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第二話:決闘

 カルディウス奇跡の誕生から十二年が経ち、彼が学院に行く日がやってきた。彼が通うことになるのはカング王立ミストリア魔法学院。王都ミストリアに敷地を持つ学院で、王国内屈指の実力を誇る魔法学院である。優秀な教員を集めているために学費が他の学院より高くなってしまうが、高度な教育を受ける為だと考えると安いといえる。


 今回、カルディウスとともにミストリア魔法学院へ通うのは彼の幼なじみたちの三人である。


 一人目は白狼族(はくろうぞく)のカルス。獣人と呼ばれる種族の一種である白狼族は体毛が白く、耳が頭の上に付いていることが特徴である。カルスが首を回すと周りにいた人が少し離れるくらいに目つきが悪いが、本人にとってはそれが素であるらしい。カルスは風属性に適性があり、今では中級魔法まで使うことが出来る。魔法以外には剣を使い、遠近ともに対応することが可能だ。


 二人目は銀狐族(ぎんこぞく)のティナ。銀狐族も獣人の一種で、耳が上につき、尻尾が九つあることが特徴だ。ティナは栄養のほとんどが尻尾にいったんじゃないかと思うほど尻尾は大きく、身体はカルディウスたちと同じ年齢だと思えないくらいに小さい。ティナが持つ適性は雷属性で、中級魔法まで使うことが出来る。近接系の武器は得意ではなく、魔法のみで攻撃・防御を行う。


 三人目はエルフのアリス。エルフは美男美女が多いことと、耳の先が尖っていることが特徴。その例にもれず、アリスも美形で、そこら辺を歩いていると多くの人の目を惹き付けるほどだ。アリスは水属性と光属性の複属性で、水属性は中級まで使えるが、光属性は下級までしか使えない。エルフは弓を得意とすることも特徴であり、アリスも弓を使った遠距離攻撃を行える。


 ヴェインヘルン家が貴族にしては珍しく他種族との関わりを持っていたこともあり、四人は小さい頃からの友人である。全属性持ちであるカルディウスとの関わりは彼らに強い影響を与えたようで、三人とも同年代の子どもと比べて頭一つ飛び抜けて魔法が強い。


 当のカルディウスは全属性の複属性であるためか、全て下級魔法までしか使うことが出来ないのが現状だ。もっとも、全ての属性に対応できるので、単属性で中級が使える人よりも強いのは確かであるが。


 閑話休題、本日カルディウスたちが旅立つといっても、正確には本日の夕方である。


 よって出発までに時間があるため、ヴェインヘルン領の広場ではカルディウスたちの出発会が開かれていた。


「本日は我が息子とその友人たちの出発会にお越し頂きありがとうございます。四人は全員、ミストリア魔法学院に通うことになります。この通学費用は皆様の協力によって賄うことが出来ました。この場を借りて感謝申し上げます。さて、我が領地では――」


 カルディウスの父、ヴェインヘルン家当主であるマルクスが舞台に立ち、乾杯の挨拶を始めている。


 マルクスの眼下に集まっているのは広場の近所に住む領民たちである。集まっている人たちを見るとヴェインヘルン家が本当に他種族との深い関わりを持っていることが分かる。


「――それでは挨拶もこれぐらいに、乾杯の音頭をとらせていただきます。今日旅立つ四人の子どもたちの未来に乾杯!」


「乾杯!!」


 集まった人々の声が重なり、広場全体を震わせた。


 乾杯が終わってからはそれぞれ設置された椅子に座ってゆっくり酒を呑んだり、料理を食べたりし始めていた。


 すでに酔っ払う人が出てきているなか、お祭り騒ぎで賑やかな広場から少し離れた場所ではある催しが行われていた。


「さてやって参りました。ヴェインヘルン領恒例……じゃないけど恒例、力比べ大会! 今回は魔法の強さで一位二位を争う二人の対戦です! それでは登場していただきましょう! アリスちゃんとカルディウス様です!」


 音声拡散の魔法を使い、大きな音を響かせる司会の声で二人がライトアップされた。


 二人ともすでに出発する姿で、外行きの格好をしていた。

 

