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夜空に瞬く星に隠れて

作者: 貴嶋 司


 勇気が気づいたのは、夏の日だった。

 太陽が真上を通過して、やがて陽が傾き始めた頃にそっと花開く君。

 寝ているところにこっそりと悪戯しては、ゆっくり彼の心に沁みこんでいった。


 夏の夜、太陽が沈んでも空は薄明るく雲が見える。裏色の中に咲く花。

 青々とした葉っぱに負けじとショッキングピンクに花開く小さな花々。

 その花は、彼らを繋ぎとめた大切な花だった。



 オシロイバナは今も、夜空を見上げて咲いていた。



-*-*-*-*-*-*-



 「ゆぅーうーきぃくーーんっ あーそぉーぼぉーーーー」


 季節は夏、家に熱気が籠らないよう開け放たれた玄関に立って律儀に叫ぶ女の子。

しかし返事がないことから女の子は、勝手知ったる我が家の如く縁側へと向かう。

足を進めればお目当ての人物は仏間で大の字になって寝ていたのを見るとにんまりと笑っている。

そしてくるっとピンクのスカートの裾を広げて振り返り外へ戻っていった。


しばらくすると女の子はピンク色のものを持ってきて縁側から仏間に上り込む。

くすくすと笑いながら、寝ている子に悪戯をしているようだ。

悪戯をされても、まったく気づかず寝ている子の指に何かを擦って満足したのか女の子はまたどこかへ消えた。

また戻ってきた女の子はしばらく縁側に腰掛けて足をプラプラしていたが、やがて眠くなったのか座敷に上がって横になった。

そしてうるさい蝉の声とは対照的に静かに寝息だけが聞こえてくる。

心地よい風が吹き始める時間帯を知ってか、二人はとっぷりと束の間の眠りについたのだった。



-*-*-*-*-*-*-



 「げっ またやられた」と苦虫をつぶしたような顔をしているのは勇気。

勇気は夏に昼寝をしているといつも悪戯されるのだ。

そして犯人は、だいたい横で寝息をたてている桐子。

某推理漫画の主人公ではないが、犯人はいつも指に証拠を残しているから。


くうくうと小さな寝息を立てて丸くなって眠っている桐子のそばに行って鼻を指ではじく。


 すると「ひぎゃっ!」と変な声を上げたかと思うと、眉をしかめて顔が歪む。

少し赤くなった鼻を押さえるように紅く染まった手が動いたのを見て勇気は笑った。

桐子が小さくうめいて目を開けた時、勇気は大きく伸びをして縁側から庭を見ている。

勇気は桐子が起きた事に気づいていない、それを知ってか桐子は勇気の背中を見ていた。


 二人は親同士が友達だった事もあり、よくこの家で遊んでいた。

共働きの親が働いている間の夏休みは、もっぱら勇気の祖母が住んでいる実家で過ごしてきたのだ。

今日も午前中に宿題を終わらせた桐子が来て昼寝をしている勇気に悪戯をする、それが毎日の日課になっていた。



 「おまえも懲りないよな。俺の爪染めてなにが楽しいわけ?」


 勇気が薄紅色に染まった爪先を桐子に見せて言うと桐子は表情も変えない。

