1.ドラゴンはフレンドリー?
念のため、R15に指定させて頂きます。
ふりそそぐあたたかな日差しに、俺は目を細めて空を見た。
生い茂る木々の間から見える美しく澄み渡った空を見上げて。
ぐぐぐーっ。
「腹減ったな」
俺は、なんだか堅苦しい服に身を包んで柔らかい草の上に寝転んでいた。
さわさわと清々しい風が吹き渡っていく。
何故、自分がここにいるのか。
何故、腹が減っているのか。
此処はどこなのか。
頭の上にはクエスチョンマークしか無い。
「何か食うには、どうしたら良いんだ?」
がばりと身体を起こすと、周りを見渡し、我が身を見下ろす。
足には紐でくくった良い具合に履き慣れた革靴。
服は三揃いのグレイのスーツ。
営業だから、身嗜みにはまあまあ気を遣っている。
傍には出勤の際には必ずお供に持ち歩いている合皮の通勤カバン。
出勤中に何かがあって此処にいるのか?
にしたって……。
あまりにも、状況が分からなすぎる。
毎日会社と単身マンションの往復で、家には寝に帰ってる様なものだったけど。
此処にいる原因を考えようにも、直前に何があったのかを全く思い出せないのだ。
あまりに深く眠ってしまって、目が覚めた瞬間、そこがどこか分からなくなったみたいな感覚がずっと続いているような。
「とにかく、移動しよう。此処にずっといても腹は膨らまないし」
独り言を言って、立ち上がる。
動き辛いので、背広を脱いで腕にかけた。
ぱんぱんと背中側の埃を払って、鞄を拾い上げ……少し考えて、鞄を開いてみる。
中には、筆記用具や傘と一緒に、非常食にと常備していたカロリーメイドが1箱とポカリスウェッドが1本、それにいざと言う時に出せるように入れてあった可愛いチョコレート菓子が入っていた。
急な頼み事を女子社員にお願いする際の手土産的なヤツだ。
後は、定期券・財布・携帯。
背広の胸の内ポケットには名刺入れ。
社屋と部署に出入りする為のICカードも入っている。
出勤神器は揃っていた。
ーーやっぱ、出勤途中に何か事故とかあって変な世界に飛ばされたとかかな?
最近流行りの異世界モノ小説とかみたいな。
得意先の女社長がライトノベルにハマっていて、勧められて2、3冊読んだ。
話を合わせるためなので仕事の一環として本当は1冊だけ読むつもりだったが、昼休みに自分の席で読んでいたら周りの女子社員達に囲まれて、おすすめを置いていってくれて。
結局3冊目の途中までは読んだ……と、記憶している。
転生モノでは無いのは分かっている。
『自分』のままだからだ。
ーーもしかしたら、地球の裏側に瞬間移動したとか?
なら、此処は異世界じゃなくて地球ってことになるから、もう少し現実的になる。
ーー異世界なんて、あるわけないしな。
もしかしたら、人攫いとかに捕まって連れて来られて、やっぱいらないやって、ぽいされた可能性も……。
ばさりっと、大きな翼の影がその音とともに当たりを暗くした。
「……っ。マジか……」
見上げた俺は、やはり甘い考えは許されない事を痛感した。
頭上すぐの上空には、紅い鱗を陽の光に艶めかせながら、体長10メートル以上はあろうかというドラゴンが、大きな翼を広げ、その真紅の鋭く光る瞳で見下ろしていたからだ。
『お前が光の来訪者か』
直接頭に響く声に、俺は思わず両耳を両手で押さえた。
ーー光の来訪者?
「ドラゴンが喋ってんのか?」
怖さよりも、興味が勝った。
見上げたまま、その真紅の瞳を見上げる。
鋭く見えるのは、厳つい顔つきのせいかも知れない。
営業の性か、相手を観察するのは好きだ。
「俺は龍川輝。名前を教えて貰えるか?」
両手を上げて、赤いドラゴンに話しかけた。
『……。面白い。我はレドリゴス。この地を護る守護龍』
ドラゴンは、地響きを轟かせながら大地に降り立った。
『我が姿を見ても臆しないとは。さすがは光の来訪者だ』
言いながら、ドラゴンはギラリと大きな鉤爪のついた右手を輝の左胸に当てた。
と、鉤爪にぐっと力を入れられ、ぶすりと突き刺された。
「⁈」
驚きに声も出ず、輝は両手をその大きな紅い手に添えた。
ーー爪に貫かれ……?
