第六話:戦闘
朝。春真っ只中のカング王国のミストリア魔法学院に陽気を乗せた強い風が吹く。
――渺。――渺。――渺。
開かれた窓から入り、カーテンが翻る。
程よく温かいそれはカルディウスの頬を優しく撫で、夢から現へと意識を移させる。
薄らと開いたカルディウスの水晶体を澄んだ朝日が透過した。
「おはよう、カルディウス君」
人の声がして眠たく、重たい目蓋を開ききると向かい側のベッドには金色の髪を靡かせた碧眼の少女が座っていた。
たとえその人物が男子生徒の制服を着ていたとしても関係無い。
「……可愛い。天使だ……」
朝日に照らされているその姿はまさに天使そのもの。それを天使と呼ばずになにを天使と呼ぶべきなのか。
「カルディウス君? 寝ぼけてるの?」
その人物は立ち上がり、カルディウスへと近づいてくる。
天使が近づいてくることに慌ててカルディウスはその体勢を整える。
目先三十センチほどまで近づいた天使はカルディウスの両肩に手を置いた。
「いや、そんないきなりはいけないと……」
言いつつゆっくり目を閉じてくるカルディウス。
期待しているのは言わずともあれしかないだろう。
だがしかし、そんなことがあるはずもなく、肩を前後に揺らされたカルディウスの、頭は大きく揺れ動いた。
「そろそろちゃんと起きないと朝ご飯食べられないよー。あ・さ・ご・は・ん!」
「あ、おはようどうしたの? 俺の肩なんて持って。……まさか!? ……俺そっち系じゃないんで!」
「ぼくも違うから! 君を起こそうとしてただけだよ!」
リースが乗り出して否定したことで顔の距離はより近づき、優しい匂いがカルディウスの鼻腔をくすぐった。
「おはよー! 二人と起きて……る……」
その時、ちょうど良いのか悪いのか、いや絶望的に悪く、ティナが勢いよく部屋のドアを開け放った。当然のことながら二人の光景はすぐに認識できる訳で。
「……まだ入学してすぐだよ!? 早くない!?」
カルディウスたちが理解して欲しくない方向に理解されていた。
遅れてカルスたちが部屋を覗く。彼は顔に爽やかな笑顔を浮かべて外に出、アリスは目を見開き、固まっていた。
「…………ま、まあ好みは人それぞれですし、深くは追求しませんから朝ご飯に行きましょう」
辛うじて平常心の一部を取り返したアリスはカルディウスたちから目を背けつつ言った。
「違うからーー!!」
リースの高めの声が寮に鳴り響き、未だ眠っていた人たちの良い目覚ましになったのは余談である。
*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*――*
朝食を食べ終えたカルディウスたちはクラス分けの表を見るために講堂入り口へ来ていた。
「お、結構空いてるな。これならすぐに見れそうじゃね?」
講堂の入り口には一年生の証である五芒星のバッジを付けた人しかいない。学年が上がるごとにクラスが変更となることはほとんどなく、変更があった場合でも個別に連絡されるだけで表が張り出されるわけではないためだ。
表記は見つけやすいよう受験番号順になっていた。
「えーと、俺とティナとアリスは普通科Ⅰだな。ルディは……案の定特科か」
大抵、特科は上級魔法が使える場合に配属されることがほとんど。カルディウスの場合は下級魔法であるとはいえ、同時に多数発現し、魔力保有量が多かったことが大きな理由だろう。
「それでリースはどうだった?」
「ぼくかい? 君と一緒で特科だったよ」
「知り合いに特科が二人……これはまさに奇跡だね!」
ティナの言うとおり十人しか入ることの出来ない特科に知り合いが一人でも入れば凄い偶然なのに、二人も入るとなると奇跡としか言いようがない。
当のリースはカルディウスと同じクラスになったことを心から喜んでいた。
「違うクラスになったけど頑張ってね。また放課後に」
「はい、カルディウス君たちも頑張ってきてください」
その場で別れ、それぞれの教室へ向かう。普通科は全ての教室が同じ建物の中にあるが、特科のみ別の建物にある。
特科の建物は特科専用の実技演習場と隣り合わせになっている。特科専用の実技演習場があるのは万が一、特科の学院生が発現した魔法が暴走した時に他のクラスに被害が出ないようにするためだ。特価の学院生は魔法の創造や改良といった危険を伴うことを研究している人が多いのも原因の一つである。
「まさか俺が特科に入ることになるとは思ってなかったな」
「……それ本気で言ってるの?」
戯言をいきなり吐き出したカルディウスにリースは戸惑いの表情を浮かべる。
実際にその現場を見ていないものの、ティナたちから組み分け試験でのことは聞いていた。
「いや、だってまだ俺、中級魔法も使えないわけだし」
「そうなの? ……ていうことは下級魔法で組み分け試験を受けたの?」
「勿論そうだよ。使えるなら中級魔法を使いたかったんだけどね」
特科に入る人ならすでに上級魔法まで使える人がほとんどである。最低でも中級。下級で特科に入ったという記録は一切ない。
