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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
109/140

107.弟のおさらい

 気に掛かっている部分を最初から話す気にはなれなかった。

 それなら姉に則って順繰りに話せばいい。どうせ、躓くのは最後の方だ。


 横に置いてあった枕を抱え込んで、頬を乗せた。

 姉に目を向ける気にはまだ、なれなかった。




「俺の行ったとこ、森ん中だったんだよ。ガイアとは時間が反転しててさ、着いた時にはもう暗かった」


 まず、あり得なかったのはポータル前で合流と言っておきながら、先任者が全く合流地点に現れなかったことだ。

 暗く、しかも森の中。明かりなど殆どない中で半刻は待たされた。暗闇が怖い人間なら泣いて帰ってもおかしくなかっただろう。


 そんな中でヒトが現れたと思えば、相手は黒衣に全身を包んだ男だった。


「よくわかんねぇ仮面も付けて、明らか怪しかったんだよな。ぜーんぶ黒。しかもいきなり襲って来てさ」

「なにそれ怖」

「まあ、正直なところ最初はビビった。一応返り討ちにはしてやった。ただ……」


 男は逃げた。

 ポータルの中に。


 そう言うと、シリスから戸惑うような気配が伝わる。


「サポーターがのヒトが襲って来た、ってこと……?」

「まあ聞けって。俺んとこ、思った以上にややこしいんだよ」


 男はエルフの少女を抱えていた。

 男の子どもではない。それは、雑に小脇に抱えた様子からも明らかだった。


 ヴェルが男を返り討ちにし、少女を確保した後にも災難は降り掛かった。即ち、当初のシルヴィアの存在である。無論、そんな厄介そうな説明ではなく少女と男を追って来たサポーターだと伝えた。


 ……視界が悪かったといえ、シルヴィアに叩きのめされたことや見惚れてしまったのは口が裂けても言えない。言ったが最後、姉の顔がこれ以上ないほどニヤけるのが分かりきっていたからだ。ヴェルは自身の口の上手さにそれなりの自信はあるが、姉にまで彼女のことを誤魔化せる自信は無かった。誤魔化す必要はないのだが、それは彼なりの恥じらいというものである。


「ふぅん、じゃあサポーターは別に居たんだ。ってことはコヴェナントを盗み持ってたわけ?」

「それも違う。盗んだってか、模造品というか。そこらへんは後で出てくる」

「ん、わかった」


 さらりと流したのが功を奏したのかシリスは特にシルヴィアの事に言及もしなかった。


 シルヴィアとエリンに連れられ目的の場所まで辿り着いたこと。先任者には会えたが、ビオタリアでは鏡像の襲撃と子どもの失踪事件が同時に発生していたこと。

 ヴェルが先を続けると相槌を打っていたシリスの声が段々と小さなものになっていく。話の流れの不穏さもあるが、彼女とてヴェルと同じく幼い❘弟妹きょうだいをもつ長子だ。双子ということを鑑みなくとも感じることはヴェルと大差ないだろう。そう考えるとさらに先を語る口が重くなってしまいそうになるのは仕方がない。


 それでも話さねば。レベリオンについては姉も知るべきであるとヴェルは思っているし、聞きたいことはその先にあるのだから。


「エルフたちは隣の里の人間が怪しいっつってた。元々、何かしらでいがみ合ってたみてーだから信用が無かったんだろうな。前科もあるみたいだったし」

「あぁ、❘守護者あたしたちより他種族に厳しいって聞くもんね。普段喋るエルフって、アステルとかおばさんだからつい忘れちゃうけど」

「俺らが人間じゃないだけまだマシな態度だったと思うぞ。とにかく、鏡像が出て来て襲ってくる。相手してる間に子どもが消える。それが1回じゃないから両方に関連があるんじゃないかって話になったわけだ」


 本来より鏡像はヒトの負の感情に惹かれる傾向がある。自身がヒトの負の感情から生まれたのだからおかしな話ではない。ビオタリアは子どもの失踪でピリピリと緊迫した空気が漂っていた、鏡像が襲い来る土台は十分にある。


