04
昨日の今日で、早速俺たち弟子は道場で模擬戦を行っている。今の相手は蘭玲だ。
彼女は身軽さを活かした素早い動きで敵を翻弄し、手数で勝負してくるタイプらしい。
ジャンプで飛び込んでいく蘭玲に、俺は対空技を出すが、それを彼女は見事に空中でブロックした。
「あっぶなーい!」
軽口を叩きつつもそのまま空中で半回転すると、道場の天井を蹴って突っ込んでくる。俺は慌ててガードするが、その上から無数の蹴りを叩き込まれた。
「空中千刃脚!」
早すぎで足が何本もあるように見える。ガードしているのでダメージは無いが、ジリジリと後退させられてしまった。もうすぐ後ろに壁が来ている。ようやく技が止まったと思ったら、着地して即、距離を詰めて来た。続けざまに得意の足技で上段、中断、下段と攻撃を振り分け、こちらの隙をつこうとしてくる。
しかし、俺も好きにはやらせない。着実にガードすると反撃の右正拳突きを打ち込んだ。
「オラァ!」
「キャア!」
かわいい悲鳴を出されると躊躇してしまいそうだが、女だからといって手加減する必要はない。“TAISENシステム”によって怪我をすることはないのだ。俺は情け容赦なく追撃した――
「よし。次はベアクロウ。相手してやれ」
師匠の指示を受け、座って観戦していたベアクロウがゆっくり立ち上がった。やはりデカい。しかし蘭玲と対戦してみて改めて思ったが、このシステムにおいて体格というのは現実ほど有利、不利にならない。デカいやつは大抵、動きが鈍いし、一発の重さは手数の多さでカバーできる。それに攻撃力は力よりも有効打かどうかによるシステムの判定によって決まるのだ
。
ベアクロウはかなりのハードパンチャーで、ガードを弾くほどのパンチを持っている。蘭玲と違って一発、一発を的確に入れてくるスタイルだ。
その合間を縫って俺も反撃するが、コイツはガードも固い。実に堅実な戦い方をしてくる男だ。焦れた俺はジャンプして飛び込んでいったが、それは彼の思うつぼだった。
「フンッ!」
ベアクロウはしゃがんだ状態から伸び上がるようにアッパーカットを出した。その砲丸の玉のような硬い拳が俺の腹にめり込む――
「よし、そこまで! 一度休憩するぞ」
師匠の号令で、俺たち三人は師匠の前に並んだ。
「さすがはマリアちゃんの息子。いい筋をしてるな」
「ありがとうございます」
「二人はやってみてどうだった?」
「うん。強いね。基本に忠実ってカンジ?」蘭玲は俺の顔を覗きこみながらいたずらっぽく笑った。
「うむ。動きに無駄が無いし、隙も少ない。反撃も的確だ。多少、攻め急ぐことがあるくらいだろうか」普段は無口なベアクロウも、対戦に関することだとよくしゃべる。
「ワシから見ても三人は近しい力をもっているようだな。では二年後の至頂戦に向け、さらなるレベルアップをしなければ――」
そのとき、師匠の背後にあったエレベーターのドアが到着の音とともに開いた。この時間は一般練習生は来ないはずだ。師匠も音に気づき、振り向いた。
「練習中すみませんねぇ」
入ってきたのは黒シャツを着た大男だ。後ろで一つにまとめられた髪は銀色で、獲物を狙う肉食獣のような鋭い瞳もまた同様に銀色をしている。赤黒い肌のせいか、まるで瞳が輝いているようだ。
「お前は……何しにきた?」
「いやね、新人が来たってんで、見に来たんですよ」
「貴様に立ち入る許可を出した覚えはない。帰れ」
「そんなひどいこと言わないでくださいよ、前至頂さん」
師匠は知っているようだが、何者だ? あまりいい雰囲気ではないようだ。両隣の蘭玲とベアクロウを見るが、二人とも銀髪男をにらみつけている。
「へぇ? お前が噂の……マリアさんの息子、か?」
師匠の横をすり抜けるようにして俺の眼前に立った銀髪は、上から下まで舐めるように俺を見てくる。気味の悪い野郎だ。コイツも母さんを知ってるのか?
「なんか用っすか?」
「見に来たって言ったろ? だがなかなかいい面構えをしているじゃないか。興味が湧いてきた。どれ、一戦やらないか?」
「やめろ! 人の道場でそれ以上、好き勝手させんぞ!」
「なんなら前至頂に相手になってもらってもいいんですぜ? ルール、分かってますよね?」
銀髪の言うルールとは、至極単純――対戦で負けた相手の要求は飲まなければならない。それが世界を支配している基本ルールだ。もちろん『死ね』だとかあまりに無茶な要求は社会的に許されていない。対戦者同士の合意があれば、というわけだ。これで大きな契約を決める、なんて争いも社会にはあるそうだ。だから対戦の強い者は就職にも有利だったりする。ほんと、俺好みの世界だぜ。
「いいだろう。相手してやる」
「待ってください、師匠! 俺にやらせてください!」
「お。元気があっていいねぇ。やろうやろう」
「バカ者! 勝手なことをするな! そいつが誰か知らんだろう!」
「そういえばそちらの名前を聞いてなかったっすね。どちら様なんすか?」
「おいおい。俺の顔を知らんとは、本当にお上りさんなんだな」
そう言うと銀髪はゲラゲラと下品に笑った。グレー地に黒い縦縞模様のズボンの腿をパンパン叩く。俺は怒りでこめかみあたりに力が入った。
「じゃ、教えてやろう。俺はクリスティアン。現至頂の一番弟子だ。以後よろしくな」
言いながら黒シャツの第二ボタンを外す。そして右手を俺に伸ばした。
「さ、やろうぜ。両者合意の上のトレーニングなんでね、問題ありませんよね?」
師匠は歯ぎしりし、クリスティアンをにらみつけた。