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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
116/135

114.朱に染まれば

 揶揄われてからというもの2日程度は腹いせに起こさず放置していたが、きちんと謝罪されては致し方なくいつもの生活スタイルを貫いていた。

 といはいえ、姉は姉で用事を抱え込んだようで寝起き直後のグズりは最低限に、しっかりと覚醒して身支度をしている。


「今日も案内ってやつ?」

「そ。昨日は商業区回ったから、今日は準居住区行く予定。ヴェルは?」

「お……れはアスんとこ」

「方向同じじゃん。一緒に行く?」

「やだよ。知りもしない奴の案内についてっても、俺が気まずいだけじゃん」


 半分は本音だが、半分はちょっとした()()()()()だ。


 ヴェルは今日、シルヴィアをアステルの元へつれて行く予定だ。無論、それをわざわざシリスには言っていない。ついてくるかもしれないと思ったからだ。シルヴィアのことを紹介するのが嫌なわけではないが、にやにやとした生暖かい目で見られるとどうもムズムズして堪らず───やはり、ちょっと嫌なのかもしれない。

 ヴェル自身、初めての彼女にどう接するのが正解かまだ慣れていないので、ほとぼりが冷めるまで会わせるつもりはなかった。


 姉がジェネシティを案内しているという、他都市からの移住者にわざわざ会うのが億劫というのも本音だ。今後親しくするような相手ならともかく、移住してきただけの相手にわざわざ関わる必要性を感じない。相手の名前すら興味がなくて聞いていないのだ。


 ヴェルの拒否を、シリスは素直に受け取ったようだった。


「そりゃそうだよね。に、してももう行くの?早くない?何の用事?」

「男同士の秘密」

「なにそれ」


 冗談だと受け取ったのか、隠しごとを掘り起こさないよう配慮してくれたのか。どちらかは分からないが、シリスはくすくす笑うだけで深く追及はしてこなかった。


 正直なところ、彼女が今日も出掛ける予定で助かった。一緒にアスの所に行くなんて言われたときにはたまったものではない。ヴェルは名も知らぬ移住者にこっそりと感謝をした。


「いつ帰ってくるの?」

「わかんねぇ。泊まってくるかも」

「連絡はしてよね、いってらっしゃい」


 アステルに頼んだものがどのように仕上がっているのかは行ってみてからのお楽しみだ。必要あらば調整やら何やらで夜遅くまでかかることもある。ヴェルがいたとて手伝えることなど殆どないのだが作業のお供、もとい話し相手というやつだ。

 今までもそうやって彼の作業に付き合ってきた実績があるので、別段シリスも異議を唱えなかった。



 ひらひらと手を振って見送る姉に手を振り返し、ヴェルは心持ち駆け足でポータルに向かう。


 任務で使うメインゲート区のものでは無い。商業区に備わったもうひとつのポータルで、ガイアに他種族を誘致するため、もしくは彼らが元の世界へ戻るときなどに使う用途のものだった。

 メインゲートのポータルと違い利用にはそこそこ面倒な申請を通す必要がある。しかし、純血の守護者であるヴェルであればそう棄却されることもない。


 純血だの混血だのいったあれこれは正直煩わしさを感じる部分ではあったが、ここに関しては楽に申請が通る分、自分の生まれに感謝せねばなるまい。

 アステルなんかは申請をしてもほとんど棄却されると言っていた。おそらく、彼の父親が関わっているのだろうと予想がつく。






「相変わらず暗いな」


 辿り着いた先はガイアとは昼夜が逆転している。


 つまり朝にガイアを発ったとしても、辿り着いたそこは明かりもない暗い森の中だ。

 初めて訪れた時こそ、その暗さに辟易したものだが今は違う。


「あ、ヴェル!」


 ヴェルを映して微笑む夜明けの色は、ポータルの薄明りよりも眩しい。


「シル!?ビオタリアで待ってろって言ったろ!?」

「散歩がてら向かったら丁度いい時間に着くと思ったんすよね」


 言って、シルヴィアは腰掛けていた倒木から腰を上げる。

 彼女のスタイルなのか、いざという時に脱いで動きやすくするためなのか、肩をむき出すようにルーズに羽織った上着は相変わらずだ。肌寒いような季節でもないが、夜の森は冷える。

 ヴェルは駆け寄ると彼女の上着の合わせ目を寄せた。


「冷えるじゃん、風邪ひくって」

「そんなヤワな体してないっすよ〜」

「…….なんでそんなに嬉しそうなわけ?」

「んふふ、こんなふうにか弱い女の子扱いされたことってそうそう無くて」


 私強いっすからねぇ、と目を細めたシルヴィアは嬉しそうで。

 勿論ヴェルだってシルヴィアが強いことは知っているけれど、それとこれとは話が違う。天威族(アーカンヴォルツ)がどれだけタフかは分からないが、好き好んで薄着の相手を放っておく趣味はなかった。




