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2.来訪者は渡さない


「レドリゴス様‼︎ 人間を拾って来るなんて、一体何があったんですか⁈」

 転がり落ちた男を慌てて抱え上げる男の神官達の横で(てる)が落とした鞄を拾い上げながら、女神官のメレが叫んだ。

 大きな声を上げないと、大きなレドリゴスには聞こえないからだ。

『その者は、光の来訪者だ。湯に入れて温めてやれ。あと、着替えも用意してやれ』


 そう言うと、レドリゴスはぽんっと小さくなった。

『部屋は神殿の中の我の部屋だ。他の竜に獲られてはならないからな』

 ふよふよと飛びながら、神官達の前に出て道案内するように神殿の廊下を進んでいく。

「光の来訪者様⁈ じゃあ、言い伝え通り、天から降ってきたのですか⁈」

『わからん。気が付いたら気配があったからな。契約は済ませた。丁重に扱え。思いのほか弱い』

「……わかりました。他の竜の気配もあったのですか?」

 この辺りはレドリゴスの支配する地域だ。

 もし他の竜が入り込んでいたら、それは不法侵入であり、排除の対象だ。

『いや。今はまだ無い。だが、光の来訪者は竜にとって喉から手が出る程欲しい存在だ。いずれ気配に惹かれてやって来るだろう』


 契約は済ませたが、光の来訪者の持つ力によっては契約出来る竜は1人では無い。

 輝は肉体的にはひ弱だが、内包する力は相当なものだ。

『我が見つけたのだから、輝は我のモノだ。誰にもやらん』

 きゅいっと声を立てて、レドリゴスは後ろを振り返った。

 輝は神官2人がかりで肩に腕を掛けて抱えられ、メレが合皮の鞄を持って付き添っていた。

「それで納得がいきました。今日、ラドウェル王国からの使者が来ましたよ。ご機嫌伺いとは言ってましたが、何か来訪者について勘づいているのかも知れませんね?」

 メレはレドリゴスの前にまわって部屋の扉を開ける。

『ラドウェルが? 油断も隙も無いな。あそこは青竜が治めていただろう?』

「そうですよ。こちらは神殿と街と村しかありませんが、あちらは国を挙げて来訪者様を奪いに来れますよ」

 兵力も国力も段違いです。

 レドリゴスはあまり国の運営に興味が無く、そもそも王都や王城を作る気も無く。

 守護すべき地域をただ護るだけで。

 レドリゴス自身が力ある竜なので一応他国からの侵入は無いが、組織的な軍などは持たない。

『だが、ラドウェルの国主は昔人間と交わっているから竜種としては脆弱だ』

「だからこそ、光の来訪者様を欲するのでは?」

『……ふむ。ならば試してみるか』

 レドリゴスが考え込むように俯いてから、ちらりとベッドに下ろされた輝を見た。

 まだ、意識は無い。

 輝はテキパキと神官の男達に服を脱がされ、冷え切った身体を部屋に運び込まれた湯気の立つ湯船に入れられる。

 メレは、布1枚をかけられた輝に赤面し、背を向けた。

「何をですか?」

 レドリゴスの部屋は勿論、レドリゴスが寛げるように造られている。

 ぽんっと元の10メートル超えサイズに戻り、ニヤリと真紅の瞳を細めた。

『血の契約に寄って得た力を……な』




※※※




 執務室のバルコニーから灯りの灯る城下を眺め、リオスは濃い藍色の瞳を細めた。

 深い藍色の髪と瞳の美しいラドウェルの女王。

 切長の瞳は触れると凍りつきそうな冷たい光を宿し、引き締まった四肢にしなやかに付いた筋肉は、リオスの姿勢の良さもあいまってさらに美しさを引き立てていた。

 ざわざわざわと、胸の中で騒ぐ何かを押さえつつ、握り締めた拳を胸に押し付ける。


ーー何だこの感覚は⁈


 人型を取って……竜にならなくなって久しいというのに、竜になって空を飛び、何かを捕らえたくて堪らなくなるこの感覚は?


ーー明らかに、レドリゴスの領地に何かしらの……得難い『何か』が出現したのだ。


 だが、その何かが分からない。

 竜種としては血が薄れつつあるので、そこら辺の感覚がはっきりしない。

 使いをやって伺わせたが、赤竜が留守である以外は、特に警戒もされず、いつも通りだったと言っていた。


ーーまだ、知らなかっただけでは?


