49、オルタナシア療養院研究所(8)
ヨダカが部屋に戻ると、ユナックがぎょっとした顔で出迎えた。
「み、水を持って来ます」
彼はガタンと椅子を鳴らす。水差しを持ち上げると中身が音をたてたが、彼は構うことなく部屋を後にした。
それほど、自分は酷い顔をしているのか……。
過去、ユナックには「御用があるなら、なんなりと仰って下さい」と何度か言われた事がある。たいていヨダカが鬱々としている時だ。彼は近付かない気遣いをしてくれる。
そんなユナックが、一目で逃げ出すような顔をしているのか。
彼は新しい水差しとコップを持ってくると、机の上の紙束をまとめ、急いで部屋を出ようとする。
その背にヨダカは声をかける。
「酒にしてくれ」
そう言って、貨幣の入った包みを投げた。
三日が過ぎると、ユナックは酒保から手に入れた蒸留酒を水で薄めて渡して来た。シーダーは熱い風呂を勧めてくれるが、断った。彼らは流石に何があったのか、聞こうとする。ヨダカはどう答えていいのかわからない。だから、首を振って扉を閉める。
ジョルグに紫の紙を突っ込まれた感触がまだ続いている。
千年前の遺跡にいた赤子……。
頭の中で事実と仮定が輪舞する。酒を飲んで無理矢理寝ても、起きれば、またぐるぐると考えてしまう。
遺跡に生きた人間がいたのは、果たして本当なのだろうか。
もし本当ならば、先代のレンヴォルフに協力していた庭師の男は、女と赤子と言っていた。つまり彼は服装で女とわかり、大きさで赤子と見てとれたのだろう。自分はその女ではない。
では、黒髪と茶色の目の赤子は……?
そこで、堂々巡りが終わってしまうから、また疑問点を洗い出す。
ジョルグが掘削した男の話を聴かせたということは、おそらく……。それに自分の体にいる極小のキルクロピュルスなら……。
そもそも何故、ジョルグは自分に聞かせたのか。しかも、これから起こる事の予測も対処も言わずに去った。もっと深い闇が自分にはあるのか。それを餌に、さらに自分をゴルグランドへ取り込むつもりか。
逸れていく論点を許しても、やがてまた遺跡にいた赤子に戻ってしまう。
事実をどうにも飲み込めない。理解した事実をとぼける事は出来るが、これは道化を楽しむ娯楽ではない。自分自身の出生である。ちゃらけた笑いを振り撒いても、何の得もない。
窓の外が闇に沈むと、赤子が薄く目を開くのを想像してしまう。見たことがない痩せ細った子は、頭の中で鮮明さを増す。ヨダカの昔の体、孤児院の白婦に指でなぞられた垂れ眉や、短いもみあげが加えられる。
——助けてあげなよ。
——もうきみにしかできない。
ヨダカは酩酊する頭で、雨が窓の縁を濡らすのをじっと見た。夜が侵食するように、木枠の雨跡は黒く、部屋の中に入ってきている。
ハモネイとの調停前、夢の中で聞いたエマの言葉は呪いのようだと思った。
アンジトックであれだけ酷い目に遭ったのにまだ足りないと、自分は救われない立場であると示すような、何かの犠牲になれと言われているような、そんな台詞。千年も生きているのなら、もういいじゃないか、と。
ガブガブと酒を流し込むが、もう既に輪舞は終わっている。
自分はおそらく化け物だ。
認めるしかないのだろう。何一つ覚えていないが、千年前に生まれ、今まで生きてきたのだ。
体液を火砲に変え、時を止められた飛空兵だ。多少は化け物の自覚はあったが、その最たるが自分なのだろう。戦友の亡骸に移し替えても、生かさなくてはならない特別な化け物なのだ。
……エマは知っていたのだろうかと、ふと思う。あの仄暗い地下の研究所で、何が行われているのか、彼女は知っていたのだろうか……。




