06
出州登呂街のルールは“強者絶対”である。対戦における勝者が人々の尊敬も、名誉も、金も、そして地位も手にする。
「両者のプランは分かりました。どちらも甲乙つけがたいですね。よって両者の代表による十先で勝者した方を採用とします」
ビジネスの場でもこんな風に契約が決まることだって、この街では普通だ。ちなみに十先とは、どちらかが先に十回勝利するまで対戦するという、より運に左右されない決着方法だ。
おかしいと思うだろう。そしてあまりに暴力的すぎやしないかと。
だが犯罪はびっくりするほど少ないのだ。
「てめぇ! やんのか!」
「おう! 十先で勝負しようや!」
街のケンカもこんな感じ。なにせシステムにより怪我をすることはないから気楽なもんだ。法律でも対戦による決着は禁止されていない。もちろん、周りの誰も止めはしない。むしろ「もっとやれ」と大盛りあがりだ。
「対あり(※対戦ありがとうございました。の略)でした」
「この敗戦を糧にがんばってください」
内心でどう考えているかは分からないが、終わったあとでさらに揉めるということはほとんどない。こんな感じでさわやかに、後腐れなく去っていく。
心の内奥にあるヘドロのようなものを適度に吐き出せる、そういう利点がこのシステムにはあるのだろう。
無論、法律はあるし、刑法に違反すればきちんと罰せられる。裁判すら対戦で決まるとか裁判官に勝ったら減刑なんてことはない。
この“TAISENシステム”はひょっとしたら平和を守る画期的な発明じゃないか? 今ではそう思っている。
対戦なのだから、さわやかに終わるだけではない。悔しいという気持ちは生まれるし、負けた相手を見返してやろうとさらに精進するのは高歩者ならば呼吸のように当たり前の行為である。
俺はあの敗戦以来、さらにトレーニングを積んだ。毎日の走り込み、適度な筋トレ、休養を挟むのも忘れない。このシステム下においてトレーニングに意味はあるのか? という疑問もあるだろう。これに関しては「ある」というのが答えだ。
俗に『体重が20キロ以上大きい相手には絶対勝てない』などというらしいが、このシステムでは攻撃の強さ、いわゆるダメージはその重さとスピード、そして有効打だったかどうかで計算され決定される。このおかげで女性、子どもでも大の男と対戦できるってわけ。筋力を鍛えても差は僅かにしかつかない。だがその僅かが勝負を決めることもあるのだ。俺ら高歩者はその髪の毛ほどの差のために日々汗を流すのを厭わない。
俺は人の頭くらいの鉄球が二つ付いたダンベルをゆっくりと地面に置いた。
視線の先にはエレベーターがあり、ちょうど扉が開いたところだ。一般家庭では夕飯を食べ終えたころだろうこの時間、常ならば師匠がやってくるのだ。
「おはようございます。師匠」
「うん。やってんな、龍拳。蘭玲とベアクロウもちょいと来てくれ」
師匠は俺ら三人を引き連れ、道場の事務室へ向かった。事務室といっても部屋ではなく、パーティションで仕切っただけの空間だ。中にあるパソコンの電源を入れると、ポケットからスティックタイプのメモリを取り出し挿入口に挿し込んだ。
「師匠、ひょっとして頼んでいたビデオですか?」
「その通り。前回の至頂戦の決勝、ワシと現至頂との一戦だ。ワシが負けた試合だからあんまり見てほしくないんだがなー」
師匠はカラカラ笑うが、こんな近くに元至頂がいるというのは幸運だ。これは母さんの人脈に感謝するしかない。
「ねぇ、マジで龍拳はこの試合見てないの?」蘭玲は丸い猫のような目をさらに丸くしている。
「有名な一戦だろうけど、このころ俺は山ぐらしだからな。テレビもネットも無かったんだよ」
「決勝は十先だが最初から見るか?」
師匠の問いに俺はお願いしますと答えた。
現至頂、覇我魔育は身長2メートル30センチの大男だ。手足も蜘蛛のように長い。それでいて動きは敏捷なのだから驚異的だ。ミルクチョコレートのような茶色の髪を整髪料でテカテカに光らせオールバックにしている。口ひげなど生やしていて、すでに威厳たっぷりだ。
師匠も今とあまり変わりない。今よりも黒髪の分量が多く髪はグリズリーのような灰色だが、このときすでに七十前後のはずだ。それでこの時が人生で一番強かったってんだからすごい人だ。
対戦はかなり接戦だった。打撃の師匠と投げの魔育という構図。師匠はなるべく距離を取ろうと“プネウマ”を放出する技を多用するが、魔育は上手くかいくぐり距離を詰めていくと、その長い腕で師匠の腕を捕まえる。まるで掃除機に吸い取られるかのごとく師匠の体が魔育に密着したかと思うと、軽々と空中に放り投げられた。そのまま師匠の右足首を掴んだ魔育は雑巾の水を切るように師匠を何度も地面に叩きつける。システムでなければ確実に人生が終わってるところだ。
師匠もやられっぱなしではない。得意の連続突きからの回し蹴りが決まると魔育の巨体が空中で錐揉みしながらすっ飛んでいく。
これが頂上決戦か。俺は瞬きするのも忘れ、その映像に見入ってしまった。