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09、平伏の造花(3)



「世界に穴が空いたようですね。悪魔でも出てきそうだ……」


 巨大なキルクルスの影を見てユナックが呟く。

 ヨダカは脇の鎧を留める楔が二つ抜けたのを感じた。ゆっくりと引き抜いて話し始める。


「……魔導術師のシーダーってわかる?」


「知ってるも何も、こんなとき話題に上がる崇高な爺さんだろ?」


 この状況でもコクトは変わらない。すごいな、と笑う。


「その人が仕込んでる楔が二箇所抜けたんだ。これはちょっとした大尉の特権で、この楔は興奮剤が中に仕込まれているんだよ。どうしようもなくなったら、外してくださいって頼んであるんだ」


 それで全員が察したようだ。


「順番に刺すよ」


 大尉である自分が怯んではならない。コクトの肩当てと籠手の隙間から針を刺す。


「ユナックはおかわりする?」


「ヨダカ大尉はよろしいんでしょうか?」


「もうずいぶん昔からキマってるから大丈夫だ」


「では、ください」

 

「追加で打つの……大丈夫か?」


「大丈夫だよ」


 コクトが訝しんだが、そう言った。

 シーダー魔導術師はヨダカとユナックが必ず興奮剤を使うことを知っている。無事に帰れたとして、眠れなくなるくらいだろう。

 それにこの楔が外れたということは、あれを止めろと言っているのだ。

 ヨダカは全員に刺し終えると、了解の意味を込めて楔をまた嵌めた。カタカタと楔がわずかに動く。遠隔でシーダーが固定の魔導術を試みたのだろう。飛べば落ちるくらいしか穴には嵌まらない。


「もう魔導術隊は逃げてくれよな。爺さんたちが死んだら、みんな鎧のままになるのによ。なあ、ミオンちゃんもそう思うだろ?」


 コクトは瞳孔の開いた目でミオンに話しかけた。

 アデルに肩を抱かれたミオンは震えが止まらない。十五歳の少女であるとともに、ランプーリは彼女の故郷である。


「私たちが救うのよ」


 アデルはそう声をかけた。彼女はユナックと同じく十七歳になったばかりだ。瞳孔は開き、顔色は良い。


「ヨダカ大尉、暫定の体液残量の少ない者から火砲発射でよろしいでしょうか? アデル、ミオン、私、大尉、コクト少尉の順番になります」


 瞳孔が開ききり茶色の目が暗くなっているユナックが言った。


「本当に頼りになる男になっちまうなあ」


 とコクトは笑う。それには同感だ。


 五人編制の火砲の出力は、順番にして強・中・弱・弱・強だ。キルクルスの部位によって強度を変えて放つ。

 先ほどは強をユナックとアデルが撃ち、中をヨダカ、弱をコクトとミオンが放った。しかしそれは平均的なキルクルスに対しての定石だ。


「全員、強で撃ちますよね?」


 ユナックはもうキルクルスを倒すことしか考えていない。救護の役割を振り当てることは難しいだろう。普段の彼なら適任なのだが。

 自分に戦況を預けられたとしたら、役不足だ。しかし好きにさせてもらおう、とヨダカは決する。救護は自分にとって大切な事柄だ。


「ぼくが最後だ。ミオン、君は撃つな。救護を優先して欲しい。三人の火砲が終わるまで艀に降りずに飛んでいるんだ。ぼくはハモネイの援護飛空機で酸素と命綱をもらってから撃つ」


「命綱って……全力で撃つつもりかよ?」


「そうだよ。アロイライの兵が仕留めないと、コクトたちのハモネイに横取りされるだろう? あんなにデカいんだ。仕留めたら、褒賞が出るよ」


 要塞からアロイライの飛行機発射は望めないだろう。おそらくナリー魔導術師は限界だ。

 あとはここからの離脱方法だ。

 水翼船を使うだろうが、要塞から出る気配がない。本陣も混乱しているのか。イルビリアのデビュタント成功の興奮でキルクルスの発見が遅れたとしても、準備している段階だと信じたい。


「アデル、君はミオンの海中発進後に飛んでくれ。ミオン、君は救護だよ。いいね?」


 ようやく瞳孔が開いてきたミオンに再度指示する。

 彼女は頷いた。返事を言葉にしろ、と再度言うのはやめておいた。言葉にする力を使命に使うことを願う。何より救護役はこの場に留めておく意味が強い。

 彼女は残る力を使って父母の住む家に向かいたいだろう。大変な危険が迫っていると、避難を促したいだろう。痛いくらいそれはわかる。かつてヨダカがそうだった。そして実行した。しかしここが神なき島である限り、それは別の悲しみを産む。


 やがてザブザブと波が立ち、艀が揺れ始めた。

 海を押し上げて浮上したキルクルスの傘は、ここから見ると島のようだ。遭難中の水夫なら、喜び上陸するだろう。

 耳が壊れるほどの産声をあげ、青黒い傘はミチミチと音を立て空へ伸び始める。眩いほどに白い軸が見え始めた。キルクルスを寝ぐらにしていた魚だろう、ポロポロと落ちていく。


「これは母体ですね。軸が伸び切るまで、もう少しかかるでしょう」


 ユナックが言った。

 この大きさを目の当たりして、平静を保てるのか。平均の倍はあるというのに。興奮剤を譲らずに打っておけばよかったな、とヨダカは後悔する。


 飛空機が要塞から飛んだ。型からいって、ハモネイ領の援護機と見て間違いない。

 自領の迎撃を決定する白色の染色弾も同時に上がる。


「ユナック、君が軸の伸びきりを判断するんだ。ぼくは飛空機へ向かう」


「はい。軸の上部にある濾過器官の自損による微痙攣を確認後、殺しに飛びます」


 ユナックの言葉遣いを聞いてひとしきり不安になる。考える時間はまだある。なら少しだけ考えよう。ヨダカは気を落ち着ける。

 キルクルスの進行方向の横から火砲を撃てば、触手は少ない。回り込む分の血も節約できる。退避する艀も近くなる。湾になっている陸に向けて撃つ危難な策だが、的は巨大だ。大丈夫だろう。最悪なのは、盲目的になり撃つ前に伸びてくる触手によって海に落とされることだ。


「君たちはここから真っ直ぐに飛び、キルクルスの横から撃とう。軸下部にある心部のみを狙う。コクト少尉、闘志沸るユナックと共に伸び切りを見てくれ」


「了解。ユナック、お前はアデルの次だからな。これが終わったらいい所連れてってやるからな。命令は守れよ?」


「コクトが言うと、説得力ないね」


 そう無理矢理に笑うと、コクトも笑った。

 キルクルスは月を隠すように伸びてゆく。



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