拡散した人:前編
都市伝説? そんなの作り話だと思う。でも、でも、気になるんだよね。だからつい聞いちゃうの。それでみんなに話しちゃう。自分だけ怖いのってなんだか嫌だし、あと人が怖がるのを見るのがすごく楽しくって。嫌な性格だとは自覚してる。でもやめられそうにない。
でも今回の話は聞いた時にかなり後悔した。怖いっていうかヤバい感じがして、直感的にミスったなと思った。
私は勘がいい方だと思う。
テスト勉強はあまりしない。でも、前日になんとなく出そうだなと思ったところを少し勉強しておけば平均点以上ちゃんと取れる。クラスの誰が誰のことが好きか見ていたら割と早い段階でわかる。
あ、それにクイズ番組なら正解発表の前に答えがわかる時があるし、ドラマは先の展開をよく当てられる。サスペンスを見ている時「この人が犯人だ!」と勘で言って当てちゃってお母さんによく怒られる。
なんとなくだけど悪い予感は特に当たる気がする。バイトの先輩、ゆりちゃん先輩が休憩中に教えてくれた「パトロール男」の都市伝説。最初はネーミングセンスがないなあと思ってた。でも聞き終わった時にすごく嫌な感じがした。これ、やばいやつだって。
「何、どうしたの? 急に怖い顔しちゃって。もしかして怖かった?」
ゆりちゃん先輩が心配そうに私を見ていた。いつもなら怖い話を聞いてもケラケラ笑っている私が真顔だったからだ。バイト先のカラオケはバックヤードでもがんがんBGMが流れていてとても明るい。でもこの時私は音楽なんて全く耳に入ってこなかった。
「あ、ごめんなさい、ついなんか本当にありそうだなって思ったら怖くなっちゃって……」
「びっくりしたよ。直美にも怖いって思う話があるんだね」
ゆりちゃん先輩は嬉しそうに笑った。くそう、なんでこの人は笑ってるのよ。こんなに嫌な予感がするのに。笑う先輩を見ているとなんだかちょっとイラっとした。
ゆりちゃん先輩はうちの高校の近所にある私立のお嬢様高校に通う一つ上の先輩だ。陸上部でスタイルがよく顔もかわいい。性格もよくて私がバイトを始めたばかりの頃はいつも優しく仕事を教えてくれた。
バイト初日に「私のことは『ゆり』って呼び捨てにしてくれていいから」と言ってくれたけど、私は尊敬の意味を込めてずっと『ゆりちゃん先輩』って呼んでいる。
好奇心が旺盛すぎる先輩はいつもいろんな情報を仕入れてきて教えてくれる。どこから仕入れてくるのかは教えてくれないけれどすごい情報網を持っているみたい。
私は少しため息をついてから口を尖らせた。
「そ、そりゃ怖いと思うことぐらいありますよ。私だって普通の女の子ですよ?」
「そっかそっか、ごめんね。あ、でも大丈夫よ。このお話、一週間以内に二人以上の人に話したら絶対に襲われないんだって」
「え、本当ですか?」
「嘘じゃないって。実際私も襲われてないしね。でも、そもそもこれ都市伝説だから襲われることはないと思うけど」
ゆりちゃん先輩は優しく微笑みかけてきた。
神様は不公平だ。同じ人間なのにどうしてこの人はこんなにかわいいんだろう。私もこんなふうにかわいくなりたい。そんな事を思いながらこの時私は頭の片隅で誰に話すかを考え始めていた。
早番のゆりちゃん先輩が帰った後、入れ替わりでやって来た今月入ったばかりの新入り二人組にさっき聞いたばかりの都市伝説の話をした。まだこの二人とはあまり仲良くなれていないがゆりちゃん先輩と同じ高校で学年は確か私と同じ二年生だったはず。
二人とも初めて聞いたらしくてびっくりしていたけど特に興味がないみたいだった。「そうなんだ」とか「怖いね」といった一言二言の味気ない感想しかなく会話も盛り上がらなかった。私が怖がりすぎなのかな……
別に都市伝説を完全に信じている訳じゃない。でも、でも、念のため、念のためにもう一人話しておいた方がいい気がする。だけど親に話すのはなんだか恥ずかしいというか、馬鹿にされそうだし言いにくい。
それにせっかく怖い話をするんだから怖がってほしい。誰かを怖がらせたい。怖がったのが私だけってなんか悔しいもん。
そんなこんなでバイトを終えて帰ってからもずっともやもやしていた。そしてそのもやもやが晴れることなく朝を迎えた。私は眠たい目を擦りながら思いながら学校へ行った。
誰かに言いたい、でも誰に言おう。そんなことを考えていたらちょうど隣の席のえりこがやって来た。そうだ、えりこにしよう! 私はひらめいた。
