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境界線のモノクローム  作者: 常葉㮈枯
森樹の里・ビオタリア
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102.エピローグ -ビオタリア-

「あの後エリンには会えた?」

「いや、様子見たかったんだけど断られてさ」


 ビオタリアに戻ってすぐ、エリンに会おうとはしたのだ。


 彼女らはヴェルたちよりも先に連れ出され治療を受けていたが、子どもたちが集められた建物へ足を運んでも返ってくる答えは「会えない」だった。

 扉越しに聞こえた拒絶を思い出す。


「やっぱり、もう他種族は怖いのかな」

「違う。歯が生え直してから会って欲しいって」

「……強いっすねぇ」


 そう、やはりエリンは強かった。

 あれだけの目に遭っても、まだ微かに悪戯っぽい声音で応えるくらいには。

 だからといって実際にどんな顔をしていたのか、どんな思いでその言葉を発したのかは扉越しのヴェルにはわからない。


「それに、頼まれたんだよ。次に会うときにはあのカスどもをふん縛って連れて来てくれってな。下っ端の奴らも含めて、同じ目に合わせてやるって言ってた」

「……やっぱ強いっすね?」

「な、強ぇわ」


 子どもの切り替えが早いなんて話ではない。彼女は彼女なりに、刻まれた記憶をなんとか上書きしようとしているのだ。

 ならばヴェルの出来ることといえば、頼まれたことを果たすよう尽力するのみである。

 傷を負わされた彼女たちが、再び子どもらしく笑える日が来るように。













 アルヴィンたちを見送ったのち、ヴェルとシルヴィアは2人して落ちた崖まで足を伸ばしていた。ビオタリアは慌ただしく、怪我人で何もさせてもらえない2人には居心地が少々悪かったのだ。

 ここを選んだ理由は特になく、ただ、どれだけの高さから落ちたのかというぼんやりした興味によるものだった。



 遥か崖下には轟く音を僅かに響かせる川。視認すると恐ろしいほどの高度だ。

 けれどそこから視線を上に向けて広がる黎明の空は、燃えるような朝焼けに彩られていた。薄くモヤのかかった眼下の森まで陽の光に照らされ燃えているようだ。


「こう見ると、結構な高さから落ちたんすねぇ」


 しみじみとした呟きが聞こえるがまさにその通りだった。あの時は必死で、しかも夜の闇で高さもはっきりとわかっていなかったから飛び込めたようなものだ。

 いま同じことをしろと言われれば、たとえ助かるのだとしてもヴェルは二つ返事でノーを返す自信があった。


 しばらく無言で朝焼けを眺めていると、不意にシルヴィアが口を開いた。


「さっきの話の続きなんすけど」

「……どのさっき?」

「そういえば、話そうとするたびに遮られてたっすね」


 くすくす、と笑いが漏れ聞こえる。


「まずは私が何で兄さんの無事が分かるかって話」

「そういえばそんな話もしてたな」

「ヘイの言ってたように、私たち天威族(アーカンヴォルツ)は魔力がないけどエーテルを直接扱うことができる。殴るときにエネルギーをそのまま上乗せしたり……ヘイを吹き飛ばした時のアレっすね」


 つまりは外部からのエネルギーをプラスした威力だったわけである。なるほど、とヴェルは彼女の拳を思い出し、やはり怒らせないでおこうと心に誓う。


「エーテルを直で扱えるってことはつまり、アレに近い原理が生身で使えるってことっす」

「アレ?」

「エーテルリンク」


 シルヴィアが指を見せつける"フリ"をする。

 拳を使っていながらほっそりとした指には、何も嵌ってはいなかったが。


「あれは魔力と組み合わせることで通話まで可能にしてるけど、そんな大それたモンじゃないっすよ?でも相手が()()()()()()()()()()()、近くにいるかいないか、それを把握するくらいならお手のものってことっす」

