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裏一話:回想

 学院長祝辞を終えたリーナは通常の執務をするために学院長室へ戻った。

 

 学院長室には立派な机とそれに見合う椅子が置いてある。全ての部品が最高級のもので作られている椅子は彼女の身体を優しく包み込む。


「……疲れた。やっぱり人前に出るのはやだ」


 講堂のときとは打って変わって外見相応の声が誰もいない学院長室に反響した。学院長祝辞の声は魔法によって作られた声で、彼女の本当の声はこっちの方である。


 呟きつつ机の引き出しから取り出したのはチョコレート。しかもただのチョコレートではない。王都では一番有名な菓子店が作った王族も御用達の超高級チョコレートだ。


 口に入れた瞬間に広がるのは研究し尽くされた末に編み出された究極の風味。カカオ独特の苦みと厳選された砂糖の甘みが丁度良いバランスで成り立っている。それはまるで肉体に作用するマッサージの如く精神的な疲労を解放してゆく。


「……おいし」


 表情を緩くし、チョコレートの感想を一言呟いたリーナは視線を机の上にある大量の書類に移した。


 学院長である彼女の仕事内容は通常の教員とは比べものにならないほど多い。毎日提出される各教員の研究進捗状況の確認、学院内で起こった大きいものから小さい事件の把握は常に。あと今はまだ無いが各学級の学習状況を確認、などさらに多くの仕事が待ち受けている。新学期が始まるときだから多少少ないものの、あと少ししたらもっと増えてくるだろう。いや、年度初めということもあり、通常よりも多くなる可能性がある。


 そんな毎年のことながらストレスの原因になる状況に溜め息を吐きつつ、作業を開始したリーナを遮るように学院長室の扉がノックされた。


 心地よく質の良い木の音が三回鳴り、氏名を告げて入室する。


「どうしましたか? ジョセフ先生」


 入ってきたのは金髪の、比較的若い三十代後半くらいの男性だ。黒い魔法衣を身に纏い、四角い縁の眼鏡を付けたその外見は知的な印象を与える。ジョセフ・マクルト・ディ・ウィザームル、ここミストリア魔法学院にて教鞭を執る教員の一人である。今年は一年の学年主任と特科の魔法術式基礎概論の教科担任を兼任することになっている。


 特科とは魔法学院に存在するクラスのことだ。魔法学院には大きく分けてクラスが、特科、普通科、攻撃科、支援科の四つある。


 特科は組み分け試験で上位十人程度に入り、かつ発展性のある学院生が振り分けられる。大半の学院生は普通科で、人数に合わせてさらに複数に分かれることになる。攻撃科、支援科はそれぞれしか発現出来ない学院生が入ることになっている。


 その特科に教えられるということはそれ相応の能力を持っているという訳だ。


「それが組み分け試験で凄い学院生が……」

「ああ、大丈夫ですよ。誰かは分かっているので。カルディウスくんですよね?」

「え、あ、はいその通りです」


 言おうとしていたことを先に言われたジョセフは若干戸惑ったあと、返答する。どうして知っているのかという疑問が頭に浮かんだが、口にすることはなかった。


「ならもういいですよ。新年度もよろしく願いしますね」

「は、はい了解しました。失礼します」


 ジョセフが出て行き、木と木がぶつかり合う音がして扉が閉まる。その音が聞こえるときにはリーナの意識はすでにここにはなかった。



*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*



 カルディウスとリーナが初めて会ったのは八年前。まだカルディウスが四才になったばかりのときのことだ。


 名前からも分かるようにリーナは魔士爵をもつ貴族である。しかもただの魔士爵とは違い、王国の重要役割を引き受けるような、ヴェインヘルン家と近い立場にあった。そのこともあってかシューベルス家とヴェインヘルン家は比較的多くの交流をしていた。


 あるとき、ヴェインヘルン家から食事に招かれたので家族全員でヴェインヘルン家に行くことになった。極力外出することを避けていたリーナだが、招待されたとあっては行かなければ相手に失礼だと思い渋々ながらも付いていくことになったのだ。