 アリスは白地に水色が少し入ったエルフの民族衣装。エルフはどちらかというと戦闘民族であるため、動きやすいように裾が短くなっている。


 対してカルディウスは黒い色のカッターシャツに赤いネクタイを付け、貴族の証である中地が赤く、外から見ると黒いローブを羽織っている。


 白と黒の二人が照らされている舞台の周りには多くの見物客が集まっていた。


 ヴェインヘルン領にいる子どものうち、――いや、もしかしたら大人も含めてとしても、魔法の才能が上位に入る二人が決闘をすると聞いてわざわざ領の端から見物にやってきた人もいるほどである。


「それでは早速始めてしまいましょう。ルールは簡単、相手を降参させるか戦闘不能にさせれば勝利。保護結界によって重傷以上の怪我は全て軽傷になります。では……――始め!」


 司会の合図で二人は同時に魔法の発現を始める。


「ユーザー、アリス。マジックリポジトリ、アクセス!」

「ユーザー、カルディウス。マジックリポジトリ、アクセス!」


「――ウォータージェット」

「――アイスフィールド」


 アリスが発現したのは水を高速で放ち続ける魔法。十メートル離れた場所での水圧は五千気圧を超え、人の身体程度であれば楽に穴を開けることが出来る威力を持つ。


 それに対して、カルディウスが発現したのは水属性の魔法をほとんどを防ぐことが出来る自身の周り五メートル程度の気温を絶対零度近くまで瞬時に下げる魔法である。結界の一種であり、自分がいるところをくりぬいた球体内に冷気を満たすため、発現者には影響がない。


 カルディウスの魔法によってアリスのウォータージェットは氷塊と化していく。


 熱とは謂わば分子の運動によるもの、つまり温度を低下させると言うことは分子運動を鈍くさせることと同義である。よって、分子の運動を操れるのならば物質の動きを操作できるだろうと考えたカルディウスは標準のアイスフィールドに一手間加えて中に入ってきたものの速度をゼロにするようにしている。


 その影響もあって、氷塊となったウォータージェットは地面へと落下し、まるで硝子のように砕け散っていく。


 砕け散った破片によって乱反射した光が辺りを照らし、会場が華やかに彩られた。


「じゃあ、とりあえず本気を出そうか」


 カルディウスがアリスに確認をとるように言葉を発した。


 事実、カルディウスとアリスが今行ったのはただの演出、ショーでしかない。一般人には理解することが到底不可能であると言える本当の戦いは今から始まる。


 アリスが首を縦に振ったことを確認したカルディウスは身体に淡い光を纏って身体一つで彼女の懐へと飛び込んでいく。


 身体強化を発現したカルディウスの速さは初速から新幹線の最高速度に匹敵するほどで、誰一人として認識することは出来ない。――アリスを除いては。


 カルディウスの身体強化に呼応するようにアリスも身体強化を自らの身体に発現する。


 瞬間、二人の身体がぶつかり合い、衝撃波を生み出した。それによって舞台の床は抉れ、砂埃が起こされる。


 視界が晴れ、舞台を見るとそこにはすでに二人の姿はなく、橙に染まる空中に白と黒の点が浮いていた。


「これで気にしなくても良くなりましたね」

「俺は元から気にするつもりなんて無かったけど」

「そうですか? 自分が無様に負けるところを見て欲しいなんて変態みたいですね」

「誰が見て欲しいなんて言ったよ。それに、負けるのは俺じゃなく、アリスの方だと思うけどねッ!」


 言い終えると同時にカルディウスが再びアリスの懐へと飛び込む。だが、先ほどとは違い、今度は手に魔法を発現していた。


 アリスへと触れる瞬間に魔法が炸裂し、アリスの身体を後方へと飛ばした。


「ウォーターボール!!」


 後ろに流れていく体を気にすることなく、魔法を放つ。


 濁流のような濁った水球は人ひとりほどの直径、馬と同じくらいの速度でカルディウスに向かっていく。


「水なんて凍らせればいいだけなんだけどね。アイスフィールド」


 最初と同じ魔法を使い、巨大な水球を宙に留め、砕いた彼を待っていたのは――


「ライト」


 光源にしかならないその魔法は、(しか)るべき魔力を以て発現すれば目眩ましとして使える魔法となる。現に今、いきなり白い光に視界を埋め尽くされたカルディウスは反動で体制をくずしていた。


