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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
115/135

113.兄と弟

 調子の外れた鼻歌を口ずさみながら、アステルはディクシアを振り返る。


挿絵(By みてみん)


「後はこれを核の部品にしてやれば、上手いこと動く気がするんだよな」

「流石だね。理論的には難しいと思ったけど……まさかそんなやり方で作用機序を捻じ曲げるとは思わなかった」

「ま、でもディクが教えてくんなきゃ失敗してたかもしれないけどなー」

「特定の条件下でないと魔力崩壊が起きる組み合わせだからね。普段併せて使うようなものじゃないから、少しでも役に立てたなら良かったよ」


 既に日は傾き、秋らしい茜色が徐々に空を覆っていく。


 時間にしておおよそ8時間ほど。朝から食事もそこそこに様々な店を巡り、必要な素材を揃え、意見を交わしながら歩き通した。

 体力の乏しいディクシアは早めに疲労を顔に宿していたものの、表情は明るい。半分しか血がつながっていないといえど、興味のある物事を目にしたときの顔は限りなくアステルに似ていた。


「それにしても面白いことを考えるものだね。魔力を通さず起動できるエーテルリンクだなんて……アスだって現行の物で不便を感じることはないのだし、特に必要性なんて感じることなかっただろう?」


 いったい何をきっかけに思い至ったんだと問われ、アステルは兄に気づかれない様に目を逸らす。


「そっかあ?魔力の有無カンケーなく、世の中の奴らが好き勝手に話ができるようになればたのしーじゃん」




 全くの嘘ではない。



 実際、エーテルリンクの通信回路を拡大したときには魔力を必要としないタイプの物も考えてはみたのだ。


 純血の守護者以外は自由に渡ることのできない並行世界。せめて肉体は無理でも声という形のないものくらいは、種族関係なく何処へでも届けば良いと思ったのだ。

 種による違いなど些細なものだと知らしめたかった。それは混血として生まれたアステルの、幼い反抗心でもあった。


 残念なことにその頃はまだアステルの知識も発想力も乏しく、実現には至らなかった。しかし今なら、幼き頃の欲求をようやく叶えられるかもしれない。

 だから、全くの嘘ではない。


「君のそういう損得勘定度外視の考えは嫌いじゃないよ」


 ディクシアが美しい相貌に笑みを浮かべる。

 無表情ではなく、かといって人付き合いのための作った笑顔ではない、アステルや友人たちだけが普段見ることの出来る素の笑顔だ。エルフの血を引くアステルよりも見目がいいのだから、そんな彼が優しげに微笑むと、少なくともすれ違う数人は振り返る。

 かといって、ディクシア本人はその顔をあまり好ましく思っていないことをよく知っていたので、アステルは今も数人を惹きつける兄の顔を両手で挟み込んで潰した。


「……何をするんだい」

「勿体ないって思って」


 何が、とは言わないアステルに怪訝な顔を浮かべるディクシアだったが、アステルの突飛な行動は今に始まったことではない。いつもの気まぐれの奇行とでも思ったのか、挟み込む手が軽くあしらわれるも咎められることはなかった。


 ディクシアならヴェルの彼女のことを何というだろうか、他種族を相手に選んだ父親に振り回された兄なら。


 案外、ヴェルの話を聞けばアステルと同じくすんなり受け止められるのかもしれないが、結局のところは会ってみないとわからない。

 何はともあれ、まだ名前も教えてもらえなかった彼女のことについてはそのうちヴェルからディクシアに紹介でもあるだろう。……多分。

 あの様子では自分から切り出すのがいつになるかは知らないが。


 深く考えるのが苦手なので、アステルはそこで考えるのをやめた。これ以上、エーテルリンクの改造に突っ込まれるとボロを出してしまいそうなので話を別の方向に切り替える。


「そういや、飯はどうする?今日はディクと出かけるって言ってたから、多分母ちゃん多めに作ってると思うけど」

「ご相伴に預かりたいところだけど……残念ながら、今日はお父様から話があると言われているんだ」

「うげえ」


 嫌いな男の顔が一瞬で過ぎり、思わずアステルの顔が歪む。


「ばっくれようぜ。母ちゃんが呼んだって言ったらアイツも引き下がるって」


 大事な話とやらがどのようなものかは分からないが、普段粗雑に扱っている息子を呼んでの話だ。碌なものではないだろう。


 親と認めたくはないがアステルとディクシアの父親は至って平凡で、自分の身の程度だけは良く知っている、そんな男だ。平凡ながらも口は上手く、他人の扱いも上手かった。兄弟に受け継がれたように持って生まれた顔の良さも大きな要因を占めていたのだろう。