 食事も終わり、兄弟や両親はそれぞれ面識があるヴェインヘルン家の人と話し、誰も話す人がいないリーナは暇を持て余していた。ならば、と同じく暇を持て余しているであろう我が息子と遊んでいてはくれないかと言われ、それがカルディウスとリーナの出会いの原因となった。


 当時、四才のカルディウスは当然、面識がある人がいるはずもなく、一人個室で本を読んでいた。カルディウスが読んでいたのは初級魔法に関する本である。ある程度簡単な本で小さい子ども向け――それでも六才以上対象――であるため、まだ四才である子どもが読んでいたとしても少し勉強ができる子程度ですむはずだ。魔法を発現することに関しては初めてのカルディウスにとっても丁度いい本である。


 静かに集中してその本を読んでいたカルディウスはリーナが部屋に入ってきたということに気付かず、そのまま本を読んでいた。


 人との関わりを極力避けてきたリーナにとって小さい子どもというのは普通の人よりも関わりづらく、集中しているその人物にどう話しかければいいのか分からなかった。


「お姉さん誰?」


 しかし、丁度本を読み終わったカルディウスがいきなり話しかけてきた。このとき、リーナはすでに二十才を超えていたが、やはりというべきか身体は現在よりも少しだけ小さく、顔も幼かったのでさらに子どもらしい印象を与えていたのか、カルディウスは敬語を使うことはなかった。


「え、……えーと私はリーニャッ」


 いきなり話しかけられて戸惑ったリーナは自分の名前であるにもかかわらず、途中で噛んでしまう。それを聞いたカルディウスは口を開けて笑った。


「あはは、お姉さん面白いね。どうして名前言うだけなのに噛んでるの」

「え、いや、これは」

「まただ、お姉さん人と話し慣れてないでしょ。人と話すときは目を見て話さないと」


 カルディウスは転生しているために対人スキルは普通の人のそれとは比べものにならないほど高い。それは何回も人生を繰り返しているから当たり前なのだが、知るよしもない人たちは大人な印象を受ける。リーナも同じで大人な印象を受けていた。


 通常ならば背伸びしている子どものようにとられることが多い。だが、人付き合いが苦手なリーナにとっては相性が良かった。相手が話題を先導してくれる方が楽なのだ。


「……ごめん。それでなんの本を読んでたの?」


 とりあえず何かしらの話題を出そうとする。すぐに思いついたのはさっきまでカルディウスが読んでいた本のことであった。


「これは初級魔法の本だよ」

「え、もう魔法を習ってるの?」

「いや、これは俺が勝手に読んでるだけ。魔法は六才から教えてもらえる」

「じゃあ、お姉さんが少しだけ教えてあげようか?」


 すでに魔法学院の教師として働いていたリーナは上級魔法までを修めており、それ以下の魔法であれば教える資格を持っていた。


 リーナの言葉にカルディウスは目を輝かせた。いままでの転生では魔法を研究対象にしたこともあったが、理論だけで実際に使うことは魔力が少なくできなかった。また、今回も六才で魔法を習うことは決まっていたものの、これまでは遠くから見るだけで直に魔法を見たことがないし、使ったこともなかった。


 その理由はカルディウスがまだマジックリポジトリ取得の儀式をしていなかったためだ。この儀式をしていないとマジックリポジトリにアクセスできない。儀式を行えるのは基本的に血の繋がった家族のみでリーナにはどうすることも出来なかった。


 けれどもカルディウスにとっては魔法を見せてもらえることだけで十分であった。


「早く、早く」


 このときのカルディウスは実際に魔法を見ることが出来ると知り、テンションが上がっていた。研究で見ていたのは儀式魔法が多く、個人が発現する魔法は初めてなのだ、仕方がないだろう。


「うーんじゃあ、その本よりちょっとだけ上の魔法を」


 少し考えたあと、リーナが詠唱を始める。


「ユーザー、リーナ。マジックリポジトリ、アクセス。フロスト・エア」


 リーナが発現したのは空気中の水分を集めて氷結させる下級魔法である。気泡を一切含まない正八面体の氷は向こう側が難なく見えるほど透き通っている。若干色が青くなっているということもあり、某有名な地球を襲撃する生命体の五番目のようであった。


