表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/55

22、帰巣する雛たち(7)



 そのあと研究所から解放されたイルビリアには、食事の時間さえずらせば会うことはなかった。

 ディグナー隊長が言うには、記憶には問題がないとのことだ。ではどういうつもりなのか聞いても、彼女は答えないらしい。


「聞き出してくれないか?」


 と言われたが、隊長は半ば諦めていた。生返事のヨダカが聞くなどあり得ない、とわかっている。隊長や爵位の返事の催促もなかった。



 夜に療養院から戻ったユナックを部屋に呼び、小さくなった服を譲り、話をした。

 予想通り、サリエ少佐に茶に誘われたとき、アーザック中尉から記憶が無くなる件は聞いたらしい。


「隠していて、すまない」


 そう謝ると、ユナックはいつもどおり笑った。


「大尉が父親になってくれた感謝に変わりありません」


 その笑顔に自分より大人だ、と感じる。彼が隊長や爵位を受ければいいと思えるほどに。

 何なら大尉という階級も下げてくれとすら思った。派兵料を釣り上げるためだけに、ハモネイは簡単にコクトを少尉にしたのだ。その逆だってできるはずだ。



 翌日からキルクルスの予兆がまったく無くなり、さっそくエレノカ准尉から食事に行かないかと言伝があった。


 昼に店で落ち合う約束をして、魔導術師や護衛の兵士を玄関前に揃えていると、候補生のセドニーとルイズがデートだ、と別邸の窓から身を乗り出して囃し立てた。それなら徽章やボタンの光る上着なんて着て行かないさ、と教えてやる。自分は金ボタンの将校であり、彼女は銀ボタンの下士官だ。最低限のエスコートもしない。


 港街は元の姿を取り戻しつつあった。

 馬車道では他の街や村から来た商人たちが、キルクルスの骨の回収で稼いだ金を目当てに荷馬車で店を構えていた。キルクルスの波状音で硝子が割れた窓は木板で閉じられていたが、道に置かれた飯屋の看板にはいつものメニューが書かれている。


 よく使う店に入ると、見知った客や店主から労いの言葉をかけられた。いつもと同じ、奥にある高い衝立で隔たれた席へ向かうと、すでにエレノカが座っていた。


 彼女は装備品が好きで、自身も鍛治の心得がある。そう言った点で、趣味の話を気兼ねなく話ができる。いい気分転換だと思ったが、全力で撃ったのが知れているのか、昔話が多かった。料理が運ばれてきてもそれは続き、何を忘れているのか探られているように思える。


 来週から始まる露店市についての話題を振って、のらりくらりとはぐらかして、食後の茶も飲まずに、小一時間で食事を終わらせた。


 エレノカはもう少しだけ時間はありませんか、と聞いたが断った。その時間も詮索に使うのなら、彼女の非番が無駄になってしまう。



 別邸に戻ったあと、下働きが使う食堂と調理場を兼ねている部屋で、白婦に紅茶を入れてもらう。街で買った焼き菓子を渡し、自分の分は断った。

 ぼうっと窓の外を眺めていると、裏庭を洗濯婦が通った。不自然にならないよう茶を飲み干し、洗濯部屋に行く。


 ヨダカの顔を見るとテレゼは久しぶりね、と言った。


「大尉さん、怪我してたの?」

「うん。最近、治ったんだ」


 しばらくテレゼは汚れ物を籠に詰めていた。ベッドに敷く布にひどい砂汚れがある。男子候補生の仕業だなと思いながら、彼女に時間があるか聞いた。


「……いいわよ。仕事があるから、少しだけど」


 テレゼはポケットから小さな巾着袋を出して、ヨダカに渡した。開くと長めの古釘と石が入っていた。


「廊下へ続く扉に軽く打ってくれる?」

「用心深いんだね」

「こういうこと、知られたくないの」


 扉の下、ドア枠と固定するように、二箇所に石で釘を打つ。釘の頭は浮かせておいた。その間に彼女は裏口の錠を掛け、エプロンを取り、ブラウスのボタンを半分だけ外す。


「胸当ては取らないで」

「ずらすのもだめ?」

「上にならいいわ」


 テレゼは十八にしては老けた顔をしている女性で、要塞にいるときに、自分を買わないか誘われたことがあった。


 咳が止まらない妹のために金が必要らしい。両親は他界して、ランプーリに住む叔母家族に世話になっているという。


 ヨダカは装甲のために身体中に穴が空いている。そんな気味の悪い男をなぜ誘うのか聞いたら、口が硬そうだからと言った。


「叔母たちと住んでいる手前、酒場の女みたいに客を取ることができないの。ご飯と少しのお金は恵んでくれるわ。でも洗濯婦で稼いだお金と足しても、毎日薬を飲ませられない。キルクルスが出ても女じゃ回収船には乗れないし。だから、あなたみたいに余計なことを言わなさそうな人しか誘わないわ。その気があれば、声をかけてよ」