えりこは中学生の時からの関係で一番仲がいい友だちだ。私は眠たさのあまり白目をむいている彼女にパトロール男の話をした。
ちゃんと聞いてくれるか不安だったけれど話を進めるにつれてだんだん覚醒していき、話終える頃にはえりこは涙目でこちらを睨みつけていた。
「私怖い話苦手だって前も言ったよね」
知っていた。えりこが怖い話が苦手なのはよく知ってたしもちろん忘れてなかった。でもえりこならちゃんと最後まで聞いてくれて私が見たいリアクションをしてくれるって思ったから……なんてことは言えず、お詫びに学校の帰りにお菓子を奢る約束をした。
痛い出費だけど仕方がない。だって怖がっている時のえりこはすごくかわいいんだもん。怖がるえりこの顔を見て満足した私はすっきりした気持ちになった。
だるい授業が全て終わり、私とえりこはコンビニに直行した。えりこのプリンとシュークリーム、私の分のエクレアを買ってイートインコーナーで食べていると、女の子が二人隣のテーブルにやってきた。見覚えのある制服だった。たぶんゆりちゃん先輩と同じ制服だ。
何気なく聞いていた二人の会話の中に聞き覚えのある名前が出てきた。私は咄嗟にプリンを食べる手を止めた。今、ゆりって言った? えっ嘘、ゆりちゃん先輩が怪我? 意識が戻った? 何それ?
会話の内容を考えるとどう考えてもパトロール男に襲われたようにしか思えない。私は顔から血の気が引くのがわかった。
「……直美?」
「……え? なに? ……あっ、ごめん」
私ははっとして口の前で止まっていたプリンを食べた。やばい、私、自分が思っている以上に態度に出ちゃってる。いつの間にか都市伝説が本当のことにしか思えなくなっていた。
その後えりこと何を話したのかあまり覚えていない。話をしていても頭の中は別の事をずっと考えていた。ゆりちゃん先輩に連絡したい。でも、もしこれで後ろから突き飛ばされたとか言われたらどうしよう。確認するのが怖い。
悩んだ結果連絡するのをやめた。明後日のバイトで聞けばいいや。きっと人違いだと思う。よく考えたらゆりって名前は珍しくない。バイトに行けばゆりちゃん先輩はいつも通り笑っているだろう。きっとそうだ。そうに決まってる。私はそう信じることにした。
家に帰っても何もやる気になれなかった。だらだらとスマホを見て過ごして、お母さんに晩ご飯ができたと呼ばれて、食べて、自分の部屋に戻ってまたスマホを見て、お風呂に入って、またスマホを見て。気がつけば22時を過ぎていた。
早めに寝ようかとも思ったけど明日提出の数学の宿題があることを思い出した。ああ面倒くさい。サボろうかな……でも前回忘れて行って怒られたな……頑張るか。そんなことを思いながらベッドから起き上がり勉強机の前に座る。
ノートを開いたものの宿題の範囲をメモし忘れていた。再びサボりたくなったが踏みとどまってえりこにメッセージを送って聞いた。たぶんそろそろ塾が終わって帰る頃だろう。ちょっと待っていたら返事が来た。今コンビニにいるらしい。
こんな時間にコンビニって、怖がりとか言いながらえりこ全然怖がってないじゃん。お菓子奢ってなんだか損した気分。今、私の方が怖がっている。そんなことを考えていたらまたえりこからメッセージが届いた。
『聞いて聞いて! 歩きスマホがダメなら立ち止まればいいんじゃん! 気づいた私すごくない?』
思わず笑ってしまった。いやいや、それで助かるならみんなそうしてるって。えりこはたまにすごく天然なことを言う。そこがまたかわいい。神様は不公平だ。私にもこんなかわいさがあったらなと思う。
えりこからのメッセージを見て怖がっていた自分が馬鹿らしくなった。私の考え過ぎみたい。えりこを見習わないと。明日は私がお菓子を買ってもらおうかな。理由は何がいいかな……
私はそんなことを考えながら宿題の範囲の連絡が来るのを待った。とりあえずえりこの回避法に対してなんて返事をしよう。いい返事が浮かばずなかなか返信ができなかった。
しばらく考えた結果『何そのアイデア! えりこ神かよ!』と送った。これならきっと喜んでくれる気がする。喜んでいるところが簡単に想像できる。なんて返事来るかな、楽しみだな。てか、宿題の範囲早く教えてほしい。
この日、えりこから再び連絡が来ることはなかった。