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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
守護地・ガイア
108/133

106.姉のおさらい

 母には疲れてるだろう、と気遣ってもらったが、実際そんなに疲労は強くない。今朝は起きてすぐに帰還の途につき、日が暮れる前には自宅の玄関をくぐったのだ。

 報告と諸々で数時間を費やし、色々と気疲れはしたので精神的には休みたいという気持ちはあるが───昨日の今日で気が昂っているのも事実で、身体に疲労がない今、ルフトヘイヴンに居た時と違いすぐに寝入ることは出来なかった。


 だから、壁を叩く小さな音にはすぐに気付くことができた。


「起きてる?」


 くぐもった声。壁を叩いたのと同じく控えめで、寝ていたのであれば気付けなかったろう小さな問いかけ。

 本当はすぐに話したいのだろうけれど、返事がなければさっき彼が言ったように明日にでもしようか、そんな迷いが透けて見えるようだった。

 それに気付けないほど、伊達に長く双子をしているわけではないのだ。


「開けるよ」

「開けてから言うなよ」


 シリスは躊躇うことなく弟の部屋の扉を開けた。声をかけてきたのは彼の方なので、多少礼儀がなくとも許されるだろう。

 寝るつもりだったわけでもなさそうで、ベッドの上で壁に背を預けて座っていたヴェルは苦言を呈したものの、ベッド前の椅子を指差す。座れ、ということらしい。


【みてみんメンテナンス中のため画像は表示されません】


「あのさ」


 シリスが座ると同時にヴェルが口を開く。


「シリスの方、どんな任務だった?」


 出てきたのはそんな話題だった。

 それなら明日話しても大差なかったのではないか、という思いが頭をもたげるより先にシリスは弟の視線が真っ直ぐに自分を向かない事に気付く。

 部屋に入った時もそうだ。横目で見るだけで碌に顔を向けようとせず、今だって俯きがちの視線は上がる気配がない。


 "何か"が、引っかかるのだ。素直に話したいことが出ないような"何か"が。


「あたしのとこは───」


 であれば、シリスが出来ることは彼の話の流れにまず乗っかってやる事だろう。それが姉というものだ。







「───で、そのアリィって子を手伝う事になったわけだけど」

「めちゃくちゃ自分から首突っ込んでんじゃん。よくディクが許したな」

「最初はあたしだけ手伝うつもりだったんだけどね。クロがついて来てくれるってなったら、さっき言った先輩と2人きりになるもんだからさ」

「あー……話聞いてるだけでも無理そうだもんな」

「最終的に行けば良いんだろ!って半ギレだったよ」


 荒療治で言質を引き出したときのことを思い返して思わず苦笑が漏れる。ディクシアには悪いことをしたとは思うが、今思い返してもあの判断が間違いではなかったと思っている。


「1番上にある島ってことで、魔力で動く羽を借りたんだけどさ。凄くない?飛行術なしで空飛んだんだよ」

「生身でだろ?怖くね?」

「うん、怖かった」


 最後の方まで怯えていたのはシリスだけで、友人もレッセも早々に慣れてしまっていたのだからこれはもう個人差だ。ヴェルの返しを聞けば、多分彼も自分と同じような反応を見せるに違いない。



 そこからも所々を掻い摘んではルフトヘイヴンでの出来事を語る。


 遺跡群のような母なる島(エンブリオス)を見て、付き添いを渋っていたディクシアがはしゃいでいたこと。

 アーリィの父親について話を聞き、兄を亡くしたクロスタが珍しく長々と話して慰めていたこと。……これに関してはヴェルも思うところがあったようで、一瞬顔を上げて「そっか」と、笑っていた。



