アンドロイドゴーレムは夢を見ない。
本作品のアンドロイドは人型人工生命体を指しています。
甘沢林檎先生の『短編10本ノック企画』参加作品です。
アンドロイドゴーレム──。
アンドロイド(人型人工生命体)ゴーレムはここ最近かなり一般に普及し始めた技術で、秘匿とされている希少な材料と、錬金術師による難しい技術のおかげで開発されたものだった。最近ではあまりにその技術が特別であることから、この技術を身に着けた錬金術師はゴーレム術師と呼ばれ、一般のそれとは一線を画している。
そんな時代の流れもあり、金銭的に余裕のある貴族家では、1人に一台のアンドロイドゴーレムメイドがつくことも珍しくなくなっていた。
そんななかで、5歳になったばかりの伯爵家嫡男、マルクの前に、彼女は現れた。
「今日からお前の専属メイドになる、アンドロイドゴーレムメイドのミミコだよ。父様からの誕生日プレゼントだ」
「今日からお仕えさせていただきます、ミミコです。よろしくお願いいたします、マルク様」
マルクは自分のアンドロイドゴーレムメイドを持つことに憧れていたが、この時彼の中に芽生えたのは不満だった。
ミミコは、主人たる自分を前ににこりとも笑わなかったのだ。
アンドロイドゴーレムはその技術で感情表現もプログラムされている。他のメイドたちは主人に笑顔を絶やさず、いつもニコニコと明るく振る舞っているのに……。
それもそのはず、実はミミコは軽い欠陥品で、感情は持っているものの感情表現をすることが出来なかったのだ。
ただし技術はまだ発展途中、欠陥品とはいえそれを修理するのもなかなか難しく、かつアンドロイドゴーレムは高級品。マルクの父は他のアンドロイドゴーレムを買い与える選択はとらず、ミミコにそのまま彼に仕えることを望んだ。
だが、甘やかされてきた貴族の一人息子であるマルクは我儘な子供で、どれだけ優しくされても、どれだけ細やかに世話を焼いてもらっても、どれだけ温かな言葉をかけてもらっても、いつも真顔なミミコのことがどうしても気に入らなかった。
だから、マルクはミミコに辛く当たった。
その日も、そうだった。
「マルク様、お勉強の時間です。あまりサボってばかりいては旦那様に叱られてしまいますよ」
「うるさい!お前に関係ないだろ!!」
マルクはいつものように癇癪を起こし、ミミコに向かって近くにあった陶器の置物を投げつけた。
ガシャーン!!
「あ……」
当てるつもりはなかったのだ。だが、それはミミコの足に当たり、粉々に砕け散った。
ミミコはすぐに陶器の破片を片付けて、マルクに怪我がないことを確認した。
立ちすくむマルクの前に跪いているミミコの、メイド服のスカート部分が少し破れ、その先に覗く太ももに小さく傷がついているのが見えた。
そんなつもりはなかった。だが、自分が人を傷つけた。幼いマルクには強い衝撃だった。
「ご、ごめっ……ごめんなさいっ……!」
顔を真っ赤にして、涙を流して謝るマルク。
ミミコは、そんな彼の頭を撫でて、そして優しく抱きしめた。
「私はアンドロイドゴーレムです。痛みは感じません。マルク様にお怪我がなくてよかったです」
「でも」
「マルク様、気になさらないでください。大丈夫、私は痛くありませんし、壊れてもいません……修復の必要もありません」
「あ……」
ミミコは、マルクが自分のしたことの後悔、ミミコを傷つけてしまった恐ろしさと同じくらい、自分のその行いが知られることにも恐怖を感じていることも分かっていた。
躊躇うマルクに、言葉を続ける。
「それに、この傷はマルク様のメイドである証のようです。スカートで隠れる部分ですし、マルク様がお許しくださるなら、どうかこの傷はこのままでいさせてください」
それはマルクを慮った申し出でもあったけれど、ミミコにとってその傷はマルクとの思い出そのものだった。
アンドロイドゴーレムメイドは、主人の意向を汲むようにプログラムされて作られている。だから、そう言うことなのだ。マルクの都合の良いように申し出てくれただけなのだ。
そう思ったけれど、この時を境に、マルクの中では徐々にミミコを大切に思う気持ちが芽生えていった。
ミミコは元々、マルクに対して献身的だった。それはプログラムされたものだといえばそれまでだったが、拒絶の気持ちを投げ出して接してみれば、いかに慈しまれているかがよくわかる。
貴族家の生まれであるマルクは母が子育てにそこまで参加することなく乳母に育てられ、今はその乳母もそばを離れた。父は仕事で家を開けることも多く、その反動もあり我が儘で癇癪持ちになっていた。
