量子力学=恋?
「ねえ筧君、量子力学って知ってる?」
「え?」
僕と榊さん以外誰もいない、放課後の教室。
日直だった僕たち二人は並んで黒板を拭いていたのだが、榊さんが唐突にそんなことを訊いてきた。
量子力学……?
「うーん、名前くらいは聞いたことあるけど、具体的なことまではわからないな」
「ふふ、私も聞き齧った程度の知識しかないんだけど、何でも量子っていう目に見えないくらいとっても小さい物質は、誰かに見られてる時だけ挙動が変わるんだって。その謎を研究する学問らしいよ」
「は?」
そんなバカな……!?
「不思議だよね。心を持たないはずのただの小さな粒が、見られてると意識しちゃって、いつもとは違う行動を取っちゃうんだよ」
「……にわかには信じられないけど、そんなファンタジーの世界みたいなこと、現実にもあるんだね」
「うん、でもこれって、ロマンがあると思わない? ――量子も、恋をしてるってことなんだよ」
「んん??」
榊さんは両手を胸の前で合わせながら、うっとりとした表情を浮かべた。
こ、恋??
「誰かのことが気になると、自然とその人のことを目で追うようになって、見られてる側もそれに気付いて目が合う機会が増える。そんな日々を重ねていくうちに、段々お互いのことを意識するようになって、いつしかそれが恋に変わる――。ね? 量子力学っていうのは、恋を研究する学問でもあるんだよ」
榊さんは木漏れ日みたいな暖かい笑みを浮かべて、小首をかしげた。
そのあまりにも甘い仕草に、僕の心臓がドキリと一つ跳ねる。
「……なるほど、言い得て妙ではあるね」
動揺を誤魔化すため、さりげなく黒板を拭く作業に戻る。
――が、
「……私たちもさ、授業中とか、よく目が合うよね」
「――!!」
榊さんからの爆弾発言に、思わずフリーズした。
さ、さささささ榊さん……!?
「……何でだろうね?」
「……」
目を合わさずに黒板を拭き始めた榊さんの頬が紅く染まっているのは、窓辺から射す夕陽のせいか。
それとも――。
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