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5.国って、あの国?


 神殿から1番近い村は、輝が突然現れた場所に程近い場所にあった。

 レドリゴスがその「アロ村」に用事があると言うので、今日は連れて来て貰ったのだ。

 この世界に来て2週間ほどになる。

 神殿の周りの森を散策する事はあったが、人がいる場所へ外出するのは初めてだ。

「にしても、昼間は暖かいなぁ。あの日の空はめちゃくちゃ寒かったのに」

 帰り道(空?)、すっかり慣れたレドリゴスの肩に乗り、首に捕まりながら、輝は頬を撫でる風に目を細める。

 遠くまで広がる緑の森や起伏のある山々を見渡して、深い溜息をついた。

 間違いなく此処は異世界で、自分の知っている街や都市などどこにも無いのだと実感したからだ。


『昼と夜の寒暖差があるからな。我には感じぬ程だが、お前には大きいのだろう』


 肩車の状態で答えを聞いて、輝は村で頂いた肉と野菜とハーブの入った袋の紐を握り直す。

 輝が村の女性達と食材について話している間、レドリゴスは村長や若い男衆となにやら難しい話をしていたようだった。

 そう言えば、驚いた事にレドリゴスは人型にもなれるのだ。

 村でも人型になって話し合いをしていた。

「……他の村にも行く予定なんだろ?」

 問い掛けに、レドリゴスは鼻を鳴らした。

『何故わかる?』

「そんな内容の話が聞こえたから」

 明日にはイリ村の村長にも話をしに行くとか何とか。

 輝自身が最近レドリゴスの元に来て神殿に住んでいるが、神殿の神兵の人数もここ1週間くらいで急に増えたように思う。


 レドリゴスの知識は、輝の中で巨大な図書館の様に存在する。

 ナビゲーターの『タスク』が質問を吸収して映像や音声で応えてくれる。

 たまに、禁書的扱いの知識が存在し、中を覗き見る事は拒否される。


 神殿の中の様子は、その知識のお陰でかなり細部まで見なくても分かる様になった。

 人員の配置や、その為人(ひととなり)、神殿の歴史まで。

 先日、レドリゴスが輝の食べる量がメレの食べる量より少な過ぎると言ったが、何のことはない。

 メレはレドリゴスの親戚筋にあたる、人とドラゴンの混血だった。

 食べられる量が多いのは、ある意味当たり前なのである。

「何か、始めるのか?」

 今までのレドリゴスの記憶の中では、そう頻繁に村に足を運ぶ事は無かった事を考えると、最近のレドリゴスの行動は、ここ何百年かの行動とは矛盾する。

 レドリゴスは少し間を置いて。

『隠す様な事でも無いしな。ちょっと国でも作ろうかと思ってな』

「ふ〜ん」

 ばさばさと羽ばたくレドリゴスの羽音が、響く。


ーーちょっと待て? 国ってあの『国』か?


 内心だらだらと汗をかきながら、輝は考える。

『組織を変えるだけだ。たいした事じゃ無い』

 穏やかに言うので、「そうか」と答えるに留める。

 時間にして12分ちょっとの空の散歩の後、2人は神殿の庭に降り立った。

「ただいま〜」

 出迎えに来てくれたメレとレドリゴスの補佐的な神官のエストルノスに笑顔で手を振る。

「お帰りなさいませ。輝様。お荷物をお預かりしましょう」

 輝とレドリゴスの手から受け取った荷物をひょいひょいと両肩に乗せて移動してしまうあたり、さすがエストルノスもドラゴンの血をひく男である。

「全て厨房で宜しいですか?」

「うん。ありがとう。助かるよ」

 この神殿には、様々な獣人やドラゴンの血筋の竜人がいる。

 中でもレドリゴスの周囲にいる神官達は主に竜人が多く、メレやエストルノスを始め、各地の神殿を守る神官を含めると300人近くになるらしい。

 全てをレドリゴスは記憶しているが、俺は出会った時々に顔と名前を『タスク』に教えてもらう様にして1人ずつ覚えていっているところだ。

「また沢山頂きましたね。最近は山菜も豊富に採れると言ってましたから。獣も魚も豊かに獲れて、今年は良い年になりそうです」

 村でも同じ様な事を言われた。

 どうやら、光の来訪者の守護は領地にも良いように作用するらしく、今、レドリゴスの領地は今までに類を見ないほどの豊漁に恵まれているらしい。

 神殿の中でも感謝の言葉を掛けられて、頭の上に沢山クエスチョンが飛んだ。

「何をしたという事も無いのに沢山感謝して貰っちゃって、申し訳ないですけどね」

 した事と言えば、レドリゴスに鉤爪で胸に風穴を開けられて、傷口を舐められた位だ。

 あの時、レドリゴスは自らの舌を噛んで血を滲ませ、俺の胸の傷口の血と馴染ませたらしい。

 血と血を合わせる儀式を行なって、血の契約を結ぶ為に。

 今ではその傷痕も少しケロイド状になっているだけで綺麗なモノだが。

「いいえ。輝様は、此処にいて下さるだけで意味があるのです。今やレドリゴス様の主人でもあるのですから。レドリゴス様との繋がりによって徐々にお体も強くはなって行くでしょうが、今はまだあまりお強くは無いようですし、絶対に無理はなさらないで下さいね」