 飛空兵は男女ともに子供は成せないことはわかっている。面倒ごとに巻き込まれなければ、ある程度の自由はある。


 今どうしても、というわけではなかった。それならエレノカと別れたあと、酒場に行っている。

 しかしテレゼの姿を見た瞬間、洗濯部屋に行こうと思った。部屋の前で護衛を待たせたり、酒場の男たちに調子を聞かれたり、女の子としているみたいと言われたり、そういうのが今は余計だった。


 彼女は数日分の薬代しか請求しなかった。酒場ではもっと払うよと言っても、服を直しながら首を振る。


「お金が急に増えると、怪しまれるわ。だから、また呼んでくれる?」

「時間が合えば」

「ありがとう。このこと、誰かに言うのはやめてね。とくに白い軍服の人たちとか」


 白い軍服は研究所の技官のことだ。


「どうして?」

「あの黒髪に空色の目の、とても綺麗な子がいるじゃない。時々、紫目の貴族と要塞に入って行くのを見るわ。あの子って、あなたの恋人なんでしょう? 知られたら、怖いわ」


 シナギとは同じ孤児院で育ち、お互い他に頼る者はいない。彼女が結婚するときに親代わりになるのが、ヨダカの役目だ。シナギはタキオン兄妹でいうなら、兄にくっ付いて離れないヌノランだ。


「……恋人に見えるの?」


 テレゼは鋏を戸棚から出し、扉に打った釘を抜いている。刃こぼれしそうだ。


「屋敷ではそういう噂だけど、違うの?」

「うん、違うね」

「そうなの。でも、誰にも言わないで」

「わかってるよ」


 その噂について、自室に戻りながら考えた。事情を知らないなら、そう見えるかもしれない。

 ベッドに寝転がり、ポケットに入れていたブローチを取り出す。兄のような飛空兵と恋仲の噂など、シナギは迷惑だろう。こういうものを渡すのは控えた方がいいのか。

 アカシアにでも聞いてみるか、と思ったが、気怠い体をもう一度起こす気にはなれず、そのまま瞼を閉じた。





 二日後、突然ディグナー隊長の副官ハドラックがやって来た。

 ヨダカは鎖帷子の手袋をはめて、調理場で包丁や鋏を研いでいた。


「好きですねえ。でもお怪我が心配です」

「立て付けの悪い戸や鍋の凹みも全て直したら、やることがなくなったんだ」

「せめて冷却のできる魔導術師を呼ばなくては」


 ハドラックはそう言って、ヨダカの手から鉄の手袋を取り、まじまじと点検した。誰かが告げ口したのかと考えたが、彼の口ぶりは注意しに来たわけではなさそうだった。


「今からシーダーを呼ぶよ」

「残念ですが、しばらくは本邸からは出られません。フィオリ大佐とディグナー隊長がお呼びです」


 それで母体の取り分について、ハモネイと揉めていることを思い出した。嫌な予感ではなく、嫌な事しか起きないだろうな、と思いながら向かう。


 通された豪奢な部屋にはディグナー隊長とフィオリ大佐、辺境伯軍の武官たちが大きな机を囲み、自分を待っていた。


「ヨダカ大尉、半分よ。たった半分。それでいいから、必ず獲るわよ」


 フィオリ大佐の眼光は、帝国一美しいと言われる面影を消し去り、数日間飲まず食わずの獣の方が可愛らしいと思える。


 ランプーリの噴出孔でキルクルスの素材を優先的に手に入れてきたが、それももう終わりだ。

 これからは昔のようにたまに流されてくるのを待つか、遠征に駆り出されることになる。遠征で待機すればいくらか融通してもらえるが、飛空兵の少ないアロイライではたかが知れている。

 その前に馬鹿でかい母体は何としても手に入れておきたいのだろう。


「イルビリアが最後に撃墜したんですよね? なら、アロイライで割合を決められるのでは?」


 末席に着席したヨダカがそう聞いた。

 他領の援護隊がトドメを刺せばその所有権はその領に移るが、今回は自領のイルビリアだ。なぜ揉めているのか、その詳細がわからない。

 フィオリ大佐はディグナー隊長に視線を送る。

 

