承知である。


「俺のが自分のキャラにビビってるっての」

「そうか」

「その目を止めろってんだよ。だからわざわざお前らに言いたくねぇんだってば!」


 険が取れた彼の視線は、姉やアステルが初めに浮かべたものと同じだった。もう子どもではないのだ、いちいち他人の恋愛事情に生暖かな目を向けてくるのは勘弁して欲しい。



 お返しとばかりに、ヴェルはここ数年察しながらも敢えて指摘しなかった話題を口にした。


「で、お前はどうなわけ?」

「どう……?」

「シリスと一緒の場所だったじゃん。何も進展ねぇの?」


 クロスタの動きが目に見えて固まった。

 なけなしの配慮で、他の2人に聞こえないように声を潜めてやる。


「ディクが一緒でも2人になる瞬間とかあったろ。普段と違うとこ行ってたんだし、なんかこう、変わった雰囲気とかならなかったわけ?」

「は、お……ま、いつ……?」

「言っとくけど、わりと早いうちからバレてんだからな」


 それこそ、何年この動きづらい表情(かお)の男の友人をしていると思っているのか。


 ヴェルに言わせれば、わからない方がおかしい。たまに彼が姉に向ける目が、自分たちに向けるものとまったく違うことくらい直ぐに分かった。

 上手く取り繕ってはいたから敢えて口にすることもなかったが───これは正当な仕返しだ。


「あい……つ、は」

「シリスがンなもん分かるわけないじゃん。猪だぞ?ディクとアスも多分鈍いからわかってねぇとは思うけど」


 鼻を鳴らしてそう言えば、クロスタは何も言わずに押し黙る。ここに至っても動きの少ない瞳が、それでも次の言葉を探していた。

 やがて見つけた言葉はとても短い。


「……なにもない」

「いつも通りってわけな。はいはい」

「言うなよ」

「言うかよ。誰が好き好んで姉ちゃんの惚れた腫れたに首突っ込みたがると思ってんだ」


 自分が家族思い(シスコン)であるのは百も承知だが、姉関連の恋路に口を出すのはまた別である。家族だからこそ尚更に触れたいものでもない。

 ヴェルの返答に安心したのか、クロスタは小さくも深い息を吐くと強張らせていた肩を下ろす。それほどまでに自分の内心がバレていたのが衝撃だったのだろう。恐らくヴェルの言ったように、彼以外は誰も気付いていないだろうが。


「お前それでいいわけ?正直、何も言わねぇと絶対あいつ自分じゃ気付かねぇよ?」

「いい。今で満足してる」

「ふぅん、クロがそれでいいならいいけど」


 彼の気持ちの種類くらいは分かっても、それがどのような度合いなのかなんて本人にしかわかるものではない。

 ヴェル個人としてはどこぞの誰かを連れて来られるより、人となりも十分に把握している友人が姉と上手く行けばいいとは思っているが……それは考えるだけ野暮な事だろう。


 クロスタ本人がそれならばそれで良いだろうと納得して、ヴェルはそれ以上の深掘りをしなかった。ちょうどいいタイミングで、アステルとシルヴィアの話も一旦区切りを見せたようだった。


「ヴェル!アステルってすごいっすね!?見てほら、私でもエーテルリンク起動できてる!」


 興奮した様子でシルヴィアがヴェルの前に手の平を差し出す。ヴェルより小さな手の平の上には見知ったシンプルな作りのものではなく、台座に石が嵌め込まれたリングがちょこんと乗っていた。

 シルヴィアが表面を撫でると、聞いたことのある鈴の音が聞こえる。


「まだ通信安定してないから、端末にリンクした時点で切れちゃうけどな。9割がた予定通りに作れてるぜ」

「お前マジですごいよな」

「おう、知ってる」


 得意げなアステルがにぃ、と満面の笑みを見せて腰に手を当てた。

 シルヴィアが手放しで凄い凄いと褒めているのは幾許(いくばく)か複雑さが無いわけではないが、彼女のことなので純粋にアステルの技術力に感心しているのだろう。

 にこにこと笑顔を浮かべる顔は朱に染まり、見せつけたはずのリングをさらにヴェルの方へ近づける。


「ほら、ヴェルの色と同じっすね!」

「あ───うん」


 よく見ると確かに嵌め込まれた石はヴェルの瞳と似た翡翠色をしている。嬉しそうに告げられた唐突な類似に気の利いた返答が出来るはずもなく、ぎくしゃくと頷くヴェルをアステルが茶化した。