 けれどそれは常時での話。


 理性も思考もそれこそ獣に近いただの鏡像が昼夜問わずに向かってくるならいざ知らず、ビオタリアに現れたケモノ型は決まって子どもがいなくなる時と同時に現れていた。ケモノ型が現れている間に子どもがいなくなっていたという表現の方が正しい。そうなってくると、疑念がわくのも当然の摂理だろう。


「結局は子どもが連れて行かれる現場が見つかって、失踪は誘拐だって断定はできたんだと。ただ、誘拐だってわかったあとも同じようにしてやられたんだってさ。出てきた鏡像ってのが厄介で、毎回苦戦してたらしい」

「もしかして、ヒト型?」」

「いんや、ケモノだな。ただ、消える能力持ってたってのがネック」


 面倒そう、とシリスが唸る。事実、面倒だったのは記憶にまだ新しい。

 そういえばあの鏡像にも辛酸を舐めさせられたままだったな、と思い出す。結局はアルヴィンがとどめを刺したということだが、ビオタリアでヴェルが活躍できた場面がどれだけあっただろうか。手柄を立てたいという欲はない。しかし男には初手で逃げられ、シルヴィアにはやられ、鏡像にも苦戦を強いられた。ヘイに関しては大きな傷を与えてやったが、大して痛手になっていた様にも見えなかった。

 案外役に立った場面が少なかったのではなかったかと少々凹むが、ヴェルは頭を振って気を取り直した。


「鏡像に手間取ってる間に子どもが連れてかれるから、隣里の連中ってのが鏡像を使って攻撃をしかけてきてるってエルフたちは思ったわけだな」

「……鏡像が使役されるなんて、聞いたことない」

「だから確証が持てなかったってアルヴィンさん───先任者のおっさんも悩んでたらしい。とにかく、俺が行ったときにはいろいろ準備が整った後だったから隣里ってのに確認しに行ったんだよ」


 だが結果は、


「違ったんだけどな」

「勿体ぶらずに教えてよ。結局、誘拐と鏡像に関連はあったの?」


 やきもきするのか、シリスが先を促す。


「あった。鏡像を使って子どもを拐いやすくするってのは見立て通り。ただ使役ってのとはちょっと違う」


 ヴェルはゆっくりと瞼を閉じた。

 思い出すのはビオタリアのことではなく、初めて目の前でヒトが喰われた瞬間。

 表面が鏡面の様に磨き上げられた黒い石板。そこから生まれ出す漆黒の塊と、それに飲み込まれて消えて行った諦めたような微笑み。夜空を舐める赤い炎、昼間とは違う喧騒で騒然とする通りに転がる壊れた人形。転がった瞳もまた黒く、磨き上げられたかのような表面は燃える町並みをただ映している。


「黒い石ってのを使って、鏡像を誘き寄せたらしい。間近で見たわけじゃないから確証はねぇけど……リンデンベルグで見たやつと似てる気はした」


 リンデンベルグの石板は、単純に鏡像を生み出す通路となっていた。だが先ほどの姉の話を聞いていると、どうもそれと似たようなものを使って鏡像を湧かせたという話ではないか。

 確実とは言えなくとも、無関係だと一蹴するには状況が似通いすぎている。


「ヴェルの方にも、同じものがあった……?」

「シリスの話聞いてたら多分、そう。そんで、目的はわかんねぇけどアレはバラ撒かれてんだよ」

「撒く……!?って、誰が───」


「❘革命者レベリオン


 シリスの息が一瞬詰った。


「な、に、それ?」

「あいつらはそう名乗ってた。革命軍だと」

「革命?わけわかんない。鏡像使って何したいわけ?」

「そこは俺もわかんねぇよ。ただ、仮面付けた黒い奴らでさ。最近いろんな世界で目撃されてんだって聞いた」


 ヴェルはナビエから聞いたことをそのままシリスに伝える。目撃情報も多く、出会う世界もばらばらである事からそろそろ上層部も動くと言われたことも。

 シリスの戸惑いが伝わってくる。彼女なりに整理しながら聞いているのだろうが、疑問に思うところが次々に湧いて出るのだろう。ヴェルだって、自分が直接聞いて見た事でなければ同じ反応をして理解を放棄したはずだ。