 通常状態ではなんの攻撃性も持たない魔法であるが、先端を鋭利にして高速で飛ばせば人一人を殺せるほどの効果を持つ魔法である。


「おおー、すごいすごい。でも、魔法陣は一瞬だけなのか……」


 カルディウスが注目していたのは魔法本体ではなく、魔法陣の方であった。一瞬で消える魔法陣には術式が全て書かれているため、読むことが出来ればマジックリポジトリにアクセスせずとも、魔法を発現することが出来る。ただ、今まで魔法陣から直接術式を読み取ったという人はほとんどいない。


 術式の全てが書かれているが故に、複雑で難解。術式はたとえ初級魔法であってもぎっしりと詰められ、各要素について解説を記述するとなると本一冊分はくだらない。それを一瞬のうちに、仮に何回見たとしても完璧にコピーできるのはそうそういないだろう。だからこそマジックレポジトリに存在しない固有魔法が創造者だけのものになっているのだ。


「多分見えないんじゃないかな。私も見えないし」

「む、ちょっとは見えた」


 いくら転生したところで性格が大きく変わるはずもなく、そのうちの一つである負けず嫌いというのものはいくつになっても消えることがなかった。出来ないといわれたらどうにかしてやり遂げたくなるのがカルディウスの性格だ。


「ふーん、じゃあ見せて」


 リーナもリーナでいたずら心が過ぎる嫌いがある。カルディウスが強がりで見えたと言ったのだろうと思ったのか黒い笑みを浮かべながら催促する。


 リーナの言い方に闘志を燃やされたカルディウスは意地になって魔法の発現を始める。


「其は蒼く、冷たき氷の精霊。我は人の子、其方の力を以て力を顕現す。(くう)は凍てつき、氷塊と成るッ!。フロスト・エア!」


 カルディウスの詠唱に導かれ、魔法陣が構築されていく。詠唱は魔法陣の輪郭のみを形成する。それ以外の部分、術式の詳細については脳内で構築が必要となる。ほとんどは転生前の研究で見てきたもの。過去の記憶と見たばかりの魔法陣を思い出しながら構築を完了させた。


「すごい……。……あれ?」


 マジックリポジトリにアクセスせずに魔法陣から詠唱を読み取ったことに驚愕していたリーナだが、ふとある異変に気付いた。魔法陣の構築が完成しているはずであるのに、魔法の発現の兆候が一切ないのだ。


 よくよく見てると一部に魔力が溜まっている。その場所は設定された魔力が集まるまで魔力を溜める通常の魔法であれば(・・・・・・・・・)どの魔法にもある部分だ。

 

 儀式魔法には存在しないある要素。魔力を蓄積するリミットがこの魔法陣には存在していなかった。

 

 際限なく蓄積されていく魔力。どこまで溜まるのかリーナにはわからない。しかし、このままでは巨大な氷が現れるのは予想するに容易い。


 リーナが急いでカルディウスを連れて部屋を出て行こうとする。


「出来た!」


――のは叶わず、先にカルディウスの魔法が発現した。


 純粋に氷を出すだけの魔法であったのが幸いし、部屋を埋め尽くす程の氷が生成されただけで済んだ。もっとも、すぐに落下した氷のせいで床に大きな穴が空いたのだが。


 このあと何度説明してもカルディウスがやったと信じてくれない両親に怒られ、全ての責任をとる羽目になったのはリーナである。


 これがカルディウスとリーナの奇跡の出会いであった。



*――――*――――*――――*――――*――――*――――*――――*



 思い返してリーナの頬が緩む。少しだけの時間であったものの、楽しかったのはあれ以外にないかもしれない。そう思っているからこそリーナは一度もカルディウスのことを忘れはしなかった。――カルディウスはちょっとも覚えていないのだが。


「……いつか会うことになるだろうし、楽しみ」


 そんなことは露ほどにも知らず、リーナはカルディウスに再会することを楽しみに書類作業を始めた。

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