03
この世界は狂ってる。前の世界の価値観だったら誰もがそう思うだろう。
だけど俺はここをめちゃくちゃ気に入ってる。戻れと言われても戻る気はない。
腕っぷしだけで金を稼げる。それどころか世界の支配者すら目指せるのだ。まったく、シンプルでいい。
「一応、本人にも確認しておくが、二年後の至頂戦には出る気なんだろうな?」師匠は焼肉をひっくり返しながら言ってきた。
「無論です。そのために来たんですから」
「ワシもマリアちゃんからそう聞いてはいるが、本人の口から聞くことが大事なんでな」
「てことはー、アタシら三人、ライバルってことだねっ」蘭玲は小柄なくせによく食う。どこに入っているんだ?
「三人? ベアクロウも出るよな?」実は同い年、ということが判明したベアクロウにはすでにタメ口だ。コイツも特に気にしていないらしく、肉を噛みながら無言でうなずいた。
「てことは、師匠は出ないんで?」
「知らんのか? 一度至頂になったものはもう出られんのだ。だから弟子を育ててる。お前らがワシの代わりにがんばるんだ」
師匠は前至頂らしい。どうりでツエーわけだ。
「弟子は他にもいるんですか?」
「いるにはいるが、高歩者はお前たちだけだ。あとはまだ若すぎるのと、可能性のほとんどないのが少し。あとのはダイエット目的の主婦とかそういうのだな」
「そんなのまで受け入れてるんですか? バトルポイントならいくらでもあるでしょうに」
「稼ぐのが目的じゃない。どこに原石が埋もれてるかわからんからなぁ。それに、誰であろうと希望する者は受け入れるのがウチのモットーだ。ちゅうわけで、お前ら高歩者のトレーニングは夕方からだ。それまでは自主トレするなり、街でバトルポイントを稼ぐなりするんだぞ」
「わかりました。ですが、今日のような相手では練習にならないので、もっと強い奴らと対戦したいんですが、どこにいますか?」
「そうだなぁ。次は繁華街なんかがおすすめだな。ほれ、生きの良いのがいっぱいいるわ」
師匠の目線は俺の後ろに向けられていた。つられて振り返ると、この焼肉屋にいる客のほとんどが、こちらを見ていた。俺はびびってのけぞってしまった。
「うわぁ! な、なんだ!?」
「ま、ワシらもこの辺りじゃ有名人なんでな。隙あらば対戦しようって輩が大勢いんのよ。食い終わったら腹ごなしにちょいとやってくか? あ、ワシは見学な」
俺の斜向いにいる蘭玲を見ると、にっこり微笑んで親指を立ててきた。右にいるベアクロウは無言でうなずく。なるほど、やる気ってわけね。
「俺も二人の対戦が見てみたいんで、軽くやっていきましょう!」
この世界のシステムは件の神が作ったものだ。“TAISENシステム”と呼ばれるそれは世界の基本法則のようなもので、前世の記憶持ちの俺からすれば異常なんだが、生まれたときからこの世界にいる人々にとってはリンゴが木から落ちるがごとく当たり前のことで疑問すら感じないらしい。
対戦の申し込みが受理されると、対戦者の二人は対戦フィールドという特別な空間に入れられる。そこでは見えない壁に阻まれ左右に動くことができない。行けるのは前後と空中だけだ。前後もおよそ30メートルほどの距離しかなく、端まで行くと見えない壁にぶつかってしまう。対戦はこの空間が確保できる場所で行われる。よって今のように路上など野外が対戦場としてよく選ばれることになる。
そんな空間で互いの技をぶつけ合うわけだ。頭の上に浮かび上がるゲージが空になった方が負けとなる。ゲージは有効打が決まると減っていく。どれだけ殴られようが、蹴られようが、投げられようが、ゲージが減るだけで痛みは無いし怪我もしない。対戦が終わればこのゲージもリセットされる。
対戦者はランクに合わせた参加BPを、観客は100BPを支払うことになる。対戦が盛り上がれば追加で投げBPをすることも可能だ。
勝者には参加費とランクに応じた勝利ボーナスを合わせたBPが戻ってくる。余ったBPはプールされ、公共事業に使われたりする。いわば税金のようなものだ。
まずは蘭玲がやるということで俺たちは観客として観戦することにした。
「蘭玲とベアクロウはどれくらいのランクなんです?」
「二人ともオーガだったかな?」師匠がそういうとベアクロウはうなずいた。
ランクは上からドラゴン、ワイバーン、グリフォン、オーガ、ケンタウロス、ガーゴイル、オーク、コボルド、ゴブリン、スライムとなっており、貯めていった総BPに応じて上がっていく。オーガといえば一般人ならかなり強いほうだ。俺は昨日一日でゴブリンまで上げたが、まだまだ先は長い。
「至頂戦までには俺らもドラゴンまでは上げたいですね」
「なに。まだ二年もあるんだ。お前らなら余裕だろう。ほれ、見てみ」
見ると、開始からノーダメージで蘭玲が相手を圧倒したところだった。しまった、まったく見ていなかった。すると、次は俺だと言わんばかりにベアクロウが指の骨を鳴らしつつ前へ出ていった。今度はちゃんと見てないとな。んで、次は俺の番だ!