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3.千客万来


 大きなベッドの真ん中で目が覚めて、またもや腹が減っていると思った。

ーー夢……って考えるには、ベッドは立派過ぎるし、枕元には赤い…。


 赤い竜が、丸まって寝ている。


ーーレドリゴスだよな。


 チョコレートをたべてたサイズだ。


ーー神殿に行くって言ってたから……。

  ここがその神殿なのかな?


 ぐぐぐ〜。


 大きな腹の音に、枕元のミニマムサイズのレドリゴスがぴくりと反応する。

『起きたか』

「……おはよう」

『腹が減っているのだろう。飯を用意させよう』

 長い尻尾で、ベッドサイドの呼び鈴を持ち上げて「りんりん」と鳴らすと、直ぐに扉が開いて白地に緑の刺繍の入ったシンプルなワンピースに茶色の革製のベルトを締めた女性が入ってきた。

『輝が腹が減ったようだ。何か用意してやれ』

 明るい赤い髪にルビーの瞳の女性は、にこりと俺の方を向いて微笑んだ。

「初めまして。メレと申します。これからテル様のお世話をさせて頂きます」

 丁寧にお辞儀をされて、輝もベッドの上から恐縮しながら頭を下げた。

「龍川輝と言います。分からない事ばかりでお世話をおかけする事になるかと思いますが、宜しくお願いします」

 いつもの癖で名刺入れを手に取ろうと胸元に手をやり、背広を着ていない事に気が付いた。

 自分も白地に赤の刺繍の入った裾の長い上着を着せられている。

「あ……と」

 服のお腹の当たりを掴む仕種に、メレがベッドに歩み寄り、サイドテーブルに畳み置いた背広を手に持って輝に差し出した。

「こちらをお探しでしょうか?」

 にこりと微笑んで差し出され、輝もにこりと笑った。

「ありがとう。さっそくお世話になってしまってましたね」

「気になさらないで下さい」

『メシ』

「わかってます」

 笑顔で低い声での返事に、輝が「ん?」と首を傾げるが、メレの笑顔は崩れなかった。


 パタンと扉を閉めて部屋から退出し、メレは無言でぴょんと1回跳ねた。

『気に入ったのか』

 パタパタと頭上を浮遊する主人の声に、メレが赤面して見上げた。

「出てきてたんですか」

『我の分のメシは注文を付けようと思ってな。……ああいうのが好みか』

「うるさいし、違います」

『なるほど。なら、お前も協力しろ」

「……何がです?」

 そこで、レドリゴスはぽんっと赤髪にルビーの眸の成人男性に姿を変えた。

「国を作ろうと思う」

「はぁ⁈」

「お前。仮にも我はお前の主人だぞ?」

「今更ですか?」

「竜種が領地を治めながら国組織にしていないトコロなんて山程ある」

「ウチを含めてあと3つですよ。その中でも、レドリゴス様クラスの強い竜種はここだけです」

 しれっと説明されて、レドリゴスが一瞬言葉を失う。

「……ディドリアスのトコロは……」

「あなたの従兄の西のディドリアス様は150年程前にサクッと国にされたじゃないですか。ちなみに、残っているのはサティス様のトコロとユーリタニア様のトコロです」

 

 どちらも従姉と従妹で……要は女竜だ。


「そんな事になっていたのか」

「私、ディドリアス様が国になさる時に何度も言いましたよね? めっちゃ叫びましたけど」

「お前の声は小さすぎて聞こえづらい」


ーー150年前。150年前……。他にも何かあったような?