「……それって結構すごい事なんじゃねえの……?」

「でも天威族(アーカンヴォルツ)同士でしか使えないっすけどね。私たちは魔力がないからエーテルリンクは使えないし、一長一短ってとこ」


 通話ができればせめて良かったのに、とシルヴィアは笑う。つまりは、兄が存命だという彼女の確信は同族同士の感知能力によるものらしい。

 ふとした瞬間に姉の無事が気になるヴェルにとっては羨ましい能力(ちから)だと思うが、感知できるのみで連絡手段が使えないとあっては、確かに一長一短でもあるのだろう。


「あとは揺れというか……目に見えなくてもそこには"在る"から、モノが動くとエーテルも揺らぐっすよ。その揺れを感じる事ができるから───」

「あのカスやら、鏡像やらの位置が大体分かったわけか」

「そういうことっす」



 ヴェルが気付くより先にヘイの接近に気付けたのも、見えない鏡像へ正確に攻撃を加えたのもそう。なんなら、最初に勘違いでヴェルと交戦したときに暗闇の中であれほどまでに動けていたのもそういう事なのだ。

 とはいえ、そもそものシルヴィアの身体能力の高さがあるからこそ全てに対処できていたのかもしれない。


 納得もしたし、嬉しくもあった。

 確かに便利で悪用も考えられる能力だ。生き残りが数少ないといっていた彼女が隠しているのも頷ける。その中で、ヴェルを話しても良い相手なのだと認識している事が、彼にとって密かに嬉しかったのだ。



「じゃあさ……」


 概ね、シルヴィアの行動が理解できた。

 けれど最後にもうひとつ、どうしてもわからない事がある。


「俺のとこに”跳んだ”って言ってたのも、やっぱエーテル使うのと関係あんの?」


 一番気になるのは、その部分だった。


 ポータルを使わず、無論ポータルなどない場所へ瞬時に現れることのできたその現象。気にならない者などいないだろう。

 生身でポータルを扱えるヴェルとて、瞬間移動とも表せるその能力(ちから)に興味はあるのだ。サーヒラやヘイが言っていたように、自分の置かれた環境自体を不公平と思い外の世界に救いを求める者たちには喉から手が出るほどの能力(ちから)なのは言うまでもない。


