07
俺があまりに前のめりになって見ているので、途中から師匠が席を譲ってくれた。パソコンの横に立つと本体に肘を付き、面白そうに俺の顔を見ている。
試合は僅差で魔育の勝利。結果は分かっていても、俺の手は汗でびっしょりだった。まさに語り継がれる名勝負と言える。
最後にダウンした師匠は魔育に手を引かれて起き上がった。そのまま軽くハグし互いの背中を叩き合うと体を離し、力強く握手を交わしている。互いの健闘を称え合う、高歩者の手本となる姿だ。
「一番弟子のクリスティアンがあんな感じだったのに、この人はいい感じですね」
「ああ。弟子はあんなだけどなぁ。魔育は昔から気持ちのいい奴だったぞ。だからワシも安心して至頂の座を渡せたんだからな」
その言葉を証明するように、画面の中の師匠は魔育の腕を取り、高々と掲げている。そうされている魔育も誇らしげだ。
「なんであんなのを弟子にしたんでしょう?」
「そりゃま、強いからだろうな」
身も蓋もないが、この世界なら当然のことだ。なんら不思議はない。
「だが魔育もなんだかこの後からおかしくなっていってな。今では別人のようだよ」
「なるほど」
画面の中で白い歯を見せる覇我魔育はなんら欠点が無いように見える。だが弟子の育成には失敗したということか。そのせいで自分もおかしくなったのか? 俺にはクリスティアンが全ての元凶のように思えてならない。
「なんせ、直接ワシを煽りに来たからなぁ。今度の至頂戦はお弟子さんは出しませんよね? どうせ見込みはないでしょうしってな」
「ええ!?」俺は驚きのあまり立ち上がってしまった。
「そうじゃなけりゃカワイイ孫を至頂戦なんてもんに出しゃしなかったわ」
「へへー。でもアタシ、強いもんね」蘭玲はそんな師匠の心配などどこ吹く風だ。
「悔しいが、確かに強さはワシ譲りだな。対抗できるのは弟子の中でも最強のベアクロウだけだ。そこに、お前の母さん、マリアちゃんもお前をワシに預けると言ってきたわけだ」
「母さん。そこまでは言ってなかったな……。でも母さんと知り合いってだけで、なんで俺を弟子にしてくれたんです? 一度も手合わせしてなかったのに」
「そりゃあの二人の息子だからな。血統だけでも有力候補の筆頭よ」
「え? 父のことをご存知なんですか?」
「どうもおかしいと思ったが、龍拳、お前何も聞いてないのか? マリアちゃん、話していないのか。すまん! 今の話は忘れてくれ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 気になるじゃないですか!」
「いや、ワシが勝手にペラペラと喋るわけにはいかんからな。マリアちゃんが何も伝えていないのにも理由があるんだろう。マリアちゃんから直接聞くんだな」
俺の父は物心付いたときにはすでに家にいなかった。家には写真の一枚も無いので顔も知らない。名前すら知らない。そんなだから、てっきり未婚の母なのかと思っていた。
「さ、それはさておきだ。今後、お前たちにはさらに技を磨いてもらわにゃならん。時間ももう、あまり残されていないんだからな。そこでだ。これから三ヶ月に渡り、お前たちは街に出て、ランクを上げてもらおう」
「いよいよ道場から出られるんだねー! 楽しみ! おじいじゃん、危ないからってずっと禁止してたのに、どういう心変わり?」
「もう蘭玲もそれだけ実力を付けたということだ。当然、二人もな」
俺はベアクロウと視線を交わすと互いにうなずいた。
「で、ランクはどこまで上げればいいんですか?」
「そりゃもちろん、最高ランクであるドラゴンまでだ」
「ドラゴン……?」これには無口なベアクロウも驚いた様子だ。
「師匠、そりゃ無理ですよ。俺らもそろそろ対戦相手に困るようになってきてんですから」
ランクは対戦前に分かるようになっている。あまりに離れている場合、互いに対戦を敬遠するのが普通である。そして俺らもランクはもうオーガである。ここまでくると、初めてここに来たときのように、次から次へと対戦を申し込まれるということはもうない。たまに怖いもの知らずの奴が仕掛けてくることもあるが、骨のあるやつはめったに出会わない。
「このあたりでは、そうだろうな。そこでダウンタウンに行ってもらうと思っている。そこには猛者が集まる闘技場なるものがあるらしいぞ」
「闘技場? そこってめちゃくちゃ危険って言われてるとこじゃない? なんか、システム以上にBPを賭けてやってるって話も聞くよ?」
「うむ。ワシも詳しくは知らんが、法律的にはグレーのやり方があるらしい。だからこそ、一攫千金を狙う猛者も集まるし、お前らも一気にランクを上げられる可能性があるってことだ。当然、負ければ下がるぞ? どうする?」
俺は蘭玲を見た。彼女は屈託のない笑顔を返してくる。ベアクロウも決意を秘めた目線を送ってきた。ま、聞くまでもないよな。
「やります! やらせてください!」