「私の短い爪より女爪じゃん。塗り甲斐があるっていうか爪きれいだよね?」

そういってニッコリ笑う桐子に毎度の事ながらふて腐れる勇気。いつものやりとりなのである。


 オシロイバナが咲くこの時期に昼寝をしていると、ちょうど開花するいい時間帯なのか咲いた花を摘んでは勇気の爪を染める桐子。

幼少期に母親が爪をマニキュアで染めあげたのを憧れてやり始めた爪染めも気づけば、勇気の爪ばかり染められていた。


 けれど、今日の桐子はいつもと違った。

指先はいつもの如く薄紅色の花の色で染まっているが、爪はそれよりも輝いて見える。

勇気はそれを言わなかった、気づいていても、だ。

少し照れくさそうにチラッと盗み見ては頭をかく。


 今日は夏祭りの日なのだ。地元のささやかな夏祭りは毎年二人で遊んできた。

けれど去年と違うのは、勇気が気づいてしまった事。

少し照れくさくて距離を置き始めてからの初めての夏祭り。

まだ二人をはやし立てる者はいない。

でもなんだか恥ずかしいのか勇気は落ち着かない様子だった。


「ねえ、今日は何時集合にする?」


 しばらく勇気の背中を見つめていた桐子が声を発した。

桐子が起きていた事に気づいた勇気は「何時でも。あ、でも射的したいから早めがいいな」と振り返って答える。

返事を聞くや否や飛び起きた桐子は「それじゃ準備してくる」と言い、スタスタと縁側に脱いだサンダルを履く。


「へ?まだ早いんじゃね?」


 まだ陽が暮れてもいない、いつもよりも早い帰宅に驚いた勇気に「女の子は準備に時間がかかるのー」と言って桐子は笑って消えていった。

唖然とした顔のまま一人、勇気は縁側に取り残された。



-*-*-*-*-*-*-



「ったく。あんなに早く帰ったくせにまだ準備に時間がかかるのかよ」


 ふて腐れても律儀に家で待っているのは勇気。

準備に時間がかかると言われて帰った桐子がどんな格好で来るのかも気にせず、あの後ゴロゴロしていた。

日が暮れはじめたし、とジーンズに黒のTシャツを着ただけ。いつもと変わらない格好だ。


 早くいかないとお目当ての物がなくなるとでも思っているのか、少し苛立っているように見える。

そこにカラコロと音を立てて現れたのは、紺色の浴衣を着た桐子だった。

普段おろしている髪は、後ろでふんわりとまとめられている。

灯りに照らされて浮き上がった見慣れない首筋に気づいた勇気は言葉が出なかった。


「どう…かな…?ヘンじゃないよね?」

少し照れくさそうに首を触る桐子の手もまた勇気の視線を釘付けにした。


「ヘっ、ヘンじゃねぇよ! ……い、いんじゃねーの?知らないけどっ」

吐き棄てるように勇気は言い、頭をクシャクシャと掻いて顔を背けた。

桐子からは逆光で分からなかったかもだが、勇気の顔は少し赤くなっていた。


「…そ、そう?それならいいけど」


 緊張していたのか、桐子の顔がほころぶ。

勇気も照れくさそうにしていたが「いくぞっ」と言い、そそくさと目的地へと向かい出した。

カラコロと音を立てながら桐子は勇気の後を追いかけるように続いた。


 