「候補生はストラ島域共闘軍ではないんだ。ミルド共闘軍基地に将官学院はあるが、それは本土の分院でガンドベル帝国軍の持ち物だ。イルビリアたちは帝国軍に所属している。もちろんアロイライ辺境伯軍の兵士としてだ。卒業後に共闘軍へ編成されるが、それも帝国軍の通達がなければいけない。つまるところ、イルビリアは早急に必要な自領の防衛をしただけなんだ」


 フィオリ大佐は紅茶に砂糖を入れながら付け加える。


「でも帝国はキルクルスの残骸の所有と売却の権利をストラ島の辺境伯たちに認めているわ。たとえ帝国軍のイルビリア候補生が仕留めたとしてもね」


 そんな基本すら知らなかったヨダカを、文官たちは不安そうに見てきた。悪いけど名ばかりの大尉なんでね、と開き直って聞く。


「帝国軍と共闘軍の住み分けは、飛空兵やキルクロピュルスを島外に出さないためですか?」

「そうよ。それでも将官学院に一時的に入れるのは、若年兵の倫理教育のためよ。気に入らない上官へ火砲を撃ちに行く輩が飛空兵なんて、もう時代遅れなのよ」


 それはハモネイ領やヨナマルク領で何度か起こった信じられない事件だ。


「では共闘軍にしか、キルクルスの討伐は許可されていないんですか?」


 フィオリ大佐は紅茶のカップに目を落としたまま、首を振る。


「いいえ。辺境伯たちが交わした協定の中に共闘軍があるのよ。それを帝国が承認している。それだけ。別に誰がキルクルスを倒したってかまわないわ」

「……兵士でもなんでもない農民が、頑張ってキルクルスを退治したら、その場合は全て、農民のものになりますか?」

「すごい農民だな」


 ディグナー少佐は笑い、フィオリ大佐は一口紅茶を飲んだ。


「農民のものではなく、農民の住む領地の所有となるわ。そこに他領の農民が協力していたら、話は違うけれど」


 イルビリアがデビュタントで倒した一体目は、確実にアロイライ領のものにできるのは、なんとなくわかった。


「候補生はいずれ共闘軍に所属するのですよね?」

「今のところ、飛空兵は必ずね」

「……イルビリアはアロイライ辺境伯軍の飛空兵なのに、共闘軍ではなく帝国軍に所属しているから、共闘軍の他領の兵士が援護した以上、撃墜しても限りなく部外者とされるのですか?」

「ええ。そういうことよ。限りなく部外者、まさにそれよ。あの撃墜は帝国軍の援護になるのだから、ぴったりな言葉ね」

「でも帝国軍に所有は移らない」

「そうよ。頭が温まってきたみたいで安心したわ」


 混み入ってるな、とヨダカは思った。


「駐在の派遣兵であったコクト少尉が最後に撃墜することがありましたが、それは良かったんですか?」

「それはちゃんと共闘軍を通して、ハモネイ領と契約を交わしているから問題にならないわ。彼が撃墜しても、アロイライ領に所有権も分割権もある」

「つまり……」


 と言って、言い淀む。


「つまり……契約を交わしたコクト少尉や候補生である帝国軍兵士を抜いた上で、どれだけ母体撃墜へ貢献したか。それで取り分を決めたんですか?」

「そうよ。共闘軍に派遣されている中央政府武官の調停のもと、一度はハモネイと折半で清算することが決まったわ」


 それは揉めるはずだ、と遅ればせながら理解する。今の話だと、貢献した兵士はアロイライはヨダカだけになる。かたやバーチ隊は六人。よく半分まで持ち込んだな、とフィオリ大佐を見つめる。彼女は紅茶を飲んだ後、カップを睨んだまま口を開く。


「でも、あの髭ばかり立派なジジイ閣下が諦めないのよ」


 ディグナー隊長が細巻きに火を付けると、副官が窓を開けた。


「今朝、ミルド共闘軍基地からアロイライ辺境伯が出した伝書が届いた。ハモネイ辺境伯は、中央政府武官殿を説得して、あと一度だけ調停を開く約束を取り付けたらしい」

「だからイリルークたちだけ残して戻るのは反対だったのよ。絶対に調印まで押し切りなさいよ、ってあれだけ言ったのに。どうせぽやぽやして、揚げ足取られて、丸め込まれたのよ」