 神殿の者達には、まだ知らされていなかったのでは。


 レドリゴスの領地はラドウェルと同じくらいの広さがある。

 街もあり、村も多く点在しているが、いかんせん赤竜には領地を国にする事に興味が無く、統率は執れていないように見受けられる。

 ただ、レドリゴスはかなり強い竜種なので、他の竜が領地を侵す事は無く、正確な所は分からない。


 今日の昼過ぎあたりから続くこの感覚に、ラドウェルの国主リオスは悩まされていた。


ーー何かはわからない。

  だが、欲しくて堪らない。


 ざわざわとする胸の騒めきを抑えて、リオスは執務室に戻った。

「陛下。隣国のパスティエールもレドリゴスに使者を送った模様です」

 控えていた部下のルトリアの報告に、右手を上げて応える。


ーーパスティエールも竜種が治める国だ。あちらも何かを感じているのだ。


 もし何かがあるのなら、間違い無く既にレドリゴスが既に押さえているだろう。

 リオスがその『何か』を欲して行くのなら、それは戦争を起こす事になる。


ーー多くの民を犠牲にしてまで得る価値のあるものだろうか?


 得体の知れない焦燥感に苛まれながら、リオスは悩んだ。


ーーだが、何事もなかった様に振る舞うには、気配が強すぎる。


 再びバルコニーに出て、夜空を見上げた。


「今から出る。残りの仕事は明日やる」


 ひゅんっと、美しいリオスの四肢は8メートル程の高さの藍色の鱗を纏った竜になった。

 大きな翼を広げ、その巨体を感じさせ無い様子でふわりと浮かび上がった。

「陛下‼︎」

『国境まで様子を見に行くだけだ』

 心配するルトリアに応えると、翼を羽ばたかせて飛び立った。


ーー欲しい…っ。欲しい! 欲しい‼︎


 近づくにつれて、騒めきは強くなる。


ーー何だこれは⁈


 抗う事の出来ない焦燥感に、羽撃きは強くなり、速く速くと急く声が自らの中から聞こえるようだった。


ーーこのままではいけない‼︎


 国境に近づき、慌てて降り立とうとするが体が言うことを聞かず、そのまま国境を超えてしまった。

 越境したまま飛び続ければ、間違い無く警戒したレドリゴスが出て来るだろう。


ーー今行っても、勝てる見込みは無い。


 レドリゴスは純血の竜であり、リオスは人との混血の竜だからだ。


『早かったな』


 だが、諦めて引き返すには騒めきが強すぎた。

 前方にギラつく真紅の瞳の赤竜を認め、リオスはもう引き返せない事を悟った。


『国境を侵した事は申し訳なかった。ただ、今日貴方が手に入れたモノが何なのかを教えてほしい』


 この騒めきの原因を。


 何とか自身の苛立ちを抑えようと呼吸を整えながら伺うが。


『……ほう? 分からないのか。混血になり、本能が、曖昧になっているように見ゆるな』

 可笑しそうに喉を鳴らす赤竜に、リオスは苛立ちを隠せずに咆哮した。

『早く‼︎ 教えぬなら奪いに行くまで‼︎』

 いる場所ならわかる。

 胸の騒めきが指し示してくれている。

『面白い。そのような貧弱な竜体で我に闘いを挑むなど笑止千万‼︎ 返り討ちにしてるれる‼︎』


 2頭の竜の咆哮を聞き、レドリゴスの領地の村人達は起き出し空を見上げた。

 大気を揺るがす巨体の咆哮とぶつかり合う音に、皆が固唾を呑んで闘いを見守った。

『やれやれ。民どもを起こしてしまったな。明日も皆朝早いというのに』

 寝静まっていた家々に灯りが灯り出したのを見て、レドリゴスが溜息混じりに呟いた。

 リオスは息も絶え絶えに向かい合っている。

『久々にいい運動になった。もう帰るがいい』

 ばさりと翼を大きく広げると、レドリゴスがニヤリと笑った。

『⁈』

 レドリゴスの胸のあたりから金の輝きが広がり、リオスを押しやった。

 強い力に押されて大きく弾かれた青竜は、自らの国の国境内まで飛ばされた事を知った。

 再び入ろうとしても、強固な結界に阻まれて国境を越える事は出来なかった。


ーー新たな結界? だが、今までのモノよりかなり強力だ。


 そんな結界を張ることが出来たのか。


 しかし、「否」と考える。

 結界に、騒めきに似た気配を感じたからだ。


ーーレドリゴスは『何か』を手に入れた。

  そして、それによって新たな力を手に入れたようだ。


 ギシッと歯軋りをして、リオスが結界を殴りつけた。

『ちくしょう‼︎』

 苛立ちのまま、もう一発殴るが、びくともしない。


 仕方なく、騒めく胸を抱えながらリオスは城に帰った。

 執務室のバルコニーに降り立ち、人型に戻ったリオスは膝を付く。


ーー必ず手に入れる。


 欲しくて堪らないあの気配を。


 まずは、アレが何なのかを調べなくては。

 近づくだけでは、ただ騒めきを抑えきれなくなるだけだった。

 アレが『何なのか』を調べて、計画的に奪わなければ。


ーーでなければ、早晩私はおかしくなってしまいそうだ。


 

 明日の朝一で、ルトリアに相談しよう。


 持て余す焦燥感を何とか宥めながら、リオスは無理矢理眠りについた。




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