 しばらく歩くと小学校が見えてきて、その先にある広場にある夜店へと向かった。

そこは提灯の明かりに照らされて、時折足元を照らす照明にカナブンなどの虫が勢いよくぶつかる音が聞こえていた。


 勇気はお目当てである射的の店に向かい「おっちゃん、1回な!」と言って玉を渡される前に景品を探していた。

去年も置いてあった景品を見つけると、念入りに空気鉄砲を選び、先にレバーを引いてコルク玉を詰める。

これをすると圧が増して勢いよく飛ばすことができるのだ。

狙いを定めて発射するが、パンッと音が鳴り隣に置かれたキャラメル箱が倒れた。


 桐子の喜ぶ声とは裏腹に、小さく舌打ちをした勇気はまた玉をこめる。

桐子がテキ屋のおじさんからキャラメルを貰っている間に勇気が放った玉は透明な箱に当たったが、ズレただけでそれは落ちなかった。


「あと少し…」


 ボソリと呟いた勇気は景品しか見ていなかった。

一方、桐子は射的になると夢中になって周りの事を忘れる勇気のそばでそれを眺めているのが好きだった。


 昔は2人して金魚すくいやヨーヨー釣りをしていた。が、取れそうで取れない射的にハマったのは一昨年のこと。

桐子は的にすら当たらず早々に諦めたのだが、勇気は何度も通い詰めて、ようやく当てられるようになった。

だが、去年は当てられたのに景品が落ちなくてお小遣いがなくなって終わった。

今年はリベンジするべく、無駄遣いする前に射的を来たに違いない。


 それを知ってか、桐子は何も言わず見つめていた。

桐子が去年取れなくて諦めた景品を、勇気が狙っていたから。


 勇気が放った玉は、透明な箱に当たるもまたしても落ちなかった。僅かにズリ動いてはいるが。

悔しがる勇気にテキ屋の店主がニヤニヤしながら「どうする?もう一回やるか?」と誘う。

「もう一回!」と悔しそうに言いながら勇気はお金を払い、玉を貰う。


 少し前屈みになって、玉を放つがまた動いただけだ。

悔しそうにしながらも、勇気は頭を振って仕切り直しをしてか、また狙いを定める。が、またずり進むだけ。 

桐子も勇気の真剣な表情に息をのむ。

勇気は大きく深呼吸をして、最後の玉を込め、狙いを定め、放った。


 カツンと音がなり、下から左上を狙われた透明な箱は、よろめきながらゆっくりと後ろへ倒れ落ちていった。


「やった!」と勇気がガッツポーズをした。

的屋の店主が「執念だな…、ほらよ。おめでとうさん」と言って勇気へ景品の透明な箱を手渡してくれた。

勇気は受け取った景品をそのまま桐子へと渡した。


「お前、これ欲しがってただろ?やるよ」

少し照れくさそうに視線は斜め下を向きながら言うと、桐子は戸惑っていた。


 確かに、これは桐子が欲しがっていた景品だ。

透明な箱の中にはピンクの花を模ったモノが入っているのだ。

けれど、それは指輪なのだ。あの時は何気なく欲しがったけれど、今はつけていいのか悩む年頃になってしまった。


 どうしようかと桐子が悩んでいる間にしびれを切らした勇気は「今日は2個とれたんだから俺はキャラメル!お前はコレ!」と言って無理やり押し付けてくる。

そして勇気は的屋から離れて「今年は早く取れたからな!たこ焼き買いにいくぞ!」と一人先に歩いて行った。

桐子は渡された箱をジッと見つめて、蓋を開け、緩んだ顔を的屋の店主に見られている事に気づくと慌てて勇気の後を追いかけた。



 二人が射的に夢中になっている間に、花火を見るべく集まってきた人に桐子は圧倒され、勇気を見失っていた。

しかも着慣れない浴衣に下駄を履いている。

桐子がいつものように走れず、なんとか目印である夜店を探して歩いていくと急に手を引っ張られた。

突然の事に身を固くした桐子だが、引っ張ったのは勇気だった。


「どこ行くんだよ、桐子」

「勝手に行ったのは勇気の方でしょ?」


 桐子が探している間に勇気はちゃっかりとたこ焼きをゲットしていたようだ。

置いて行かれた桐子は、少しふて腐れたのか口が尖がっていた。


 それを察したのか勇気は手を離して脇に抱えてた袋を差し出すと「これも好きだろ?」と桐子に渡す。

渡したのは毎年買っていた綿菓子、中に2つ入っているから二人で買って分けっこしてきたもの。

桐子はそれを受け取ると持っていた透明なケースを巾着袋に入れた、人混みで落とさないように。


「それじゃ、今年もいつものとこでいいか?」勇気が問うと桐子は頷く。


 花火を見る場所を確認したのだ、まだ成長期な二人には人混みの中から眺めても満足に見られない。

何年か前に寝過ごして花火が打ちあがる頃、慌てて広場に行く途中に見つけた場所だ。

夜店から少し離れていて、少し下った所にある公民館の所まで歩くとベンチがある。

そこに座っても十分なまでに花火が見れるのだ。


 照明で照らされていた場所から公民館に向かう道は薄暗くて桐子は躓いてしまう。

前を歩いていた勇気のTシャツを掴んでなんとか事なきを得るが、突然引っ張られて勇気はビクッとしていた。


「ご、ごめん…」

