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4.手に入れた力


 南の空にいた訪問者は、見学だけだったのか、気配を消した。

 レドリゴスは先程追い出したパスティエールの緑竜の驚愕した顔を思い出していた。

 パスティエールはレドリゴスの母の弟で、それなりに強い竜だった。

 齢は900を超えるが、まだまだ強さは健在だ。

 否。

 健在だった筈だ。

『強すぎる……』

 自らが手に入れた力が、強すぎる。

 昨日の昼頃、突然頭が真っ白になる程の衝動がレドリゴスを襲い、森の中のあの場所に行った。

 気配は突然現れ、突然強烈な焦燥感がレドリゴスを襲った。

 何だか分からないまま、ただ、血の契約を結ぶのだと言う事だけははっきりと理解していた。

 実際の所、早く契約しなければと焦り、ふらふらと熱に浮かされたような状態で血の契約を交わした。

 竜種が血の契約を交わすのは、長い命を生きる間、基本的にはただの1回だけだ。

 本来は伴侶を得るために使われる契約だった。

 同じ竜種同士であれば必要無いが、異種族との婚姻では、寿命の違いが2人を別ってしまうし、子を成すにも問題があるからだ。

 今回直接レドリゴス領地に来たパスティエールとラドウェルは、恐らくはまだ血の契約を誰とも結んでいないドラゴンだ。

「血の契約が結べるドラゴンに影響を及ぼしているのだな」

 契約を結んだ途端、言葉にし尽くせないほどの安堵と力を得て、かわりに先程まで感じていた身を焦すほどの焦燥感は嘘のように消えていた。


ーーパスティエールやラドウェルは、まだあの焦燥感の中にいるのか。


 竜種の本能を(くすぐ)るあの感覚。

 あれから逃れる為なら、どんな手を使っても輝を得ようとするだろう。


「先ずは、国境の警備を強固にするか」


 守る力だけは手に入れた。

 後は、かたちを整える事だ。


ーー輝は私1人のモノだ。

  誰にも分けたりはしない。


 繋がったから分かるが、輝の力は相当なものだ。

 過去に2人の竜と繋がった来訪者の記録があったが、それくらいなら余裕で力を分け与えられそうだ。

 だが、問題はそこでは無い。

 誰と血を繋げるか、何人と繋げるかではなく、誰と一緒にいるか、だ。

 違う竜達も、輝の傍にいる事を望むだろうが、竜は自らの守護する土地から長い時間は離れられない。

 違う竜の元に連れて行かれることが、我慢ならないのだ。


 昨晩も、ラドウェルのリオスを軽々と退けた。

 リオスを退けた結界を破ってパスティエールは入って来たが、それでももう一つ強固な結界を張ったら追い出せた。

 結界にさえ手を抜かなければ、輝を手元に置いたまま国組織を整え、守護を固める事が可能だと確信が持てた。


『メシの前だったな』


 厨房に朝ごはんの指示を出したままだった。

 そろそろ準備が整っているだろう。

『輝が美味しく食べられるモノが出来ているといいが』

 厨房の者達の腕は信頼している。

 それでも一抹の不安が残るのは、昨日輝から貰った菓子が美味すぎた所為だ。

 輝がいた世界は、きっと料理が美味いのだ。


ーー口に合うだろうか。


 白亜のお気に入りの神殿を見下ろして、レドリゴスは大きな溜息をついた。




※※※




「量が多いな?」

 大皿に盛られた肉料理を見つめて、輝が言った。

『何⁈ それだけの量も食べ切れないのか?

お前はひ弱な上に少食だな』

 残念そうに溜息を吐かれて、輝が「うがーっ」と憤怒の顔をする。

「サイズが違うだろうが⁈」

 お前と一緒にするなと、輝がフォークを振り上げた。

『メレでもそれくらいなら軽く平らげるぞ』

 メレは、輝より小柄な女神官だ。

「マジで?」

『それの意味がわからないが、アイツはこの皿とその皿くらいならペロリだな』

 肉の煮物と野菜の煮物の大盛りの皿を示されて、輝は(おのの)く。

 こちらは女性でも沢山食べるんだな。

 で、あの細さは……。


ーーきっと働き者なんだな。


 消費カロリーも半端ないに違いない。


「俺も何か手伝える事があったらやるよ。身体動かしてた方が調子良いし」


 大盛りの皿から肉と野菜を用意して貰った小皿に取り分けて、口に含む。

 (全て輝が食べる予定で、小皿は始めは無かったが、食べ残しては申し訳ないと、輝がお願いをして、小皿を持って来て貰ったのだ。)