鉤爪を引き抜いたドラゴンは、すぐさま輝をその手で抱え上げ、大きな口を開けた。
ーーうわっ‼︎ 生きたまま喰われるとか……⁈
堪らず、輝は硬く両目を閉じた。
しかし、いつまで経っても鋭い牙の感触は来ず、恐る恐る目を開ける。
『我はこの地を治める紅き火龍レドリゴス。血の契約に於いて、光の来訪者を我が主人とする事を今ここに誓う』
頭に響く声に目を開くと、間近にゴツゴツとしたドラゴンの顔があった。
長い舌が、左胸の血の滴る傷口に触れると。
「っ⁈ 熱っ‼︎!」
じゅっと音がして、小さく蒸気が上がった。
あまりの出来事に痛みを感じる間も無かったが……痛みは、改めて感じようと意識してみても、無かった。
明らかに血が出ていたのに。
「……あれ? 傷口も……」
傷口に自分の手で触れてみて、確かに貫かれた後がひきつれているような感触があるのに、既に塞がっていた。
『血の契約により、我とお前は生命が繋がった。我が身体の治癒力に罹れば、こんなもの、擦り傷も同然だ』
一瞬で消える。
穴が空き赤く血に汚れたカッターシャツとベストが、確かに怪我を負ったことを物語っている。
「ちのけいやく?」
そんなモノも知らないのかと、ドラゴンは深く長く鼻を鳴らした。
『「光の来訪者」は、ドラゴンと共に守護者になるのが決まりだ。ドラゴンと生命を繋ぐ事によって来訪者は繋いだドラゴンの持つ知識と力を自由に使える様になり、この地で生きていける様になる。ドラゴンは「光の来訪者」と繋がることによって、自らの地を護る為の力をより強くする事ができるようになり、他のドラゴンよりも力を得て、守護する地を広げる事が出来る。お互いに良いことだけだ』
ん?
言い切ったレドリゴスに、輝は心の中で首を傾げた。
ーーここから帰るって選択肢は無い感じだな?
「この血の契約って、どれくらいの期間有効か教えてもらえると……」
『死ぬまでだ』
ーーですよねー。そんな気がしてました。
「とりあえず、ちょっと食事していい?」
片手で抱え上げられた状態から地面に降りて地面に落とした鞄を拾い、ごそごそと中を漁ってカロリーメイドとポカリスウェッドを取り出した。
口の中の水分を全て持って行かれる勢いで乾くので、水分は欠かせない。
『それは何だ?』
「ああ。栄養補助食品……。食糧だよ。危うく自分が食糧になるかと思ったが」
命の危機的な心配が無くなると、今度は空腹を思い出した。
『変わった食べ物だな。人間の菓子か?』
「ん〜。まあ。菓子みたいなモノかな。ああ、菓子と言えば」
女子社員に上げる用に用意していたチョコレート菓子を開けて、レドリゴスの前に差し出した。
「こっちのが、ちゃんと菓子だな。食ってみる?」
って言っても、お前には小さ過ぎるか。
一箱に20個くらい入ってるが、一箱分全部一度に口に入れても味わうには到らないかも……と考えていると。
ぽんっと音がして、レドリゴスが手乗りサイズくらいになった。
すかさずひょいと輝の手からチョコレートを取ると、小さな両手で口に持って齧り付いた。
『ぬっ⁈ 美味いな‼︎ 初めて食べる味だ』
「それは良かった」
ーー良かったのか? こちらの世界にはチョコレートは無いって事が分かったんじゃ無いのか?
ちらりと考えて、深く長い溜息をついた。
ーー否。ドラゴンだから、人間の食べ物を食べなくて知らないだけかも知れないし。
「小さいと可愛いな」
『小さいが、強いぞ」
「……知ってる」
肩に乗って2つ目のチョコを要求するレドリゴスに包装を剥いたチョコを渡してやりながら、2本目のカロリーメイドに齧り付いた。
「町とか、人が住んでる所に行かないとだよな? 近いの?」
何気なく聞くと、
『近いぞ。ひとっ飛びだ』
と、答えが返ってきた。
ーーまあな。
メートルとかの概念も無いだろうし、ドラゴンに近いか遠いかって質問が愚問だったな。
「日が高いウチに、町に行きたい。乗せてくれるか?」
穴が開いて血だらけのシャツを隠す為に、土埃を払った背広を羽織る。
『妙な服を着てるな』
「だからだよ。あ〜。でも、金が無いか。まずはどうやって稼ぐかからか?」
異世界本2冊半の知識では、異世界初心者と呼んで差し支えない。
今のところ、生活力は皆無だ。
目立たない服をと思ったが、先立つモノが無い。
『我が神殿に来るがいい。お前1人くらい、生活には困らん』
そう言うと、赤竜はぽんっと大きく戻り、輝を首の背に乗せて飛び立った。
慌てて鞄を落とさない様にしっかり掴んで首にしがみ付く。
「待っ……⁈ 飛んでる‼︎」
『落としはしない。が、掴まっていろ』
ぐんぐんと上昇していき、キツい風に目が開けられない。
「レドリゴス‼︎ もうちょっとゆっくり飛べないのか⁈」
『お前、ゆっくり飛んだら落ちるぞ? 我は大きいからな』
笑いを含んだ答えに、風に耐えながら歯を食いしばる
ーー空、寒い‼︎ 背広着てて良かった‼︎
「近いんだろうな⁈」
『……近い』
「その間は何だ⁈」
『………』
「レドリゴス⁈」
『お前は思いの外ひ弱な生き物だな。訂正しよう。我には近いが、お前には遠いかも知れない』
「ーーー⁈」
その後、時間にして約15分程。
ガチガチと歯を鳴らす程の寒さと強風に耐えて必死にレドリゴスの首の背にしがみ付き、レドリゴスの神殿に着いた時。
俺は意識を失ってレドリゴスの背から転がり落ちた……らしい。