 イリルークとはイリルーク・アロイライ辺境伯のことである。フィオリ大佐とは幼馴染みで、ディグナー隊長が言うには、二人は俺が止めなきゃ何回か決闘に発展した喧嘩があった、らしい。


「大佐、その辺にしておいてくださいよ」


 と隊長が慣れた様子で宥める。

 この場にいる武官たちは辺境伯の直属の部下だ。上官を貶す言葉に、勇気をもってフィオリ大佐を睨む者がチラホラといる。しかしギッと大佐が見渡すと、武官の視線は上へ下へと外された。


「ハモネイ辺境伯は、援護隊を率いていたバーチ大尉を連れて、ランプーリまで来るわ」

「ルタハトの噴出孔が活性化したのでは?」

「ええ、それでも来るわ。イリルークのせめてもの心遣いでしょう。私たちに落ち着いて向かい撃てるように調整したの。アロイライ唯一無二の本隊兵ヨダカ殿の体調を慮り、ハモネイ辺境伯がわざわざいらっしゃるの」


 はっ、と短く笑ってしまった。


「中央政府の武官殿も、ですか?」

「もちろんよ。大怪我したあなたのために、みんなここに集まるのよ」

「すっかり治ってしまいましたけれど?」

「もう一度怪我をするのは、二日後の調停で折半以下になったらにしましょう」

「……冗談ですよね?」

「あなたが飛空兵じゃないなら、わりと本気だわ」


 そうですか、と言う自分は苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。

 ディグナー隊長がくつくつと笑う。この人はこういう場所は好きではないはずだが、自分より不慣れなヨダカを見て楽しんでいるのだろう。


「腹をくくれ、ヨダカ」

「わかっています。いつ、いらっしゃるんですか?」

「三日後だ」


 明日でなくて良かった、と思うしかない。

 フィオリ大佐は紅茶のカップを机の脇にどける。

 

「では飛空機で何があったか、教えてちょうだい」


 大佐の鋭い視線を受け、ヨダカは出された水を半分ほど飲む。飛空機に上がってからのやり取りを覚えている限り、事細かに伝え始めた。


 バーチ隊が援護開始の赤色染色弾前に勝手に出撃したのは、多くの人が見ただろう。そしてあの女は他領といえ、街ごと人質にして栄光を手に入れようとした。しかもヨダカに酸素をまともに吸わせず、供給する瓶を途中で落とし、コクトに発砲するおまけ付きだ。

 全て言い終わると、フィオリ大佐は口を斜めにした。


「良かったわ。だいたい思っていたとおりよ。海に落とした酸素の瓶は回収してあるのよね?」

「はい、三つあります。ハモネイ辺境伯軍の刻印が確かにありました。軍品で間違いありません」

「コクト少尉の鎧は? たしかアロイライの貸し出しよね?」

「すぐに持ってきます」


 フィオリ大佐は事実を精査するようにトントンと机をペンシルで叩いた。それから立ち上がり、部屋を見渡す。懸念がないか確認するように、一人一人を見て、最後にヨダカに目を留める。ツカツカと歩き、キルクルスの骨と同じ白亜の軍服の裾をはためかせる。ヨダカが席を立つと、彼女は目の前で立ち止まる。


「調停はその場にいた本人たちのやり取りに絞られるわ。なぜ援護隊が先行して飛んだのか、ヨダカ大尉が説明をしなさい。仲を取り持つ中央政府の武官殿に、どれだけあの女が卑劣か紳士的に訴えるのよ」


 彼女がそう言ったら、そのとおりにしなければならない。多少仲が良くても、貴族と平民だ。自分が努力を怠れば、彼女の部下であるシナギに迷惑をかけるかもしれない。


 フィオリ大佐がそのまま退室すると、ディグナー隊長もそれに続いた。頑張れよ、と細巻の入った包みを餞別で置いていく。


 ヨダカの周りの席に武官たちが移動し、実年齢と同じくらい、三十半ばのアルバロと名乗った武官がヨダカの左に座った。


「あちらが千言並べても、共闘軍規に違反して横取りを始めたのは変わりありません。それに水翼船が向かっているとは言え、ユナック候補生たちの離脱も整っていない状態でした。救助が間に合わなければ、彼らはキルクルスの撃墜の余波で海に飲み込まれていたでしょう。こちらはそれらを不問にする、という切り札を持っています。詰めていけば、必ず折半には落着します」