 視覚を失った人間など馬を失った馬車に等しく、その動きは普段の数倍も鈍くなる。その隙に、アリスは追い打ちをかけるようにカルディウスへ蹴りを入れようとするが、何かを感じ取ったのかその射線から逸れるように身体が動かされた。


 強い光による目眩ましはもって数十秒、早ければ数秒しか効果は無く、カルディウスの視界はすでに八割程度が回復し始めている。大体のことが見られていれば攻撃は可能で、目眩ましのお返しをするようにカルディウスはアリスへ魔法を発現する。


「ブラインド」


 瞬間、アリスの水晶体を通過した光の粒子が網膜へ到達する前に停止し、視界が黒く塗りつぶされた。粒子である光子の操作による完全なる視覚遮断。


 光による目眩ましとは比べものにならないくらいに外界からの受信する情報が低下する。誰であろうとこの状況に、瞬時に対応できる人はいないだろう。


 対応できたとしても大したことが出来るはずもなく、アリスは――。


「降参、です」


――負けを認めた。


「けれども、お願いがあります。この魔法を解いてあの魔法でとどめを刺してくれませんか?」


 通常ならば罠でしかないこの言葉。実戦ではブラインドを解いた瞬間に魔法で攻撃されてもおかしくはない話である。しかし、これは決闘で、相手が知り合いであるため、罠の疑いようもなく、魔法を解いた。


 そして、次の魔法の詠唱を始める。


 今まで使っていたのはあらかじめ設定された、ゲームで使うような魔法で、これから発現するのはそれらのプリセットをカルディウス自ら変更した現状、彼が発現することの出来る最大魔法。


 全属性を融合させた今、この世界でカルディウスのみが発現出来る魔法だ。


「マジックリポジトリ、リコネクト――」


 たった一言、カルディウスがその言葉を口にした瞬間、そこの空気は変化した。


 穏やかだった風はカルディウスを中心として渦を巻くように吹き荒れ、黒い雲がかかり赤く染まった空を覆い隠す。


 そんな周りとは裏腹にアリスとカルディウスのいるところはより一層の静寂をまとっていた。


 嵐が起きる前のような静けさの中にカルディウスの声と風音のみが響き渡る。


「スド、作業領域をルートに移行」


 今、カルディウスが唱えたのは詠唱の前準備。それでも空気中の魔力がうねりを大きくする。


「八つの事象と二つの色を司りし精霊よ、今ここに集い給いて、森羅万象を発現せしことを願い給う。業火纏いて灰燼(かいじん)()すは火の(ことわり)。濁流にて飲み込むは水の理。冷えて崩れ落ちるは氷の理。紫電(しでん)(ほとばし)るは雷の理。旋風(せんぷう)に切り刻まれるは風の理。死して地に帰すは土の理。心を黒く塗りつぶすは闇の理。癒しを分け与えるは光の理。黒と白は相対し。無と有。破壊と創造。相容れぬものが隣り合う。これこそが森羅万象、世界を構成する理。その一端を、今発現すッ!」


 今までの詠唱とは比べものにならないほどに長い詠唱が終わり、魔法が発現される。空に浮かぶのは何色とも分からない巨大な魔法陣。そこに吸い込まれるように魔力が集まっていく。自分の魔力だけではなく、大気の魔力も利用したカルディウスの最大魔法が今、アリスへ向かって放たれる。


 放出されたのはこれまたビームとも波動とも分からないものだった。


 ただ一つ、分かるのはもし保護結界も、守る手段もなかった場合は確実に死亡するであろうということだけ。今は保護結界があるため、魔法を受けたアリスは戦闘不能と見なされ、カルディウスの勝利で決着が着いた。

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