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第五話:邂逅

 組み分け試験が終わったカルディウスたちは寮に向かっていた。試験の結果は明日発表されるらしく、まだどのクラスに入るのかは決まっていない。


 寮の部屋は当然、クラスにかかわらず決まっている。寮の振り分けも試験と同じく、受験番号で決まっていて、カルディウスたちの寮は同じミスラ寮である。


 寮の名前は属性ごとに存在する神の名前からとっている。ミスラは光を司る神だ。姿は太陽の形をしたものとされ、多くは歯車で描かれている。ただ、実際に見た人は未だ存在しないため、実物は定かではない。


「それにしてもやっぱでけえな」


 学院寮は全部で八つあるのだが、一番収容人数が少ないのがミスラ寮である。しかし、新しく作られたこともあり、施設が充実しているため、普通の宿よりは大きくなっている。収容人数は約三百人、二人部屋が基本で二百部屋ある。部屋の他にトレーニングルーム、談話室、売店などが一階にあり、通常の生活は寮の中で完結できるほど。さらに魔導エレベータが二機もある贅沢仕様だ。


「部屋、お互いに一緒だといいですね」

「そうだね、その方が楽だし」


 もちろん、部屋は男女別の決まりになっているが、それぞれの部屋を訪問することについてはなんの規則もない。そのため、カルスとカルディウス、ティナとアリスがそれぞれ同じ部屋なら集まる時に手間が減るのだ。


「ま、とりあえず見に行こ」

「それもそうですね。まだ分からないことですし」


 部屋割りの表は寮のロビーにある掲示板に張り出されており、確認した後に部屋に向かうことになる。荷物はすでに部屋に届けられ、鍵も物理鍵ではなく生体認証で開くため、荷物や鍵を受け取る必要はない。


 収容人数が比較的少ないことと上級生の部屋変更はほとんどないことが幸いし、掲示板の前には少ししかおらず、すぐに部屋番号を確認することが出来た。


「あー、ティナとアリスは一緒だけど、俺とカルディウスは別なのか。そううまくいくもんじゃねえか」

「仕方ないかな。両方同じ部屋ってちょっとした奇跡だし。……同室の人がいい人だといいけど」

「あ、俺も気になってきた。んじゃあ部屋確認してある程度したらティナたちの部屋集合でいいか?」

「分かった。アリスちゃんもいいよね?」

「ええ、かまいませんよ」


 部屋割りの結果、アリスたちの部屋は二階、カルディウスは三階、カルスは五階となった。四階以上にはエレベーターが止まるので、階段のところでカルスは三人と別れ、エレベーターに向かった。


「んじゃあ、俺はここで。またあとでな」


 二階で二人と別れたカルディウスは自分の部屋へ足を向ける。階段から一番離れた、いわゆる角部屋がカルディウスの部屋となっていた。一つ一つの部屋が多いのか、廊下に並ぶドアの数はあまり多くはない。


 部屋の前に着いたカルディウスはドアノブへ手をかける。


「開錠、ユーザ、カルディウス」


 ドアノブをつかむ拳の上に小さな魔法陣が現れる。それはカルディウスの掌に触れたかと思うと次の瞬間には中の歯車が動く音がノブを伝って響いた。


 音声と魔力。誰一人として同じものがないその組み合わせを認証に使い、さらに不可逆暗号化することによって何人たりとも破ることの出来ない高度なセキュリティを誇る個人認証方法だ。このセキュリティを破るとしたらドアを直接ぶち壊すに他ないだろう。


 鍵が開いたことを確認したカルディウスはドアノブをひねり、扉を開いた。


 瞬間中からあふれ出すのは防虫剤と木でできたタンスの匂い。虫を防ぐために作られたその匂いは祖父母の家を思い出させるような心を落ち着かせる匂いだ。誰もいないときに虫が入ってこないようにまかれたのだろう、部屋の空気と一体化し、匂いが広がっている。


 カルディウスは部屋に入り、一度周りを見渡す。


 入って正面には大きな窓。左右の壁側にはベッドと机が備え付けてあり、椅子に座ったときの正面には棚が壁に固定されてる。ベッドとベッドの間には人二人縦に寝ることが出来るスペースがある。至って普通な寮の配置だ。


 ただ、一つ違う点があるとすれば先客がいたことだろうか。


「どうも」


 先客の姿を見たカルディウスは軽く礼をする。


 何事にも第一印象が大事なのだ。まして学院生活中同じ部屋になるのだから最初から悪印象を持たれては生活しにくいだろう。


「あ、君がカルディウス君だね。ぼくはリース。よろしく」


 右側の椅子に座り、本を読んでいた彼はカルディウスの声に振り返った。


 肩の辺りで切りそろえられ、緩くカーブした金髪は若く輝き、瞳は底が見えるほど透明度の高い海のように澄んだ青色だ。男だと知らせられなければ女に見間違うほど整った顔をしている。また、声も高い方であるため、中性的である。


「よろしく。ところでどうして俺の前を知ってるの?」

「それは勿論掲示板で見たからだよ」


 カルディウスたちは自分の部屋番号を見ることだけに集中していて気付いていなかったが、同然のことながら掲示板には他の人の部屋番号も書かれていたのだ。つまり、部屋番号から探せば同室の名前が分かるという訳である。


