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第三話:出立

「ありがとうございます」


 カルディウスは魔力を極限まで消費したアリスを抱えて地面へと降りていく。


 保護結界では大気の魔力も使用するが、被保護者の魔力が残っていた場合はそちらの方を優先して消費していく仕組みになっているために、アリスの魔力が枯渇したためだ。


「大したことじゃないさ。墜落したら危ないしな」


 今さっきまでカルディウスたちが飛んでいたのは高度百メートル程度。高層ビルと同じくらいの高さを飛んでいたのだ。そこから落下したら死亡する他ないだろう。


「おっと、降りてきました! それでは皆様、二人に盛大な拍手を!」


 地面に着地した二人を迎えたのは空気を震わせるほどの大きな拍手であった。


 地上からではほとんど戦っているところを見ることは出来なかっただろう。しかし、魔法自体や魔法陣の光が見えていたのか、集まっていた人たちは自分たちの理解できない出来事に興奮していた。


 多くの人の拍手に迎えられて、アリスは頬を赤く染めて顔をうつむけている。


 戦闘中は周りを気にしない質であるものの、それ以外となると人見知りしやすい性格なアリス。多くの人に注目されるなど到底耐えられたものではない。さらに褒められているとなるとどのような反応を返したら良いのか検討も付かないのである。


 そんなアリスの性格を知っているカルディウスは『まだ、出発の準備があるので』と言って、アリスを連れてその場を足早に離れた。


 カルディウスたちの背中をさらに大きな拍手で見送った観客たちはそれぞれ、宴へと舞い戻っていく。


「おう、終わったのか。どうだった?」


 ヴェインヘルンの屋敷に向かう途中、両手にたくさんの食べ物を持った二人組と合流する。


 一人はプレートアーマーを着た少年。髪は銀で、瞳は灰色、瞳孔が獣のように縦長になっている。アーマーの間から覗く筋肉が常日頃から鍛えていることを示していた。


 もう一人は巫女のような格好をした少女。髪と瞳は金色で、大きな瞳孔が特徴的である。


 そう、カルスとティナであった。


「俺が勝ったよ。最後に大きな魔法を使ったせいで魔力が少ししか残ってないけど」


 カルディウスが発現した現状の最大魔法は今、カルディウスが保有する魔力の九割を使うため、発現後は大した魔法を使うとこができない。もっとも、カルディウスの魔力量は大人の平均よりも多いということを考えると、一般人では立っていることさえできないだろうが。


 戦っていた場所から屋敷までは数分で、その間にどんな試合だったのかを二人に説明していく。


「結構早く決着が付いたんだね。もうちょっとかかるかと思ってのに」


 ティナの言うとおり、実質戦っていた時間は十分にも満たないだろう。


 剣で戦っていたらもう少し時間がかかっていたのかもしれないが、二人とも魔法での試合をメインとしているために早く決着が着いたのだ。


「まあ丁度良かったんじゃないでしょうか。もうすぐ出発ですし」


 今回の旅には普段の方法とは違うものを使うため、時間が少しでも遅れたら次に出発できる一ヶ月後になってしまう。そう考えるといいタイミングで試合が終わったと言える。


「あ、見えてきたね」


 遠くから見てもその大きさが分かる家がカルディウスたちの視界に入ってくる。


 洋風な装飾がなされた巨大な屋敷、それがヴェインヘルン領を治めるヴェインヘルン魔士爵の屋敷である。


 魔士爵とは貴族の称号の一つであり、騎士爵と同列の最下位に位置する。騎士爵が騎士として功績を挙げた場合に与えられるものだとしたら魔士は、魔法使いとして功績を挙げた場合に贈られる称号である。


 何故『魔士』という称号になったのかというと当時の国王が『魔士(・・)爵のほうがマシ(・・)じゃのお』と言ったのが原因だと言われている。もしもそれが本当であった場合はかなり適当に付けられた称号であることは間違いない。


 ただ、ヴェインヘルン魔士爵領は通常の魔士爵領とは一線を画していた。


 その一つが領地の広大さである。


 通常の魔士爵領が王都から離れ、小さな範囲を治めているのに対して、ヴェインヘルン魔士爵領は王都に比較的近く、かつ主要都市と同じくらいの広大さを誇っていた。その理由は簡単で、ヴェインヘルン家が魔士爵を設ける原因になるほどの功績を残したからだ。