「話聞いてると最初にヴェルを襲ったって奴もそのレべリオンって事っしょ?で、そいつはポータルを使って逃げたわけだから……つまりはサポーターが複数人で動いてるってこと?」

「違うんだよ、あいつらはサポーターじゃないんだ。言ったろ?コヴェナントもどきというか、模造品を持ってたって」


 ここからはヴェルも特に話したくない部分だ。思い出すだけで臓腑の奥が煮えくり返る気分になり、不快しか浮かんでこない。

 出来る事なら姉にこんな話をしたくはない。子どもの失踪で口を重くした彼女には。けれどここまで話して、ボカしたままではいられないということをヴェルは理解していた。


「あいつらが持ってるのはコヴェナントじゃない。子どものエルフの歯だ」

「は……───って、まさか、歯!?」

「声がでかい!」


挿絵(By みてみん)


 思わず枕を押しつけた。くぐもった悲鳴が上がるが、時間も時間なのでこれに関してはシリスが悪い。しばらくモゴモゴと文句を言っていたのだが、徐々に冷静さを取り戻したのか抵抗が止んで伸びた手が押し付けた枕を抱え込む。

 顔が覗いて恨みがましい視線が飛んでくる前に、ヴェルは目を逸らした。


「俺らの血を吸わせるためには歯だけじゃ足りないらしいけどさ。ただ、そもそも子どもの歯を引っこ抜いてる時点で残りの物も碌なもんじゃねぇだろ」

「……最悪。誘拐ってつまりはそういうことっしょ」

「そういうこと。歯で作ったコヴェナントもどき使って黒い石をバラ撒いてる、それがレべリオンって奴らのやってる事」

「100回ぐらい殴ってやりたい。……いや、100じゃ足りないか」


 サーヒラは命までは奪っていないと悪びれもしなかった。確かにそれはそうでも、植え付けられた痛みと恐怖は子どもたちをこれからも苛むだろう。ヴェルにとっても100回殴っても足りないような所業なのだが、シリスも同様の感想を持っていることに少なからず安心した。

 枕を殴る音がヴェルにも聞こえる。目線を向けなくてもわかる、いま自分の枕は見るも無残にサンドバッグになっているのだろう。

 しばらくぼすっ、ぼすっ、と柔らかい布地を叩く音が部屋に響き、そして止んだころには枕は元の場所に放り投げられていた。


「……でもさ、何のためにあの黒いのばら撒くんだろ。言いたかないけど、()()を集めるときに人目を逸らすため……じゃないっしょ?だって、ルフトヘイヴンじゃレべリオンって奴らを見ることはなかったし、そもそもディランさんが使えって言われたのはヒトもいない場所だったし」

「それが分かりゃ苦労しねぇよ。お前んとこの場合、鏡をポータル代わりに見立てさせるための方便だろうし、そんなんシルヴィアが言ってた───」

「シルヴィア?」


 シリスが聞き返す。敢えて名前を出していなかったのが裏目に出たようだ。急に彼女の名前が姉の口から出ると居た堪れなくなってヴェルは内心で慌てた。


「さ、サポーター。今回手伝ってくれたサポーター」

「へぇ。で、そのシルヴィアさんがなんて?」

「……鏡と鏡でポータルみたいに使う方法を聞いたことがあるって言ってたってだけ」


 目線はまだ合わないままだったが、訝し気な視線はひしひしと感じる。


 天威族(アーカンヴォルツ)について説明すればもっと上手く誤魔化せるのかもしれないが、シルヴィアの素性については彼女が可能な限り秘めていたことだ。姉のことは信頼しているし、誰かに触れ回ったりするような性格でもないとはわかっているものの、シルヴィアの許可無しに話すことは憚られた。あの夜、ヴェルを信頼して、と語ってくれた彼女への礼儀でもある。



 顔に出さないように素っ気なくそう言えば、やがてシリスは「そうなんだ」と一言呟く。


 居心地の悪い視線もそれと同時に消えたことで、ヴェルはそっと安堵のため息を吐いたのだった。


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