8.築城に向けて
レドリゴスの知識の多さに感動して、最近は時間があれば『タスク』と会話している。
「じゃあ、パスティエールはレドリゴスのお母さんの弟だから、叔父さんに当たる訳だな?」
『はい。レドリゴス様はパスティエール様に大変懐いておいででした。竜種としての戦い方も領地の守り方も、パスティエール様から教えて頂きました』
ふうん?
じゃあ、最近たまに側近の竜人神官達と話している中で出てくるのは、また別のパスティエールさんとかいるのかな?
あまり良い雰囲気とは言えない冷めた対応をしている様子を何度か神殿内で見かけ、その時に聞こえた名前だった。
「レドリゴスとパスティエールは喧嘩とかしたりするかな」
その質問には、タスクは暫し黙し、『何かしら理由があれば、喧嘩もするでしょう。元々竜種は我が強い生き物ですから』と答えた。
「所で、光の来訪者について詳しく聞きたいんだけど、今日もまだ見れない?」
タスクとの挨拶は高熱に魘される中交わされたが、その後わからない事がある毎に色々尋ねると丁寧に応えてくれるので重宝している。
だが、中には幾つか聞いても答えられない条項があるらしく、『光の来訪者』もその一つだった。
『申し訳ありませんが、お答え出来ません』
そう。
分からないのでは無く、答えられない。
つまり、レドリゴスが輝には教えるなと言っているのだ。
ーー何だろう。血の契約なんてして生命を繋いでるなら、運命共同体みたいなモノだろうに。
事情はあるのだろうが、納得がいかない。
「答えてくれるまで、根気よく待つよ」
溜息混じりに言って、タスクに次はこの国の名物料理を教えてもらう。
教えてもらうと言っても、レドリゴスは食べるの専門なので、レシピでは無く、料理の名前や食材についてだ。
『あれるぎいと言うモノは初めて聞きましたが、レドリゴス様に食べられないモノはない筈です。ただ、好き嫌いはありますが』
「了解。じゃあ、野菜を食べたらお腹を壊すとかも無いんだな?」
『ありません。お小さい頃はお母様に促されて何でも食べていらっしゃいました』
その言葉に、メモを取っていた輝の手がふっと止まる。
「レドリゴスのお母さんって、どんな人なんだ?」
訊くと。
『レドリゴス様のお父様である最強の竜種、赤竜ログディノス様とご結婚なされたフィン様は、大変美しい緑竜であらせられました。赤竜と緑竜の竜種の違いと寿命の違いを憂慮され、お二人は血の契約を結ばれました。400年程前に領土をレドリゴス様に譲られて、今は悠々自適に各国を旅されていると聞いています』
「異種婚じゃなくても、契約するんだ」
『……赤竜と緑竜は、竜という括りから見れば同種と思われるでしょうが、能力・寿命・食糧の種類他、細かく見れば差異が大きく、お子を成すにもそれが問題とならぬようにする為に契約を結ばれたものです』
ふぅんと、輝は口に手を当てる。
「血の契約って、竜の生涯に1回しか出来ないんだよな。だから主に婚姻の際に使われるって」
『生涯に1回だけと言われますが、契約を無かったことには出来ます。繋がれるのが、竜にとっていっときの間、1度に1人と言った方が正確かも知れません。裏技的な方法なので、あまり使われませんが』
「無かったことにとか出来るのか⁈」
なら、繋がりを解いたら、元の世界に戻れるかも知れない?
「どうやるんだ?」
わくわくして訊く。
『繋がった者同士、どちらかがどちらかを喰うのです』
ーーは?
『食べて取り込んでしまえば、血の契約は無かったことになります』
ーーええー?