 ヴェインヘルン家初代当主の名はアルバート・ヴェインヘルン。三英雄に数えられる一人である。


 彼はカング王国における最後の戦争、第五次制覇戦争にて魔法使いとして多大な功績を残した。その一つが戦争中に開発された大規模集団魔法、バニッシュ・レインであった。


 バニッシュ・レインは星のくずを雨のように降らす魔法で、カング王国民の平均魔力の三倍の魔力を消費する。ただ、そのコストパフォーマンスはすさまじいもので、同等の威力をファイアーボールなどで実現するより演算能力、魔力ともに少なくてすむ。


 彼がバニッシュ・レインを開発できたのには黒、白を除く八属性に適性があったからだと言われている。事実、バニッシュ・レインを発現するのに必要な属性は事象属性の全てである。つまり、使用する属性はカルディウスの使う最大魔法――魔法名は『オール・オブ・クリエイション』――と大体一緒であるのだ。もっとも、オール・オブ・クリエイションはさほど威力は変わりないのに魔力は二倍かかる欠点があるのだが。――閑話休題。


 大量な魔力を消費する代わりに広範囲に効果をもたらすそれは、戦況を一変させ、カング王国を勝利へと導いた。


 そんな事情もあり、ヴェインヘルン家は魔士爵であるにもかかわらず、土地が広かったり、公爵と同等レベルの権力を持っていたりする。


「お帰りなさいませ、すでに準備は出来ております」


 屋敷の入り口では使用人ががっていた。


 カルディウスたちの姿を確認した彼は、深く礼をしてから先頭を歩いて一つの部屋に案内する。


 そこにはカルディウスたちの荷物が置いてあり、さらに床の大半を使って複雑な円形の幾何学図形が描かれていた。所々に魔法文字が書かれたそれは紛れもなく魔法陣である。詠唱時に魔力によって描かれるものとは違い、最高級の魔法触媒であるガリウムを用いた魔法陣だ。


 主に人が発現出来ない無系統属性の時空間魔法を発現するのに用いられる。


 今回は、カルディウスたちが王都に行く手段である転移魔法のために用意されていた。


「しっかし、ある程度近いのに転移魔法陣で行くなんて結構な贅沢じゃね?」


 ヴェインヘルン領は王都から一番離れた領と比べるとその距離は半分ほどですむ。しかし、それでも移動に二ヶ月かかり、大変なのは変わらない。


「まあ、魔法学院の入学式までは結構ギリギリだし、仕方ないな」


 カルディウスはそう言うが、王国の末端から入学してくる人もいると考えれば、ただ単にカルディウスたちの準備が遅かっただけでしかない。


「お、もう準備は出来ているようだな。ではみんな荷物を持って魔法陣の上に乗ってくれ」


 話していると扉から入ってきたのはヴェインヘルン家、現当主であるマルクスとその夫人、アリストリアである。


 転移魔法は莫大な魔力を消費する。マルクスは魔士爵の名に恥じぬ魔力を保持しているため、今回の転移魔法陣を起動する担当になっていた。彼の魔力量は初代当主に勝るとも劣らないといわれ、闇と火に適性のある複属性適合者である。


「ちゃんと乗ったな。少し酔うかもしれんが、まあ耐えてくれ」


 そう言いながらマルクスは魔法陣の横に浮かんでいる虹色に輝く結晶へ手を伸ばした。ビスマス人工結晶の特徴である酸化膜による虹色の構造色と骸晶と呼ばれる形状が一種の迷宮のようなそれは転移魔法陣に供給する魔力を溜める役割と、制御する役割を担っている。


 魔力を注がれ、自発光を始めるとマルクスは制御用の魔法陣を展開する。転移魔法で設定できるのは転移先の座標である。


 座標は大地固有の魔力――オド――によって決まっており、固定されている。


 座標の指定は相対座標と絶対座標の二つがあり、現在の場所が分かっているなら相対座標の方が楽だ。今回の場合も王都にある転移用スペースに移動するため、相対座標を使う。


 マルクスが座標の設定を終えると制御魔法陣は結晶へ吸い込まれた。


「それじゃあ、頑張ってくるのだぞ」

「はい、行ってきます」

「おっちゃん、また今度な」

「おじさんまたねー」

「お父様、お元気で」


 転移魔法が発現すると同時にそれぞれの挨拶が丁度終わり、瞬いたあと、すでにカルディウスたちの姿はそこに無かった。

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