俯き加減で謝る桐子を見て、勇気はまた頭を掻くとおもむろに左手を差し出してきた。


「…また、こけるとたこ焼き落ちたらかなわないから」

そういって前を向いて桐子の手を引っ張って歩き出す。

人混みから離れて静まり返った中、カラコロカラコロと下駄が鳴り響く。


 桐子は慌てた、手を引っ張られた事もだが、歩くペースに早歩きになっていることに。

「ま、待って。浴衣だと、いつもみたいには歩けないから…」

勇気は慌てて歩く速度を落とす、普段と違う事に気づいてはいたが歩きにくい事は知らなかったから。


 桐子の横に並んで歩調を合わせる。

「これくらいでいいか?」

左手はつないだまま、勇気は桐子の様子を伺うと「ありがとう」と目を細める姿を見てしまい、また顔を背けた。


 そうこうしているうちに、目的地である公民館にたどり着く。

誰もおらず、特等席であるベンチに座って花火が上がるのを待っているとそこにはオシロイバナが生えていた。

暗闇の中、青々とした葉っぱに、鮮やかに花開く小さな花々。


 元々、勇気の庭に咲いているオシロイバナはここに植えられていたのだ。

この公民館が老朽化し、建て替えられる際に撤去されてしまった花。

爪を染めたり、落下傘を作ったりと遊んでいた花がなくなった、と桐子が泣いていた時がある。

落ちていた種を埋めてみたけど芽は出なくて、また泣いた。


 たまたま勇気の祖母が撤去される前に小さい株を掘って植え替えていたのだが、根付くまでに時間がかかるせいか目立たない場所で気づかなかった。

でもその株が根付いて、また花を咲かせる頃に今の場所に移動されたのだ。

そこで種が落ちて庭に自生するようになった。

それからずっと勇気の爪は染められる事になったのだが。


 そんな懐かしい花を見つけて、勇気は一人笑い、持っていたたこ焼きを食べていると、突然、夜空に大きく花が咲いた。

続いて上がる大輪の花に、桐子は綿菓子の袋を抱えて同じように空を眺めていた。

大きく輝く光に照らされて、横に座った桐子の顔がはっきりと見える。

いつもと少し違って、花火が上がる度に白く輝く肌にほんのり紅くなった頬は、勇気の視線を絡め取るには十分すぎた。

そして花火に夢中になって半開きになった口元は、いつもより艶やかに見える。


 釘付けになった勇気の視線に気づいたのか、桐子が「どうしたの?」と笑ったが勇気は頭を掻くばかり。

少し紅くなった顔を誤魔化したいのか、勇気は「アレは、つけないのかよ」と、膝においた巾着袋を指さした。


「あ……、うん」

ゆっくりと巾着袋から透明の箱を取り出し、蓋を開けると花火の光にキラキラと指輪が輝いて見えた。

そして大切そうに取り出すと、そこで桐子の手が止まる。


「つけねーの?せっかく取ったのに」

少し不機嫌になりながら勇気が言うと、桐子は申し訳なさそうに呟いた。


「だって、どこの指につけていいのかわかんないんだもん」

その時に大きな一尺玉が夜空に咲いて、真っ赤に染めあがった桐子の顔が顕わになった。


 一尺玉はしだれ柳で大きな音をたてた後、パチパチと音を鳴らせて空を輝かせる。

空が静かになった頃、勇気は頭を掻いて言った。


「ここでいいだろ?ほら、もう…つけとけよ!」


 勇気が桐子の左手を取り、ぶっきらぼうに指輪をはめたのは薬指。

玩具の指輪をするには不似合いかもしれないが、桐子にはそれが嬉しかった。


 何を言うでもなく、言わなくても分かる関係だったけれど桐子は一人笑った。

勇気も、ちゃんとした告白ではなかったが、精一杯の態度を示したつもりだ。

指輪を欲しがった桐子を見て、とれたら言おうと思っていたのだ、と勇気は暗闇に乗じて零したが桐子から「言ってないじゃん」と一蹴される。

ふて腐れた勇気に「大事にする。私も、勇気の事好きだから嬉しい」と桐子は言って、勇気の左手に右手を絡めた。


 それから二人は花火が終わるまで手を繋いで空を見つめる。

桐子は勇気の肩に頭を軽くつけていつもと違って見える夜空を見上げていた、花火が終わってもずっと。

やがて夏祭りも終わったのか帰ってくる人影が見えると、二人はゆっくりと歩いて家へと帰って行った。


 帰り道で、いつ手を離すべきなのか悩みながら上の空だったのだと勇気は後で白状したが、二人の周りには邪魔するものもなく、ただオシロイバナだけが見ていた。




 夏祭りが終われば、もう夏休みも終わりに近い。

 今までのように爪を染めたりされることもなくなるが、オシロイバナは咲き続ける。

 二人の仲がずっと続くように、また来年、夏がくれば咲くのだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幼馴染同士の初々しい恋模様、とっても素敵でした! 午後から夜の数時間の物語の中に、幼馴染ならではのここまでに積み重ねた思い出がちりばめられていて、お互いに相手のことを大切に思っている雰囲気…
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