そんな子供にここまで愛情を注いでくれたミミコ。
一度心を開き始めると、マルクはミミコを特別な存在だと感じるようになっていく。
それこそ、まるで初恋のように……。
ミミコがマルクのアンドロイドゴーレムメイドになり、3年が経った。
「マルク、今なら欠陥品のアンドロイドゴーレムを無料で最新型と交換してもらえるようだけど、ミミコを交換してもらおうか?」
ゴーレム技術のさらなる進歩により、これまで欠陥品を出してしまっていたお詫びも兼ねてのリコールだった。ただし、技術が進歩したことで欠陥品は修理しようにも全部作り直すしかないことが判明し、最新型との交換という形が提案されていた。
マルクは、これを拒否した。
「僕は、ミミコがいい」
ただし、欠陥品ではないアンドロイドゴーレムも技術の進歩に合わせてアップデートが進み、新しい素材でゴーレム術師に都度改良を加えてもらい、どんどん進化していった。
欠陥品であることで手を加えることが難しかった旧式のミミコは、壊れれば修復はできない状況になっていた。
マルクはずっと自分のそばにいてもらえるようにミミコを大事に扱ったし、ミミコも相変わらずマルクを慈しみ、愛し、細やかな世話を続けた。
ある夜悪夢を見て飛び起きたマルクにミミコが寄り添い、宥めていた。
「ねえ、ミミコも悪い夢を見るの?」
「私はアンドロイドゴーレム。眠ることはありませんし、夢は見ません」
「そっか」
ミミコは考える。
自分は夢を見ないけれど、マルクのそばにいられる今の穏やかな日々は、自分にとってまるで夢のようだ。
しかし、平穏は長くは続かない。
ある日、馬車に乗ったマルクが、誘拐目的の賊に襲撃される事件が起こったのだ。
「マルク様、あなたは中に。絶対に外に出てはなりません」
「ミミコ!ダメ!」
ミミコは相変わらずの無表情で、それでも優しい声で言った。
「大丈夫です、私はアンドロイドゴーレム。マルク様のことは私が必ずお守りします」
「ミミコ!ミミコ……!!」
マルクは必死で力なく横たわるミミコに縋った。
アンドロイドゴーレムは非常事態のために戦闘プログラムも組み込まれ錬金されている。ただし、ミミコは旧型であり、賊の撃退はスムーズにはいかなかった。
今、この場に危険はない。ミミコは約束通りマルクを守った。
……二度と修理の叶わない、その身を犠牲にして。
「ミミコっ」
「マルク様、お怪我は、ありま、せんか」
ボロボロの体で、マルクの心配だけをするミミコ。
マルクには分かっていた。もう終わりだ。ミミコは壊れれば修復できない。ミミコは、もう……。
泣きながら縋り付くマルクに、ミミコは最後の力を振り絞って、必死で語りかける。
「私は、アンドロイドゴーレム。痛みは感じません」
「もう修理はできません。この後はきっと廃棄されるのみ」
「あなたのことを覚えてもいられる術もありません」
「新しい欠陥のないアンドロイドゴーレムを迎えてください」
「新しい、アンドロイドを」
「わたしをわすれて」
「どうかわすれてください」
その後、駆けつけた治安部隊によりマルクは無事に保護され、ミミコは泣き叫ぶマルクから離され回収されていった。
動けなくなっても、話すことができなくなっても、しばらくミミコは意識があった。
どうかマルクが幸せでありますように。
どうか自分を思って泣くことがありませんように。
ミミコは欠陥品で、感情表現が全くできず、その顔はいつも無表情。
ただ、その心は愛情にあふれていた。
ついにその意識が闇の中に深く沈んでいく瞬間。
ミミコは、夢を見た。アンドロイドゴーレムが、決して見るはずのない夢を。
それは、ミミコが欠陥品だからこそ起きたバグのようなものだったのかもしれない。
小さな頃からの、マルクとの思い出の記憶。
冷たく当たられたこと、段々と心を開いてもらえたこと。自分のために泣いてもらえたこと……。
次に、いつかくるはずの幸せな未来の夢を見た。
夢の中で、大人になったマルクは表情のくるくる変わる可愛らしい奥方を娶り、子供も産まれ家族で幸せに暮らしている。
そして、その子をミミコがお世話する。
そんな、幸せな、幸せな夢だった。
◆◇◆◇
「うわ!なんだこれ」
ゴーレム術師の錬金室で、廃棄待ちの旧型アンドロイドゴーレムが置かれている。随分ボロボロだと思って眺めていた新米ゴーレム術師は驚いて声を上げた。
何か……液体が漏れ出ている。
欠陥品のアンドロイドだと聞いている。もしかすると何かしらの作用が重なって生み出されてしまった有害物質かもしれない。