 シルヴィアが僅かに言い淀む。


「言いたくなかったらいいんだけど……」


 慌ててヴェルは身振り手振りで言い訳をした。

 別に、シルヴィアが喋りたくないのであればそれでもよかった。隠しておきたかっただろう能力のいくつかは既に教えてもらったのだし、贅沢を言うつもりもない。


 けれどシルヴィアはゆっくりと首を横に振った。


「そう、ヘイが言ったように疑似的なポータルみたいなものっす。ヴェルにはもう隠すつもりはないから、気にせず聞いてくれていいよ」

「じゃあさ、あいつみたいに意地の悪さで聞くつもりは更々ねぇけど……それ使って兄ちゃんのとこに跳べたりはしねぇの?」


 前置きをしたのは、ヘイの煽りを思い出して彼女が傷つかないか心配だったからだ。

 純粋に疑問だったのだ。折角の能力を使って、探している相手の元へ行かないというのはそれだけの理由があるのだろうと。


「残念ながら、肉親に使うことはできないっす。だから、こんな能力(ちから)があるのにわざわざ鏡を扉に見立てて使おうなんて考えが出たんだよ、きっと」

「そりゃそうだよな。何かあったら家族んとこに1番に行きたいもんな……。それなら、俺は家族じゃないから跳べたってこと?」

「それもあるっすけど……」


 だから控えめに問いかけたその疑問への反応が、ほんのりと赤らめた表情であったことに何よりもヴェル自身が驚いていた。


 再び言い淀んだ彼女だったが、言いたくないという意思よりも言うまいか迷っている様子が窺えた。

 どういう心境なのか、そんな細かな部分までヴェルの知れるところではない。


 暫く口を開けては閉じていたシルヴィアだったが、やがて意を決したようにひとつ深呼吸を零した。


「誰それ構わず跳べるわけじゃないっす。条件はふたつ。肉親じゃないことと、座標として楔を打ち込むこと」

「くさび……?」

「直接何かを打ち込むわけじゃないっすよ?だけどそれなりの繋がりが必要だから心が通わないと───言うなれば」


 ずい、と距離が近づく。


「キスしたり、とか」

「……………………え?あ」


 言葉の意味を一瞬理解できず、ヴェルは固まった。

 だが徐々に脳内にシルヴィアの言葉が染み渡りその意味するところに理解が追いついた途端、ほのかに頬を染めるだけの彼女よりも顔全体を朱に染める。


 確かに唇は交わした記憶がある。もとい、無意識での救命行動ではあるが。


「いやっ、あれは……不可抗りょ……!ってか違……悪ぃ、そんなんじゃ……必死だったっつーか……!」

「あ、やっぱり息吹き込んでくれてたの?」

「あ」


 あつい。

 顔どころか身体全体があつい。燃えてしまいそうだ。

 このままこの熱で溶けてしまってもいいと思えるほど居た堪れなくて、ヴェルの口が勝手に言い訳を連ねていく。


「あの時はそれしか方法がなかったってか……」

「昨今、溺れた時の人工呼吸は必須じゃないらしいっすよ」

「かっ……カウントに入らないってか……」

「そうそう、ヴェルが初めてを気にしてたから逆に申し訳なく思ってたの」


 そういえば、人間の里に行く前にそれで散々な言われようだった気がする。

 当たり前だと思っていたことがそんなに驚かれるものだとは思っていなかったのだ。普段共にいる姉も友人らも浮ついた話など一切なかったものだから、わざわざ宣言することでもなかったのだ。


 シルヴィアが噴き出した。面白かったのか、朝焼けに照らされた頬は上気して更に赤い。


「ふ……あはっ!真っ赤っすよ、かーわいい」

「そういわれて喜ぶと思ってんの……?」

「あはは、あは、そんな拗ねないで欲しいっすよ。それより、私も聞きたいことあるんだけど、いい?」


 嫌だ、と返したい気持ちはあるがそうなると拗ねているのが丸わかりだ。だからといって頷くのも癪だ。

 せめて無言でそっぽを向けば、止まない笑い声は次第に落ち着いたものへと変わっていった。


「ふふ。そーんなに気にしてたのに、ヴェルは嫌じゃなかったの?」


 確信犯の問いかけ。


 そうだ、そもそも嫌な相手ならそこまでして助けようとなんてしない。よしんば同じような行動をとったとしても、必要な救助行動だったと冷静に返すことだって出来たはずだった。

 狼狽えてしまったのも、居た堪れないのも、全てはヴェルの気がシルヴィアに向けられているからに他ならない。少なくとも、こんなに小さな問いに振り回されるくらいには。


 ヴェルの返答はなくても、彼の反応で理解しているのだろう。シルヴィアは崖の縁の方へ足を踏み出し、振り返る。



「私は嫌じゃないっすけど」


挿絵(By みてみん)


 ───慈しむような優しい声に思わず彼女へ目を向ければ、朝焼けを背にしたシルヴィアが眩しいほどに笑っていた。 


「言ったでしょ?心が通わないと、って。誰それ構わず跳べるわけじゃないんすよ」

「そ、れって」

「兄さんの事を話した時、些細なことだけどすごく救われたの。多分、そこから」


 軽やかに距離を詰める足がヴェルの前で止まる。

 手を伸ばせばすぐに触れられる距離。目と鼻の先で、微笑む形の瞳がヴェルを映す。


「ねぇ───アレはなかったことにして、仕切り直ししないっすか?」


 まるで時が止まったかのように、動けない。


 周囲に広がる朝焼けよりも燃えるような眩い瞳。鏡像が灯す血のような赫とは違う、ましてや炎のような苛烈な色でもない。陽が顔を出す、まさに夜明けの優しい色。


 徐々に視界いっぱいに広がっていく、色。


 思えば、この瞳を見た瞬間からその色に魅入られていたのかもしれない。













「これが1カウント目ってことで、どう?」

「……賛成」


 頬を包み込む手は、ヴェルの体温に負けず劣らず熱かった。

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