9.輝の大冒険
「俺って危険人物なのか?」
朝食の最中、用意されたペルを齧りながら、輝が訊いてきた。
『……⁈ 何がどうしてそうなったんだ?』
驚いて、レドリゴスは食い掛けの肉をぼとりと皿に落としてしまった。
「だって、俺を閉じ込めておく為に国組織にするって」
タスクが。
家畜にしているドルンの乳を飲み、またペルを齧る。
どうやら、ペルは輝の国で食べていたパンというモノに似ているらしい。
朝から肉食系料理は腹に重いから、軽めの食事にしてくれと言われ、用意した。
『タスクか。どういう説明でそう誤解したのか分からないが、その逆だな』
「逆?」
『お前が重要人物だから、他国に取られない様にする為に国組織にして守るのだ』
「他国が何で俺を取りに来るんだ?」
『それは……っ。今日は忙しい。従兄の王に約束を取り付けているので、ゆっくり出来ない。我はもう行く』
皿をひっくり返してザラザラと口の中に肉を流し込むと、レドリゴスはぽんっと小さくなり、もしゃもしゃと咀嚼しながら窓辺へと飛んで行き。
『良い子で留守番しているのだぞ』
窓の外に飛び出ると、ぼんっと元のサイズになった。
「いい子って何だ。俺はもう立派な大人の男だぞ?」
『24が大人か。人ならば仕方ない事であろうが、我に言わせればお前はまだまだヒヨッコだ』
「……600歳オーバーには敵わないよ」
飛び去る大きな背中が小さくなるのを窓辺から見送って、輝は席に戻った。
ーー結局、「光の来訪者が何なのか」に、もどってくるんだ。
だが、それに関わる事を、レドリゴスは絶対に教えてくれない。
緘口令が敷かれているらしく、メレもエストルノスも、訊くと苦笑して言葉を濁した。
今のレドリゴスだって、物凄く分かりやすく誤魔化した。
「家出してやろうかな」
ペルに果物のジャムを塗って口に運びつつ、呟いた。
広いレドリゴスの部屋は、今は輝しかいない。
今日はレドリゴスが遠出をするから神殿から出ない様にと言われているが。
「外に出たいし、街に行ってみたいし」
もう、神殿の周辺なら大体わかるし、レドリゴスの背に乗って空を散歩している時に、街の方角は覚えた。
お金の勉強がてら、少しならお金も持たせて貰っている。
……使う目的では無く、単位を覚える目的ではあったが。
「後は、飲み終わって置いておいたポカリのペットボトルに飲み水を入れて、チョコとカロリーメイドの残りを簡単な手提げに入れたら」
ポカリスウェッドのペットボトルは、環境問題から勝手には捨てられないし、いざと言うときには使えるかもと、洗って取っていたのだ。
今朝の朝ごはん用に用意してくれていたピッチャーから水を入れたら、立派な水筒だ。
「こっそり草食獣人のお店のご飯を食べて、こっちの料理を勉強してやる」
朝食を片付けた後、今日はお昼ごはんを作るのはお休みする旨を告げて、部屋に篭る……と、見せかけて、部屋の窓から外に出た。
神殿は基本平屋建てなので、高さに悩まされる心配は無い。
「はぁ〜‼︎ 誰もいない‼︎」
いつも誰か、獣人や竜人が傍にいてくれて、それはそれで慣れない異世界で寂しい思いをしないで過ごせたけれど。
大学入学から一人暮らしをしていた24歳としては、寝る時も同じベッドに人がいてるのは、いい加減落ち着かない。
開放感に満足しつつ、輝は森の中に歩を進めた。
※※※
森を歩いてたら、人型を拾った。
正確には、純粋な熊(獣人じゃないヤツ)に襲われそうになってて、助けたら、放って置けないヤツだった。
「森に丸腰で入るなんてどうかしてる。ただでさえ、今は来訪者様のおかげで獲物がやたらウロウロしてるのに」
怒りながら説教をすると、バツが悪そうに後頭部を掻きながら「ありがとう。助かった」とお礼を言うので、「たいした事じゃない」と答えた。
「いつもはやたら強いのと一緒だったから、森がこんなに危険だって知らなかったんだ。多分、相方が強すぎて、獣は近寄って来なかったんだな」
「やたら強いって、どんなんだ? 竜人とかか?」
問い掛けに、
「……そんなトコ」
と小さく答えた。
「俺は虎獣人のギルだ。お前は?」
「テルだ。宜しく」
何獣人かを訊こうかと思ったが、言いたがらないヤツもいる。
明らかにあまり獣人の特徴が出ていないから、あまり強くは無いのだろうし、仲間からも弾かれているのかも知れない。
「……テルは何処に行こうとしてたんだ?」
「リゴスの街に行こうとしてたんだ。方角はこっちであってる筈なんだが」
「ああ。あってる。俺も向かう途中だからな。……一緒に行こう。丸腰のお前1人を森に放っては行けない」
そう言うと、輝は驚いたように濃い茶色の眸を大きくして、それから破顔した。
「ありがとう。ちょっと不安になってきていたから、助かる」
「街には何の用事で行くんだ?」
輝の問い掛けに。
「さっきの熊もだが、解体した獲物を売りにな。売った金で新しい武器や服などを買う。村は森の中にあるが、食糧は自給自足出来ているしな」
「なるほど。街には詳しいか?」
「……。村からさして遠くはないが、帰りが遅くなる時には泊まることもあるから、宿や飯屋、後は武器屋と雑貨屋くらいなら分かるが……。テルは何の用事で街へ行くんだ?」
「野菜料理の勉強に」
返答に、ギルがなんとも言えない顔をした。
「料理をするのか。だが……野菜……」
明らかに項垂れた頭の上にちょこんと出た丸耳に、テルが苦笑する。
「肉食系の獣人なら、あまり好きじゃないんだろ?」
「すまない。態度に出ていたか?」
「大丈夫だよ。今、周りはそんな人に囲まれてるから」
やっぱり、仲間から弾かれているのか。
「だが、食べられない訳ではない。苦手というだけだ。草食系の飯屋に行きたいのか?」
「ああ。教えてくれると助かるよ」
「まかせろ」