 帰宅してから2、3日、ヴェルは商業区のポータルを使ってシルヴィアの元へ通っている。


 することといえば2人で周囲を散歩し、昼食なんかを共にし、いろいろな話をして時にはどこからか湧いて出た鏡像を狩ったり、そんな程度のもの。

 シルヴィアがエーテルリンクを使えない以上、連絡は直接会ってやり取りするのも当然だ。

 言葉を交わせばさらに親しみは増すし、性急に進んだ間柄ながらかなりいい関係を築けているとは思う。



 ただ正直な話、楽しかったけれど物足りなさも感じていた。


 欲を言えばもっと話したいし、もっと一緒にいたい。

 今は任務の間の休息期間とも言える時で、割ける時間にも余裕がある。だが、これがいつまでも続くわけではない。

 ヴェルはそのうちまた数日別の任地へ向かうだろう。それはシルヴィアとて同じで、何時迄もビオタリアにいるわけではない。


 サポーターは自由気ままに好きな世界へ手助けをしに行くわけではない。

 要所要所で現地の守護者からポータルキーを渡されて、コヴェナントの溜め込んだ血が尽きる前には指示された場所へサポートに行く必要がある。そして十分な働きが認められれば、その場の守護者がコヴェナントにまた血を満たす。

 要は、コヴェナントを利用できるだけ利用しようとする輩の排除のためだ。逆を言えば、コヴェナントが尽きる前だったらどこに行こうがかまわない。



 シルヴィアはいろんな場所を巡って兄を探すと言っていた。無論、家族が好きなヴェルには彼女を止めるつもりなんて毛頭ない。

 ただ、無数に広がる並行しろの世界のどこに彼女が向かうのか分からないのは些か困りものだった。場所の見当さえつけばヴェルが向かうことは難しくないのだが、それにしても連絡が取れなければ意味がない。


 そこでヴェルが頼ったのが、アステルだった。


「言っとくけど、結構うるさい奴だからな。鬱陶しいときは適当に流していいから」

「ヴェルの友達なら悪いヒトじゃないでしょ?」


 友達のこと話すとき、楽しそうだもんね。と、シルヴィアが自身の口の端を指で押し上げる。そんなつもりはなかったのに、見透かされていたことで顔に熱が集まる。

 否定をするのも違うが、肯定するのも気恥ずかしい。結局、ヴェルが取った行動は返答せずに掌を差し出すことだった。


「ん」

「あ、繋いでくれるっすか?」

「……はぐれたら見つけられないじゃん」


 ポータル内のみちは入り組んでいる。一度迷えば中で見つける事なんて不可能に近く、どこへ出るかもわからない。

 ヴェルは守護者の帰巣本能ともいうべき感覚でガイアに戻ることは出来るが、シルヴィアを見失っては本末転倒である。


「じゃあお言葉に甘えて……えいっ」


 差し出した手を、シルヴィアは勢いよく重ねた。


「そんな気合い入れる必要ある?」

「当り前じゃないっすか。これでも恥じらいくらいあるんだから」


 明るい瞳は楽しそうに細められていて、そんな恥じらったようには見えない。ポータルの薄明りの中では、顔色さえ変わっている気がしない。

 けれどシルヴィアがそう言うからには、余裕の表情に見えるのは彼女自身の持つ雰囲気からくるものなのだろう、


 ヴェルも本当はかなり勇気を出して手を差し出したので、ほんの少しだけ、その余裕を崩してみたくなった。


「ちょっとくらい乙女な面があると、ギャップで萌えるでしょ?」

「うん、可愛い」


 だからシルヴィアの悪戯っぽい問いかけに、恥じらいをかなぐり捨てて至極当然と答えてみた。


 ……言ってから後悔する。やはり、死ぬほど恥ずかしい。

 2秒前の自分を殴って止めたい。なんなら慣れないくせに手を差し出したところから張り倒したい。しかしすでに口から出た言葉は戻ることはないし、とった行動は取り消せはしないのだ。


 ではシルヴィアの返答や如何にというと───






「……」



 大きな丸い目が、瞬きも忘れ見開かれている。

 何かを言おうとして言えずじまいの、断続した呼吸の音。

 ポータルの薄明り……など、そんな朧げで僅かな光の中ですらわかる。


 丸みを帯びた頬が、見る間に朱色に染まっていって。


挿絵(By みてみん)


「……行く、か」

「……そう、っすね」


 手を繋いだままポータルに入ったのち。

 歩き続ける2人の間に、会話が交わされることは暫くなかった。

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