「おーおー、お熱いこって」

「うぜぇ。おちょくんな」

「してねーって。ちなみに、選んでその色付けたわけじゃないからな。作る過程でそれが1番用途に合ってたってだけだから」


 アステルはそのままシルヴィアの手からひょいとリングを摘まみ上げる。いろんな角度に翳し、自分でも表面を触り、満足したように握り込んだ。


「シルヴィアでも起動できるって分かったし、後は仕上げだな」

「9割がたって言ってたっすからね」

「おう。このままだとマジで共鳴音が鳴るだけの玩具だし。最後に使うモンがちょーっとばかし手元になくて、朝から取りに行くつもりだったんだけどさ」


 その言葉にクロスタが決まり悪く唸る。


「……悪い。俺が邪魔したな」

「クロは悪くねーって。メンテ日忘れてたのオレだもん。どっちにしろオマエの銃調整するための材料も切らしてんだ、一緒に調達してくる」


 1番責任の重い当人はあっけらかんと言い放つ。あまりに行き当たりばったりな予定の組み方だが、頼み込んだヴェルがそれに文句を言える立場ではない。

 いそいそと出かける支度を始めたアステルが、準備の片手間とばかりに話題を切り替える。


「そういやオマエらは何の話してたの?」


 クロスタがまた口を引き結ぶ。

 メンテナンスの予定を忘れられ、それなのに自分たちの用事に押されている彼が少々不憫にも思いヴェルは少しだけ助け船を出した。


「シリスのこと。今日は一緒じゃねぇのかって、アスが前聞いたことと同じ」


 完全な嘘ではない。シリスのことを話していたのは本当だ。

 疑うこともなくアステルは「そっか」と返し、代わりにシルヴィアがヴェルの言葉に反応を見せる。


「ヴェルのお姉さんっすよね?ここに来るっすか?」


 会えるなら会ってみたいと純粋に目を輝かせるシルヴィアに少々バツが悪くなりながらも、ヴェルは首を横に振った。

 いつかは会わせたいとは思うが、昨日の今日でまたあの生暖かい目を向けられるのはごめんである。


「今日は来ねぇんだ。用事があるっつって出かけてるし」

「そうっすか……会ってみたかったんだけど、残念っすね」

「あ、そういえばさ」


 思い出したかのようにアステルが声を上げた。


「シリスの奴、昨日は商業区に行ってたんだろ?」

「あぁ、なんかそんなこと言ってた気が───」

「急いでたから声掛けなかったんだけどさ。知らねー男と一緒にいたから……なにあれ、デート?」


 再び。

 今度はヴェルとクロスタが同時に固まった。


 すぐに立ち直ったのはヴェルの方で、思いっきり否定をする。否定の勢いが強すぎておかしいと思われようが関係なかった。どうせ、相手はアステルなのだ。


「ち……違う違う!なんか新しく来た移住者の案内とか言ってたし」

「そうなのか?ヴェルもそうだし、そういう季節みたいなもんかなと───」

「もうお前喋んな!」


 嘘ではない。これは嘘ではない。

 間違いなく姉は案内と言っていたし、普段通りの外出準備をしていたのできっと案内以外の他意などない。


 そう、ヴェルも思いたい。移住者が男かなんて聞いていなかった。興味がなかったのだ。


 隣で固まったままの友人を気に掛けつつ、アステルの話を強制的に遮る。フォローしたくとも大っぴらにはできず、ただ、さっき姉に関する話をしたばかりでこれ以上クロスタの地雷を踏みたくなかった。


 やはり何も察していない様子のアステルは不思議そうに小首をかしげている。ヴェルよりも大柄な男がそんな仕草をしたとて微塵も可愛くない。

 唯一、ヴェルの慌て具合とクロスタの反応で察したらしいシルヴィアがなんとも言えない表情を浮かべていた。


 言われるがまま素直に喋るのを止めたアステルは、未だにわけのわからないような顔をしている。それでも、空気が少しおかしいという事だけは理解したようで眉根を寄せて頭を掻いた。

 

「あー、うん。なんか下手なこと言った感じ?」

「いいってもう……」

「んー……なんか空気微妙にしちまったし、気分転換に一緒に出るか?」


 アステルが申し訳なさそうに提案をする。

 正直なところ、姉も今日はここいらを案内すると言っていた手前あまり出歩きたくはない。しかし、今は自分の抵抗感よりもクロスタの空気が沈んでいくことが気がかりだった。


 だからそれでいいのか聞いたじゃん、とは言わない。

 ヴェル・シュヴァルツはそういう部分では気遣いのできる男だった。


 姉と遭遇したくはないが、偶然にも会うことがあればただの案内だという証明もできる。この微妙な空気に耐えたくない気持ちも大きい。

 ヴェルの心の中で天秤が傾いた。


「そうする。な、クロも行こうって」

「そ、そうっすよ。みんなで行ったほうが楽しいと思うし!」

「………………ああ」


 シルヴィアの助力も受けて、固まったまま気の抜けたような返答しかないクロスタを無理やりに引っ張る。


 アステルのみが疑問符を浮かべたまま、4人は雑多に物の転がった作業場を出て行ったのだった。


挿絵(By みてみん)

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