6.身内と呼べる者
「貴方は建国には興味が無いんだと思っていましたわ」
開口一番の言葉は誰が聞いても頷く内容で、レドリゴスは「まあ、そうだろうな」と軽く流した。
「どうなさいましたの?」
不思議そうに聞いてくる従姉に、やはり彼女には光の来訪者の気配は感じ取れていない事を確信する。
「事情が変わって、どうしても守りたいモノが出来たんだ。領地の護りを強固な物にするには、国組織にするのが良いかと思ってな」
「もしかして、それはパスティエール叔父様が欲しがってるらしい来訪者の事かしら?」
何気無く返してくる言葉に、レドリゴスの警戒心は一気に刺激された。
「パスティエール叔父と話をしたのか」
低く唸る様に訊くと。
「まさか。パスティエール叔父様とラドウェルのリオス殿がレドリゴス領に直接乗り込もうとしたって、既に大陸中で有名ですのよ。複数の竜が脇目も振らずに求めるモノなんてそんなに無いですもの。大抵はある竜には大切なモノでも、違う竜にはガラクタだったりしますから」
レドリゴスの従姉竜サティスは、気怠げな朱色の瞳でレドリゴスの真紅の瞳を見つめた。
「今、竜種の中で血の契約を交わしていない竜はレドリゴス従弟様とパスティエール叔父様とリオスだけ」
たとえそれが伝説上の人物であったとしても、それ以外あり得ないなら、それが答えだ。
掛け合わせて考えれば、答えを出すのは難しく無い。
「力を貸してくれて感謝している」
今、レドリゴスはサティスの伴侶である白豹の獣人王に、国を作るために必要な部署などの組織系統を学ばせて貰っている。
レドリゴスの信頼のおける部下数人を王宮に派遣し、内部の指示系統などを赤裸々に見せて貰い、勉強させて貰っているのだ。
サティスと白豹の獣人王ランセルは血の契約を結んでおり、お互いの力と寿命を共有している。
国は隣同士だが、お互いに守るべき領地に縛られる為、国境に一つ城を作り、何日かおきにはそこで逢瀬を重ねているらしい。
レドリゴスもそうだが、領地を持つ者は、その土地に縛られる。
守るべき領地ではあるが、自由にその土地から離れる事は出来ない。
ごく短い時間なら離れられるが、それでも早く戻らねば面倒な事になるのだ。
「そろそろ帰る。今日はウチのを引き受けてくれた礼をと思ってな」
サティスの領地にある薄紅の神殿の庭に出る。
「お礼ならば直接ランセル様に。従弟様を気に入られていますから、お顔をお出しになれば、喜ばれますでしょう」
微笑みに、笑顔で答える。
「近いうちにランセル殿の城にも伺おう。城の造りも教えて貰いたい」
「従弟様。お礼に伺うのでは?」
「勿論、お礼も」
「どちらがついででしょうか?」
「……勿論、城の造りはついでに聞けたら聞くだけだ」
にこりと細められた朱色の瞳は、「良くできました」と、物語っていた。
※※※
「最近忙しそうだな」
念願の『鳥の唐揚げ風』と『山菜の天ぷら』を作り終えて、レドリゴスの部屋のテーブルに並べる。
レドリゴスは今日、村から帰ってから少し遠出をしていたらしく、夕方帰って来た。
『肉は美味いな。下味を付けて揚げているのだな』
てんこ盛りに揚げた唐揚げをペロリと平らげて、舌鼓を打つ。
『だが、量が足りないな。ランドルクの肉は山ほど貰っていただろう?』
不満気なレドリゴスに、輝が苦笑する。
「エストルノスやメレにも好評で、神官達の夕食に分けて来たんだよ。山菜も美味いからこれで我慢して」
揚げたての柔らかそうな木の芽風山菜の天ぷらに少しサリの山の岩塩を付けて差し出す。
『不味いとは言わないが、これでは腹はたまらない』