「確かにそうだね。すっかり忘れてた」

「ところでぼくがこっちで良かったかな?」

「別にこだわりはないし大丈夫だよ」


 左右どちらの机を選んだのかで変わるのは引き出しがベッド側にくるのか窓側にくるのかの違いしかない。あとは個人の気分の問題だろう。


 リースはドアの前に突っ立ったままのカルディウスに近づき、手を差し出した。


「さっきも言ったけど、一年間、よろしく」

「こちらこそよろしく。あ、そう言えばこれから地元の友だちと集まるんだけどリース君も来る?」


 いつかは紹介するだろうからどうせなら今のうちに紹介していても構わないだろう。勿論、リースが大丈夫だったら、だが。


「ならせっかくだから行こうかな。ボクこの学院には知り合い居ないし」


 この学院にはたくさんの領から学院生がやってくるのだ。たとえ定員が二千人だとはいえ、知り合いと一緒に入学出来るとは限らない。三人の知り合いと入学出来るなど奇跡と言ってもいい。


「それじゃあ行こうか」


 カルディウス、リースの二人が部屋から出ると金属同士が打ち合う音がして鍵が閉まった。


 アリスたちの部屋に行くとすでにカルスは来ていた。


「遅かったな、カルディウス……ってそいつは?」

「ル、ルディ君が女を連れてきたーッ! なにどこで会ったの? 早速ナンパしちゃった? カルス君じゃないんだからそんなこと……しないよね!?」


 リースの姿を見とがめたティナが一度に捲し立てる。カルディウスの同室であると知らないティナが美少女に見える美少年のリースを女子と見間違えるのも仕方がないだろう。ただ、何故か自分がナンパ魔のように言われていたカルスはとてつもなく心外そうであったが。


「と、とりあえず落ち着いて。ちゃんと男だよ制服見たらわかるでしょ」


 身を乗り出して顔を近づけるティナを押し返しつつ、カルディウスたちは部屋の中に入った。


 部屋の構造は階で違うはずもなく、置いてあるものも総じて一緒だ。しかし、床にはすでに絨毯が敷かれており、テーブルが設置されていた。これはティナが自分で持ってきたものである。火を発生させるものや気分が良くなる薬、酒などのものでない限り大体のものは持ち込み可能なのだ。


「じゃあとりあえずリース君の紹介からだね」

「了解。ぼくはリース、リース・ヒルカ。カルディウス君の同室になりました。これからよろしくお願いします」


 リースは起立して礼儀正しく自己紹介をした。そのきっちりとした姿にはティナたちも感心したようで驚いていた。


「ほえー、貴族みたい」

「そうだな。どこかの誰かより貴族らしいぜ」


 あからさまに誰か分かるように、話題に上げられたカルディウスは自分でも自覚をしているのか目を瞬かせてそっぽを向いている。


 社会人として働いた経験はあるものの、貴族としてキチンと生活したことは一度もないために、未だ身体が馴れていないのだ。頭では分かっていても身体が追いつかないとはこのことである。


「というかあなた、カルディウスの同室ということは男の子なのね」

「確かにな。カルディウスの同室が女子とかうらや……けしからんもんな」


 もしかしたら同室が女子かもしれないと考えたことも無い訳ではない。……やはり現実はそこまで甘くなかったが。


「カルス、あなた本音が出ているのだけれど」

「俺は嘘が吐けない質なんだよ」

「何言ってんの、カルスは都合が悪くなるとすぐ嘘吐く癖にー」

「カルスだから仕方ないよね」

「なんだよそれ」

「ははは、みんな仲が良いんだね」


 カルディウスたちのやりとりを見てリースが笑みをこぼす。


 自分の知らない地に一人で生活しようとしていたのだ。顔には出さずとも寂しかったに違いない。出来るかも分からない学友が入学早々出来たこともあってリースの心の荷はカなり軽くなっただろう。


「なんだかんだ言っても俺たちは小さい頃から一緒だからな。ほとんど遠慮なんてしないし」


 カルディウスとカルスたちが出会ったのはカルディウスが一度だけ親に隠れて屋敷を抜け出したときだ。


 彼に読む許可が出ている本は全て読み切り、特になにもすることがなくなった彼は思い切って屋敷を抜け出した。治安もよく、騒動もあまり起きないヴェインヘルン家の警備は大して厳重なものでなく、子ども一人くらいが抜け出すだけなら可能であった。ただ、今ではカルディウスが抜け出したことを受けて警備が少しだけ厳重になっている。


 屋敷を抜け出した彼が向かったのは草原だった。危険な動物がでることもなく、比較的安全であるため、子どもたちの遊び場となっていた草原だ。草原になにがあるのか知らずに行った先でカルスたちと出会ったのである。


 彼らはすぐに仲良くなり、カルディウスを捜索に来た兵士がやってくるまで子どもらしく鬼ごっこやかくれんぼなどをして遊んでいた。


 それがカルディウスとカルスたちの出会いである。


「憧れるなあ。ぼくにはそんな友人は一人もいなかったから」


 少しの影を落として顔をうつむかせた。そんなリースの表情を見てカルディウスたちは笑って話しかける。


「大丈夫。俺たちがもうリースの友だちだから。これから仲良くなっていけばいいし」

「そうだな。俺にとっても友だちは多い方がいいからな。出会ったその時から友だちだ」

「そうだよ! もう友だちなんだからね」

「私もそう思うわ。もしあなたが私たちと友だちになりたくないというなら別だけれど」


 カルディウスたちの優しい言葉に再びリースの顔に笑みが戻る。


「ありがとう。これからよろしく」

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