 だからアステルは、父が母と自分に向ける「愛している」を信じたことは一度もない。


 外面の良さと口の上手さ、双方を兼ね備えた父は若かりし頃より執行部の一員として本部に属し、ディクシアがとアステルが生まれてからは彼らの才覚を利用してさらに地位を上げた。

 エーテルリンクを現行のものに改良したのはアステルだが、彼の名前が世に出ないのはそういうことだ。名誉欲はないが、正直なところ腹が立たないわけではない。幼かったアステルが悪い大人に利用されないためだと説明を受けても、その悪い大人とやらがお前ではないのかと何度口にしようとしたことか。


 けれど事実、他人に目を付けられるくらいなら自由に生きているほうが何倍も楽だ。ディクシアが先ほど言ったように損得など度外視で好きなものを作り、好きなことをしたかった。だから父親の狡賢い搾取も甘んじて受け入れた。


「構わないさ。わざわざ夕食まで一緒にしようと言ってたんだ。きっと何か大事な話なのかもしれない」


 ディクシアが首を振って断るのを、アステルは複雑な目で見ている事しかできなかった。

 兄がどうして父の搾取に素直に従うのかわからない。もしくはアステルのように内心では悪態をついているのかもしれないが、聞いても口に出してくれないことをアステルがわかるはずもない。


 難儀な性格だよな、と、不器用な兄のことを思った。

 ディクシア自身が断るのであれば、それ以上アステルが強く誘うことはできない。


「おう、じゃあまたいつでも帰って来いよ。オマエの部屋だけはちゃんと掃除してるんだぜ」

「君が!?」

「母ちゃんが」

「……だろうと思ったよ」


 陽が落ち切り、灯りが点り始めた道を2人肩を並べて歩く。

 傍から見ると顔つきも髪の色も違いすぎて、誰も兄弟だなんて思わないだろう。


 それでも唯一血のつながりを感じる夏空色の瞳を見ながら会話をしていると、不意にアステルは重要なことを思い出した。


「そうじゃん、純水鉱石!あれがないと共鳴の部分が上手く反応しない可能性あるって思ってたんだよ」

「純水鉱石……って、たしか取り扱ってる店がほとんどなかったと思うけど」


 純水鉱石はディクシアやアステルの瞳の様な深い青をしている。

 鉱石と分類されているものの、構成する物質の大半は水と同じ成分を持つという変わったものだ。ちなみに氷ではない。

 保管に専門的な知識を有するために、取り扱うような店はほとんどない。正規の店で取り寄せも出来るが、それではかなりの時間がかかってしまうだろう。ヴェルが彼女を連れてきている間に完成させねばならない。


 悩んだ末、アステルは決心した。


「仕方ねーし、知り合いんとこに当たってみるか」

「扱ってるヒトに心当たりが?」

「まぁそんな感じ。旧水路にいるからあんま大きな声で言えねーけどな」


 思い立ったが吉日と言う。とはいえ今日は既に陽も落ちたために向かうことはしないが。

 それでも明日知り合いを尋ねるまでに出来ることはしておかねばなるまい。上手いこと純水鉱石を持ってはいるだろうが、おそらく正規の保管方法ではないはずなので時間を要すれば溶けてしまう可能性がある。直ぐに作業に着手できるよう、鉱石が必須の部分以外はほとんど完成させるつもりでいたほうがいいだろう。溶けるとはいえあくまでも氷ではない。


「ア……アス、待ってくれ!旧水路……って、そんな危ない所に───」

「大丈夫だって、これでも何回も行ってんだ!」


 逆算して、夕食を食べてすぐ着手すれば明日の朝までに基盤は完成するに違いない。不意の失敗も加味すれば、時間的にかなりぎりぎりの見立てだ。

 既にアステルは踵を返し家に向かって走り始めていた。


「悪いなディク!送っていけないけど、気を付けて帰れよ!」


 後ろでディクシアがアステルを呼んでいる。申し訳ない気持ちを抱えながらも、アステルの頭は効率的に作業を行うためのシミュレーションでいっぱいだった。


 目の前のことに集中すると、周りを二の次にしてしまう。それがアステルという男なのだから仕方がない。

 今は一分一秒でも早く、作業に着手したかった。


 通りを走るよりも路地を突っ切ったほうが早い。


 角を曲がる直前、見知った金髪が視界を掠めた。




「あ、シリスじゃん」




 珍しく友人たち以外の誰かと歩いているようだった。


「ま、今度でいいな」


 興味はあったが、それよりも時間が惜しい。

 また次に会った時にでも誰だったのかなんて聞けばいいことだろう。


「久々の徹夜になりそ。テンション上がってきた」


 路地を走り抜けるアステルの顔はこれ以上ないほどに輝いていた。

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