 メレのキイキイ声を右から左に流しながら、レドリゴスが食堂に入った。

 中で働く者達が口々に挨拶を言うなか、軽く右手を上げてそれに応える。

「珍しい。人型で食事をなさるんで?」

「いや。今はたまたまだ。食事はいつも通り部屋で摂る。昨晩久々に良く運動したのでな。肉多めで頼む」

「わかりました。お客人には何を出しましょう? 人型とは聞いてますが、獅子ですか? 兎ですか? それとも豹?」

 種類によって主食がかわりますから。

「否。ガロス。あれはただの人だ。肉は小ぶりの一口サイズで。野菜は柔らかく煮込んでやれ」

「はぁ。人ですか……っ⁈ 人⁈」

 厨房がざわっと一瞬にして騒めく。

「いったい何処から拾って来たんですか?  今時人なんて滅多にお目にかかれないでしょう?」

「さあな。ウチの領で拾った。何処から来たかはこれから訊く」

「マジか。俺、祖父さんから1回だけ人族を見たことあるって聞いてた」

「私は曾祖父さんが言っていたと。とっくに絶滅したと思っていたよ」

「私は絵本で。まだ居たんですね」

 口々に話し出した厨房の仲間に、レドリゴスと話していたボスと思しき男が手を叩いて注意を促す。

「口を動かすのは後でだ。お客人はお腹を空かしていらっしゃる。早くご飯を作ってお届けしよう」

 料理人達が掛け声とともに料理を再開し、レドリゴスは厨房を後にしようとし……再度ガロスと呼ばれた男に声を掛けた。

「……人の脆弱な顎でも食べれる菓子を、何かしらつけてやってくれ」

「はぁ。脆弱な顎ですか。どれくらいの硬さなら大丈夫でしょう?」

「口に入れたら溶けるくらいだ」

「……人ってのはそんなに顎が弱いんで? 病人食でも作った方がいいですかね?」

 後ろ頭を掻く男の掌には立派な水掻き、腕には背鰭の様な鰭がある。

「いや。昨日あいつから貰った菓子が口の中で溶けたから、そういうのが好きなのかと思ってな。あいつが食っていたのはクッキーのような硬さのモノだった」

「まあ、あまり硬く無い料理を心掛けます」

「頼んだぞ」


 厨房を後にし部屋に戻る途中、レドリゴスは弾けるように神殿の外の空を鋭く睨み上げた。

「千客万来だな。もう次の客か」



※※※



「面白そうな事になってるじゃないか」

 レドリゴス領地の南の端。

 領地との国境の空に、人型の存在が浮いていた。

 背中には赤い、大きな鳥の翼が生えている。

「ルシト様には益の無い話かと。光の来訪者は竜種の中での伝説にございますゆえ」

 控える男の背には、大きな漆黒の翼。

「馬鹿だなぁ。竜種同士で争ってくれたら、俺達にもチャンスが来るかも知れないじゃないか」

 くくくと笑いながら、ルシトと呼ばれた男が遠方に見える白亜の神殿を見つめた。

「火山を持つこの領地、前から欲しかったんだよねぇ」

 レドリゴの領地に隣接するルシトの領地には、火山が無い。

 昔は領地の中心にそれは立派な火山があったのだが、活動を休止し、今や休火山と呼ばれて久しい。

 国に住まう国民の大半にとっては、それは不本意な事で。

「不死鳥と呼ばれる我々の一族にとって、火山が無いなど、我慢ならぬ」

 ルシト自身は不死鳥の血をひく王子だが、勿論火の中に飛び込んだ事など1度も無い。

 だが、火山を持たぬ国に成り下がってしまった今、同族の国に嗤われていることを常に屈辱と感じていたのだ。

「ほぅら。今もパスティエールが訪れている。もうややもすれば周囲の竜達が来訪者を奪いに集まって来る……」


 バシュンッ


 いきなり眩い光に包まれて、レドリゴス領の結界が更に強くなった。

「……は?」

 遠方の空には、結界に弾き出された緑の竜が力任せにドンドンと結界を叩いたり蹴ったりしているのが見えるが、全く効果は無かった。

「素晴らしい結界ですね。レドリゴス殿にこのような力があったとは、知りませんでした」

 黒い羽の男が、感嘆の声を上げる。

「……これが、光の来訪者の力か」

 国を守る結界。

 これ程の強さの結界が作れるならば、どの国にも脅かされる事は無いだろう。

「……欲しくなりましたか?」

 問いに。

「いや。俺では扱えない力だ。光の来訪者は、竜種にしか力を与えない」

 だが。

「竜種同士の争いの種には十分過ぎるほどだ」

 

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