 そして、ヒトがいないはずの母なる島(エンブリオス)に鏡像が溢れていたこと。


「その儀式とやらで使った前の鏡が通路になってたってことか?」

「そういうこと。察しがいいじゃん」

「それしか考え付かねえだろ……ま、その金鷲人(ハーピィ)の前でわざわざ言いたくはないだろうけどさ」


 鼻を鳴らすヴェルに、やはり思考が近いのだなとシリスは内心で笑う。自分のとった行動をそっくりそのまま挙げる彼はやはりどう足掻いても片割れなのだ。


「んで、通路を壊して儀式ってのをやり直して終わり?」

「その前に問題があってさ。リンデンベルグの黒い石板、覚えてるっしょ?」


 シリスの言葉に、ヴェルは再び顔を上げた。


「あんな大きくなくて、形も水晶玉みたいなものだったけど……それを副祭司のヒトが持ってたの。多分、同じモノで間違いないと思う」

「なに、そいつが黒幕ってこと?」

「わかんないよ。話を聞く前に───食べられちゃったから」


 確かにディランはアーリィの父を殺したことを自ら語っていた。けれど、彼が手にしていたモノがどこから来てどうやって彼の手に渡ったのかはわからないのだ。


「そのヒト……ディランさんは他の世界に渡るためのモノって言ってた。そんな話、聞いたことある?」

「コヴェナントの代わりってことか?」

「それならポータルで使えばいいじゃん。わざわざ鏡に翳して他の世界への道が開く、なんて誰かに唆されたとしか思えなくない?」


 少なくとも自分で作り上げた荒唐無稽な妄想だと一笑するには、彼はまともなヒトに見えた。

 だからこそ、誰か別の人物が彼を使ったとしか思えないのだ。


 けれどそれが何のためかシリスにはわからない。


 見た限りの情報で予測するのであれば、あの黒い物質(モノ)は鏡像を呼び寄せるような作用がありそうだった。

 だが、あんなヒトもいない場所で鏡像を呼び寄せてどうなるというのか?はたまた、何を目的に鏡像を呼び寄せようとしたのか?リンデンベルグにも同じものがあった理由は?


 1番重要な部分がわからないままだった。そして、恐らく関係していたのであろう祭司長は既に()い。彼に関しては"恐らく"の域を出ないままだ。


 あの物質が何なのかは執行部の研究機関が血眼で探っているだろう。近々報が出るとマリアが言っていたので、少しは見えてくるものがあるかもしれない。


「ふぅん……。で、鏡像が湧いたってわけか。帰ってきたってことはそんなに苦労しなかったんだろ?」

「そう、でもないよ。先輩は食べられちゃった」

「───そっか」


 レッセについてはお世辞にもいい印象を持たせるような話はできなかった。だが居なくなって欲しいと思ったわけではない。

 スッキリしないシリスの様子に察せるところがあったのか、ヴェルはそれ以上レッセのことで言及する素振りは見せなかった。なんだかんだと気遣いができる男なのである、相手にもよるが。


 思い返すと気が重くなって、シリスは背もたれに身を預けた。


「発作は?聞いてる感じ、道中は何もなかったんだろ?」

「まあね。道中は」


 語っている間に意気消沈し始めた姉を見てか、ヴェルは話題を別方向へ向ける。

 正直なところ、レッセに関しては気が滅入る記憶ばかりなのでシリスにとってはありがたい限りだった。


「出てきたデカいケモノ型倒した後に来たんだけどね。足場がすごい崩れててさぁ」

「おい、その前振りって……」

「うん。あれって凄いフラフラするでしょ?そんで足滑らせて落ちちゃって」

「……お前さぁ、1番高ぇ島がどうのって言ってなかった?」

「うん、だから死ぬかと思ったよね。先輩が要請出してたから、救援に来てくれたヒトに運良く助けてもらったんだけどさ」


 カインのことは───わざわざ今説明しなくてもいいだろう。今後、ヴェルが彼と同じ任地になることがあるのなら、その時に言ったって別に遅くは無い。

 それよりも、今話し終えたシリスにとっては自分の話よりも重要なことがあった。


「で、そろそろ話す気になった?」


 震えた肩に連動して、金髪が揺れる。


 シリスは十分に配慮をした。今回の任務について、口火を切るのを躊躇うヴェルに代わって後に続けられる流れを作ったのだ。


 なれば、次はヴェルの番だ。

 シリスだって気になるのだ。ヴェルが帰って来てからずっと気になっていた。


 ノーヴェを抱き上げるヴェルの様子がいつもと違うことが。さっき、両親に問いかけた質問が。

 そして、



「……うん」



 彼がずっと、自分を直視しようとしないことが。



 頷く弟の翡翠の瞳は、シリスと同じ色の瞳は、まだこちらを向こうとはしなかった。

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