「……まあね。仕方ないな。料理長に肉料理の追加をお願いしてくるよ」
立ちあがろうとして、レドリゴスに肩を押さえられる。
『いい。これを貰う』
そう言うと、輝が自分用に握った米の様な穀物を握った『お握り擬き』をひょいと口に入れた。
『……粉にして団子にするのが常だが、蒸したのか?』
爪のサイズにも満たないお握りをひょいひょいと全て平げ。
『む。しかも中に色々と入っていたようだな?』
口の中で一緒くたになってから気が付いたらしい。
「そんなんで足りるのか? それは『お握り』と言って、穀物を炊いて握ったモノだ。中には塩で焼いた魚のほぐし身や細切れ肉の佃煮を入れてみたが……美味しかったか?」
『美味い。お前の作る料理は、皆味のバランスが良いな。それに、食べた者が皆、力が湧いてくるようだと話していたが、それは我も感じていた。それも、光の来訪者の力なのかも知れないな』
残念ながら、今食べた中に野菜を使ったモノは無かった。
穀物は、野菜とはカウントしない。
せっかく美味いと言わせたが。
「大学から一人暮らしで自炊してたからな。それに、料理はある意味仕事の一環でもあったから。力が湧いてくるとかは……、分からないけど」
褒められて、悪い気はしない。
『今日は、従姉の神殿に行っていた。白豹と血の契約をして伴侶になっている女竜だ。建国について、伴侶殿に教えを乞うている』
「……そっか。いとこのお姉さんか。レドリゴスには、いとこは沢山いるのか?」
ぱりっと、からりと揚がった芋の葉風の天ぷらを食べながら、何気無く訊くと。
『……うむ。大陸で国を治めている者の半分は竜種、その内の6割はウチの血族だ。大陸以外の国も、ウチの竜種が押さえている国が幾つかはある。叔父や叔母、従兄弟が合わせて16の国と地域を治めている』
かなり親戚勢にも力がありそうだ。
「親戚が多いと心強いよな。俺は……」
いなかったが。
輝は、小学生の時に両親を事故で失い、父の親友だった人の家族に引き取られて育った。
父にも母にも、身内と呼べる人はいなかったからだ。
龍川姓も、その人の姓だ。
だが、大切にして貰えたから、不満があったわけでは無い。
龍川の父や母にも、その子達にも、あたたかく触れ合って貰えて、感謝しか無い。
だが。
血の繋がった親戚や従兄弟となると、「いなかった」というのが正しくて。
大学に上がる時、家から離れた大学を選び、単身下宿した。
家庭教師や塾講師のバイトを掛け持ちし、何とか生活費と家賃を賄った。
社会人になって、やっとぼちぼち、大学の学費を義父に返済し始めた矢先だった。
ーー受け取ってくれた事は無いけどな。
人の良い義父は、一度も輝からの返済を受け取らなかった。
受け取らなかった分は、黙って義父のあまり使って無さそうな口座を義母に教えて貰って入金していたが。
ーー義父が気が付いた時に、烈火の如く怒られるのかな…なんて、想像してたけど。
そんな日は、この先訪れる事はどうやらもう無さそうだ。
『どうした?』
いつの間にか小さくなったレドリゴスが輝の肩に乗って、頬に擦り寄っていた。
「……口開けて」
徐に開けた口に、岩塩を付けた揚げた山菜の天ぷらを入れた。
「これ、カシーの葉の天ぷら。煮物だとイマイチだったけど、揚げたら甘くなって食べやすくなったよ」
前触れなく口に天ぷらを突っ込まれて赤竜は驚いていたが、素直にもしゃもしゃと咀嚼した。
『確かに。煮物では残す葉だが、悪くない』
「そこは、『美味い』だろ?」
『……悪くない』
頑固な竜だ。
『だが、次もまた作ったら、食ってやってもいい』
素直じゃない竜に、輝は苦笑した。
「わかった。また作ってやるよ」