だからリースはカルディウスが宝級魔法を使えるものだと思っていたのだ。
「……凄い人と友だちになったかも……」
「あ、着いたね。ここが第一学年特科の教室か……」
リースの呟きはカルディウスの耳に入ることはなく、目的地に着いた彼は感慨深く教室のドアを見つめた。
何の変哲もないドア。カルディウスにとって初めての魔法学院の扉。
大きく深呼吸をしたカルディウスは取っ手に手をかけ、確かに、ゆっくりと、だが力強く横にスライドさせた。
――瞬間。
「……――サンダー・ボール」
「――ッ!?」
開かれたドアの向こうから飛んできたのは十を超える雷撃。その一つ一つが意識を持っているかのようにドアの前に立っている人物――カルディウスを目がけて一直線に飛来する。
殺す気は感じられない。だが、怪我をさせるくらいなら厭わないと言わんばかりの本気を纏った雷撃だ。
カルディウスに詠唱をしている暇はない。マジックリポジトリにアクセスするならば最低でも一秒は必要だ。ならばとカルディウスがとった方法は一つ。
「氷壁と成せッ!」
マジックリポジトリにアクセスすることなく、脳内で術式を完成させたのだ。カルディウスにとってなれた魔法であればマジックリポジトリにアクセスするよりもコンマ数秒早く発現できる。
氷の壁に阻まれた雷撃は電気の行き場を失いそこで霧散する。
「ファイア・ランス!」
ただ、いきなり攻撃を仕掛けてくる者がこれだけで終わらはずもなく、次なる攻撃が飛んでくる。
火で形作られた槍がいとも容易く氷の壁を通過するのは想像するに容易。
マジックリポジトリにアクセスしながら水の壁をくぐり、教室の中へ突入した。
どういうわけか教室の中には一人の男しかいない。偉そうに腕を組み、体勢の悪いカルディウス攻撃するそぶりはみられない。何人かは来ていてもおかしくはない時間のはず。――と考えるのをそこで止め、転がり込んだ体勢を整える。
そして次は先制攻撃。
「ライトニング・ランスッ!」
きちんとマジックリポジトリにアクセスした正規の魔法。
雷の槍が男へ向かい無数の線を描き出す。その本数は優に五十を超えている。
爆薬が爆ぜる音。とても教室で聞くものでないその音が鳴り響き、石で出来た教室の床を抉り取る。舞った粉塵によってカルディウスの視界さえもが遮られた。
そのことはカルディウスの槍が何らかの障壁などに遮られることなく、確かに命中したことを示す。
カルスたちならばこの時点で勝敗は決している。
もしカルスたちよりも強いとしても、あくまでも人間。落雷にも近い電撃をまともに受けたとしたら戦闘不能になるのは自明。至極当然。森羅万象の一端にも属するそれに人間の基礎能力で立ち向かえるはずもない。
本人たちにとっては長い静寂の時は終わり、垂れ幕のように視界を遮っていた粉塵は自重によって地面へと向かい、視界が晴れていく。
「……なッ!?」
晴れた視線の先。カルディウスが捉えたのは抉れた地面のみ。そこに男の姿は一切なかった。
急ぎ、首を廻らせて男の姿を確認しようとする。
刹那、カルディウスの首筋に冷たく鋭利なものが当てられる。
「――おっと、動くな。首に当てられてるのがなにか分かるな?」
脅すために作られた模造のナイフではなく、本物のナイフ。首筋から伝わる感覚がそう告げていた。
この状況をどのように抜け出すか必死で志向をめぐらす。相手の意表を突き、抜け出すのが尤もな手だ。しかしながら、現状はうまくいかない。両手は後ろで掴まれ、皮膚に傷が入るギリギリのところまでナイフを当てられている。さらには足も絡められ、一切の身動きが取れない状況だ。
残りで取れる方法は二つ。一か八かで魔法を発現する。または――。
「降参するか?」
耳元で男の冷たい低い声が鳴り、カルディウスの鼓膜を通過する。
特に対処する方法もない現状ではそれも良いだろう。けれどもそんなことで屈するほどカルディウスのプライドは低くなかった。
「――拒否するよッ」
ナイフと首。その僅かな隙間に魔法で氷の板を入れ込む。
驚いたことで拘束力と握力が弱くなったところで一気に体制を崩させる。さらに、相手が再度力を入れる前に手首を掴み、ナイフを奪う。
再び役に立った前世の記憶。護身術を習っていたのが功を奏した。
形勢は一気に逆転する。
ナイフを奪われた相手はカルディウスから十分な距離をとる為に後退する。が、それを容易く許すカルディウスではない。
「ファイア・フォール」
退路を防ぐように発現された火の壁。
「アース・ランス」
追い打ちをかけるように放たれた土の槍。
「ウィンド・スラッシュ。ファイア・ランス」
さらに追い打ちをかける風の刃と火の槍。
そこに男へ向かってナイフを構えて突進むカルディウス。
これらは防ぎようがないと観念した男はその言葉を口にする。
「……参った。降参だ」
男の言葉を聞いたカルディウスは魔法の発現を止め、ナイフを構えつつ、ゆっくりと男に近づいた。
その切っ先を向け男に問いかける。
「あんたは何者だ。目的は」
「俺は――このクラスの担任だ」
男はカルディウスの問いに真面目な表情をしてそう答えた。