アンドロイドゴーレムを作る素材はとても希少で、廃棄されたアンドロイドゴーレムはリサイクルされることになる。もしも有害物質ならば、このまま使うことはできない。
「洗浄行きだなあ。ああ、作業が間に合わなくなる……」
ゴーレム術師の技術が上がり、アンドロイドゴーレムメイドは広く普及した。しかしその実そこまでの錬金技術をもった術師は少なく、新米もあわせて皆分刻みのスケジュールをこなす必要があるほど大忙しだった。
ボロボロの旧型アンドロイドゴーレムが洗浄に運ばれていくのを見ながら、新米ゴーレム術師はぽつりと呟く。
「それにしても、あの液体の漏れ方……まるで涙を流してるみたいだったなあ」
廃棄とされ、リサイクルに回されるアンドロイドゴーレムはバラバラになり、また別のものに姿を変える。それは新たなアンドロイドゴーレムの場合もあるし、錬金術を生かした新しい開発物の場合もある。
さっきのように何か別の物質が生み出されてしまったり、混ざりこんでしまっている場合は一度洗浄に回される。ただし、スケジュールが厳しく、洗浄を経たものは少し検品が甘くなってしまう事態が多々起こっていた。
「こんなスケジュールで動いてんだもんな……ちょっとくらい仕方ないよ……」
◆◇◆◇
数年後、マルクは成長した。
また、ゴーレム術師の錬金術の向上も著しいものだった。
特筆すべきは義手、義足である。ゴーレム技術でまるで本物の自分の体のように馴染み、動かすことができるゴーレム義足やゴーレム義手が誕生し、普及していったのだ。
言われなければ義手義足だとは分からない。それがゴーレム義手足の魅力であり、人々の生活にあっという間に根付いていった。
その日、マルクは夜会に出席していた。
夜会はあまり得意ではない。最近淡い恋心を抱いている令嬢が参加すると聞いて出向いたが、どうも会場に彼女の姿もない。
休憩するか、と庭園に一人出て行くと、どこからか声が聞こえてきた。
「いやっ!やめてくださいっ」
なんだ?
どうにも、誰かの拒絶の声のようで。おまけに、どこか聞き覚えのある声……。
「何をしている!」
慌てて声の方に駆けつけると、1人の令嬢が男に無理を強いられそうになっていた。
マルクが助けに入ると相手の男は慌てたように逃げていく。
マルクは気づいていた。この令嬢は、最近マルクが想いを寄せている相手。
感情豊かで表情がくるくるとよく変わり、可愛らしく、他の令嬢と接する姿を見ていても優しいことがよく分かる。ちょっとそそっかしいらしい子で、直接面識はないが、一方的に恋心を抱いていた。
「大丈夫ですか?」
間に合ってよかった。そう思いながら声をかけ、思わず固まった。
男のせいで地面に転んだ令嬢のドレスがめくり上がり、あろうことかその真っ白い足が露わになっていたのだ。
うぶなマルクには少し刺激が強すぎる。
慌てて目を逸らそうとして、しかしそれは叶わなかった。
時が止まる。
その足に……太もものあたりに、見覚えのある傷が……。
いつか、幼いマルクがミミコにつけてしまったのと、とてもよく似た傷がついていた。
令嬢は固まるマルクの視線がどこに向いているか気づき、バツが悪そうな顔で慌てて足を隠す。
「あの、私、ゴーレム義足なんです。しかも最初から傷がついてる欠陥品で……あっ!一応すぐに取り替えてもらえるって言われたんですけど、なんとなく、なんとなーくこのままでいようかなって思っちゃって」
言い訳のように、恥ずかしそうに捲し立てた令嬢はマルクに助けてもらったお礼を言って、その手を借りて立ち上がった。
そして改めて顔を上げ、令嬢とマルクの目があった瞬間……。
令嬢がぎくりと固まり、そのままポロッと涙を流したのだ。
「あの、私……夢を、夢を見るんです……すごく幸せな夢。その夢、かなり朧げで目が覚めるとあまり思い出せないんですけど、あなたによく似た人が出てきて……。あ、あはは、何言ってるんだろう私」
恥ずかしそうにマルクを見つめてはにかむ令嬢。
その笑顔を見ながら、マルクは思った。
僕ももう、大人なのに。恋のお膳立てだなんて。
ミミコは、最後までお節介だ。
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「ねえ、ミミコも悪い夢を見るの?」
「私はアンドロイドゴーレム。眠ることはありませんし、夢は見ません」
「そっか。悪夢を見ないのはいいけど、楽しい夢も見れないなんてちょっと残念だね」
「楽しい夢は、そんなにいいものですか?」
「うん!楽しい夢はとっても幸せな気分になれるんだよ。あのね、この間の夢にはミミコも出てきて──」
マルク様。どうか、いい夢を。