 肉は少し甘い味付けで煮込まれ、柔らかく仕上がっている。

「もう少し塩味があるともっと美味しくなりそうだけど……。甘味も砂糖じゃないな。何を使ってるんだろう」

 勿論、日本にいた時と同じ食材が使われる訳は無いと分かっている。

 不思議な味がして、興味津々である。

『甘味はラファの花だな。一緒に煮込むと甘くなる。肉はドルンという角のある動物だ。柔らかい部位を使う様に指示した。残りは我が貰っている』

「ここの神殿って、レドリゴスが御神体じゃないのか? 俺のが良い部位食うとか駄目だろ」

 慌てて、輝がレドリゴスの鉤爪に手を添えた。

『? お前の国では柔らかい部位が良い肉なのか? 腹に入って栄養になればどれも変わらん。お前はその脆弱な身体がもう少しマシになるように沢山食べろ。そして、鍛えろ』

 ふんっと鼻を鳴らして自分の皿にてんこ盛りに盛られた焼かれただけの肉をペロリと平らげた。

「はやっ‼︎ ちゃんと噛めよ? 消化に悪いからな⁈」

『我を軟弱なお前と一緒にするな。腹に入りさえすれば良い』

「丈夫な胃袋‼︎ 羨ましいな⁈」

 俺だってあっちじゃ体育会系でそれなりに鍛えてたってのに。

 営業の中でもフットワーク軽く1日に何社もまわって。

 今年24だが、若手の中では成績もそこそこだったし。

 なのに、食事量から華奢な女性に負けるとは。

 輝がぶつぶつと呟き。

「異世界パねぇな?」

『通じる言葉を話せ』

「こちらの人達と同じようには成れないだろうが努力するよ」

『期待している』

 野菜の煮物も食べてみる。

 こちらは何だか少し塩辛い気がする。

「塩辛いかな? こっちの味付けは何だ?」

 質問に、食事を終えてぽんっとミニマムサイズになったレドリゴスが輝の肩に乗って、野菜を寄越せと口を開けた。

『ふむ…。これはサリの山の岩を削って一緒に煮込んでいるな。少し濃いめなのは、栄養分を逃がさない為だ。サリの山の岩は、一緒に煮込むと煮込んだ食材の栄養素を取り込んで離さないと言われている』

 もそもそと咀嚼しながら、レドリゴスが解説する。

「じゃあ、味よりも栄養素重視なんだな?」

『野菜はそう言うモノだろう。どうやっても美味くならない』

 肉至上主義者発見。

 だが、それは間違いだ。

 作り方によって、食材は驚く程味を変える。

 輝はその事を誰よりも良く知っていた。

「俺、ここで料理をしてみてもいいか?」

『料理?』

 輝の右肩で野菜の煮物を食べ終わったレドリゴスは、左肩へ移動した。

「ああ。お前に野菜を食わせて、美味いと言わせてみたい」

 にやっと笑って、腕捲りをした。

『食わなくても死なない』

「でも、美味しくなったら楽しみが増えるだろう?」

 輝は、大手食料品会社の調味料担当の営業だった。

 世界各地の調味料を需要のありそうな個人レストランや喫茶店、百貨店等に紹介して、時には調理場を借りて料理して試食して貰ったりしてきた。

 知らない食材、どんと来いである。

『……それでお前の食欲もあがるなら、付き合ってやる』


 しぶしぶと了承し、レドリゴスが溜息を吐いた。

 輝はそれならと、野菜の煮物に使われている野菜を全種類皿に取って味を確かめた。

 

「ありがとうな」

『ん』


 ぽんと小さな頭に手を乗せて輝がお礼を言うと、レドリゴスがその手に頭をすりっと擦り寄せた。

 そんなレドリゴスの姿を見て、輝はふっと微笑んだ。

 

ーー始めはどうなるかと思ったが、異世界も悪く無いな。


 レドリゴスは神殿に住んでいて、輝は客人として(?)受け入れられているようだ。


ーーでも、レドリゴスにおんぶに抱っこじゃ駄目だよな。

  自分で何とか生活出来る様にならなきゃ。

  何か、生命が繋がった? 見たいだから、簡単には帰れなさそうだし?


 だが、輝は大切な事を聞き逃していた事を、この日の夜に痛感することになる。

 齢600歳程の赤竜の持つ記憶と能力の全てが、遅れ馳せながら怒濤の如く輝の中に流れ込んだのだ。

 それから5日間、身体が拒絶反応を示したのか、高熱と倦怠感の為に輝は全く起き上がれなくなり、レドリゴスが右往左往することになる。

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