もしかしたら。
レドリゴスが光の来訪者についての情報を輝に見せないのは。
「……そう言う事なのかな」
『?』
輝から破棄する事は出来ない。
これは、一方的に竜の側から契約を破棄する方法だ。
圧倒的な不平等契約。
「食われるのはちょっとなー」
ちょっと……否かなり、引いてしまった。
『輝様とレドリゴス様の血の契約が破棄される事は無いでしょう』
タスクの言葉に、輝は「なんでさ?」と訊く。
『光の来訪者様の力を失うことは、守護する領地に多大な影響を及ぼします。輝様を護るために国を作ろうとしているレドリゴス様が、輝様を食べる事はありえません』
「……国を作るって、俺のためだったの?」
『はい』
「そこんとこ、詳しく教えてくれる?」
『お答え出来る範囲で』
「お答え出来る範囲で構わないから」
先程昼食を食べて、レドリゴスはまた外出した。
最近は食事時以外部屋には戻って来ないから。
「時間ならたっぷりあるし」
※※※
輝が高熱から復帰してはや1ヶ月。
病み上がりから率先して料理をしてくれている。
神殿の料理人達にも得られる事が多いらしく、今や輝はすっかり神殿の料理長だ。
ランドルク(怪鳥)の肉のカラアゲというやつは兎に角好評で、週に1度は食卓に上がる定番メニューになった。
ウチは肉食系の獣人や竜人が多いから、輝の目標としている野菜料理の評価を上げるのは、まだ苦戦しているようだが。
「レドリゴス様。城の作りに関してですが」
見取り図を広げて話しかけて来るのは、領地北の神殿を任せている竜人神官のカリトスだ。
「うん?」
「ランセル様の城では掘りが深く入り口は比較的狭くされていますが、豹獣人の特性に合わせて狭くなっている入り口は、竜種には合わないと思われます。我々が闘う際には空中戦を好みますが、仲間には熊獣人も象獣人もいますから、入口は元より場内も広く、天井は高く設計されたほうが宜しいかと」
一応白豹獣人王のランセルの城を参考に設計図を描かせたが、それに関する話だ。
「まあ。戦いで城にまで攻め込まれているようなら駄目だがな。普通に生活するにも、まずは我がデカいのだから、幅や高さは充分に取った方が良かろうな」
顎に手を当ててニヤリと笑う。
「……っ。失礼しました。いつもお会いする際には人型をとられている事が多いので、すっかり人型の寸法で見取り図を描いておりました。レドリゴス様は自身の神殿では常には竜型でいらっしゃるのでしたね」
「そうだな」
城の見取り図としては、謁見の間や執務室の位置などは参考になるがサイズは参考にならない。
城の入り口から居住棟までの道筋が迷宮になっている所など、なかなか手が混んでいるのだが。
設計図についてはもう一捻り必要な様だ。
まず城の位置だが、今ある神殿の東、リゴスの街から少し離れた場所に丁度広い空き地があるので、そこに城を建てる予定だ。
なぜ空き地になっているかと言うと、先代領主だった父ログディノスと母フィンが、盛大な夫婦喧嘩をしたからだ。
竜種同士の闘いは凄まじく、未だに草一本生えない。
森だった場所が裸になって久しい。
何かしら建物をとは考えていたのだが、そのまま月日が流れて今に至ってしまった。
周りは森に囲まれているし、もしも他国から攻め入られても、街の者達を巻き込まずに済む。
最低限必要な建材についてだが……。
「掘りと塀と吊り橋と……」
「城壁の為に石が沢山必要ですね」
「……岩と石と。木材もだな」
木材はいくらでもあるが、岩は……。
何処から切り出そうか。
ーーああ。南の神殿の傍にある火山から切り出すのはどうだろう。
灰色の岩は強度もあって建材に向いている。
「南のデスティア火山から岩を切り出そう。木材は城を建てる現地の周りで調達すれば良い」
「あの空き地、城を建てちゃって、親父様方に怒られませんか?」
「領地を引き継ぐ際好きにしろと言われたからな。大丈夫だろう。あと、建築に優れた職人を領土内から集める事にする。各村に伝達……そうか。ディドリアス兄の所が、築城はまだ記憶に新しい筈だな。今から見学に行って来る」
ぽんっとミニマムサイズの竜になったレドリゴスはパタパタとカリストの横を通り抜けた。
「今からですか? 明日になさったら」
『早く城を建てたい』
「図面師を連れて行って見学させて貰ったとしても1日は掛かります。従兄様のご都合もありましょうから」
『……。分かった。明日伺う旨、ディドリアス兄に知らせを出してくれ』
ぽんっと、人型になる。
「承りました。明日ディドリアス様の国に向かわれるなら、今日はもうお休みになって下さい。夜中にまたパスティエール様が挑んで来られるかも知れませんし」
ーー確かに。パスティエール叔父は、存外しつこい。
「わかった。続きはまた明日にしよう。晩に煩くして悪いな」
「なるだけ国境近くの森の上空で闘ってくださってるんで、慣れたら我々のイビキの方が煩いくらいですよ。それに、そう時間は掛からずに圧勝して下さるんで、むしろ清々しい気分で眠れます」
「そう言ってくれると気が楽だ」
「皆、レドリゴス様の味方です。やっとレドリゴス様が国を作る気になって下さって、輝様には感謝してるんです。きっかけをくださって」
「……それは初耳だな。国にして欲しかったのか」
驚いて訊くと。
「レドリゴス様やサティス様は、ある意味土地に認められて守護者になるんでね。わざわざ国にしなくても良かったでしょうし、一昔前までは領土のままの竜や獣人も多かったですが。最近は国組織が圧倒的に多いので、短命種の獣人なんかは国じゃない領土というものが理解出来ない者もいて、『此処は何処の国の領土になるのか?』なんて聞いて来るものですから。説明に苦慮していたのです」
その他にも、最近は不都合な事が増えていたらしい。
「それは気が付かず、苦労をかけたな」
「レドリゴス様は、最強の赤竜の竜種で、その目線で世界を見ているのだから、足元の細々(こまごま)した事に気が付かないのはある意味当然な事です。それに、国にする為に重い腰を上げて下さっているのだから」
我々は、全力でサポートさせて頂く次第です。
破顔したカリストに、レドリゴスが苦笑する。
「頼りにしている」