 両肩のデカい食糧袋に挟まれた美形男子の顔がにっこりとほほえむ。

 赤い髪に赤い瞳で、メレとよく似た色だ。

 目鼻立ちはしっかりとし、切長の瞳は、今は優しく細められている。

「ありがとう」

 神官達は、皆輝に優しい。

 何かしたいと言ったら、全力で協力してくれる。

 元営業で、なかなか厳しい世界を知っている輝としては、此処は皆が優し過ぎて。


ーー俺が、光の来訪者とかいうのだから、大切にしてくれてるんだろうな。


「今日はシーアの油をいっぱい貰ったから、肉を揚げてみたいんだ。スパイスもだいたい揃ってたし。エストルノスも夕飯に食べてみてくれるか?」

 訊くと、エストルノスは破顔し勿論と頷いた。

「是非御相伴にあずかります」

「あと、山菜も天ぷらにしてみる予定だし。またあとでね」

「はい。後ほど」

 

 この世界で生きて行くしか無いのなら、こちらでも、働いて稼いで、ちゃんと生活出来る男になりたい。

 でも、いきなり放り出されても無理だから、とりあえずはこの世界の社会勉強? リハビリ的な期間として、今は割り切って過ごしている。


ーー販路拡大や新店舗開拓に向けての計画書や会議に追われた毎日だったからな。


 あまりにゆるゆるとした生活に、正直戸惑っている。


ーー国をつくるって言ってたなぁ。


 レドリゴスは、何だか突然大仕事に取り掛かったらしい。

 組織を整えるだけだと言っていたが。


ーー会社作りとかなら手伝った事あるけど、国はさすがに無いな。

  手伝えることがあるなら喜んで参加させてもらうけど。


 たまに、レドリゴスは神殿の渡り廊下から空を睨んでいる事がある。

 まるで、輝には見えない何かが、そこにある様に。

 夜寝る時は、輝を必ず自分と同じベッドに寝かせるし、輝1人では神殿から出さない。


ーー俺、此処の人たちの負担になってないかな。


 レドリゴスの態度は過保護に思えるが、それなりの理由があるなら、自分が負担をかけている様に思えてしまう。


ーーでもまあ。出来る事が限られる今、出来る事をするしか無いか。


 取り敢えず、今は料理かな。


 病み上がり、最初は神殿に常備されているスパイスや食材を学び、醤油に似たマゴやラファの花よりも砂糖に近いシェルを使って簡単な煮物から料理を始めた。

 海藻を使って出汁を取り、イモに似た野菜と肉をマゴとシェルを使って煮込むと、ちょっとした肉じゃが風の料理の出来上がりだ。

 これはなかなか好評で、皆が美味しいと食べてくれた。

 その後、サリの山の岩塩を使った魚の塩焼きも好評だったが……。こちらは、元々こちらにもありそうな料理だし、皆が俺に気を遣ってくれたと思っている。

 村人に聞いた所によると、草食系の獣人は上手に野菜料理を作るらしいが、この神殿にはいない。

 レドリゴスが肉食だから、その必要を感じなかった事が容易に伺える。

「街に行ったらレストランもあるらしいし、こちらの料理の勉強がてら連れてって貰えないかなぁ」

 一旦レドリゴスの部屋に戻り、服を着替えて、料理に備える。

 レドリゴスは、神殿に帰り着いて直ぐに神官達と別棟に行ってしまった。

 彼の記憶の中では、殆どの時間を神殿でゆったりと過ごしていたが、最近は忙しく別棟とこちらを行ったり来たりしていて、ゆっくりした姿を見ていない。

 これも、今日聞いた国造りに関係しているのだろう。

 メレにお願いして作って貰ったエプロンを着て、腰の後ろの所で蝶々結びをする。

「じゃあ。ぼちぼち行きますか」

 今日は立派なランドルク(巨大な怪鳥)の肉を沢山貰ったから、日本で食べていた唐揚げ擬きを作ってみたいと企んでいた。

 ついでにシーア油(植物油)を沢山頂いて、山菜もあるから、山菜の天ぷらも。

 ツユはまだ味に納得が行かず完成していないから、今日はサリの山の岩塩で食べる予定だ。


「今日こそは、レドリゴスに美味いと言わせてやる」




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