「しかし、発言者がぼくだから、泥のかけ合いになるんですね?」


 と言うと、取り繕うことなくアルバロが続ける。


「たしかに大尉が五年前に記憶を無くしたのは、アロイライにとって痛手です。ハモネイ辺境伯も承知ですし、共闘軍の記録にもあります。そんな兵士の発言は信用に欠ける、彼らにそう言われてからが勝負でしょう。そこにお供するのが、我々の仕事です。必ず折半にしてみせます。ですから、どうかご協力を」

 

 そう改めて言われると、やはりバーチはそれを踏まえてあんな行動に出たのだと思った。ヨダカの目の前で「飛べ、飛べ」と隊員を押し出し、違反行為を見せても、どうとでもできる自信があったのだろう。ユナックかアデルを連れて行くべきだった。


 勝ってこそ戦士、というハモネイ辺境伯軍の武勲を重んじる精神は、捻じ曲がると抜けない釘のように厄介だな、と奥歯を噛む。


 それから調停に向けて辺境伯邸で寝泊まりした。

 途中、バーチを知るユナックが呼ばれ、ディグナー隊長の代わりに応対していた彼の次男アーザック中尉も部屋に訪れた。ランプーリではどんな行動をしていたか、隙があれば針を刺すところはないか、武官たちは細かに聴く。


 数人の白婦たちも呼ばれ、アカシアもその中にいた。彼女は驚くほど公平な意見しか言わず、むしろコクトを非難し始めた。療養院に避難していた港の町娘を口説いていたという。それをバーチが注意してくれたのだと白熱すると、尋問はものの数分で終わった。

 ヨダカはそれがバーチからもらった酒樽を守るための作戦だと勘付いている。武官たちは酒樽のことは知らないようだ。言うか、言わまいか迷ったが、けっきょく内緒にした。部屋を出ていくときの友人の睨みには勝てない。


 それから質疑を予測し、その答えを叩き込んだ。目線まで事細かに直される。

 最初、提示された案はハモネイが七割で、アロイライが三割だったらしい。飛空兵の数で劣るのに、それをフィオリ大佐が折半で一度落着させたのだ。自分が減らすようなことになってはならない。

 しかしヨダカは弁論などしたことがない。


「挑発されても絶対に乗らないでください」


 と何十回と言われた。どうやら顔に出るらしい。そういうときはため息ですよ、と諭されたが、「人の身体を借りてまで生きている人間に、道理を問うことを言われても、片腹痛いですよ」なんて言われたら、顔をしかめたくなる。もちろんそれはバーチの言葉を予測した武官の仮想の発言だ。しかしそれを予測するためには着想しないといけない。


 ヨダカが黙ったままでいると、その度にアルバロはバルコニーに連れ出し、外の空気と煙草を吸わせた。

 何度目かのそのとき、ずっと無言であったのに、アルバロは海の向こうの港街を見ながら、話し始めた。


「私はこの話を聞いて、上官を押し退けてフィオリ大佐に熱弁を振い、担当武官になりました。これに見覚えはありますか?」


 彼は古い鉄製の煙草ケースをヨダカに見せた。胸がカッと熱くなる。覚えているに決まっている。これは故郷の金物屋の親方が造ったものだ。


「……まさか、あなたはチャバリア男爵のご子息ですか?」

「はい。父の形見です。私は庶子ですが、チャバリア家の厚情で形見を頂けることになり、譲り受けました。もっと見事な鞘が欲しかったんですが、さすがにくれませんでしたね」


 チャバリア男爵はアンジトック周辺を管理する男爵家だ。キルクルスが上陸したとき騎馬でキルクルスに立ち向かった馬鹿男爵と言われているが、その実、エマやヨダカの救助を指示されたに過ぎない。


「いずれ、あなたのお役に立ちたいと思っていました。五年前、私はあなたの勇姿を見ていました。あなたは故郷を自身の限界まで守ろうとした戦士です。父はそれを讃え、先頭をきって馬を走らせました。あなたは間違いなく英雄です。それはアラン・チャバリアの息子、私アルバロが保証します。だからどんなことを言われても、胸を張ってください」

「……いつ言うか、迷ってましたか?」

「ほんと釣れない人だな」


 と笑った顔を見て、親方が渡した鞘に目を輝かす男爵を思い出した。少しは信用できるか、とヨダカも笑う。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